↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第二章《風渡りの大地と、言葉を聞く魔物たち編》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/83

魔物に道を譲ったつもりが、道を間違えていました

魔物のために道を作ったのに、その魔物が一歩も進もうとしない。

ハルネ谷の丘の上からその光景を眺めながら、俺は何とも言えない気分になっていた。


谷の下では、灰色の厚い毛皮に覆われた大型の魔物が、布で示された通路の前に立っている。荷馬車より大きな体を持つその一頭が動かないため、後ろに続く数十頭の群れも、同じ場所で足を止めていた。


「……なあ、ロアン」


「何だ?」


「あいつ、通路が見えてないってことはないよな?」


「さあな。人間が目印に使っている布を、魔物も同じように理解するとは限らないぞ」


「それもそうか……」


俺は改めて谷を見下ろした。人間にとっては、何もない草地より、布で囲まれた場所の方が道だと分かりやすい。けれど、魔物が何を目印に歩いているのかなんて、考えたこともなかった。

その時、先頭の魔物が太い前脚をゆっくり持ち上げた。


「……お?」


ようやく動くのかと思ったが、魔物は地面へ足を下ろしかけたところで止まった。鼻先を下げ、土の匂いを確かめるような仕草を見せたあと、前脚を元の位置へ戻してしまう。


「今の、見た?」

ミミナが小さく尋ねた。


「ああ。何か気にしてるみたいだったな」


「足元かな? それとも匂い?」


「どっちだろう」


魔物は何度か同じ動きを繰り返した。後ろの群れは騒ぐこともなく、じっと待っている。先頭の一頭よりずっと小さな個体も混じっていて、大きな魔物の脚の間から顔を覗かせていた。


「……あのまま放っておいても大丈夫なのか?」


ロアンは少し考えた。


「少なくとも、今すぐ襲ってくるようには見えない。ただ、群れがいつまでもあそこに留まれば、集落の人達も不安になるだろうな」


確かにそうだ。何十頭もの大型魔物がすぐ近くにいるのだから、住民が落ち着かないのも当然だった。


「無理に追い立てるのは避けたいですね」

リリアが静かに言った。


「群れが興奮すれば、こちらへ向かってくる可能性もあります。あの数を力ずくで止めるのは危険です」


「……だよな」


俺は腰の短剣に目を落とした。

相手は荷馬車より大きな魔物が数十頭。こっちは、まともに剣も振れない交渉士が一人。戦力差については、考えるまでもなかった。


やがて先頭の魔物は通路から少し離れ、川沿いの草地へ移動した。後ろの群れもそれに続き、谷の広い場所で歩みを緩めていく。すぐに通路へ入るつもりはないらしい。


「今日は、これ以上近づかない方がいいな」

俺が言うと、ロアンが頷いた。


「ああ。明日の朝、改めて調べよう」


こうして俺達は、日が暮れる前に集落へ戻ることになった。

◇

翌朝、俺達はサフィアの案内で、問題の通路をもう一度確認することにした。


群れは前日と同じ谷の草地に留まっているらしく、遠くから見る限り、大きく移動した様子はない。ただし今日は、丘の上から眺めるだけではない。魔物達から十分に距離を取りながら、通路の入口に近い場所まで回り込むことになった。


「ユウト、本当に大丈夫?」

ミミナが心配そうに尋ねる。


「正直、あんまり大丈夫じゃない」


「そこは大丈夫って言うところじゃない?」


「だって、怖いものは怖いだろ」


ミミナが苦笑する。実際、昨日あれだけ大きな魔物を見たあとでは、近づくのに勇気がいる。それでも、何も調べないまま答えを出すわけにはいかない。


「危険だと判断したら、すぐに引き返しましょう」

リリアが周囲を確認しながら言った。


「ユウト達は私より前へ出ないでください。魔物へ無理に近づく必要はありません」


「了解。絶対守る」


素直に頷いた。こういう時に意地を張っても、ろくなことにならないのは経験済みだ。

谷の斜面に沿って移動し、通路を横から見下ろせる岩場へ着く。ここからなら、昨日は見えなかった地面の状態まで確認できる。


「……あれ?」


足元の景色を見て、俺は首を傾げた。

布で囲まれた通路は、思っていたよりずっと荒れていた。表面には細かなひび割れがあり、一部には水が溜まっている。見た目には平らでも、ところどころで土が柔らかくなっているようだ。


「サフィアさん、この道って、もともと何があった場所なんですか?」


「ここかい? 昔は水が溜まりやすい草地だったんだよ。畑を広げる時に水路を作って、少しずつ使えるようにしたんだ」


「水が溜まりやすい……」


もう一度、通路を見る。昨日、ミミナが地面の硬さを気にしていたことを思い出した。


「ミミナ、ちょっといい? あの通路、やっぱり地面が柔らかいのかな?」

ミミナは少し考えてから答えた。


「そうだと思う。昨日見た場所も、こっち側は湿ってたし。でも、実際にどれくらい沈むかは分からないよ」


「そっか……」


谷の向こうへ目を向ける。昨日、先頭の魔物は通路へ足を下ろしかけて、途中で引っ込めた。もし地面が柔らかいことに気づいていたのだとしたら。


「……あいつら、道が嫌なんじゃなくて、足元が気になってるのかもな」

つぶやくと、サフィアが顔を上げた。


「足元?」


「はい。あんなに大きな体だと、柔らかい地面に足が沈んだりしませんか?」


「それは……あるかもしれないね」

サフィアは通路を見つめた。


「でも、ここより広くて平らな場所なんて、そう簡単には……」


そこで彼女は言葉を止めた。何か思い当たることがあるらしい。


「……ちょっと待っておくれ」


サフィアは斜面の向こうを見渡した。俺達も彼女の視線を追う。そこには段々畑が広がり、一番下に古い石垣が長く続いていた。


「もしかして、あっちなら……」


「何かあるんですか?」


「昔、荷車が使っていた道があるんだよ。今はほとんど使っていないけどね」

サフィアは石垣の向こうを指さした。


「あそこは地面が硬いし、道幅もそれなりにある。ただ、畑の端を通ることになるから……」


彼女の表情が曇った。なるほど。また、畑の問題か。

よく見ると、石垣の向こうには草に覆われた平らな場所が続いている。ただ、その入口には木の柵があり、近くには農具や資材らしいものが積まれていた。


「……使えるかどうか、見に行ってもいいですか?」


尋ねると、サフィアは頷いた。


「ああ。ただし、勝手に柵を動かすわけにはいかないよ。あそこはガランの畑だからね」


「ガラン?」


「昨日、広場で怒っていた男さ」


……ああ、あの人か。嫌な予感がした。

昨日は畑を削る話で散々揉めていたのに、今日は別の道を使わせてほしいと頼むことになるらしい。魔物と話すより先に、人間との交渉が必要になるとは。まあ、俺らしいといえば俺らしいのだが。

◇

「今度は何だって?」


ガランは、俺達の話を聞くなり眉を寄せた。

昨日と同じく日に焼けた顔に、茶色い獣耳と長い尾。今朝は畑仕事をしていたらしく、袖をまくった腕には土がついている。


「昨日は畑を空けろって話だったのに、今度は古い道を使わせろって?」


「はい。ただ、まだ使えるかどうかも分からないんです」


俺はできるだけ落ち着いた声で答えた。


「魔物が新しく作った通路へ入らない理由を調べていたら、地面の状態が関係しているかもしれないと思いまして」


「だから、うちの畑の横を通そうって?」


「可能性の一つです。実際に通れるかどうかも、まだ確かめていません」


ガランは腕を組んだ。表情は相変わらず险しい。


「俺の畑は、魔物のために作ったわけじゃないんだぞ」


「分かっています」


「本当に分かってるのか?」

ガランが俺を見た。


「この時期の作物はな、ちょっと踏まれただけでも駄目になることがあるんだ。魔物に悪気がなくたって、踏まれた作物は元に戻らないんだよ」


その言葉には、昨日よりずっと切実な響きがあった。

俺は返事を急がず、彼が指さした畑へ目を向けた。細い葉を伸ばした作物が、畔に沿って整然と並んでいる。一本一本が丁寧に育てられているのは、農業の知識がほとんどない俺にも分かった。この畑を守りたいと思うのは、当然だ。


「……ガランさん」


「何だ?」


「全部を魔物に譲ってほしいわけじゃないんです。むしろ、畑を守れる方法がないか探したくて」


古い荷車道の方を指さす。


「あの道、今は何に使ってるんですか?」


「今は農具や肥料を置く場所になってる。荷車が通らなくなってから、ほとんど使ってないからな」


「道の先は、どこにつながってるんです?」


「川沿いの広い石場だよ。昔は荷車がそこを通って上流へ行ってたんだ」


「だったら、畑の中を通らなくても抜けられるかもしれませんよね?」


「……まあ、道が残っていればな」


ガランは少し考え込んだ。俺はもう一つだけ尋ねる。


「もし古い道が使えたら、昨日の新しい通路を広げなくても済む可能性があります。それでも、試すのは嫌ですか?」


ガランはすぐには答えなかった。しばらく畑を眺めたあと、小さく息を吐く。


「……作物を踏まれないなら、考えてもいい」

「ありがとうございます」


「ただし、勝手に魔物を呼び込むなよ。道が本当に使えるのか確認してからだ」


「もちろんです」

俺が頷くと、ガランは農具を地面へ置いた。


「仕方ねえな。案内してやるよ」


その声には、昨日ほどの怒りはなかった。まだ納得してくれたわけではないだろう。それでも、少しだけ前へ進めた気がした。

◇

古い荷車道は、思っていた以上にしっかりした造りだった。

草に覆われてはいるものの、足元には平らな石が敷かれている。道幅も荷車がすれ違えるほどあり、大きな魔物が通る余地はありそうだった。ただ、入口には木の柵が立てられ、周囲には資材が積まれている。


「……これを動かせばいいのかな」


「ああ。柵は外せるようになってる。荷物の方は、少し時間がかかるけどな」


積まれた木箱を見る。なかなかの量だ。しかも一つ一つが重そうだった。


「……ロアン」


「何だ?」


「これ、俺も運んだ方がいいよな?」


「まあ、手伝えるなら助かるだろうな」


「だよな……」


風見台の町でも荷葉獣に荷物運びを頼まれたばかりなのに、今度は農具や木箱を運ぶことになるとは。異世界へ来ても、荷物持ちからは逃げられないらしい。


幸い、今回は一人で運ぶ必要はなかった。ガランが近くの住民へ声をかけ、何人かが手伝いに来てくれたのだ。サフィアも作業に加わり、ロアンは道の先を確認しに向かった。

俺は比較的軽い木箱を抱え、離れた場所へ運び始めた。


「……よいしょ」


思ったより重い。持てないほどではないが、こういう時に限って自分の筋力のなさを実感する。


「ユウト、無理しないでね」

ミミナが笑いながら声をかけてきた。


「分かってる。これは軽い方だから」


「じゃあ、こっちもお願いしていい?」


差し出された木箱は、どう見てもさっきの二倍はあった。


「……それは無理」


「即答じゃん!」


「できないものはできない!」


ミミナは笑って、ほかの人に箱を預けた。それから、湿った斜面で荷物を運ぶサフィアとガランの足元に目を留めた。


「二人とも、靴に付与をかけてもいい? 滑りにくくできると思う」


「そんなこともできるのかい?」

サフィアが驚いた顔をする。


「うん。靴底だけに、弱めの滑り止めを二十分くらい。荷物を運ぶ間だけなら十分だと思う」


「それは助かるよ」


了承を得ると、ミミナは青い宝珠の杖を持ち直した。淡い光が二人の靴元を包み、すぐに消える。


「これで大丈夫。でも、絶対に滑らないわけじゃないから、気をつけてね」


「ああ。ありがとう」


ガランは足元を軽く確かめ、驚いたように笑った。

昔のミミナなら、勢いでとんでもないことをやらかしていたかもしれない。けれど今は、対象も効果もきちんと考え、必要な範囲だけに魔法を使っている。仲間の成長を見ると、嬉しくなる。


ちなみに、俺の筋力は相変わらずだ。付与魔法で何とかならないかとも思ったが、みんな忙しそうなので、余計なことを頼むのはやめておいた。そもそも、俺がもっと鍛えればいい話だ。

◇

作業が終わったのは昼前だった。古い荷車道の入口から資材が片づけられ、川沿いまで続く石の道が姿を現している。途中に多少草は残っているものの、大型の魔物が足を踏み外しそうな場所は、見える範囲にはなさそうだった。


「……なるほどな」

ガランが腕を組んで道を眺めた。


「こうして見ると、まだ使えそうだな」


「ですね」


もちろん、人間が歩けるからといって、魔物も安全に通れるとは限らない。これで問題解決とは言えなかった。


「ユウト」


少し離れた場所から、ロアンが戻ってきた。


「道の先を見てきた。川沿いの石場までつながってる。途中に崩れた場所はなかったよ」


「本当か?」


「ああ。ただ、実際に魔物が通るかどうかは分からない」


「……だよな」


昨日の通路と違って、こちらは地面が硬く、足元も安定している。だが、魔物達が何を嫌がっていたのかは、まだ確定していない。別の理由で止まっていたのなら、この道でも同じことが起きるかもしれない。


「ユウト、準備はできています」

リリアが声をかけた。


彼女はすでに丘の上で周囲を確認し、住民が近づかないように立ち位置を決めている。ノアもサフィアと相談し、魔物が集落へ向かった場合に備えて、子供や高齢者が安全な場所へ移動できるよう手配していた。

みんなを見渡す。俺一人なら、古い道を見つけたとしても、資材を片づけることすらできなかっただろう。ここまで形になったのは、みんながそれぞれ自分にできることをしてくれたからだ。


「……よし。あとは、あいつらがどうするかだな」


「ああ。ただ、無理に誘導するのはやめよう」


「もちろん。あの大きさじゃ、こっちが何かしようとしても危ないだけだし」


俺達は魔物のいる場所から十分に距離を取り、丘の上で様子を見守ることにした。

◇

群れが動き始めたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

最初に立ち上がったのは、昨日も先頭にいた大きな魔物だった。灰色の厚い毛皮を揺らしながら、ゆっくり川沿いを歩いてくる。後ろには数十頭の魔物が続き、地面を踏みしめるたびに低い音が響いた。


「……来たな」

呟くと、ロアンの耳がぴんと立った。


「ああ。昨日と同じ群れだ」


息を潜めて見守る。魔物達はまず、昨日用意された通路の近くまで進んだ。先頭の一頭が足を止め、地面を確かめるように鼻先を下げる。そして、ゆっくりと周囲を見渡した。


「……頼むぞ」


こちらの声が届く距離ではない。それでも、願わずにはいられなかった。

やがて先頭の魔物が顔を上げる。その視線が、古い荷車道の方へ向いた。


「……お?」


思わず身を乗り出しかけると、リリアがすぐ肩に手を添えた。


「ユウト、前に出すぎです」


「あ、ごめん」


慌てて元の位置へ戻る。見ているだけのつもりでも、つい夢中になってしまう。

魔物はしばらく動かなかった。鼻先を左右へ動かし、地面の匂いを確かめるような仕草を繰り返している。それから、ゆっくりと方向を変えた。向かった先は、俺達が片づけた古い荷車道だった。


「……行った!」

ミミナが小さく声を上げる。


先頭の魔物は石の道へ前脚を乗せ、慎重に体重をかけていく。一歩、また一歩。昨日は柔らかい地面の手前で止まっていたのに、今度は少しずつ進み始めた。


「……本当に通ってる」

ガランが呆然と呟いた。


魔物は道の中央まで進むと、一度立ち止まった。その後ろから、一回り小さな個体が近づく。ほかの魔物達も、少しずつ動き始めた。


「……よかった」


息を吐いた。だが、安心するにはまだ早かった。

群れの中の小さな一頭が、石の道へ入ろうとしたところで足を滑らせたのだ。


「あっ!」


リリアがすぐに身構える。小さな魔物は前脚を踏ん張ったが、足元の石にうまく乗れず、体が横へ傾いた。そのすぐそばには、段差のある斜面が続いている。


「まずい……!」


前へ出ようとした俺の前に、リリアが素早く腕を伸ばした。


「ユウト、待ってください!」


「でも、あいつ!」


「今近づけば、群れを驚かせるかもしれません!」


足が止まった。


分かっている。俺が駆け寄ったところで、あの大きな体を支えられるわけがない。それどころか、魔物達が驚いて動き出せば、もっと危険なことになる。歯を食いしばり、その場から見守った。


すると、先頭を歩いていた大きな魔物が振り返った。ゆっくり小さな一頭へ近づき、頭を下げる。そして、太い鼻先を小さな魔物の体に添えるように動かした。

小さな一頭は体勢を立て直し、今度は慎重に足を運び始めた。


「……よかった」


今度こそ、大きく息を吐く。先頭の魔物は、その一頭が無事に歩き出すまで、すぐそばから動かなかった。

俺には、仲間を助けようとしているように見えた。親子なのかもしれないし、同じ群れで行動しているだけなのかもしれない。実際の関係は分からない。それでも、互いに危害を加えようとしている様子は、少なくとも感じられなかった。


「……あいつらも、ちゃんと仲間を気にするんだな」

ガランがぽつりと呟く。


その表情には、昨日のような怒りはなかった。代わりに、何かを考え込むような真剣さが浮かんでいた。

◇

すべての魔物が古い荷車道を通り終えたのは、それからしばらく経ってからだった。大きな群れは川沿いの石場へ抜け、そのまま西へ進んでいく。最後の一頭が見えなくなるまで、誰も動かなかった。


「……通ったな」

ロアンが静かに言った。


「ああ」


何十頭もの大型魔物が、畑を踏み荒らすことなく谷を抜けていった。しかも、誰も武器を抜いていない。それだけでも、十分な成果だった。


「……まさか、こんなことになるとはな」

ガランが腕を組んだまま呟く。


「昨日は畑を潰すしかないと思ってたのに、昔の道を空けただけで通っていくとは」


「今回は、たまたま条件が合ったのかもしれませんけどね」

俺が答えると、ガランは苦笑した。


「そうかもしれねえな。でも、少なくとも俺の畑は無事だった」

彼はしばらく自分の畑を眺めたあと、ゆっくりこちらへ向き直った。


「……悪かったな、昨日は怒鳴っちまって」


「いえ。畑を守りたかったんですよね」


「ああ。俺にとっちゃ、ここが家族を食わせるための大事な場所だからな」


「分かります。だからこそ、守れてよかったです」


ガランは少し驚いた顔をして、照れくさそうに笑った。


「……変わった冒険者だな、あんた」


「よく言われます」


「そりゃそうだろうな」

声を上げて笑うガランの横で、サフィアもようやく肩の力を抜いたようだった。


「これで一つ、方法が見つかったね」


「はい。でも……」


古い荷車道へ目を向ける。


「今回通れたからって、ほかの魔物も同じ道を使えるとは限らないですよね」


「ああ。種類によって大きさも違うし、川沿いを嫌う魔物もいるかもしれない」

ロアンが頷いた。


「それに、あの道をいつでも開けておけるかどうかも考えないとな」

ガランが言葉を続ける。


「荷物を置く場所がなくなるし、畑の近くに大型の魔物が来るのは、やっぱり怖いからな」


当然の気持ちだろう。今回うまくいった方法を、そのまま集落全体の決まりにできるわけではない。道を管理する人も必要だし、危険な魔物が現れた時の対応も考えなければならない。

少し考えてから、口を開いた。


「だったら、まずは今日のことを記録しておきませんか?」


「記録?」


「はい。どんな魔物が、どの道を通ったのか。途中で何が起きたのか。残しておけば、次に似た群れが来た時の参考になるかもしれません」


サフィアが頷く。


「それはいいね。集落にも記録を残す場所があるし、みんなで情報を集めれば、もう少し安全に対応できるようになるかもしれない」


風見台へ来る途中、道結び祭で見た大きな地図を思い出した。旅人達が自分の見たものを持ち寄り、次に通る誰かのために残していく。あの仕組みは、この集落でも役に立つはずだ。


「……なるほどな」

ガランはしばらく考えてから頷いた。


「それなら俺も手伝うよ。畑の近くを通った魔物のことなら、少しは分かるからな」


「ありがとうございます」


「ただし、畑の仕事が終わってからだぞ」


「もちろんです!」


昨日まで怒鳴り合っていた人達が、少しずつ同じ方向を向き始めている。その様子を見ていると、胸の奥が温かくなった。きっと、こういう小さな積み重ねが大切なのだろう。

◇

夕方、俺達は集落の広場へ戻り、今日の出来事をサフィア達と整理した。


魔物が止まった理由は、まだ断定できない。地面が柔らかかったからかもしれないし、別の理由があった可能性もある。ただ、古い石の道へ移動したこと、そこを通って西へ進んだことは、実際に確認できた。それだけでも、今後の調査には役立つはずだった。


「ユウト、今日はお疲れさま」

ミミナが隣へやってきた。


「いや、俺はほとんど荷物運んでただけだけどな」


「でも、古い道を使おうって話になったのは、ユウトが色々聞いたからでしょ?」


「まあ、きっかけにはなったかもしれないけど」


「それで十分じゃん」

ミミナは笑った。俺は少し考えてから頷いた。


「……そうだな」


以前の俺なら、誰かが困っているのを見ても、自分には何もできないと思っていたかもしれない。けれど、今は違う。俺自身が強くなったわけでも、特別な魔法が使えるようになったわけでもない。それでも、話を聞いて、問題を整理して、みんなに協力してもらうことならできる。それが俺の役割なのだろう。


「ユウト」

少し離れたところから、ロアンが声をかけた。


「ちょっと見てほしいものがある」


「何だ?」


近づくと、ロアンは集落の古い地図を広げていた。今使われている街道だけでなく、昔の荷車道や、使われなくなった細い道まで描かれている。


「さっきガランが教えてくれたんだが、この古い荷車道には、昔から別の呼び方があったらしい」


「別の呼び方?」


「ああ。《獣渡りの道》っていうんだ」


地図を覗き込む。古い石の道は、今の集落よりずっと遠くまで続いているようだった。


「獣渡り……」


「ガランの祖父が、そう呼んでいたらしい。昔は今よりも頻繁に、大きな獣が谷を通っていたって話だ」


「魔物が?」


「そこまでは分からない。ただ、あの道が荷車に使われるようになる前から、獣達が通る場所だったと聞いている」


しばらく地図を眺めた。

俺達は今日、魔物のために新しい道を作ったわけじゃない。昔からあった道を、もう一度使えるようにしただけだ。もし、そこを魔物達が以前から通っていたのだとしたら。俺達が知らないだけで、人間と魔物の暮らしは、ずっと前から同じ土地で重なり合っていたのかもしれない。


「……面白いな」


「何がだ?」

ロアンが首を傾げる。


「いや、俺達は魔物のために道を作ろうとしてたけど、もしかしたら、もともと道はあったのかもしれないなって」


ロアンは少し考えて、ゆっくり頷いた。


「……そうかもしれないな」


窓の外では、夕暮れの風が谷を吹き抜けていた。その風に乗って、遠くから鈴の音が聞こえてくる。

今日見送った魔物達は、今頃どこを歩いているのだろう。人間の言葉を理解しているのかどうかは、結局まだ分からなかった。それでも、一つだけ確かなことがある。


俺達が最初に用意した道を、彼らは選ばなかった。けれど、別の道が開けた時、彼らは自分の足で歩き出した。

相手に何かをさせることより、相手が自分で選べるようにすること。もしかしたら、それも交渉の一つなのかもしれない。


「……よし」


小さく息を吐く。今日は少しだけ、前へ進めた気がする。

もちろん、魔物の大移動そのものは、まだ何も解決していない。この先にはもっと多くの魔物がいるだろうし、今日のように上手くいかないこともあるだろう。それでも、知らない相手と向き合うことは、やっぱり面白い。


地図の上を走る古い道を眺めながら、明日からの調査について考え始めた。

次は、どんな魔物と出会うのだろう。そして、この広い高原には、俺達がまだ知らない道がどれほど残っているのだろうか。


新しい冒険は、まだ始まったばかりだ。


             ――第79話  終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は、ユウト達がハルネ谷の魔物の通り道について調べるお話でした。


人間が安全だと思って用意した道でも、魔物にとっては歩きにくいことがある。


そんな小さな違いから、今回の問題は始まっていました。


そして、ユウト達が見つけたのは、昔から使われていた《獣渡りの道》。


新しく何かを作るだけでなく、もともとあったものを見直すことで解決できる問題もあるのかもしれません。


今回はガラン達、村の人々にも協力してもらうことができました。


魔物を守ることも、人間の暮らしを守ることも、どちらも大切にしたい。


そんなユウトらしい交渉と、仲間達の協力を描きました。


ただし、魔物の大移動の理由はまだ分かっていません。


ハルネ谷には、これからどんな出会いや出来事が待っているのでしょうか。


次回も、ユウト達の冒険を楽しんでいただけたら嬉しいです!


面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると、とても励みになります。


引き続きよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。