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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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軽くしてって言っただけ

「最終確認」


「はい!」


 リベルタ西門。


 俺の正面では、ミミナが大きな杖を抱えながら、妙に真剣な顔で背筋を伸ばしていた。


「付与魔法を使う時は?」


「対象、効果、強さ、時間!」


「勝手に最大出力は?」


「しない!」


「俺が『ちょっと』って言った時は?」


「最大にしない!」


「よし」


「これ、本当に必要なのですか?」


 隣にいたリリアが少し呆れたように聞いてくる。


「必要」


「必要!」


 俺とミミナの声が綺麗に重なった。


 リリアはそれ以上何も言わず、静かに前を向いた。


 今日の依頼は、西牧場へ現れるホーンラビットの群れを森側へ追い払うこと。


 討伐ではなく、難易度も低い。


 ミミナのお試し加入にはちょうどいいし、俺にとっても昨日のような遭難を避けながら、今度こそ普通の依頼を成功させる絶好の機会だった。


「では行きましょう」


 リリアが堂々と歩き出す。


「そっち東」


「……確認しただけです」


「開始十秒なんだけど!?」


「今日はユウトが地図を持ってください」


「最初からそのつもりだよ!」


          ◇


 西牧場には、一時間ほどで無事に到着した。


「着いた……」


 思わず感慨深い声が漏れた。


「なぜ泣きそうなのです?」


「目的地に一回で着いた」


「当然でしょう」


「お前が言うな!」


 牧場主は、がっしりした体格の中年男性だった。


 名前はダリオ。


「冒険者さんか。助かったよ」


「ホーンラビットが出ると聞きました」


 リリアが尋ねると、ダリオは畑の方を指差した。


「ああ。ここ最近、毎日のように出てくるんだ」


 土から顔を出しているのは、大根に似た白い根菜だ。


「あいつら、これが大好物でな。殺してまで追い払いたくはねえんだが、このまま食われ続けると商売にならん」


「数はどれくらいですか?」


「普段は五、六匹。多くても十匹くらいだ」


「それなら大丈夫そうだな」


 俺がそう言うと、ダリオがこちらを見る。


「兄ちゃんも冒険者か?」


「はい」


「武器は?」


「短剣です」


「防具は?」


「ありません」


「職業は?」


「交渉士です」


「……本当に冒険者か?」


 この世界の人達は、人の心というものを知らないのだろうか。


「戦闘については私が担当します」


 リリアが一歩前へ出る。


 すると、ダリオの表情が見るからに安心した。


「聖騎士さんか。それなら安心だ!」


「俺の時と反応違いすぎない?」


 世の中は能力主義らしい。


 厳しい。


「それで、ミミナ」


「はい!」


「今日はまず補助に徹してくれ」


「分かってる!」


「最大出力は禁止」


「もう覚えたよ!」


「昨日の今日だからな」


「信用ないなあ……」


「信用は、これから作るものだろ」


 俺が何気なくそう言うと、ミミナが少しだけ驚いたような顔をした。


 けれどすぐに表情を柔らかくして、小さく笑う。


「うん」


          ◇


 日が少し傾き始めた頃、奴らは姿を現した。


「……かわいい」


 俺の第一声だった。


 白い毛に丸い体、長い耳。


 額には十センチほどの小さな角が一本。


 ホーンラビットという名前の通り、見た目だけなら角の生えたウサギそのものだった。


「近づかないでください」


 リリアが即座に釘を刺す。


「いや、でもかわいいぞ」


「その角で腹部を突かれれば、普通に穴が開きます」


「かわいくない」


 即座に評価を修正した。


 数は七匹。


 畑の端から、ぴょこぴょこと根菜の方へ近づいてくる。


「追い払うだけなら、戦わなくてもいけそうだな」


 俺は周囲を見る。


 畑のすぐ近くには森があり、その間には低い柵がある。


 倒す必要がないなら、もっと穏便な方法があるはずだ。


「餌で誘導できないかな」


「何を使うのです?」


「あいつら、この根菜が好きなんだろ?」


 ダリオから傷物の根菜を数本もらい、そのうち一本を持ち上げる。


「これを森側へ置いて、匂いを少し強くすればついてくるんじゃない?」


「なるほど」


 リリアが頷く。


 俺はミミナを見る。


「できる?」


「できる!」


「じゃあ確認」


「対象は、この根菜!」


「効果は?」


「香りを強くする!」


「強さは?」


 ミミナが少し考える。


「……三十パーセント?」


「それくらいでいこう」


「時間は五分!」


「よし」


 ミミナが杖を向ける。


「《芳香付与》」


 淡い光が根菜を包み、すぐに甘い香りが漂い始めた。


「おお」


 俺でも分かるくらいには香りが強いが、鼻につくほどではない。


「ちょうどいいですね」


 リリアも少し驚いたように言った。


 ホーンラビット達が一斉に顔を上げる。


 鼻をひくひくと動かしたあと、一匹、二匹とこちらへ近づいてきた。


「いける」


 俺は根菜を少しずつ森側へ移動させる。


 するとホーンラビット達も、それにつられるようについてきた。


「すごい!」


 ミミナが小声で喜ぶ。


「私、何も壊してない!」


「成功基準が低いな!」


「でも成功は成功でしょ!」


「それはそうだけど」


 実際、こうして使うと付与魔法はかなり便利だった。


 強いから便利なのではなく、目的に合わせてちょうどよく使えば便利なのだ。


「ユウト」


「ん?」


 リリアが少し笑う。


「やはり、あなたとミミナさんは相性が良いのかもしれません」


「何が起きるか分からないから、毎回怖いんですけど」


「だからでしょう」


「?」


「あなたは、必要以上の力を求めませんから」


「死にたくないだけだよ」


「臆病であることが、彼女を扱う上では長所になっているのです」


「褒めてるのか、それ?」


「半分くらいは」


「また半分かよ」


 それでも、悪い気はしなかった。


 戦えない俺でも、こういう役目ならできる。


 少なくとも今は、そう思えた。


「よし、あと少し――」


 その時だった。


 森の近くで地面が、ボコッと盛り上がった。


「……ん?」


 もう一度、土が大きく膨らむ。


「何だ?」


「下がってください」


 リリアがすぐ剣へ手を伸ばす。


 次の瞬間、ドンッという音とともに土が弾けた。


「うわっ!」


 そこから飛び出してきたのは、巨大な白い塊だった。


「……ウサギ?」


 ホーンラビット。


 たぶん。


 ただし、大きさがおかしい。


「俺と同じくらいあるんだけど!?」


「キングホーンです!」


「王様!?」


「ホーンラビットの大型個体です!」


 額には、俺の腕ほどもある長い角が伸びている。


「こんなの情報になかったぞ!」


 キングホーンは周囲を見回したあと、こちらへ顔を向けた。


 鼻が大きく動いている。


 そして視線の先には、俺が持っている《芳香付与》された根菜。


「……」


「……」


 嫌な予感がした。


「ミミナ」


「何?」


「この匂い、どのくらい遠くまで届く?」


「三十パーセントだから、普通よりはかなり遠くまで」


「つまり……」


 キングホーンが地面を蹴った。


「ブキュウウウウッ!」


「呼んじゃった!?」


「たぶん!」


「逃げろ!」


 三人で一斉に走り出す。


 背後から、ドドドドドドッと地面を叩く音が近づいてくる。


「速っ!」


「キングホーンは脚力が非常に高いです!」


「そういう情報は先に欲しかった!」


 問題は、俺が遅いということだ。


 筋力E、体力E、敏捷D。


 逃げるという行為に向いている能力値ではない。


「やばい、追いつかれる!」


「ユウト!」


 ミミナが走りながら杖を構える。


「何を付与する!?」


 俺は必死に考えた。


 速くする?


 でも脚だけ速くなって体がついていかなかったら、それはそれで怖い。


 だったら、少し軽くすれば走りやすくなるかもしれない。


「俺を軽くして!」


「了解!」


 ミミナの杖が光った。


 次の瞬間、体がふわりと浮く。


「……あ」


 足が地面から離れた。


 リリアがこちらを見る。


「ミミナさん」


「何!?」


「強さは?」


「……」


 嫌な沈黙。


「俺、まだ言ってないよね!?」


「急いでたから!」


「ちなみに何パーセント!?」


「……百」


「また最大ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ちょうどその時、横から風が吹いた。


 俺の体が、そのまま持ち上がる。


「うおおおおお!?」


 二メートル。


 三メートル。


 さらに高くなる。


「ユウトが飛びました!」


「見れば分かる!」


「助けてええええ!」


 キングホーンは俺の真下を通り過ぎ、地上ではリリアとミミナが走っている。


 空では俺が風に流されている。


 なぜだ。


 三人で初めての依頼なのに、俺だけ鳥になっている。


「ミミナ! 効果時間は!?」


「聞かれなかったから三十秒!」


「長い!」


「普段はもっと短いよ!」


「今は永遠に感じる!」


 さらに風に流される。


 牧場の柵を越え、畑の端まで越えていく。


「どこまで行くんだ俺!?」


「ユウトー!」


 地上からミミナの声が聞こえる。


 しばらくして、体が少しずつ下がり始めた。


「そろそろ切れます!」


 リリアが下を走る。


「私が受け止めます!」


「待って、怖い怖い!」


 そして三十秒。


 付与の光が消えた。


「うわああああ!」


 今まで浮いていた体が一気に落ちる。


「はっ!」


 地面へ叩きつけられる寸前で、リリアが俺を受け止めた。


 お姫様抱っこで。


「……」


「大丈夫ですか?」


「……恥ずかしいから、まず降ろして」


「怪我は?」


「体は無事」


「それなら良かったです」


「心は死んだけどね」


 地面へ下ろされる。


 足の裏に感じる土の感触が、これほどありがたいと思ったことはない。


 大地って素晴らしい。


 もう二度と離れたくない。


「ユウト!」


 ミミナが息を切らしながら駆け寄ってきた。


「ごめん!」


「お前な……」


「本当にごめんなさい!」


 顔を見る。


 本気で落ち込んでいる。


「私、また……」


 そこで言葉が止まった。


 たぶん今までなら、ここで「もういい」と言われていたのかもしれない。


 役に立ちたくて魔法を使って、失敗して、そのたびにパーティから外される。


 だから、同じ言葉が来ると思っている。


「ミミナ」


「……うん」


「俺が何て言った?」


「対象、効果、強さ、時間」


「今回足りなかったのは?」


「強さと時間」


「二つ忘れたな」


「……うん」


「じゃあ、次は忘れない」


「……え?」


 ミミナが顔を上げる。


「怒らないの?」


「怒ってるよ」


「……」


「ものすごく怖かったし、もう一回空を飛べって言われたら全力で断る」


「ごめん」


「でも、一回失敗しただけで全部終わりにする必要はないだろ」


 ミミナが黙って俺を見る。


「次に直せばいい。それでも同じ失敗を百回繰り返したら、その時は考える」


「百回までいいの!?」


「例えだよ! 二回目くらいで学んでくれ!」


 ミミナの目が少しだけ潤んだように見えた。


「……うん」


「それと」


「何?」


「次に俺を空へ飛ばしたら、一週間飯おごりな」


「それは無理!」


「じゃあ絶対やるな!」


 ミミナが声を上げて笑った。


 その瞬間、胸の奥に温かい感覚が広がる。


 今度は途中で消えなかった。


 俺とミミナの間に一本の淡い光が伸び、しっかりとつながる。


『《縁》が形成されました』


「……」


 やっぱり、ただ会って話すだけではないらしい。


 相手のことを少し理解して、受け入れた時に反応する。


 もしかすると、それが《縁》の条件の一つなのかもしれない。


「ユウト?」


「いや、なんでもない」


 俺は手を差し出した。


「改めて、よろしく」


 ミミナは一瞬だけ固まったあと、その手を握った。


「うん!」


「まだお試し期間ですよ」


 リリアが横から言う。


「そこ大事?」


「大事です」


 相変わらず真面目だ。


 ただ、リリアも少しだけ笑っていた。


「さて」


 俺は後ろを見る。


 キングホーンはまだ畑の近くにいる。


「問題、全然終わってなかったな」


「どうします?」


「作戦を変えよう」


 俺は残っている根菜を見る。


「ミミナ。香りを十パーセントまで落とせる?」


「できる!」


「効果時間は二分」


「了解!」


「リリア」


「はい」


「キングホーンを傷つけずに、森側へ誘導できる?」


「やってみましょう」


 三人で顔を見合わせる。


 今度は、誰が何をするのか分かっている。


          ◇


 十分後。


 キングホーンは、無事に森へ戻っていった。


 怪我人はゼロ。


 壊れた物もゼロ。


 畑も無事だった。


「……成功?」


 俺は念のため確認する。


「成功です」


 リリアが頷く。


「本当に?」


「ええ」


「何も壊してない?」


「壊してない!」


 ミミナが先に答えた。


 少しだけ間を置いたあと、両手を高く上げる。


「やったぁぁぁ!」


 俺も思わず笑った。


「初依頼成功!」


「私達三人では、ですね」


「そこ細かいな」


「重要です」


 牧場主のダリオが笑いながら近づいてくる。


「助かったよ。あんなデカいのまで出てきた時はどうなるかと思ったが、全部森へ返してくれて助かった」


「俺も途中でどうなるかと思いました」


 本気でそう思った。


「三人とも、なかなかいい組み合わせじゃないか」


「そう見える?」


 ミミナが聞く。


「少なくとも、見ていて退屈はしなかったな」


「それ褒めてるの?」


「半分くらいな」


 どこかで聞いたような評価だ。


 依頼の報酬は三百ゴールド。


 三等分で一人百ゴールドずつ。


 俺にとっては、この世界へ来てから初めて「依頼を成功させて得た金」だった。


 革袋の中の硬貨を見る。


「……なんか嬉しいな」


「何が?」


 ミミナが首を傾げる。


「自分で稼いだって感じがする」


「冒険者なら普通じゃない?」


「俺にとっては、まだ普通じゃないんだよ」


 ミミナはよく分からないという顔をした。


 リリアだけが、少しだけ俺を見た。


 たぶん、この世界の常識を知らなさすぎる俺に、何か事情があることくらいは気づいているのだろう。


 それでも何も聞かなかった。


          ◇


 リベルタへ戻ったのは夕方だった。


「今日こそベッドで寝られる」


「当然です」


「昨日はリリアのせいで森だったけどな」


「……」


「目を逸らすな」


「今日の夕食は何にする?」


 ミミナが横から割り込む。


「お前、もう正式加入した顔してない?」


「違うの?」


「まだお試し」


「えー」


 そんな話をしながら、三人で冒険者ギルドの扉を開けた。


 その瞬間。


「誰か!」


 叫び声が響き、ギルド内の空気が一変した。


 冒険者が一人、ぐったりした仲間を背負って駆け込んでくる。


「治療できる奴はいないか!」


 背負われた男の腕は血で濡れ、顔色は明らかに悪い。


「毒だ!」


 誰かが叫ぶ。


「神殿へ運べ!」


「間に合わねえ!」


 リリアがすぐに動いた。


「傷を見せてください!」


 俺とミミナも後を追う。


 けれど、俺には治療なんてできない。


 ミミナの付与魔法でも、傷そのものを治すことはできない。


 その時。


「退いてください」


 騒がしいギルド内に、静かな声が通った。


 人混みが少しずつ分かれていく。


 そこから現れたのは、俺達とそう変わらない年頃の少女だった。


 長い金色の髪。


 白を基調とした神官服。


 優しそうな緑色の瞳。


 少女は負傷した冒険者の隣へ膝をつき、傷口を確認する。


「大丈夫です」


 柔らかく微笑む。


「治療できます」


「本当か!?」


 男の仲間が安堵の声を上げる。


「はい」


 少女は穏やかな表情のまま頷いた。


「ただし、治療後の寄付について、先にご説明します」


「今!?」


 思わず声を上げてしまった。


 少女はこちらを見る。


 そして、にっこりと微笑んだ。


「大切なことですので」


 その瞬間、俺は妙な確信を覚えた。


 また一人。


 ただでは済まなそうな人物が現れた。


          ――第六話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


三人で初めて挑んだホーンラビット追い払い依頼。


ミミナはまたもや加減を間違え、ユウトを空へ飛ばしてしまいますが、それでもユウトは彼女を見放しませんでした。


その結果、ついにミミナとの《縁》が形成。


そして依頼成功後、ギルドには新たな神官の少女が現れます。


次回、4人目の仲間候補・ノアが本格登場します。


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