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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第二章《風渡りの大地と、言葉を聞く魔物たち編》

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峠を越えたら、馬のいない馬車が走っていました

山道に入って最初に聞こえてきたのは、鳥の声でも魔物の鳴き声でもなく、遠くから響く鈴の音だった。


細い山道の片側には木々が生い茂り、反対側には深い谷が口を開けている。朝の空気は澄んで気持ちよかったが、道は思っていた以上に急で、登り始めて間もな

く俺の呼吸はすっかり乱れていた。


「……ロアン、あとどれくらい?」


「この坂を登りきれば、峠の見晴らし台だ」


「その『この坂』、もう三回くらい終わった気がするんだけど」


「今度は本当だ」


「それ、前も言ってなかった?」


恨めしそうに睨むと、ロアンは悪びれもせず笑った。

フェルナ族は山道に慣れているのか、足取りがまったく衰えない。それどころか、時折耳を動かして周囲の音を確かめる余裕まである。


対する俺は、朝から続く上り坂ですっかり足が重くなっていた。


「ユウト、大丈夫?」

ミミナが振り返る。


「大丈夫……って言いたいけど、ちょっと休みたい」


「荷物、少し持とうか?」


「いや、それは平気。自分の分くらい持てるよ」


そう答えて背負い直した荷物が、さっきよりずっしり重く感じられる。

剣をまともに扱えないのは今さらだが、歩くだけでここまで疲れる冒険者というのは、どうなのだろう。


「無理をする必要はありませんよ」

ノアが俺の顔を覗き込んだ。


「水分を取って、少し休憩しましょう。高い場所では、普段より疲れやすくなりますから」


「助かる……」


道端の平らな岩に腰を下ろすと、冷たい風が頬を撫でた。木々の隙間から差す朝日が地面にまだら模様を描き、遠くでは鈴の音が途切れることなく響いている。


「そういえば、この鈴って何なんだ?」


尋ねると、ロアンは道の先に立つ木の柱を指さした。


「風道鈴だ。霧が出た時に道を見失わないよう、峠のあちこちに吊るしてある」


「高原の橋にも鈴があるって言ってたよな」


「ああ。ここは霧が濃くなる日も多いから、特に大事なんだ」


よく見ると、柱には大きさの違う三つの鈴が下がっていた。風の向きや強さで音が変わり、遠くの旅人に道の位置を知らせる仕組みらしい。


「面白いな。道に音の目印があるなんて」


「高原では珍しくないぞ。風が強い土地だからこそ、風を役立てる工夫がいろいろあるんだ」


ロアンはそう言って、山の向こうを見上げた。


「もう少し登れば分かる。俺達の土地じゃ、風は邪魔者じゃなくて暮らしの一部なんだ」


その言葉に、少しだけ興味が湧いた。

山道は正直つらい。けれど、この先にどんな景色が待っているのかと思うと、足の疲れより好奇心の方が勝ってきた。


「……よし、行くか」


立ち上がると、リリアが微笑んだ。


「もう大丈夫ですか?」


「ああ。せっかくここまで来たんだ、早く高原を見てみたい」


「では、参りましょう」

リリアが先頭に立とうとしたところへ、ロアンがすっと横に並んだ。


「案内は俺がするよ。この先は分かれ道が多いからな」


「……お願いします」


彼女は一瞬だけ残念そうな顔をしたが、素直に道を譲った。

方向音痴の聖騎士と、山道に慣れたフェルナ族。道案内に関しては、ロアンに任せた方がよさそうだ。

◇

峠の頂上に着いた瞬間、俺は思わず足を止めた。


「……うわ」


目の前の景色は、それまでとはまるで別物だった。

山々に囲まれた広大な高原に、緑の草地がどこまでも続き、その間を縫うように青い川が流れている。遠くには鏡のように輝く湖が広がり、湖畔には白い壁と赤茶色の屋根の町が、小さな模型のように並んでいた。


さらに目を引いたのは、高原のあちこちに架かる橋だった。深い谷をまたぐ長い吊り橋や、石造りの大きな橋。そのいくつかには色鮮やかな布が結びつけられ、風を受けてゆっくり揺れている。


その向こうには、見たこともない形の建物が並んでいた。屋根に大きな風車を載せた塔や、何枚もの布を張った背の高い建物。町全体が、風と一緒に呼吸しているようだった。


「……すごいな、ここ」


つぶやくと、隣でミミナも目を輝かせた。


「すっごく綺麗! あの湖、青く光ってる!」


「あれが青鏡湖だ」

ロアンが嬉しそうに答える。


「晴れた日は、空がそのまま映るんだ。湖の周りには交易市があって、遠くから来た商人達もよく立ち寄る」


「へえ……」


しばらく言葉を忘れて、俺は景色に見入っていた。

異世界へ来てからいろいろな場所を訪れたが、こんな景色を見るのは初めてだ。これまでの旅は事件の調査や危険な魔物への対応に追われ、周囲をゆっくり眺める余裕などなかった。だからこそ、ただ景色が美しいというだけで、こんなにも嬉しくなるのかもしれない。


「素晴らしい景色ですね」

リリアが静かに言った。いつも周囲への警戒を怠らない彼女も、今は少しだけ表情を緩めている。


「ここまで歩いた甲斐がありました」


「だよな。俺、途中で何回か帰りたくなったけど」


「えっ、そうだったの?」


ミミナが振り返る。


「いや、帰りたいっていうか、坂が終わってほしかっただけ」


「同じようなものじゃん!」


ミミナが吹き出し、ロアンまで楽しそうに肩を揺らした。

そんな俺達の横で、ノアは高原へ続く道を眺めている。


「それにしても、ここから先もかなり距離がありますね」


「そうなんだよな……」


見晴らしがいいせいで近く見えるだけで、湖や町までは相当な道のりがありそうだ。峠を越えたのに、まだ歩かなければならないのか。

そう思った時、高原の方から何かが近づいてくるのが見えた。


「……ん?」


最初は荷馬車かと思った。だが、よく見ると馬がいない。

四つの大きな車輪がついた荷車の上に、背の高い帆が張られ、風を受けながら草原の道を滑るように走っている。しかも一台ではない。遠くの道には似たような車が何台も見え、それぞれ違う色の帆を広げて進んでいた。


「……ちょっと待て」


俺はロアンの腕を掴んだ。


「あれ、何?」


「風帆車だよ。昨日話しただろ?」


「いや、聞いたけどさ! 本当に風だけで走ってるのか!?」


「ああ。風向きに合わせて帆を調整する必要はあるし、風が弱い日は進めないこともあるけどな」


もう一度、高原を走る車を見る。

風を受けた帆が大きく膨らみ、車輪が軽快に回っている。馬に引かれているわけでも、魔法で浮いているわけでもない。ただ風の力だけで走っているのだ。

何だこれ。めちゃくちゃ面白そうじゃないか。


「ロアン、あれって乗れるの?」


「もちろん。高原の入口に乗り場がある」


「乗ろう!」


「早いね、ユウト!」

ミミナが笑う。だがその目は、俺と同じくらい輝いていた。

◇

風帆車の乗り場は、峠から少し下った広い平地にあった。


木造の待合所の前には数台の風帆車が停まり、乗客や商人達が荷物を積み込んでいる。近くには大きな風見旗が立ち、色とりどりの布が空高くはためいていた。

間近で見る風帆車は、想像していたよりずっと頑丈そうだった。荷台を囲む木枠には金属の補強が施され、中央には太い帆柱が立っている。帆は何本もの縄で固定され、運転席には車輪の向きを変える装置と、ブレーキらしい大きなレバーが取り付けられていた。


「へえ……ちゃんと操縦できるんだ」


「当たり前だろう」


背後から声をかけられて振り返ると、日に焼けた顔に短い髭を生やした、小柄でがっしりした男が立っていた。額の左右からは、丸みを帯びた角が伸びている。石角族のようだ。


「風任せに走ってたら、客なんて乗せられねえよ」


男は風帆車の車輪を軽く叩いた。


「俺はドルグ。こいつを動かしてる運転手だ」


「神崎ユウトです。よろしくお願いします」


「おう。それで、あんたらは乗るのか?」


「はい! ぜひ!」


即答すると、ドルグは豪快に笑った。


「ずいぶん元気な兄ちゃんだな。初めてか?」


「初めてです。こんな乗り物があるなんて知らなくて」


「そりゃいい。初めてなら、一番景色のいい席に座らせてやる」


「本当ですか!?」


「ああ。ただし、走ってる最中に身を乗り出すなよ。風に帽子でも持っていかれたら、取りに戻れねえからな」


「分かりました!」


勢いよく頷く俺の横で、ノアが静かに手を挙げた。


「すみません。乗車料金はいくらでしょうか?」


……そうだった。乗り物なら、当然お金がかかる。

ドルグが告げた料金をロアンと確認し合い、ノアは依頼に必要な移動費として支払いを済ませてくれた。俺とミミナが新しい乗り物にはしゃいでいる間にも、こうして現実的な問題を片づけてくれる人がいる。本当にありがたい。


「ところで、風が止まったらどうするんですか?」

リリアが尋ねた。


「風が戻るまで待つ。短い距離なら人が押すこともあるが、客を乗せたまま坂を登るのは無理だからな」


「なるほど。天候の変化には注意が必要ですね」


「そういうことだ。風が強すぎる日も運休する。今日みたいに風向きが安定してる日は、走りやすくていい」


ドルグは説明しながら、帆につながる縄を一本ずつ確かめていった。手つきは慣れているが、決して作業を急がない。安全に走るには、こうした準備が欠かせないのだろう。


「よし、準備完了だ!」


俺達は荷物を積み込み、案内された席に腰を下ろした。向かい合わせの木製の長椅子の中央には、荷物を固定するための縄が渡されている。俺は、一番景色の見える端の席に座った。


「ユウト、すごく嬉しそうだね」


隣に座ったミミナが笑う。


「いや、これは嬉しいだろ。風で走る車だぞ」


「私も初めて!」


「二人とも、走行中はきちんと座っていてくださいね」

向かいの席からノアが釘を刺した。


「分かってるよ」


「では、出発を楽しみにしましょう」

リリアが小さく笑う。


ドルグが運転席に乗り込み、帆を支える縄を引いた。大きな布が風を受けて、ゆっくりと膨らんでいく。車体が小さく揺れた。


そして。


「出るぞ!」

車輪が回り始めた。

◇

「おおおおっ!?」


思わず声が出た。


風帆車は想像よりずっと滑らかに動き出し、整備された高原の道を進んでいく。最初は歩くより少し速い程度だったが、帆が風を捉えるにつれて速度が上がり、周囲の景色がゆっくりと後ろへ流れ始めた。


頬に当たる風が気持ちいい。車輪の回る音と、帆が風をはらむ音が重なって、不思議な心地よさがあった。


「すごい! 本当に走ってる!」


「だな! これ、めちゃくちゃ楽しい!」


騒ぐ俺達を、運転席のドルグが振り返った。


「まだまだこれからだぞ。もう少し先へ行けば、風の通りがもっとよくなる」


「もっと速くなるんですか!?」


「ああ。ただし、安全な範囲でな」

ドルグは笑って、再び前を向いた。


しばらく進むと、道の両側の景色が変わり始めた。緑の草原には小さな花が咲き、遠くでは見知らぬ獣の群れがのんびり草を食んでいる。ところどころに石造りの風見塔が立ち、その上の羽根が風を受けて回っていた。さらに向こうでは、幾筋もの川が高原を横切り、青鏡湖へと流れ込んでいる。


「……本当に綺麗だな」


歩いている時には気づかなかったが、高原は想像以上に広い。峠から眺めた時も驚いたが、実際にその中を走ってみると、景色の大きさがまるで違って感じられた。


風帆車が緩やかな弧を描くと、遠くの山並みが視界いっぱいに広がる。その美しさに、しばらく言葉が出なかった。


「ユウト」


呼ばれて隣を見ると、リリアが穏やかな表情で外を眺めていた。


「こういう旅も、いいものですね」


「……ああ」

俺は頷いた。


「正直、最近は事件ばっかりだったからな。こうして普通に旅ができるのは嬉しいよ」


「そうですね。もちろん、今回も調査のために来ていますが……」


リリアは少し考えてから続けた。


「この土地のことを知る時間も、大切にしたいと思います」


「俺もそう思う」


目的地へ急ぐだけでは、見落としてしまうものがある。ここで暮らす人達がどんな生活をして、何を大切にしているのか。それを知ることも、今回の依頼には必要なのかもしれない。

そんなことを考えていた時、車体が大きく揺れた。


「うわっ!?」


慌てて座席の縁を掴む。急に加速したのかと思ったが、すぐにドルグが帆を調整し、速度が落ち着いた。


「大丈夫だ。横から少し強い風が来ただけだよ」


「び、びっくりした……」


心臓がまだ速く打っている。さっきまで楽しくて仕方なかったのに、一瞬で現実に引き戻された。やっぱり、知らない乗り物は少し怖い。


「ユウト、顔が真っ青だよ」

ミミナが笑いをこらえながら言った。


「だって、急に揺れたんだぞ!」


「でも、すぐ収まったじゃん」


「そうだけど!」

言い返していると、運転席からドルグが声をかけてきた。


「安心しな。風が強くなりそうな時は、先に帆を小さくする。無茶な走り方はしねえよ」


「……お願いします。本当に」


「ははは! 兄ちゃん、さっきまで一番楽しそうだったのにな!」


運転手にまで笑われてしまった。

深く息を吐いてもう一度外へ目を向けると、しばらくして怖さは薄れ、景色を楽しむ余裕が戻ってきた。風帆車は大きな帆を揺らしながら、青い空の下を軽快に進み続けている。

◇

しばらく走ったところで、ドルグが高原の一角を指さした。


「見ろ。あそこが風車畑だ」


「風車畑?」


首を傾げる俺に、彼は笑いながら説明してくれた。


「風の力で水を汲み上げてる場所だよ。高原は水が豊富なところもあれば、乾きやすいところもあるからな」


目を凝らすと、遠くの草地に何十基もの小さな風車が並んでいた。羽根が回るたびに細い水路へ水が流れ込み、畑の間をゆっくり進んでいく。


「へえ……すごいな」


「風は車を走らせるだけじゃない。水を運ぶのにも、粉を挽くのにも使えるんだ」

ドルグは誇らしそうに続けた。


「この高原じゃ、風の強さを読むのも立派な仕事だ。風がなけりゃ困るし、強すぎても困る。だから、みんな風とうまく付き合いながら暮らしてる」


遠くの風車を眺めながら、俺は思った。山道の鈴も、風帆車も、あの風車畑も、すべてこの土地ならではの暮らしの知恵なのだ。

最初は、風が強いなんて大変そうだと思っていた。けれど、そこで生きる人達にとっては、風があるからこそできることも多いのだろう。


「面白いな……」


つぶやくと、隣でロアンが笑った。


「だろう? 俺達には当たり前の景色だけど、初めて見る人間には珍しいんだな」


「珍しいよ。俺がいた場所には、こんなのなかったし」


「なら、これからもっと面白いものが見られるぞ」


「本当か?」


「ああ。湖の近くには大きな交易市があるし、山の谷間には風を利用した工房もある。高原の北側には、俺達フェルナ族の古い集落も残っているんだ」


ロアンは指を折りながら、土地の話を次々と聞かせてくれた。聞くたびに、新しい景色が頭に浮かぶ。まだ見ぬ町、知らない料理、初めて出会う人達。


今回の旅は、思っていた以上に長くなりそうだ。それでも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


「ユウト、また何か考えてる?」

ミミナが尋ねる。


「いや、こんなにいろいろあるなら、全部見て回りたいなと思って」


「分かる! 私も!」


「調査が終わって時間があれば、少しくらい観光できるかもしれませんね」

ノアが静かに言った。


「ただし、予定外の出費は控えてください」


「……はい」


俺とミミナの返事が、ぴたりと重なった。それを聞いたリリアが小さく笑う。

こんな何気ない時間が、俺にはとても心地よかった。

◇

風帆車が高原の中腹にさしかかった頃、前方に大きな町が見えてきた。

白い石壁に囲まれた町の周りには、色鮮やかな屋根の建物が並び、いくつもの風帆車が行き交っている。町へ続く道は広く整備され、両側には旅人向けの休憩所や荷物置き場が並んでいた。


「あれが風見台の町だ」

ロアンが説明する。


「高原に入る旅人の多くは、まずあそこに立ち寄る。風帆車の乗り換えもできるし、物資を揃えるにも便利なんだ」


「へえ……」


今まで訪れた町とは、建物の造りも雰囲気もずいぶん違う。屋根には小さな風見旗が立ち、通りには風向きを示す色付きの布が吊るされている。石造りの塔では大きな風車がゆっくり回り、その下で何人もの職人達が作業をしていた。


さらに驚いたのは、町を行き交う人々の姿だった。

人間だけではない。フェルナ族や石角族、見たことのない耳や角を持つ者達もいる。荷物を運ぶ人、商売の話をする人、子供の手を引いて歩く人。種族が違っても、暮らしている様子はどこか似ていた。その光景が、妙に新鮮だった。


「……いい町だな」


「ああ。高原の中でも、特にいろんな種族が集まる町だからな」

ロアンが嬉しそうに頷く。


風帆車は速度を落とし、町の入口にある大きな停留所へ入っていった。ドルグがブレーキをかけて帆を畳み、車輪がゆっくり止まる。俺達はようやく地面に降り立った。


「いやあ……面白かった!」


「そりゃよかった。また乗りたくなったら来な!」


「絶対乗ります!」


「その時は、もう少し揺れに慣れておけよ!」


「……努力します」


さっき怖がっていたのを、しっかり覚えられていたらしい。苦笑しながら荷物を背負い直した、その時だった。

停留所の端に、妙なものがいるのが目に入った。


「……ん?」


最初は大きな毛玉かと思った。だがよく見ると、丸い体から四本の短い脚が伸び、頭の上には葉っぱのようなものが二枚ついている。茶色と白の柔らかそうな毛並みをしたその生き物は、停留所の柱のそばで、じっと人々の様子を眺めていた。


「ロアン、あれって何?」

「ああ、あれか」


ロアンは俺の視線を追って、少し笑った。


「高原にいる小型の魔物だな。珍しいものじゃないぞ」


「魔物なのか?」


「ああ。名前は《荷葉獣(にようじゅう)》っていう」


なるほど。名前を聞いても、何一つ分からない。


興味深く眺めていると、その荷葉獣がゆっくり立ち上がった。近くに置かれた小さな荷物の前まで歩いていき、背中の毛をふわりと膨らませて、荷物の下へ潜り込む。

すると、どういう仕組みなのか、荷物が背中にぴたりと収まった。


「……え?」


荷葉獣はそのまま短い脚を動かし、荷物を背負って歩き出した。行く先では、年配の女性が待っている。


「おや、ありがとうね」


女性は荷葉獣の頭を優しく撫で、小さな木の実を差し出した。荷葉獣は嬉しそうに鼻を鳴らし、木の実を口に入れる。


「……何だ、あれ」


「荷物運びを手伝ってるんだろ?」


ロアンが不思議そうに俺を見た。


「いや、それは見れば分かるけど……」


「高原じゃ、荷葉獣と一緒に仕事をしてる人もいるからな」


もう一度、荷葉獣を見る。女性は荷物を受け取りながら、何か話しかけていた。言葉が通じているのかは分からない。けれど二人の間には、ずいぶん親しげな空気が流れていた。


「……へえ」

思わず頬が緩む。


風で走る車。風とともに暮らす人々。魔物と一緒に働く人達。この高原には、まだまだ俺の知らないことがありそうだった。


「ユウト、どうしたの?」


ミミナが隣へやってくる。


「いや、なんかさ……」

少し考えてから、俺は笑って答えた。


「この土地、思ってた以上に面白そうだなって」


「だよね!」

ミミナも嬉しそうに笑う。


遠くで風見旗が揺れ、町の中からは人々の賑やかな声が聞こえてくる。ロアンが先頭に立ち、俺達を町の中へと案内し始めた。


風渡りの高原での旅は、まだ始まったばかりだ。これからどんな人と出会い、どんな魔物を知ることになるのだろう。


剣も魔法も相変わらず頼りない俺だけど、知らない相手に話しかけてみることくらいならできる。その先に何が待っているのかは分からない。

それでも今は、新しい出会いが楽しみだった。

             第76話――終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は、いよいよ風渡りの高原へ到着しました!


風を利用して走る《風帆車》、広大な草原、青鏡湖、そして様々な種族が暮らす町。


第二章では、こうした異世界ならではの景色や文化も、大切に描いていきたいと思っています。


剣も魔法も相変わらず苦手なユウトですが、新しい乗り物にはすっかり夢中になってしまったようです。


そして今回、新たな魔物《荷葉獣》も登場しました。


魔物は必ずしも人間と敵対する存在ではなく、地域によっては共に暮らし、仕事をすることもある。


そんな世界の広がりも、ユウト達と一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。


次回は、風見台の町での新しい出会いが待っています。


果たしてユウト達は、どんな人々や魔物と出会うのでしょうか。


面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると、とても励みになります!


引き続き、ユウト達の冒険をよろしくお願いします!


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