魔物に荷物を運んでもらう町で、俺だけ荷物持ちになりました
魔物が荷物を運んでくれる町で、なぜか俺が荷物を運ぶことになった。
しかも、仕事を頼んできたのは人間ではない。丸い体に短い脚を生やした、どう見ても俺より力が弱そうな魔物だった。
話を少し戻そう。
風見台の町に着いた俺達は、停留所で荷物を運ぶ《荷葉獣》を見かけた。茶色と白の毛並みに、頭から伸びた二枚の葉っぱのような飾り。愛嬌のある姿からは想像できないほど、荷物を器用に背負って歩いていた。
その荷葉獣は、年配の女性から木の実を受け取ると、満足そうに鼻を鳴らした。
「……かわいいな、あいつ」
眺めていると、女性がこちらに気づいた。
「おや、旅の人かい?」
「あ、はい。さっき町に着いたばかりなんです」
「そうかい。それなら、うちの子達を見るのも初めてだろうね」
女性は荷葉獣の頭を優しく撫でた。
「私はサーラ。この町で《風荷便》をやっているんだよ」
「風荷便?」
「荷物を預かって、町のあちこちへ届ける仕事さ。人間だけじゃなく、こういう子達にも手伝ってもらっているんだ」
サーラが足元の荷葉獣を指さすと、そいつは俺の靴先まで近づき、鼻をひくひく動かした。匂いを調べられているようで、少し落ち着かない。
「噛んだりしませんか?」
「よほど嫌なことをしなければね。ただ、初めて会う相手にどう接するかは、その子次第だよ」
「なるほど……」
俺はしゃがみ込み、荷葉獣と目の高さを合わせた。
「こんにちは。俺、ユウトっていうんだ」
返事はなかったが、荷葉獣は俺をじっと見つめたあと、頭の葉っぱをふるふると揺らした。
かわいい。
手を伸ばしかけて、知らない相手にいきなり触られるのは嫌かもしれないと思い直し、膝の上へ戻す。
すると荷葉獣は、今度は足元に置いた鞄へ近づいてきた。
「おっと。それは食べ物じゃないぞ」
荷葉獣は気にした様子もなく、鞄の紐を鼻先で軽く押した。
「……サーラさん、これって何してるんですか?」
「さあねえ。気になるものでもあるんじゃないかい?」
何とも頼りない答えだ。
ただ、考えてみれば当然かもしれない。魔物と一緒に働いているからといって、魔物の考えが何でも分かるわけではないのだろう。
そんなことを思っていると、荷葉獣はくるりと向きを変え、小さな荷袋を咥えて戻ってきた。そして、その袋を俺の足元へ置く。
「……ん?」
荷葉獣が俺を見上げる。俺も荷葉獣を見つめる。
妙な沈黙が続いたあと、そいつはもう一度、荷袋を鼻先で押した。
「……これ、俺に渡してるのか?」
隣にいたミミナが吹き出した。
「ユウト、仕事頼まれてるんじゃない?」
「いや、俺は配達員じゃないぞ?」
困っていると、サーラが荷袋を見て笑った。
「その子はポポっていうんだけどね。どうやら、あんたに手伝ってもらいたいことがあるみたいだねえ」
「手伝い?」
「ちょうど届ける荷物があるんだ。よかったら、一緒に来てくれるかい?」
足元を見ると、ポポは荷袋の横に座ったまま、こちらを見上げている。
……これ、断ったらどうなるんだろう。いや、そもそも頼まれているのかどうかも分からないけど。
「まあ、時間はあるし……少しなら」
そう答えると、ポポは小さく鼻を鳴らした。
「ユウト、魔物にも頼まれやすいんだね」
ミミナが楽しそうに笑う。
「人間相手だけで十分なんだけどな……」
もっとも、相手がこんなにかわいいなら悪い気はしなかった。
◇
サーラの案内で向かったのは、停留所の裏手にある広い荷置き場だった。
大小さまざまな荷物が並び、何匹もの荷葉獣が人間達と一緒に働いている。背中に荷物を載せてもらうものもいれば、自分から袋の下へ潜り込むものもいた。
一方で、日陰に寝転んでいる荷葉獣もいる。仕事中の魔物のすぐそばで、別の魔物が気持ちよさそうに昼寝をしているのだから、なかなか不思議な光景だ。
「あっちは休憩中なんですか?」
「そうさ。働きたくない時に無理やり働かせても、いいことなんてないからね」
サーラは壁際に置かれた大きな籠を指さした。
「荷葉獣は背中の毛を膨らませて荷物を支えるんだけど、重さには限度があるし、長く歩けば疲れる。だから、荷物の大きさも距離も、あの子達の様子を見ながら決めているんだ」
「へえ……」
「それに、全部の荷葉獣が荷物運びを好きなわけじゃない。人のそばに来たがらない子もいるし、途中で仕事をやめる子もいるよ」
「そういう時はどうするんですか?」
「人間が運ぶのさ」
あっさりした答えだった。サーラは当然のことのように続ける。
「こっちが頼んだからって、必ず引き受けてくれるわけじゃない。だから、人間も自分の足で動けるようにしておかないとね」
魔物にすべて任せているのではなく、できることを分け合っているらしい。
感心していると、サーラが小さな木箱を持ってきた。
「ちょうど、風見塔の工房に届ける荷物があるんだ。あんた、これを持っていけるかい?」
「えっ、俺が?」
「ああ。ポポが途中まで案内してくれると思うよ」
差し出された箱を受け取る。大きくはないし、片手でも持ち上げられそうだった。
「……これくらいなら大丈夫です」
「助かるよ。上の方は階段が多くてね。ポポみたいに脚の短い子には、ちょっと歩きにくいんだ」
「そういうことか」
ようやく事情が分かった。ポポが運べない場所を、俺が代わりに運ぶわけだ。
「よろしくな、ポポ」
ポポは小さく鼻を鳴らすと、すたすたと歩き始めた。先に行くらしい。
「……待ってくれ。俺、この町初めてなんだけど!」
慌てて追いかけると、背後からミミナの笑い声が聞こえた。
「ユウト、完全に荷物持ちになってる!」
「冒険者の仕事って、こんなんだったっけ!?」
我ながら情けない。だが、せっかく頼まれたのだから、最後まで届けるつもりだった。
◇
ポポの後を追ううちに、俺達は町の中心から少し離れた場所へ出た。
風見台の町は平らな土地に広がっているわけではなく、段々になった丘の斜面にも建物が並んでいる。高い場所へ続く道には石段が設けられ、その脇には花壇や小さな水路が作られていた。家々の窓には色鮮やかな布が掛けられ、屋根の上では小さな風見羽根が回っている。
遠くから聞こえる金属音や木槌の響きに混じって、焼きたてのパンの香りまで漂ってきた。
「……いい町だな」
つぶやくと、ロアンが頷いた。
「ここは職人の多い区画なんだ。風帆車の部品や風見旗、それから建物に使う金具なんかも作っている」
「へえ。だから工房が多いのか」
「ああ。高原のほかの集落からも注文が来るから、結構忙しいらしいぞ」
話している間も、ポポは迷うことなく歩き続けていた。
途中で別の荷葉獣とすれ違うと、二匹は軽く鼻先を近づけ、何事もなかったように別々の方向へ進んでいく。言葉を交わしているわけではないのだろうが、何か確かめ合っているようにも見えた。
「ポポって、道をよく覚えてるんだな」
「何度も通っているんだろう」
ロアンが答える。
「この辺りの荷葉獣は、人間と一緒に町を歩くことに慣れてるんだ。ただ、知らない場所へ連れていけば、迷うこともあると思うぞ」
「そりゃそうか」
短い脚で忙しそうに歩く姿は、見ているだけで和む。
しかし、そんな余裕があったのも、石段に差しかかるまでだった。
「……えっ」
目の前には、丘の上まで続く長い階段があった。しかも、かなり急だ。見上げた先に風見塔らしき建物が見えているが、そこへ着くには相当な数の段を登らなければならないらしい。
「ロアン」
「何だ?」
「これ、登るの?」
「工房が上にあるなら、そうなるな」
「……そっか」
手にした木箱を見下ろす。最初は軽いと思っていたが、ここまで歩いてきたせいか、腕が少しずつ疲れてきていた。
しかも、ポポは階段の手前で立ち止まってしまった。
「……お前、ここから先は行かないのか?」
ポポは石段を見上げると、近くの日陰へ移動して座り込んだ。実に分かりやすい。
「本当に人間が運ぶんだな……」
ミミナが肩を揺らす。
「頑張れ、ユウト!」
「手伝ってくれてもいいんだぞ?」
「いいけど、ユウトが頼まれた仕事でしょ?」
「正論で追い詰めないでくれ」
木箱を持ち直し、階段へ足をかけた。
たった一つの荷物を届けるだけなのに、どうしてこんなに大変なのだろう。とはいえ、魔物が運べない場所だからこそ、人間の出番なのだ。そう考えれば、少しくらい頑張れる気がした。
……少しくらいなら。
◇
何度か息を整えながら石段を登りきると、大きな風見塔が立っていた。
白い石造りの塔の周囲には作業場が広がり、何人もの職人達が布や木材、金属の部品を扱っている。塔の上では大きな風見羽根がゆっくり回り、その動きに合わせて細い棒が上下していた。
「……ここが工房か」
辺りを見回していると、若い女性が声をかけてきた。
「何かご用ですか?」
「あ、荷物を届けに来ました。サーラさんから預かったんですけど」
「サーラさんから?」
女性は木箱を見ると、ぱっと表情を明るくした。
「ああ、替えの部品ですね! ありがとうございます。ちょうど必要だったんです」
箱を受け取って中身を確かめる。入っていたのは、小さな金属の輪と、薄く削られた木の羽根だった。
「これ、何に使うんですか?」
「風見塔の調整に使う部品です。風向きだけでなく、風の強さも分かるようにしているんですよ」
女性は作業台の上の小さな模型を指さした。風を受けて回る羽根と、目盛りのついた細い板が取り付けられている。
「風が強くなると羽根の回転も変わるので、その動きを目盛りで読むんです。風帆車の運転手や、畑で作業する人達が参考にするんですよ」
「へえ……」
模型を覗き込む。こんな小さな部品が、高原で暮らす人達の役に立っているのか。
中身を確認し終えると、女性は俺に向き直った。
「お届けありがとうございました。下の道までは荷葉獣が運んでくれるんですが、最後の階段だけはどうしても人の手が必要なんです」
「みたいですね。俺も登ってみて分かりました」
正直、もう一回登れと言われたら少し考える。
そんな俺の表情を見て、女性は申し訳なさそうに笑った。
「大変でしたよね。帰りは裏手の緩い坂道を使ってください。少し遠回りになりますけど、そちらの方が歩きやすいですよ」
「……坂道あるんですか?」
「はい。荷車も通れるようになっていますから」
俺はロアンを見た。
「なあ、ロアン」
「何だ?」
「それ、先に教えてほしかった」
ロアンは一瞬きょとんとしたあと、笑い出した。
「いや、俺も今知ったんだよ!」
本当に知らなかったらしい。本人が知らないなら仕方ない。仕方ないけど、ちょっと悔しい。
工房を出る前に、もう一度、塔の上で回る風見羽根を見上げた。
この町では、人間も魔物も、風さえも、それぞれの役割を持って働いている。誰か一人が何でもできる必要はない。そんな当たり前のことが、目の前の景色を見ていると、少し違った意味を持って感じられた。
◇
裏手の坂道を通って荷置き場へ戻ると、サーラが温かい飲み物を用意して待っていてくれた。
「お疲れさん。ちゃんと届けられたかい?」
「はい。無事に届けました」
「それはよかった。ポポも待ってたよ」
見ると、ポポは木陰で丸くなっていたが、俺に気づくとゆっくり起き上がった。
「お前、こっちが階段登ってる間、ずっと休んでたのか?」
ポポは鼻を鳴らし、何事もなかったように近づいてくる。その姿が妙に堂々としていて、つい笑ってしまった。
「……まあ、いいか。お互い仕事したもんな」
しゃがみ込むと、ポポは足元に座った。
サーラは木の実の入った小皿を差し出した。
「ほら、頑張ったご褒美だよ」
「ありがとうございます!」
手を伸ばしかけた俺に、サーラが笑う。
「ああ、そっちはポポの分だよ。あんたにはこっち」
渡されたのは、温かい香草茶と小さな焼き菓子だった。
「……ですよね」
隣でミミナが吹き出した。
「ユウト、木の実もらおうとしてた!」
「いや、流れでつい!」
ポポは俺達を気にする様子もなく、木の実を夢中で食べている。その姿を眺めながら、俺はサーラに尋ねた。
「サーラさん、この町では昔から魔物と一緒に働いているんですか?」
「そうだねえ。少なくとも、私が子供の頃にはもう荷葉獣と一緒に荷物を運んでいたよ」
「どうやって仕事を覚えてもらうんです?」
「最初は何もしないさ」
「何もしない?」
「人のそばに来たがる子もいれば、怖がって離れる子もいる。だから、まずは慣れてもらう。餌を置いて、休める場所を作って、あとは様子を見るんだよ」
サーラはゆっくりと香草茶を飲んだ。
「慣れてきた子が、ほかの荷葉獣の真似をして荷物を運ぶこともある。もちろん、みんながそうなるわけじゃないけどね」
「じゃあ、働きたくない子は?」
「無理には頼まないよ」
サーラの答えに迷いはなかった。
「人間だって、誰かに命令されたからって、何でも引き受けられるわけじゃないだろう?」
「……確かに」
「だから、私達もちゃんと見て考えるんだ。今日は疲れていないか、荷物が重すぎないか、嫌がっていないか。それでも間違えることはあるけどね」
サーラはポポを見つめながら、表情を緩めた。
「一緒に暮らしているからって、この子達の考えが全部分かるわけじゃない。だからこそ、何度も確かめながら付き合っていくんだよ」
その言葉が、妙に胸に残った。
俺にも《縁》という技能がある。人や魔物との関係を深め、互いの力を合わせる助けになる能力だ。けれど、どれだけ関係が深まっても、相手の考えをすべて理解できるわけじゃない。
相手を知ろうとすることと、分かったつもりになることは違う。サーラは長い時間をかけて、それを学んできたのだろう。
「……すごいですね」
つい口にすると、彼女は首を傾げた。
「何がだい?」
「魔物と一緒に働くって、もっと特別なことだと思ってたんです。でも、ここでは普通の暮らしなんですね」
「そうだよ。あんた達の町にも、いろんな仕事をしている人がいるだろう? それと同じさ」
サーラは笑った。
「ここでは、たまたま魔物も一緒に働いている。それだけのことだよ」
足元のポポを見る。
こいつが何を考えているかなんて、今も分からない。ただ、俺達は一緒に荷物を届けた。少なくとも、その事実だけは確かだった。
「……ポポ、またよろしくな」
声をかけると、ポポは顔を上げ、短く鼻を鳴らした。
返事だったのか、単に木の実が欲しかっただけなのかは分からない。それでも、ほんの少しだけ仲良くなれた気がした。
◇
そのあと、俺達はサーラから町のことをいろいろ教えてもらった。風帆車の乗り換え場所、安く泊まれる宿、評判のいい食堂。高原の北側へ向かう街道についても、詳しく話を聞くことができた。
ロアンが説明を補ってくれたおかげで、今後の道のりも大まかに把握できた。
ただ、一つだけ気になる話があった。
「そういえば、最近は見慣れない荷葉獣が増えているんだよ」
サーラが何気なく口にした言葉に、ロアンが顔を上げる。
「見慣れない?」
「ああ。町の外れや草地の方でね。今まで見かけなかった子達が、何匹か来るようになったんだ」
「野生の荷葉獣ですか?」
ノアが尋ねた。
「たぶんね。ただ、もともとどこで暮らしていたのかまでは分からないよ」
サーラは少し考えてから続けた。
「この辺りにも野生の荷葉獣はいるけど、町の近くまで何匹も来るのは珍しいんだ。人に慣れていない子も多いし、うちの子達みたいに荷物を運ぶわけでもない」
「何か被害は出ているんですか?」
「今のところ大きな被害はないよ。畑を荒らしたって話も聞かないし、草地で休んでいることが多いみたいだね」
ロアンと顔を見合わせる。
これまでに見かけた青帆鳥や風耳鹿、丘で出会った魔物達のことが頭をよぎった。魔物達の移動がどこまで広がっているのかは、まだ分からない。荷葉獣が増えているのも、その一部なのかもしれない。
「サーラさん、その荷葉獣達って、今も町の近くにいるんですか?」
「いると思うよ。今朝も町の北側で見かけたって聞いたからね」
「そうですか……」
考え込んでいると、ロアンが静かに口を開いた。
「ユウト、一度見ておいた方がいいかもしれないな」
「ああ。今すぐ何かする必要はないと思うけど、どんな様子かは知っておきたい」
サーラが俺達を見比べる。
「何だい、あんた達。魔物の調査でもしているのかい?」
「はい。北東の集落から依頼を受けて、魔物の移動について調べているんです」
「なるほどねえ……」
サーラは少し考え込んだあと、椅子から立ち上がった。
「それなら、見ておいてほしいものがあるよ」
「何ですか?」
「こっちへおいで」
彼女の後に続いて、荷置き場の裏手へ回る。
そこには小さな庭があり、柔らかい草が一面に生えていた。日陰には木製の水飲み場が置かれ、何匹かの荷葉獣が気持ちよさそうに休んでいる。
さらに奥、低い木柵の向こうに、見慣れない毛色の荷葉獣が三匹いた。灰色がかった毛並みの二匹と、その間にいる一回り小さな一匹。俺達が近づくと、三匹は一斉に顔を上げた。
「……あの子達も荷葉獣ですか?」
「ああ。三日前に町の北側で見つかった子達だよ」
サーラが静かに答える。
「最初は人が近づくと逃げていたんだけどね。今はここへ来て、水を飲んだり草を食べたりするようになったんだ」
木柵の手前で足を止めた。
野生の荷葉獣達はこちらを見つめているが、近づいてくる気配はない。無理に距離を詰める必要はないだろう。
「……ちっちゃいのもいるな」
つぶやくと、ミミナも少し離れた場所から覗き込んだ。
「かわいい……。あの小さい子、まだ子供なのかな?」
「たぶんね。でも、親子かどうかは分からないよ」
静かに眺めていると、後ろからポポがやってきた。
ポポは俺達の横を通り過ぎ、木柵の少し手前で立ち止まる。灰色の荷葉獣達も、ポポの方へ顔を向けた。
しばらく互いを見つめ合ったあと、ポポはその場に座り込んだ。
それだけだった。近づいていくわけでも、鳴き声を交わすわけでもない。ただ、互いの姿が見える場所で、静かに休んでいる。
「……何してるんだろうな」
小さく呟くと、サーラが笑った。
「さあね。でも、ああして落ち着いているなら、今はそれでいいんじゃないかい?」
その言葉に、俺は頷いた。
何を考えているのか分からなくても、無理に答えを出す必要はない。相手の様子を見ながら、少しずつ関係を作っていけばいいのだろう。
もう一度、三匹の荷葉獣を見る。
彼らはどこから来たのだろう。以前はどんな場所で暮らしていて、どうしてここまで移動してきたのか。分からないことばかりだ。けれど、この町には少なくとも、彼らが安心して休める場所がある。
それが、なぜか嬉しかった。
「ロアン」
「何だ?」
「ここへ来てよかった」
ロアンは驚いた顔をした。
「まだ調査らしい調査も始まってないぞ?」
「そうだけどさ。この土地の人達が、どうやって魔物と暮らしてるのか知れただろ。それって、結構大事なことだと思うんだ」
ロアンはしばらく考えてから、ゆっくり頷いた。
「……そうかもしれないな」
風が吹き、庭の草が柔らかく揺れた。ポポの頭の葉っぱも、灰色の荷葉獣達の葉っぱも、同じ風を受けて小さく動いている。
その光景を眺めながら、ふと考えた。
もし、移動している魔物達にも、それぞれ帰りたい場所や、新しく暮らしたい場所があるのだとしたら。俺達にできることは、元の土地へ戻すことだけではないのかもしれない。
もちろん、危険な魔物をそのまま町へ入れるわけにはいかないし、人間の暮らしを犠牲にしていいわけでもない。それでも、互いに無理なく暮らせる方法を探すことはできるはずだ。
少なくとも、この町の人達は、それを長い時間をかけて実現してきた。
「……俺も、もっといろんな話を聞いてみたいな」
そう呟くと、ポポがこちらを振り返った。小さな黒い目が、じっと俺を見つめている。
「ん? 何だ?」
ポポはゆっくり近づいてきて、俺の足元に鼻先を押しつけた。そして、荷置き場の方へ歩き始める。
「……まさか」
嫌な予感がして振り返ると、サーラが楽しそうに笑っていた。
「ああ、もう一つ届け物があるんだったねえ」
「……やっぱり?」
「無理なら断ってもいいんだよ?」
そう言われると、迷ってしまう。だが、ポポは振り返ったまま、動かずに俺を待っていた。
……本当に、何を考えているんだろうな。
「ちなみに、今度は階段あります?」
「さっきより少し長いかもしれないねえ」
「マジかー!」
思わず声を上げると、みんなが笑った。
剣も鎧も重くて扱えない俺が、まさか異世界で魔物の荷物持ちになるとは思わなかった。けれど、不思議と嫌な気分ではない。
相手にできないことは、自分が手伝う。自分にできないことは、誰かに頼る。そんな関係を少しずつ増やしていくことが、俺の《縁》の本当の強さなのかもしれない。
もっとも、次に運ぶ荷物だけは、できれば軽いものにしてほしい。
ポポの後を追いながら、俺は心の中でそう願っていた。
第77話――終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、風見台の町で暮らす《荷葉獣》と、ユウトの新しい出会いを描きました!
荷物を運んでくれる魔物に興味津々だったユウトですが、気づけば自分が荷物持ちになってしまいました。
剣も魔法も苦手なユウトらしい展開だったかもしれません。
今回登場したサーラとポポのように、第二章では人間と魔物が自然に協力して暮らす姿も描いていきたいと思っています。
ただ、長く一緒に暮らしていても、相手の考えがすべて分かるわけではありません。
だからこそ、観察し、相手を尊重しながら少しずつ関係を築いていく。
そんな《縁》の大切さも、物語を通じて伝えていけたら嬉しいです。
そして、町の近くには見慣れない荷葉獣達も現れ始めています。
魔物達の移動は、風渡りの高原にどんな変化をもたらしているのでしょうか。
次回も、ユウト達の新しい冒険をお届けします!
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引き続き、よろしくお願いします!




