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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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治療費は命より先に決めます

「治療後の寄付について、先にご説明します」


「今!?」


 俺の声が冒険者ギルドに響いた。


 目の前では、毒を受けた冒険者が苦しそうに横たわっている。顔は青白く、呼吸も浅い。


 どう見ても、お金の話をしている場合ではない。


 それなのに、金髪の神官少女は恐ろしく穏やかな笑顔を浮かべていた。


「はい。今です」


「いやいやいや、先に治療だろ!」


「それでは治療後に揉める可能性があります」


「命かかってるんだけど!?」


「だからこそです」


 少女はまったく動じることなく、倒れている男へ視線を戻した。


「意識はありますか?」


「……あ、ああ」


「お名前を教えてください」


「ガ、ガレス……」


「ガレスさん。これから毒の浄化と傷の治療を行います」


「頼む……」


「通常の寄付額は二十五ゴールドです」


「に、二十五……」


 ガレスの顔が、今度は別の意味で青くなった。


「そんなに……持ってねえ……」


「現在、おいくらお持ちですか?」


「八……」


「では、八ゴールドで結構です」


「え?」


 俺だけではない。


 リリアもミミナも、同時に少女を見た。


「払える範囲で構いません」


「いや、今二十五って言ったよね?」


「二十五ゴールドは通常額です。命の値段ではありません」


 少女はそれ以上説明せず、ガレスの腕へ手をかざした。


「《浄化》」


 柔らかな金色の光が傷口を包む。


「ぐっ……!」


「少し痛みます。動かないでください」


「う、うおお……!」


 さっきまで淡々と寄付額を説明していた人物とは思えないほど、治療に入った少女の表情は真剣だった。


 指先は少しも震えていない。


 傷口から黒紫色の煙のようなものが浮かび上がり、金色の光へ溶けるように消えていく。


「《癒しの灯》」


 今度は傷そのものを淡い光が包み、裂けていた皮膚がゆっくりと塞がっていった。


「すご……」


 隣でミミナが思わず呟く。


 数十秒もすると、ガレスの呼吸は落ち着き、青白かった顔にも少しずつ血色が戻ってきた。


「これで毒は抜けました。傷も問題ありません」


「……助かった」


 ガレスは信じられないような顔で自分の腕を眺めている。


「本当に……ありがとう」


「三日間は激しい運動を控えてください。それから、お酒は禁止です」


「三日?」


「五日でも構いません」


「じゃあ三日で」


「なぜ短い方を選ぶのです?」


 そこで初めて、少女の眉がわずかに動いた。


 俺は思わず笑いそうになる。


 リリアもガレスの傷を確認すると、小さく頷いた。


「完全に毒が抜けていますね」


「やっぱりすごい治療なの?」


「ええ。浄化と治癒を続けて行える神官は、そう多くありません」


「へえ……」


 少女はそんな会話にも特に反応せず、静かに立ち上がった。


「それでは八ゴールドをお願いします」


「あ、ああ」


 ガレスが革袋を探る。


 すると、隣にいた仲間の冒険者が申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまねえ。こいつ昨日装備を買い替えたばっかで、本当に金がなくて……」


「問題ありません」


「でも、八ゴールドしか……」


「先ほど申し上げました。命の値段ではありません」


 少女はガレスから八枚の硬貨を受け取る。


 そして、そのうち三枚をそのまま彼へ返した。


「……?」


「帰りに薬草茶と、何か消化の良いものを買ってください」


「え?」


「治療後は水分と栄養が必要です」


「でも、これ……」


「必要経費です」


「寄付から返していいのか?」


「一度私が受け取ったお金ですから、使い道は私が決めます」


「いや、それ絶対あとで怒られるやつじゃない?」


 思わず口を挟んだ。


 少女が初めてこちらを見る。


「どなたですか?」


「神崎ユウトです」


「そうですか」


 興味なさそう!


「一応、冒険者です」


「そうは見えませんね」


「もう言われ慣れました」


 なんなんだ。


 この世界の人間は俺を見るたび、本当に冒険者なのか確認しないと気が済まないらしい。


「彼は冒険者ですよ」


 リリアが横から助け舟を出してくれた。


「職業は交渉士ですが」


「そこまで説明しなくていいから!」


「交渉士?」


 少女の目が、そこで初めて少しだけ変わった。


 俺を上から下まで眺める。


「……なるほど」


「何が?」


「いえ。戦闘能力が低そうなので納得しました」


「交渉士を見た目で判断するな!」


「当たっていますよね?」


「当たってるのが余計に腹立つ!」


 ミミナが横で笑っている。


「ユウト、見るからに弱そうだもん」


「お前はあとで説教な」


「なんで!?」


          ◇


 治療されたガレス達が帰ったあと、俺達はそのままギルドの受付前に残っていた。


「そういえば」


 俺は金髪の神官少女を見る。


「まだ名前聞いてなかった」


「人へ名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るものでは?」


「さっき名乗りましたけど!?」


「そうでしたね」


「絶対興味なかっただろ!」


「ノア・セルヴィです」


 さらっと流された。


 長い金髪に優しそうな緑色の瞳。白を基調とした神官服には、淡い緑と金の刺繍が施されている。


 見た目だけなら、清楚で穏やかで慈愛に満ちた、まさに神官という言葉をそのまま人間にしたような少女だ。


 治療前に料金説明さえ始めなければ。


「ノアは、この町の神官なの?」


「現在はそうです」


「現在?」


「細かいことはお気になさらず」


「すごく気になる言い方なんだけど」


 その時だった。


「ノア!」


 ギルドの入口から、白い神官服を着た老人が早足で入ってくる。


「また勝手に寄付額を変えたな!」


「神官長」


 ノアの表情が少しだけ冷たくなる。


「患者の支払い能力に応じた適正額です」


「神殿の規定は二十五ゴールドだ!」


「八ゴールドしか持っていない方から二十五ゴールドは受け取れません」


「なら不足分を後払いにすればよい!」


「怪我を治した直後の人へ借金を背負わせることが、神の御心に沿うとは思えません」


「ぐっ……」


 強い。


 あの神官長、完全に押されている。


「そ、それとだ!」


「はい」


「三ゴールド返しただろう!」


「薬草茶と食事代です」


「寄付を患者へ返す神官がどこにいる!」


「ここにいます」


「開き直るな!」


 俺、この子ちょっと好きかもしれない。


「ねえ、ユウト」


 ミミナが俺の袖を引っ張る。


「この人、面白いね」


「お前と同じカテゴリに入れていいか迷ってる」


「何それ」


「問題児」


「私は違うよ!」


「荷車を壁に走らせた人間が言っても説得力ないからな」


 そんな俺達を無視して、ノアと神官長の話は続いていた。


「そもそも、神聖術はお金を持っている方だけのものではありません」


「それは分かっている!」


「ではなぜ、昨日来た孤児院の子供から十ゴールド取ろうとしたのです?」


「規則だからだ!」


「子供ですよ?」


「だから規則――」


「私は嫌です」


 それまで穏やかだったノアの声が、初めてはっきりと強くなった。


 ギルド内が少し静かになる。


「治せるのに、お金がないから治さない。それを神様が望んでいるとは思えません」


「……」


「ですが、すべて無料にしてしまえば神殿も薬も維持できない。だから私は計算します」


 ノアは腰に下げた小さな帳簿を持ち上げる。


「払える人からは、きっちりいただきます」


「そこは取るんだ」


 俺が思わず口を挟む。


「当然です」


「急に怖い」


「その代わり、払えない方の治療費をそこで補います」


 なるほど。


 ノアがお金に細かいのは、単純に金が好きだからではないらしい。


 お金がなければ神殿も治療も維持できず、結果として救える命まで救えなくなる。


 だからこそ、払える人からは取るし、払えない人には無理をさせない。


「ノア」


 神官長が疲れたようにため息を吐く。


「お前は昔から極端なのだ」


「適正です」


「自分で適正と言うな」


「数字は嘘をつきません」


「人間は数字だけではない!」


「それをおっしゃるなら、寄付額を全員一律にするのをやめてください」


「……」


 神官長はとうとう言葉を失った。


 この子、リリアとはまったく違う方向で強い。


          ◇


「ところで、ノアさん」


 リリアが空気を変えるように話しかけた。


「先ほど治療された冒険者の毒について、少し伺ってもよろしいですか?」


 ノアの表情が変わる。


「やはり気づかれましたか」


「あの毒は、一般的な魔物から受けるものではありませんね?」


「はい」


「魔物の毒じゃないの?」


 俺が聞くと、ノアは小さな布包みを取り出した。


 中には、黒紫色をした細い棘の欠片が入っている。


「《夜棘》です」


「よるとげ?」


「魔力の濃い場所に生える植物です。棘には強い麻痺毒があります」


 リリアの顔が険しくなる。


「この周辺にも生息しているのですか?」


「通常はありません」


「またそれ?」


 俺は嫌な予感を覚えた。


 グランドボア。


 フォレストウルフ。


 ロックベア。


 キングホーン。


 本来なら別の場所にいるはずの魔物達が、次々に妙な場所へ現れている。


 そして今度は植物まで。


「ガレスさんは、どこで《夜棘》に刺されたんです?」


「北西にある旧街道です」


「旧街道……」


 リリアがギルドの壁に貼られた地図を見る。


 俺は反射的に声をかけた。


「リリア」


「何です?」


「地図には触らないで」


「まだ何もしていません!」


「予防です」


「失礼です!」


 ノアが俺達を交互に見る。


「あなた達は、この周辺の調査をしているのですか?」


「俺じゃなくて、リリアがね」


 リリアが改めて説明する。


「私は王都聖騎士団から、この周辺で発生している魔物の生息域異常を調査する任務を受けています」


「なるほど」


 ノアが少し考え込んだあと、意外な言葉を口にした。


「それなら、私も連れていっていただけませんか?」


「え?」


 リリアも少し驚いた顔をする。


「旧街道の先には、小さな礼拝堂があります」


「礼拝堂?」


「現在は使われていませんが、神殿の古い記録では、この周辺で魔力異常が起きた際の観測地点として使われていたそうです」


「《夜棘》の発生場所に近い?」


「可能性は高いと思います」


「場所は分かる?」


 質問した直後、俺は反射的にリリアを見る。


「なぜ私を見るのです!?」


「いや、そこ重要だから」


「私は今回――」


「地図は俺が持つ」


「……」


「安心した?」


「少しだけ」


「認めた!」


 ノアはそんな俺達を見ながら、少し不思議そうな顔をしている。


「妙な組み合わせですね」


「まだ知り合って数日なのに、俺もそう思ってる」


 リリアは一度ノアを見てから、真面目な表情になった。


「同行していただくこと自体は助かりますが、危険があります」


「承知しています」


「戦闘経験は?」


「ほとんどありません」


「……」


「ですが、治療と浄化はできます」


 リリアが俺を見る。


 俺もリリアを見る。


「ユウト」


「何?」


「嫌な予感がします」


「俺も」


「私も行く!」


 ミミナが勢いよく手を上げた。


「お前は当然来る流れだろ」


「じゃあ正式加入!?」


「まだお試し」


「えー!」


 ノアがそこでミミナを見る。


「あなたは、昨日ギルドの壁に荷車を走らせていた方ですね」


「知ってるの!?」


「町ではかなり有名ですよ」


「やった!」


「喜ぶところじゃない」


 俺は改めて、この場にいる面子を見る。


 方向音痴の聖騎士。


 加減を知らない付与魔導士。


 治療前に料金説明を始める神官。


 そして戦えない交渉士。


 ……これ、パーティとして大丈夫なのか?


 俺の不安をよそに、ノアは淡々と言った。


「では、明朝北門でお待ちしています」


「ちょっと待って」


「何でしょう?」


「同行中に怪我した場合、治療費は?」


 ノアがぴたりと止まる。


「もちろん、いただきます」


「やっぱり取るの!?」


「治療には魔力も薬も必要です」


「仲間候補からも?」


「まだ仲間ではありません」


「そこは正論!」


「ですが」


 ノアは穏やかに笑った。


「初回でしたら一割引きにします」


「商売かよ!」


 その笑顔を見た瞬間、胸の奥にほんの少しだけ温かい感覚が生まれた。


 けれど《縁》の光は現れない。


 まだ、つながってはいない。


 それも当然なのだろう。


 俺はノアという少女について、まだほとんど何も知らない。


 ただ、一つだけは分かった。


 この子は、お金に厳しい。


 それ以上に、人の命をお金だけで選びたくないと思っている。


「ノア」


「何でしょう?」


「ちなみに俺、金ないから」


「知っています」


「なんで!?」


「服装と装備を見れば分かります」


「この世界、人を財布で判断する奴多くない!?」


 ノアが少しだけ笑った。


 今まで見せていた営業用のような笑顔とは違う、ごく自然な笑い方だった。


 その時の俺は、まだ知らなかった。


 この少女がこの先何度も俺達の命を救い、その一方で宿代から食費まで一ゴールド単位で管理することになるなんて。


 そして、いつの日か魔王軍を相手にしてすら、真顔で請求書を差し出すことになるなんて。


          ――第七話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


4人目の仲間候補、神官ノアが本格登場しました。


治療費には誰より厳しいのに、「お金がないから治さない」という考えは受け入れないノア。


そして、ガレスを苦しめていた毒の正体《夜棘》から、周辺で起きている異変が魔物だけではないことも分かってきました。


次回、ユウト・リリア・ミミナ・ノアの4人で旧街道へ向かいます。


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