軽くしてって言っただけ
「最終確認」
「はい!」
リベルタ西門。
俺の正面では、ミミナが大きな杖を抱えながら、妙に真剣な顔で背筋を伸ばしていた。
「付与魔法を使う時は?」
「対象、効果、強さ、時間!」
「勝手に最大出力は?」
「しない!」
「俺が『ちょっと』って言った時は?」
「最大にしない!」
「よし」
「これ、本当に必要なのですか?」
隣にいたリリアが少し呆れたように聞いてくる。
「必要」
「必要!」
俺とミミナの声が綺麗に重なった。
リリアはそれ以上何も言わず、静かに前を向いた。
今日の依頼は、西牧場へ現れるホーンラビットの群れを森側へ追い払うこと。
討伐ではなく、難易度も低い。
ミミナのお試し加入にはちょうどいいし、俺にとっても昨日のような遭難を避けながら、今度こそ普通の依頼を成功させる絶好の機会だった。
「では行きましょう」
リリアが堂々と歩き出す。
「そっち東」
「……確認しただけです」
「開始十秒なんだけど!?」
「今日はユウトが地図を持ってください」
「最初からそのつもりだよ!」
◇
西牧場には、一時間ほどで無事に到着した。
「着いた……」
思わず感慨深い声が漏れた。
「なぜ泣きそうなのです?」
「目的地に一回で着いた」
「当然でしょう」
「お前が言うな!」
牧場主は、がっしりした体格の中年男性だった。
名前はダリオ。
「冒険者さんか。助かったよ」
「ホーンラビットが出ると聞きました」
リリアが尋ねると、ダリオは畑の方を指差した。
「ああ。ここ最近、毎日のように出てくるんだ」
土から顔を出しているのは、大根に似た白い根菜だ。
「あいつら、これが大好物でな。殺してまで追い払いたくはねえんだが、このまま食われ続けると商売にならん」
「数はどれくらいですか?」
「普段は五、六匹。多くても十匹くらいだ」
「それなら大丈夫そうだな」
俺がそう言うと、ダリオがこちらを見る。
「兄ちゃんも冒険者か?」
「はい」
「武器は?」
「短剣です」
「防具は?」
「ありません」
「職業は?」
「交渉士です」
「……本当に冒険者か?」
この世界の人達は、人の心というものを知らないのだろうか。
「戦闘については私が担当します」
リリアが一歩前へ出る。
すると、ダリオの表情が見るからに安心した。
「聖騎士さんか。それなら安心だ!」
「俺の時と反応違いすぎない?」
世の中は能力主義らしい。
厳しい。
「それで、ミミナ」
「はい!」
「今日はまず補助に徹してくれ」
「分かってる!」
「最大出力は禁止」
「もう覚えたよ!」
「昨日の今日だからな」
「信用ないなあ……」
「信用は、これから作るものだろ」
俺が何気なくそう言うと、ミミナが少しだけ驚いたような顔をした。
けれどすぐに表情を柔らかくして、小さく笑う。
「うん」
◇
日が少し傾き始めた頃、奴らは姿を現した。
「……かわいい」
俺の第一声だった。
白い毛に丸い体、長い耳。
額には十センチほどの小さな角が一本。
ホーンラビットという名前の通り、見た目だけなら角の生えたウサギそのものだった。
「近づかないでください」
リリアが即座に釘を刺す。
「いや、でもかわいいぞ」
「その角で腹部を突かれれば、普通に穴が開きます」
「かわいくない」
即座に評価を修正した。
数は七匹。
畑の端から、ぴょこぴょこと根菜の方へ近づいてくる。
「追い払うだけなら、戦わなくてもいけそうだな」
俺は周囲を見る。
畑のすぐ近くには森があり、その間には低い柵がある。
倒す必要がないなら、もっと穏便な方法があるはずだ。
「餌で誘導できないかな」
「何を使うのです?」
「あいつら、この根菜が好きなんだろ?」
ダリオから傷物の根菜を数本もらい、そのうち一本を持ち上げる。
「これを森側へ置いて、匂いを少し強くすればついてくるんじゃない?」
「なるほど」
リリアが頷く。
俺はミミナを見る。
「できる?」
「できる!」
「じゃあ確認」
「対象は、この根菜!」
「効果は?」
「香りを強くする!」
「強さは?」
ミミナが少し考える。
「……三十パーセント?」
「それくらいでいこう」
「時間は五分!」
「よし」
ミミナが杖を向ける。
「《芳香付与》」
淡い光が根菜を包み、すぐに甘い香りが漂い始めた。
「おお」
俺でも分かるくらいには香りが強いが、鼻につくほどではない。
「ちょうどいいですね」
リリアも少し驚いたように言った。
ホーンラビット達が一斉に顔を上げる。
鼻をひくひくと動かしたあと、一匹、二匹とこちらへ近づいてきた。
「いける」
俺は根菜を少しずつ森側へ移動させる。
するとホーンラビット達も、それにつられるようについてきた。
「すごい!」
ミミナが小声で喜ぶ。
「私、何も壊してない!」
「成功基準が低いな!」
「でも成功は成功でしょ!」
「それはそうだけど」
実際、こうして使うと付与魔法はかなり便利だった。
強いから便利なのではなく、目的に合わせてちょうどよく使えば便利なのだ。
「ユウト」
「ん?」
リリアが少し笑う。
「やはり、あなたとミミナさんは相性が良いのかもしれません」
「何が起きるか分からないから、毎回怖いんですけど」
「だからでしょう」
「?」
「あなたは、必要以上の力を求めませんから」
「死にたくないだけだよ」
「臆病であることが、彼女を扱う上では長所になっているのです」
「褒めてるのか、それ?」
「半分くらいは」
「また半分かよ」
それでも、悪い気はしなかった。
戦えない俺でも、こういう役目ならできる。
少なくとも今は、そう思えた。
「よし、あと少し――」
その時だった。
森の近くで地面が、ボコッと盛り上がった。
「……ん?」
もう一度、土が大きく膨らむ。
「何だ?」
「下がってください」
リリアがすぐ剣へ手を伸ばす。
次の瞬間、ドンッという音とともに土が弾けた。
「うわっ!」
そこから飛び出してきたのは、巨大な白い塊だった。
「……ウサギ?」
ホーンラビット。
たぶん。
ただし、大きさがおかしい。
「俺と同じくらいあるんだけど!?」
「キングホーンです!」
「王様!?」
「ホーンラビットの大型個体です!」
額には、俺の腕ほどもある長い角が伸びている。
「こんなの情報になかったぞ!」
キングホーンは周囲を見回したあと、こちらへ顔を向けた。
鼻が大きく動いている。
そして視線の先には、俺が持っている《芳香付与》された根菜。
「……」
「……」
嫌な予感がした。
「ミミナ」
「何?」
「この匂い、どのくらい遠くまで届く?」
「三十パーセントだから、普通よりはかなり遠くまで」
「つまり……」
キングホーンが地面を蹴った。
「ブキュウウウウッ!」
「呼んじゃった!?」
「たぶん!」
「逃げろ!」
三人で一斉に走り出す。
背後から、ドドドドドドッと地面を叩く音が近づいてくる。
「速っ!」
「キングホーンは脚力が非常に高いです!」
「そういう情報は先に欲しかった!」
問題は、俺が遅いということだ。
筋力E、体力E、敏捷D。
逃げるという行為に向いている能力値ではない。
「やばい、追いつかれる!」
「ユウト!」
ミミナが走りながら杖を構える。
「何を付与する!?」
俺は必死に考えた。
速くする?
でも脚だけ速くなって体がついていかなかったら、それはそれで怖い。
だったら、少し軽くすれば走りやすくなるかもしれない。
「俺を軽くして!」
「了解!」
ミミナの杖が光った。
次の瞬間、体がふわりと浮く。
「……あ」
足が地面から離れた。
リリアがこちらを見る。
「ミミナさん」
「何!?」
「強さは?」
「……」
嫌な沈黙。
「俺、まだ言ってないよね!?」
「急いでたから!」
「ちなみに何パーセント!?」
「……百」
「また最大ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ちょうどその時、横から風が吹いた。
俺の体が、そのまま持ち上がる。
「うおおおおお!?」
二メートル。
三メートル。
さらに高くなる。
「ユウトが飛びました!」
「見れば分かる!」
「助けてええええ!」
キングホーンは俺の真下を通り過ぎ、地上ではリリアとミミナが走っている。
空では俺が風に流されている。
なぜだ。
三人で初めての依頼なのに、俺だけ鳥になっている。
「ミミナ! 効果時間は!?」
「聞かれなかったから三十秒!」
「長い!」
「普段はもっと短いよ!」
「今は永遠に感じる!」
さらに風に流される。
牧場の柵を越え、畑の端まで越えていく。
「どこまで行くんだ俺!?」
「ユウトー!」
地上からミミナの声が聞こえる。
しばらくして、体が少しずつ下がり始めた。
「そろそろ切れます!」
リリアが下を走る。
「私が受け止めます!」
「待って、怖い怖い!」
そして三十秒。
付与の光が消えた。
「うわああああ!」
今まで浮いていた体が一気に落ちる。
「はっ!」
地面へ叩きつけられる寸前で、リリアが俺を受け止めた。
お姫様抱っこで。
「……」
「大丈夫ですか?」
「……恥ずかしいから、まず降ろして」
「怪我は?」
「体は無事」
「それなら良かったです」
「心は死んだけどね」
地面へ下ろされる。
足の裏に感じる土の感触が、これほどありがたいと思ったことはない。
大地って素晴らしい。
もう二度と離れたくない。
「ユウト!」
ミミナが息を切らしながら駆け寄ってきた。
「ごめん!」
「お前な……」
「本当にごめんなさい!」
顔を見る。
本気で落ち込んでいる。
「私、また……」
そこで言葉が止まった。
たぶん今までなら、ここで「もういい」と言われていたのかもしれない。
役に立ちたくて魔法を使って、失敗して、そのたびにパーティから外される。
だから、同じ言葉が来ると思っている。
「ミミナ」
「……うん」
「俺が何て言った?」
「対象、効果、強さ、時間」
「今回足りなかったのは?」
「強さと時間」
「二つ忘れたな」
「……うん」
「じゃあ、次は忘れない」
「……え?」
ミミナが顔を上げる。
「怒らないの?」
「怒ってるよ」
「……」
「ものすごく怖かったし、もう一回空を飛べって言われたら全力で断る」
「ごめん」
「でも、一回失敗しただけで全部終わりにする必要はないだろ」
ミミナが黙って俺を見る。
「次に直せばいい。それでも同じ失敗を百回繰り返したら、その時は考える」
「百回までいいの!?」
「例えだよ! 二回目くらいで学んでくれ!」
ミミナの目が少しだけ潤んだように見えた。
「……うん」
「それと」
「何?」
「次に俺を空へ飛ばしたら、一週間飯おごりな」
「それは無理!」
「じゃあ絶対やるな!」
ミミナが声を上げて笑った。
その瞬間、胸の奥に温かい感覚が広がる。
今度は途中で消えなかった。
俺とミミナの間に一本の淡い光が伸び、しっかりとつながる。
『《縁》が形成されました』
「……」
やっぱり、ただ会って話すだけではないらしい。
相手のことを少し理解して、受け入れた時に反応する。
もしかすると、それが《縁》の条件の一つなのかもしれない。
「ユウト?」
「いや、なんでもない」
俺は手を差し出した。
「改めて、よろしく」
ミミナは一瞬だけ固まったあと、その手を握った。
「うん!」
「まだお試し期間ですよ」
リリアが横から言う。
「そこ大事?」
「大事です」
相変わらず真面目だ。
ただ、リリアも少しだけ笑っていた。
「さて」
俺は後ろを見る。
キングホーンはまだ畑の近くにいる。
「問題、全然終わってなかったな」
「どうします?」
「作戦を変えよう」
俺は残っている根菜を見る。
「ミミナ。香りを十パーセントまで落とせる?」
「できる!」
「効果時間は二分」
「了解!」
「リリア」
「はい」
「キングホーンを傷つけずに、森側へ誘導できる?」
「やってみましょう」
三人で顔を見合わせる。
今度は、誰が何をするのか分かっている。
◇
十分後。
キングホーンは、無事に森へ戻っていった。
怪我人はゼロ。
壊れた物もゼロ。
畑も無事だった。
「……成功?」
俺は念のため確認する。
「成功です」
リリアが頷く。
「本当に?」
「ええ」
「何も壊してない?」
「壊してない!」
ミミナが先に答えた。
少しだけ間を置いたあと、両手を高く上げる。
「やったぁぁぁ!」
俺も思わず笑った。
「初依頼成功!」
「私達三人では、ですね」
「そこ細かいな」
「重要です」
牧場主のダリオが笑いながら近づいてくる。
「助かったよ。あんなデカいのまで出てきた時はどうなるかと思ったが、全部森へ返してくれて助かった」
「俺も途中でどうなるかと思いました」
本気でそう思った。
「三人とも、なかなかいい組み合わせじゃないか」
「そう見える?」
ミミナが聞く。
「少なくとも、見ていて退屈はしなかったな」
「それ褒めてるの?」
「半分くらいな」
どこかで聞いたような評価だ。
依頼の報酬は三百ゴールド。
三等分で一人百ゴールドずつ。
俺にとっては、この世界へ来てから初めて「依頼を成功させて得た金」だった。
革袋の中の硬貨を見る。
「……なんか嬉しいな」
「何が?」
ミミナが首を傾げる。
「自分で稼いだって感じがする」
「冒険者なら普通じゃない?」
「俺にとっては、まだ普通じゃないんだよ」
ミミナはよく分からないという顔をした。
リリアだけが、少しだけ俺を見た。
たぶん、この世界の常識を知らなさすぎる俺に、何か事情があることくらいは気づいているのだろう。
それでも何も聞かなかった。
◇
リベルタへ戻ったのは夕方だった。
「今日こそベッドで寝られる」
「当然です」
「昨日はリリアのせいで森だったけどな」
「……」
「目を逸らすな」
「今日の夕食は何にする?」
ミミナが横から割り込む。
「お前、もう正式加入した顔してない?」
「違うの?」
「まだお試し」
「えー」
そんな話をしながら、三人で冒険者ギルドの扉を開けた。
その瞬間。
「誰か!」
叫び声が響き、ギルド内の空気が一変した。
冒険者が一人、ぐったりした仲間を背負って駆け込んでくる。
「治療できる奴はいないか!」
背負われた男の腕は血で濡れ、顔色は明らかに悪い。
「毒だ!」
誰かが叫ぶ。
「神殿へ運べ!」
「間に合わねえ!」
リリアがすぐに動いた。
「傷を見せてください!」
俺とミミナも後を追う。
けれど、俺には治療なんてできない。
ミミナの付与魔法でも、傷そのものを治すことはできない。
その時。
「退いてください」
騒がしいギルド内に、静かな声が通った。
人混みが少しずつ分かれていく。
そこから現れたのは、俺達とそう変わらない年頃の少女だった。
長い金色の髪。
白を基調とした神官服。
優しそうな緑色の瞳。
少女は負傷した冒険者の隣へ膝をつき、傷口を確認する。
「大丈夫です」
柔らかく微笑む。
「治療できます」
「本当か!?」
男の仲間が安堵の声を上げる。
「はい」
少女は穏やかな表情のまま頷いた。
「ただし、治療後の寄付について、先にご説明します」
「今!?」
思わず声を上げてしまった。
少女はこちらを見る。
そして、にっこりと微笑んだ。
「大切なことですので」
その瞬間、俺は妙な確信を覚えた。
また一人。
ただでは済まなそうな人物が現れた。
――第六話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
三人で初めて挑んだホーンラビット追い払い依頼。
ミミナはまたもや加減を間違え、ユウトを空へ飛ばしてしまいますが、それでもユウトは彼女を見放しませんでした。
その結果、ついにミミナとの《縁》が形成。
そして依頼成功後、ギルドには新たな神官の少女が現れます。
次回、4人目の仲間候補・ノアが本格登場します。
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