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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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天才付与魔導士には取扱説明書がいる

 十分後。


「おかわり!」


「なんで!?」


 冒険者ギルド一階の食堂。


 俺とリリアの向かいには、つい十分前まで荷車をギルドの外壁へ走らせていた少女――ミミナ・ベルが座っていた。


 彼女の前には空になった皿が四枚並び、現在は五枚目へ突入しようとしている。


「昨日のお昼から何も食べてないんだもん」


「一日以上!?」


「お金なくて」


「……なるほど」


 事情を聞いた瞬間、それ以上強く言えなくなった。


 俺だって異世界へ来てまだ数日しか経っておらず、財布に余裕があるわけではない。


 ただし昨日倒したロックベアについては、リリアが討伐証明を提出したため、ギルドから素材の買い取り分として多少の報酬が支払われるらしい。


 本来受けていたスライム討伐については、一匹も倒していないので当然失敗扱いだ。


 冒険者の世界は思ったより世知辛い。


「ちなみに聞きたいんだけど」


 俺は嫌な予感を抱えながら尋ねた。


「この食事代、誰が払うの?」


 ミミナのスプーンが止まる。


 俺を見る。


 次にリリアを見る。


 最後に、とびきりの笑顔を浮かべた。


「ごちそうさま!」


「笑顔で会計を消そうとするな!」


「ダメ?」


「俺もその方法で生きていこうと思ってるから、先に使われると困る!」


「何を堂々と言っているのですか」


 リリアが呆れた顔で紅茶を口へ運ぶ。


 その時、ドンッと音を立てて一枚の紙がテーブルに置かれた。


「ミミナ」


「……はい」


 さっきまでミミナを追い回していたギルド職員だった。


 四十代くらいの大柄な男で、太い眉の下にある目には、長年問題児を相手にしてきたような疲労が滲んでいる。


「読め」


「今日じゃないとダメ?」


「今読め」


「はい……」


 ミミナが渋々紙へ目を落とす。


「井戸桶、十二ゴールド。食堂の椅子、八ゴールド。商店街の看板、二十五ゴールド……」


「まだあるぞ」


「荷車、五十八ゴールド。ギルド外壁補修、四十ゴールド……」


 読み進めるほど、ミミナの声が小さくなっていく。


 俺は横から紙を覗き込み、最下段に書かれた合計額を確認した。


「百四十三ゴールド」


「わざわざ声に出さないで!」


 職員が腕を組む。


「現在の所持金は?」


 ミミナはローブのポケットを探り、硬貨を二枚だけテーブルに置いた。


「二ゴールド」


「見事な赤字だな」


「百四十一ゴールド足りないだけだよ」


「それを世間では、ほぼ全額足りないと言うんです!」


 ミミナがしゅんと肩を落とす。


 ギルド職員はこめかみを押さえながら、深いため息を吐いた。


「お前なあ。付与魔導士としての腕そのものは認めてるんだぞ」


「本当!?」


 さっきまで落ち込んでいた顔が、一瞬で明るくなる。


「王都魔導院を首席で卒業したって話も嘘じゃないんだろ?」


「もちろん!」


「付与魔法だけで言えば、この町の冒険者より上かもしれん」


「ふふん!」


「なのに、どうして井戸の桶を空へ飛ばすんだ!」


「軽くしただけなのに!」


「軽くしすぎなんだよ!」


 なるほど。


 昨日の荷車を見てから抱えていた疑問が、少しずつ解けてきた。


「井戸桶にも《軽量》を?」


「うん」


 ミミナは当然のように頷いた。


「水を汲む時って重いでしょ? だから、できるだけ軽くした方が便利かなって思って」


「どれくらい軽くしたの?」


「できる限り」


「そこが問題なんだよ」


「え?」


 本気で分かっていない顔だった。


「じゃあ食堂の椅子は?」


「《安定》を付与したよ」


「何が起きた?」


「座った人が立てなくなった」


「安定しすぎだ!」


「でも椅子は倒れなかったよ?」


「人が座って、立つところまでが椅子の仕事だから!」


 隣で聞いていたリリアが小さく息を吐く。


「魔導院には、時々こういうタイプの魔導士がいます」


「知ってるの?」


「魔法理論に忠実すぎるのです。術式として最大効率を出すことを優先するあまり、実際に使う人間の都合を忘れてしまう」


「そう、それ!」


 ミミナが嬉しそうにリリアを指差した。


「最大効果を出せるなら、最大まで出した方が優秀な魔法でしょ?」


「よくない」


「どうして?」


「例えば俺が『ちょっと背中押して』って頼んだとして、城壁の外まで吹き飛ばされたら困るだろ」


 ミミナは少し考えた。


「……確かに」


「今そこで初めて納得したの!?」


 ミミナは腕を組み、かなり真剣な顔で考え込んでいる。


 頭は間違いなくいいのだろう。


 ただし「普通の人間がどれくらいを求めているか」という感覚だけ、綺麗に抜け落ちている。


「それだけ魔法が使えるなら、普通に依頼を受ければ借金くらい返せるんじゃない?」


 俺がそう尋ねると、ミミナの表情から少しだけ明るさが消えた。


「それが、最近はパーティに入れてもらえないんだよね」


「え?」


「最初は結構誘われるよ。私、付与魔法は得意だから」


 ミミナはパンをちぎりながら、何でもないことのように続ける。


「前に剣へ《切断強化》をかけた時は、よく切れるように最大まで上げたら鞘まで切れちゃったし」


「うん」


「弓へ《射程延長》をかけたら、矢が山の向こうまで飛んじゃった」


「もう嫌な予感しかしない」


「盾も強化したことあるよ」


「どうなった?」


「攻撃を跳ね返す力を最大にしたら、突っ込んできたオーガと盾を持ってた仲間が一緒に吹き飛んだ」


「仲間も!?」


「《反発》を最大まで上げたから」


「なんで毎回最大にするんだよ!」


「強い方がいいかなって」


「今までの失敗、全部それじゃねえか!」


 ミミナが笑った。


 けれど、その笑い方はさっきまでとは少し違っていた。


「だから最近は一人」


 シチューをスプーンですくいながら、視線を皿へ落とす。


「まあ、一人でも魔法は使えるし」


「……」


「付与魔法って攻撃魔法みたいに派手じゃないし、私がいなくても別に困らないって」


「誰が言った?」


「前に組んでた人」


 あっさりと答える。


「私もいっぱい失敗したから、仕方ないけどね」


 顔には怒りも悲しみも浮かんでいない。


 たぶん、そういう顔を見せないようにしているだけなんだろう。


 しばらくして、ミミナがスプーンを止めた。


「でも、一回くらいちゃんと役に立ってみたいんだよね」


 俺は何も言えなくなった。


 昨日受けた適性検査を思い出す。


 筋力E、体力E、魔力F。


 職業は交渉士。


 異世界へ来て最初に俺自身が感じたのも、「こんな能力で何の役に立てるんだ」という不安だった。


 そんな俺に、リリアは言ってくれた。


『必要になる場面はあります』


 たった一言だったけれど、思っていた以上に嬉しかった。


 だから。


「じゃあ、俺達と一回やってみる?」


「え?」


「ユウト!」


 当然、リリアが真っ先に反応した。


「あなたは昨日知り合ったばかりの私と組んで、今日は知り合って十分ほどの魔導士を勧誘するのですか?」


「改めて言われると、人間関係の進み方がすごいな俺」


「感心している場合ではありません!」


「正式加入じゃなくて、お試しだよ」


「お試し?」


 ミミナの目が輝いた。


「一回だけ簡単な依頼を一緒にやる。それで俺達もミミナも、組めそうか判断する」


「やる!」


「まだ条件言ってない」


「何でもやる!」


「それも危ない言い方だな……」


 俺は指を四本立てる。


「ミミナ。付与魔法を使う時は、これから四つ確認する」


「四つ?」


「一つ目は、対象。何に魔法を使うのか」


 一本指を折る。


「二つ目は、効果。何を付与したいのか」


 もう一本。


「三つ目は、強さ。どのくらいの効果にするのか」


 そして最後。


「四つ目は、時間。何秒、何分、その効果を続けるのか」


 ミミナが何度か瞬きをした。


「そこまで細かく決めるの?」


「普通の魔導士なら必要ないかもしれないけど、お前には必要だと思う」


「面倒だなあ」


「じゃあ、お試しなしで」


「やる!」


「決断早いな!」


「ちゃんと指示された通りにするから!」


「本当?」


「本当!」


 ミミナが力強く頷く。


 少なくとも悪意はない。


 むしろ本人は毎回、本気で役に立とうとしている。


 問題なのは、その本気が毎回百パーセントを超えてしまうことだ。


「リリアはどう?」


 俺が尋ねると、リリアは腕を組んだまま少し考え込んだ。


「私は反対です」


「ですよね」


「ですが、ミミナさんの魔法が非常に優秀なのも事実でしょう」


 リリアがミミナを見る。


「一度だけなら構いません」


「やった!」


「ただし、危険だと判断した時点で中止します」


「はい!」


「ユウトの確認を受けず、勝手に付与魔法を使用しないこと」


「はい!」


「そして街中で実験をしないこと」


「……はい」


「今の間は何ですか?」


「何でもないです」


 絶対に何かある。


「じゃあ決まりだな」


 俺はミミナへ手を差し出した。


「明日、一回だけ三人で依頼を受ける」


 ミミナが俺の手を見つめる。


「……本当にいいの?」


「いいかどうかを確認するためのお試しだろ」


 ミミナは一瞬だけ黙った。


 それから、今までで一番素直な笑顔を見せる。


「うん!」


 俺の手を握った。


 その瞬間、胸の奥がほんのりと温かくなる。


「……?」


 俺とミミナの間へ、細い光が伸びかけた。


『《縁》――』


 しかし光は途中で揺らぎ、最後までつながらないまま消えてしまう。


 表示された文字も同時に消えた。


 まだ《縁》は形成されていない。


 どうやら知り合って、一緒に行動する約束をしただけでは足りないらしい。


 ガルドさんやリリアの時を考えても、ただ好意を持てば成立するような単純な能力ではなさそうだ。


「ユウト?」


「いや、なんでもない」


 俺はミミナの手を離す。


「それで、何の依頼を受ける?」


「できる限り危険性の低いものにしてください」


 リリアが即答した。


「私がいるなら大丈夫だよ!」


「一番信用ならない本人が言うな」


 ちょうどその時、ギルド職員が一枚の依頼書を持ってきた。


「それなら、ちょうどいい依頼があるぞ」


 テーブルへ置かれた紙には、


『西牧場のホーンラビット追い払い』


 と書かれていた。


「ホーンラビット?」


「角の生えた小型の魔物だ。最近、西牧場の根菜を荒らしてるらしい。ただ、牧場主は殺したくないそうだから、森の方へ追い返してほしいとのことだ」


「討伐じゃないんだ」


「ああ。普通なら初心者でも問題なくこなせる」


 職員がそこでミミナを見る。


「普通ならな」


「なんで私を見るの?」


「理由が分からないのが一番怖い」


 俺は依頼書を手に取った。


 ホーンラビットを追い払うだけ。


 戦闘が目的ではないなら、戦えない俺でも多少は役に立てそうだ。


 ミミナの魔法を試すにも悪くない。


「明日は、さすがに普通に終わりそうだな」


 俺がそう口にした瞬間、リリアとギルド職員が同時にこちらを見た。


「何?」


「ユウト」


「はい」


「そういうことは、あまり口に出さない方がいいと思います」


 リリアが真顔で言った。


「なんで?」


「嫌な予感がします」


「大丈夫だって」


 俺は笑って依頼書を掲げる。


「ただのウサギだろ?」


 翌日。


 俺はその一言を、心の底から後悔することになった。


          ――第五話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


付与魔法の才能は本物なのに、「ちょうどいい加減」が分からないミミナ。


ユウトが考えた

「対象・効果・強さ・時間」

の四つを確認するルールで、お試しメンバーとして加わることになりました。


次回は三人で初めての依頼へ。


相手は、ただのホーンラビット……のはずです。


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