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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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治せるけど、無料とは言ってません

「では、出発前に確認します」


 翌朝。


 リベルタ北門の前で、ノアが腰から小さな帳簿を取り出した。


「通常治療は一回五ゴールド。解毒は八ゴールド、骨折は十二ゴールドです。重傷の場合は症状に応じて相談となります」


「待って。出発前にする話、それ?」


「重要です」


「軽傷でも五ゴールド?」


「軽傷だから五ゴールドです」


「瀕死の場合は相談って、本人が相談できない可能性あるよね?」


「その場合は同行者の方に確認します」


「そういう問題じゃない!」


 まだ北門から一歩も出ていないのに、すでに疲れてきた。


 リリアも少し困ったような顔をしている。


「ノアさん。今回の調査中に負傷した場合も、治療費は発生するのでしょうか?」


「もちろんです」


「……そうですか」


「ただし、三名以上のパーティには一割引きを適用できます」


「そんな制度あるの!?」


「今作りました」


「今!?」


 隣ではミミナが興味津々で帳簿を覗き込んでいる。


「ねえ、十回治療したら一回無料とかないの?」


「良い案ですね」


「採用するな!」


「では回数券も検討しましょう」


 ノアが帳簿へ何かを書き込み始める。


「ユウトには特におすすめです」


「なんで俺だけ営業されてるの!?」


「最も怪我をしそうなので」


「反論できないのが悔しい!」


 横を見ると、リリアが小さく笑っていた。


 最近、この人の俺に対する扱いが少しずつ雑になってきている気がする。


「ところで、今日の目的地を確認しよう」


 俺は地図を広げた。


「旧街道の先にある古い礼拝堂、ここで合ってる?」


「はい」


 ノアが地図の一点を指す。


「北門から旧街道を進み、石橋を渡った先です。徒歩で二時間ほどだと思います」


「よし。今日は俺が先頭を歩く」


「私ではいけませんか?」


 リリアが真面目な顔で聞いてきた。


「駄目」


「なぜです?」


「本当に説明が必要?」


「……結構です」


 自覚はあるらしい。


 少し成長した。


          ◇


 一時間半ほど歩いたが、特に問題は起こらなかった。


「平和だ……」


 俺は思わず呟いた。


「何かおかしいですか?」


 ノアが聞く。


「ちゃんと目的地へ向かえてるのが嬉しくて」


「それが普通では?」


「リリアと一緒だと普通じゃないんだよ」


「ユウト」


「はい」


「帰ったら少しお話をしましょう」


「急に怖い」


 ミミナはそんな俺達を気にする様子もなく、道端の石を拾った。


「これ、付与していい?」


「何をする気?」


「跳ねる石」


「いらない」


「光る石」


「いらない」


「歌う石」


「なんで最後だけ急に欲しくなるやつ出してくるんだよ」


「作れるよ?」


 ノアが少しだけ足を止める。


「歌う石は売れるかもしれませんね」


「お前はすぐ商売につなげるな」


「利益は三等分でどうでしょう」


「俺の取り分もあるの?」


「企画料です」


「それなら少し考える」


「ユウトまで何を言っているのですか!」


 リリアが呆れたように言う。


 方向感覚以外はかなり常識人なのが、少し腹立たしい。


 そんなくだらない会話をしていた時だった。


「待ってください」


 ノアが突然足を止めた。


「どうした?」


「嫌な匂いがします」


 俺も鼻を動かしてみるが、土と草の匂いくらいしか分からない。


「何も感じないけど」


「普通の匂いではありません。神聖術を扱う者は、濃い瘴気や淀んだ魔力を匂いのように感じることがあります」


 ノアの表情から、いつもの穏やかさが消えている。


「近いです」


 俺達は警戒しながら旧街道を進んだ。


 やがて、道の先に石造りの橋が見えてくる。


 そして、その周囲を覆っているものを見た瞬間、全員が足を止めた。


「……これ全部?」


 黒紫色の茎。


 鋭い棘を持つ葉。


 橋のたもとだけではない。


 街道の脇、斜面、橋の下にまで大量の黒い植物が広がっている。


「《夜棘》です」


 ノアが静かに言った。


「昨日ガレスさんに刺さっていたものと同じ?」


「はい」


 リリアが周囲を見回す。


「これほど大量に生える植物なのですか?」


「いいえ。本来なら魔力の濃い場所へ数株程度生えるだけです」


 俺は改めて目の前を見る。


 数株どころではない。


 少なく見積もっても、数える気になれないほどある。


「何株くらい?」


「数えたくありません」


「ノアが数字を拒否した!」


「それほど異常ということです」


 さすがに俺でも分かる。


 これは普通じゃない。


「橋を使わずに迂回できる?」


 リリアが地図を確認する。


「礼拝堂へ行くには、ここを渡るのが最短ですね」


「じゃあ刈る?」


「直接触れれば毒を受けます」


「燃やすのは?」


 ミミナが杖を持ち上げる。


「おすすめしません」


 ノアがすぐ止めた。


「乾燥した種子や胞子を周囲へ撒き散らす可能性があります」


「じゃあ浄化?」


「少量なら可能ですが、この量をすべて浄化すれば私の魔力が先に尽きます」


「詰んでない?」


 橋は毒草で塞がれている。


 触れない。


 燃やせない。


 ノア一人では浄化しきれない。


 ここまで来て引き返すしかないのか。


「ミミナ。付与魔法でどうにかできない?」


「何を付与するの?」


「例えば毒を弱くするとか」


「一本ずつならできるかもしれないけど、これ全部は無理だと思う」


「日が暮れるな」


 リリアが剣へ手をかける。


「では、私が道の部分だけ切り開きましょうか」


「切った時に毒液が飛んだら?」


「……」


「リリア?」


「考えています」


「その間は考えてなかった顔だな」


 リリアがわずかに目を逸らした。


 その時、胸の奥が微かに熱を持った。


「……?」


 今までとは少し違う。


 俺から伸びている《縁》の光が、二本同時に見えた。


 一つはリリアへ。


 もう一つはミミナへ。


 普段は意識した相手との《縁》だけを感じることが多かったのに、今は二本とも消えない。


「何だ、これ……」


「ユウト?」


 ミミナが首を傾げる。


 俺は答えず、三人を見る。


 リリアは剣を扱える。


 ミミナは能力を物へ付与できる。


 ノアは毒を浄化できる。


 一人では無理でも、それぞれの能力を組み合わせれば。


「ミミナ」


「なに?」


「リリアの剣に付与魔法は使える?」


「もちろん」


「ノア」


「はい?」


「《浄化》って、剣にかけられる?」


 ノアが少し考える。


「単純に神聖術を剣へ定着させることはできません。術を維持できる時間が短すぎます」


「なら、ノアの《浄化》をミミナが剣へ固定するのは?」


 ミミナとノアが顔を見合わせた。


「《浄化》の性質を付与するってこと?」


「そう」


「できるかも」


「本当?」


「やったことはないけど」


「そこが怖いんだよ!」


 ノアも少し驚いたようにミミナを見る。


「神聖術を付与魔法で固定するのですか?」


「理論上ならできると思う」


「理論上」


「たぶん」


「その二つが並ぶと一気に怖くなるな」


 リリアも剣へ視線を落とした。


「危険ではありませんか?」


「俺もそう思う」


「では、なぜ提案したのです?」


「一人ずつじゃ無理だから」


 三人が俺を見る。


「ノア一人じゃ全部浄化できない。リリアが普通に切れば毒が飛ぶかもしれない。ミミナだけじゃ《夜棘》そのものをどうにかするには数が多すぎる」


 俺は三人を順番に指差した。


「だったら、一人で解決しようとしなければいい」


 ミミナの目が輝く。


「それ、やってみたい!」


「あなたは大体何でもやってみたいだけでしょう」


 ノアが冷静に突っ込む。


 それでも少し考えたあと、彼女は頷いた。


「理論的には成立する可能性があります」


「やっぱりいける?」


「私がリリアさんの剣へ《浄化》をかけ、その性質をミミナさんの付与魔法で一時的に固定します」


「それでリリアが根元だけを切る?」


「はい。浄化属性が安定すれば、切断時に出る毒液や種子の危険を抑えられる可能性があります」


「よし」


 俺はミミナを見る。


「いつもの確認」


「はい!」


「対象は?」


「リリアの剣!」


「効果は?」


「《浄化》の性質を固定!」


「強さは?」


 ミミナがノアを見る。


「どのくらいがいい?」


「通常の浄化術の三割程度で十分です。高すぎると剣への負荷が分かりません」


「三十パーセント!」


「時間は?」


「十分で」


「十分!」


「よし。絶対に最大にするなよ」


「しない!」


 何だろう。


 俺自身は相変わらず何もしていない。


 剣も振れないし、浄化も付与魔法も使えない。


 それなのに、一人で何もできない時より、少しだけ役に立てている気がした。


「では始めます」


 ノアがリリアの剣へ両手をかざす。


「《浄化》」


 柔らかな金色の光が刀身を包んだ。


「次、私!」


 ミミナが杖を向ける。


「《属性固定》!」


 淡い青色の光が重なり、二つの魔力が剣の表面へ薄く定着していく。


「……」


 ノアが目を見開いた。


「安定しています」


「成功?」


「今のところは」


「やった!」


「まだ何も切ってないぞ」


「あ」


「リリア、いける?」


「お任せください」


 リリアが一歩前へ出た。


 淡い金青色の光をまとった剣を構える。


 方向が関係しない時、この人は本当に格好いい。


「まずは手前から、根元だけを狙います」


「頼む」


 リリアが走り出した。


 大技ではない。


 必要な場所だけへ刃を通し、《夜棘》の根元を次々と切断していく。


 黒紫色の液体がわずかに飛び散るが、浄化された刃へ触れた部分から色を失い、地面へ落ちる前に透明になった。


「効いてる!」


「このまま進みます!」


 リリアが道を切り開く。


 ミミナは付与状態を維持し、ノアが浄化の力を補う。


 俺は三人の様子を確認しながら声を飛ばした。


「右側の方が密集してる!」


「分かりました!」


「ミミナ、光が弱くなってない?」


「七分経ったから少し落ちてる!」


「ノア!」


「補強します!」


 三人の動きが噛み合っていく。


 誰か一人が特別なことをしているわけではない。


 それぞれが得意なことだけをしている。


 なのに、組み合わせるだけで一人ではできなかったことができる。


 その瞬間、胸の奥が再び強く熱を持った。


「……!」


 リリアと俺。


 ミミナと俺。


 二本の《縁》が、これまでより強く光る。


 さらに、その光同士が何かを探すように揺らいだ。


 ノアへはまだ《縁》が形成されていない。


 それでも、三人の力が一つの目的へ向かって動いていることに、俺の技能そのものが反応しているような感覚があった。


『《縁 -enishi-》』


 突然、視界へ文字が浮かぶ。


「……え?」


 普段の表示とは違う。


 正式名称が表示された。


『接続条件を確認』


『複数縁結合――未達成』


「複数……縁結合?」


 文字はそれだけを残し、すぐに消えてしまった。


「待って!」


 思わず声を上げる。


「ユウト?」


 リリアが振り返った。


「どうしました?」


「……いや、なんでもない。続けて」


 《複数縁結合》。


 今はまだ使えないらしい。


 けれど、そんな機能が存在する。


 それだけは分かった。


 俺の《縁》は、ただ仲良くなった相手と線をつなぐだけの能力ではないのかもしれない。


          ◇


 二十分ほどかけて、俺達は橋を渡れるだけの道を確保した。


 《夜棘》をすべて除去できたわけではないが、少なくとも礼拝堂へ向かうことはできる。


「成功ですね」


 ノアが息を吐く。


「俺達、結構すごくない?」


「私が切りました」


 リリアが少し誇らしげに答える。


「私が付与した!」


 ミミナも負けじと胸を張った。


「私は浄化しました」


 ノアまで淡々と続ける。


「俺は!?」


 三人が一度顔を見合わせる。


「指示?」


 ミミナが首を傾げた。


「まとめ役でしょうか」


 リリアは少し考えて答える。


「監督」


 ノアが言った。


「急に弱そう!」


「ですが、必要でした」


 ノアの声だけが少し真面目だった。


「え?」


「私達三人だけでは、おそらくこの方法を選んでいません」


「そう?」


「リリアさんでしたら、自力で切り開こうとしたと思います」


「……否定はできません」


「ミミナさんは、何かを最大出力で試した可能性があります」


「何かって何!?」


「ご本人にも分からないでしょう」


「うっ」


「私は危険性を考えて、一度戻る判断をしたと思います」


 ノアはそこで少しだけ表情を柔らかくした。


「だから、あなたのような人も必要なのでしょうね」


「……俺が?」


「自分でできないことを、できる人へ頼める方です」


 胸の奥が、ほんの少し温かくなる。


 今度はノアへ向かって何かが伸びかけたような感覚があった。


 けれど、光はまだ現れない。


 《縁》は形成されていない。


「……もう少しか」


「何がです?」


「こっちの話」


 その時だった。


「誰かいます」


 リリアの声が低くなる。


 橋の先には、古い石造りの礼拝堂が建っていた。


 扉は半分ほど開いている。


 その暗い入口の奥で、小さな影が動いた。


「……子供?」


 俺は目を凝らした。


 違う。


 緑色の肌。


 尖った耳。


 俺の胸にも届かないほどの小柄な体。


「ゴブリンです」


 リリアの手が剣へ伸びる。


「ゴブリン……」


 この世界へ来てから、その名前だけは何度か耳にしていた。


 ギルドでも討伐依頼を見たし、目撃例が増えているという話も聞いた。


 人を襲う。


 物を奪う。


 冒険者に討伐される。


 俺が知っているのは、それくらいだ。


 実物を見るのは初めてだった。


 ゴブリンはこちらに気づくと、明らかに怯えたように一歩下がった。


 それでも逃げない。


「……何か庇ってる?」


「ユウト?」


 俺はゴブリンの背後を見る。


 礼拝堂の床には、もう一つ小さな影が倒れていた。


 同じ緑色の肌をしている。


 片脚には、遠目からでも分かるほど酷い傷があった。


 ノアが息を呑む。


「怪我をしています」


「治せる?」


「近くで診察しなければ分かりません」


「ゴブリンでも?」


 俺がそう聞くと、ノアは一瞬だけ驚いたようにこちらを見た。


 それから腰に下げていた帳簿へ手をかける。


 けれど開かず、そのまま静かに閉じた。


「命に、種族は関係ありません」


 その答えを聞いて、俺は少しだけ笑った。


「ノア」


「何でしょう?」


「治療費は?」


 ノアはほんの少しだけ考えたあと、口元を緩める。


「後払いで」


「取るんだ!?」


 俺の声に、立っていたゴブリンがびくっと肩を震わせた。


「あ、ごめん」


 まずい。


 ただでさえ警戒されている。


「リリア、剣はまだ抜かないで」


「ですが」


「襲ってきたら、その時は頼む」


「……分かりました」


 俺は腰の短剣にも手を触れず、両手が見えるようにゆっくり持ち上げた。


「大丈夫」


 言葉が通じるかは分からない。


 それでも、なるべく怖がらせないように笑ってみせる。


「俺達、たぶん敵じゃないから」


「たぶん、ですか?」


 後ろからノアの声。


「こういう時に断言して後で襲われたら嫌だろ」


「現実的ですね」


「臆病とも言う」


 俺は再びゴブリンを見る。


 戦えない俺にできることなんて、今のところこんなことくらいしかない。


 剣を振ることも、魔法を使うこともできない。


 だから、相手がこちらを敵だと決める前に、できるだけ話してみる。


 その時、胸の奥がわずかに熱くなった。


「……?」


 《縁》かと思った。


 けれど光は現れない。


 何かが始まりかけているような、不思議な感覚だけが残った。


 俺はこの日、初めて生きたゴブリンと向き合った。


 そしてこれから知ることになる。


 この世界で「魔物」と呼ばれている存在を、たった一つの言葉で全部まとめていいのかどうかを。


          ――第八話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


ユウト達4人で向かった旧街道では、大量の《夜棘》が道を塞いでいました。


一人では突破できない状況を、

リリアの剣、

ミミナの付与魔法、

ノアの浄化、

そしてユウトの調整で突破。


さらに《縁 -enishi-》には、

《複数縁結合》という新たな可能性があることも判明しました。


そして礼拝堂で、ユウトは初めて生きたゴブリンと遭遇します。


次回、人間を警戒するゴブリンと、戦えない交渉士ユウトが向き合います。


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