シーン3 「視線」
ミレイユ・フェルナン
は、
王都を歩けなくなっていた。
理由は、
単純だった。
視線。
それだけで、
苦しい。
◇
昼下がり。
復旧途中の中央区画。
仮設市場。
修復工事の音。
人々のざわめき。
本来なら、
少しずつ日常が戻り始めた、
そんな風景だった。
だが。
ミレイユが、
通路へ姿を見せた瞬間。
空気が変わる。
「あっ……」
「ミレイユ様……」
「もしかして、
イベント始まる?」
囁き。
期待。
視線。
人々が、
無意識に立ち止まる。
見る。
待つ。
何かが起こると、
信じて。
その瞬間。
空間魔力が、
微かに震えた。
花弁。
ふわり。
どこからともなく、
光粒子が舞い始める。
風もないのに。
陽光が、
不自然に柔らかくなる。
周囲の空気が、
甘く共鳴する。
完全に、
演出開始だった。
ミレイユの肩が、
びくりと震える。
「っ……」
呼吸が浅い。
胸が苦しい。
視線が集まるほど、
世界が反応する。
人々の期待。
続きを見たいという感情。
それが、
運命律を刺激している。
誰も悪意ではない。
だからこそ、
怖い。
「や……」
ミレイユが、
一歩下がる。
だが。
人々も、
無意識に動く。
道が開く。
視線が追う。
期待が膨らむ。
まるで。
舞台上の主役を、
観客全員で見守っているみたいに。
空間魔力、
さらに上昇。
花弁増加。
光量増幅。
周囲の装飾灯まで、
淡く明滅を始める。
「見て、
始まった……!」
「誰が来るの!?」
「続きある!?」
歓声。
ざわめき。
熱。
ミレイユの呼吸が、
崩れる。
「や……っ」
「見ないで……」
だが。
止まらない。
人々自身も、
もう無意識なのだ。
期待してしまう。
“続きを見たい”
と思ってしまう。
それが。
この世界で、
最悪の燃料だった。
ミレイユは、
震えながら後退する。
視界が滲む。
呼吸が苦しい。
胸が痛い。
その瞬間。
鋭い魔力音。
空間へ、
黒銀色の結界が展開された。
「全員、
下がりなさい!」
レオノーラだった。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
は、
即座に遮断結界を構築。
視線遮断。
魔力共鳴阻害。
群衆誘導。
「西通路閉鎖!」
「群衆を分散!」
「観測集中を切りなさい!」
もはや完全に災害対応だった。
騎士団が動く。
人々を下げる。
ようやく。
空間魔力が、
少し落ち着く。
花弁が消える。
光粒子が薄れる。
ミレイユは、
その場へ座り込んだ。
肩が震えている。
呼吸が、
まだ浅い。
レオノーラは、
静かに膝をついた。
「もう大丈夫ですわ」
だが。
ミレイユは、
怯えた目のまま。
ゆっくり、
周囲を見た。
群衆。
建物。
空。
巨大魔法陣。
全部が。
自分を見ている気がする。
彼女は、
震える声で呟いた。
「見られてる……」
一拍。
「ずっと……」
唇が、
小さく震える。
「世界全部から……」
その言葉に。
誰も、
すぐ返事ができなかった。




