ラストシーン 「文明崩壊案件」
深夜。
王都中央観測院・地下深層区画。
観測室の空気は、
完全に死んでいた。
机には、
空になったコーヒーカップ。
床には、
数式紙。
壁際では、
術式官が椅子に座ったまま眠っている。
誰も、
もう時間感覚を失っていた。
ただ。
巨大術式盤だけが、
静かに光っている。
青白く。
脈動するみたいに。
◇
レオノーラは、
目を押さえていた。
徹夜続き。
だが、
休めない。
休んだ瞬間、
世界の方が先に壊れる気がした。
その横で。
セシルも、
珍しく黙っている。
軽口すら出ない。
術式盤へ映る、
巨大魔法陣。
世界各地の観測反応。
感情流。
観測領域。
全部。
見れば見るほど、
悪化していた。
そして。
観測室中央。
ベアトリクス・ギアハート
が、
突然動きを止めた。
視線は、
術式盤へ固定。
その顔色が、
明らかに悪い。
レオノーラが、
眉を寄せる。
「……何ですの?」
返事がない。
ベアトリクスは、
ゆっくり数式を書き換える。
再解析。
空間位相調整。
上位層同期。
そして。
観測盤中央へ、
新しい波形が表示された。
微弱。
だが。
明確。
術式盤が、
低く警告音を鳴らす。
『外部観測反応検知』
『逆位相信号受信』
観測室が、
静まり返った。
セシルが、
低く呟く。
「……おい」
ベアトリクスは、
掠れた声で言う。
「観測領域……」
一拍。
「反応してます」
誰も理解したくなかった。
だが。
術式は、
嘘をつかない。
世界側から、
感情を送信している。
それだけではない。
向こう側から。
“反応”
が返ってきている。
つまり。
本当に。
誰かが見ている。
◇
沈黙。
誰も喋れない。
空気が重い。
まるで、
観測室そのものへ、
深海の水圧がかかったみたいだった。
レオノーラは、
巨大術式盤を見上げる。
脈動。
光輪。
感情流。
全部。
突然。
“視線”
に見えた。
ぞわり、
と背筋が冷える。
セシルが、
乾いた笑いを漏らす。
「……最悪だな」
誰も否定できない。
もし。
この世界が、
見せ物なら。
なら当然。
見る側がいる。
そして今。
それが、
観測された。
◇
ベアトリクスは、
椅子へ深く座り込む。
疲れ切った顔。
隈だらけ。
なのに目だけが、
異様に冴えている。
彼女は、
静かに言った。
「これ、
宗教どころか」
一拍。
「文明崩壊案件です」
術式盤の光だけが、
静かに脈動していた。
まるで。
その言葉へ、
同意するみたいに。




