魔物だらけの丘を越えたら、知らない種族の祭りに招かれました
魔物の大群を前にして、俺が最初に考えたことは一つだった。
あの丘、どうやって越えるんだ?
草原のあちこちには、大小さまざまな魔物達が集まっていた。背中に草のようなものを生やした亀に似た魔物もいれば、長い脚で斜面を歩く獣もいる。遠くの岩場では、見たことのない小さな生き物達が列を作って移動していた。
幸い、今のところ互いに争っている様子はなく、俺達へ向かってくる魔物もいない。
ただ、だからといって安心して真ん中を歩けるほど、俺は勇敢ではなかった。
「ロアン、これって街道を通れるのか?」
「ああ。魔物達は丘の斜面に散らばっているし、少し遠回りすれば問題ないと思う」
「そっか。ならよかった」
「ただし、あまり近づかない方がいい。今まで見たことのない種類もいるからな」
ロアンはそう言って、街道から少し離れた緩やかな斜面を指さした。
どうやら、そちらから丘を越えるつもりらしい。
俺達はリリアを後方の警戒役にして、ロアンの案内に従って歩き始めた。
丘の上から見下ろす景色は、想像以上に壮大だった。
緑の草地をいくつもの群れが移動し、その間を小川が銀色の糸のように流れている。少し離れた場所では、大きな甲羅を持つ魔物がのんびりと草を食べ、その背中に小鳥のような生き物が何羽も留まっていた。
「……何だか、すごいところに来ちゃったな」
俺が呟くと、ミミナが楽しそうに笑った。
「ねえ、あの甲羅の上にいるのも魔物なのかな?」
「さあ。普通の鳥かもしれないし、俺には分からないな」
「近くで見てみたい!」
「気持ちは分かるけど、今は遠くからにしておこう」
ミミナは少し残念そうだったが、素直に頷いた。
知らない魔物を見るたびに驚いていては、この先いくら時間があっても足りなさそうだ。
そう考えながら歩いていると、ロアンが突然立ち止まり、遠くの丘へ耳を向けた。
「……聞こえるか?」
「何が?」
「人の声だ。あっちから聞こえる」
俺も耳を澄ませてみたが、聞こえるのは草を揺らす風と、遠くを飛ぶ鳥の声くらいだった。
やっぱりフェルナ族の耳は、人間とは違うらしい。
「集落でもあるのか?」
「この先に宿場町がある。たぶん、そこの人達だろう」
「宿場町?」
「ああ。三つの街道が合流する場所でな。商人や旅人がよく立ち寄るんだ」
それを聞いて、少しだけ胸が弾んだ。
異世界の宿場町か。
今まで訪れた町とは、また違った雰囲気なのだろうか。
「今日はそこで泊まれるのか?」
「空きがあればな。日が暮れる前には着けると思う」
ロアンの返事に、俺は思わず歩く速度を上げた。
朝からずっと歩き続けていたせいで、足はすでに重くなっている。
何より、そろそろ温かい飯が食べたかった。
◇
宿場町が見えてきたのは、太陽が西へ傾き始めた頃だった。
丘を下る街道の先に、赤茶色の屋根がいくつも並んでいる。その周囲には木造の建物や小さな石造りの塔が立ち、道の両側には色とりどりの布が張り巡らされていた。
驚いたのは、町の入り口から聞こえてくる賑やかな音だった。
笛や太鼓の音に混じって、人々の笑い声が響いている。
どうやら、何か催し物でも開かれているらしい。
「……何かのお祭り?」
ミミナが首を傾げた。
「そうみたいだな」
俺も足を止め、町を眺めた。
通りには屋台が並び、焼いた肉や香辛料の匂いが風に乗って流れてくる。店先には見慣れない果物が山積みにされ、色鮮やかな布や金属細工を売る商人達が、行き交う客へ声をかけていた。
しかも、そこにいるのは人間だけではなかった。
長い耳を持つ者や、額から角を生やした者、背丈が俺の胸ほどしかない者までいる。
服装も実にさまざまで、見ているだけで飽きそうになかった。
「……ロアン」
「何だ?」
「ここ、すごくないか?」
「そうか?」
「いや、だって、見たことない種族がいっぱいいるぞ!」
思わず声が大きくなってしまった。
ロアンは少し驚いた顔をしたあと、笑いながら答えた。
「高原へ向かう街道だからな。色々な土地から人が集まるんだ」
「へえ……!」
俺はもう一度、通りへ目を向けた。
目の前には、今まで知らなかった異世界の暮らしが広がっている。
剣を持った冒険者や鎧を着た騎士だけじゃない。商人も職人も、旅人も、みんなそれぞれの生活を送っているのだ。
そんな当たり前のことが、急に新鮮に感じられた。
「ユウト、顔がすごいことになってるよ」
ミミナに言われ、慌てて口を閉じる。
「そんなに?」
「うん。何でも初めて見る子供みたい」
「仕方ないだろ。本当に初めて見るんだから」
俺が言い返すと、ミミナは声を上げて笑った。
その隣でノアが小さく息を吐く。
「観光するのは構いませんが、先に宿を確保しましょう。暗くなってから探し回ることになっても困りますから」
「それもそうだな」
俺達はロアンの案内で、町の中心へ向かうことにした。
◇
通りを歩き始めて間もなく、俺は一人の女性に呼び止められた。
「そこの黒髪の兄ちゃん、ちょっと待ちな!」
振り返ると、屋台の奥から大柄な女性がこちらを見ていた。
短い巻き毛の間から灰色の角が二本伸び、日に焼けた顔には深い笑い皺が刻まれている。人間より一回り大きな手で、鉄板の上に並んだ肉を器用にひっくり返していた。
「俺ですか?」
「そうそう。さっきからこっちを見てるだろ。腹が減ってるんじゃないのかい?」
……ばれていた。
実は町へ入ってからずっと、屋台から漂ってくる匂いが気になっていたのだ。
「いや、まあ、少し……」
「少しって顔じゃないね。今にも倒れそうだよ」
「そこまでじゃないです!」
女性は豪快に笑いながら、焼き上がった肉を薄い麦の生地で包み始めた。
「うちは初めてかい?」
「はい。リベルタから来ました」
「それなら、ちょうどいい日に来たもんだ」
女性は大きな皿を持ち上げた。
「今日は《道結び祭》の日だからね!」
「道結び祭?」
「ああ。この町じゃ昔から、十日に一度、旅人達が集まって道の話を交換するんだよ。遠くの町で起きたことや、新しくできた道、危ない場所なんかを教え合うのさ」
なるほど。
旅人同士の情報交換会みたいなものか。
ただ、周囲の賑わいを見る限り、それだけでは終わらないらしい。
「もちろん、飯も酒も音楽もあるよ。遠くから来た旅人を迎える日だからね」
「へえ……いい祭りですね」
「だろう? だから、まずは食べな!」
そう言って、女性は焼きたての肉を俺へ差し出した。
「えっ、いいんですか?」
「いいとも。初めて来た旅人には、最初の一口を振る舞うのがうちの習わしなんだ」
「ありがとうございます!」
俺はありがたく受け取り、一口かじった。
香ばしく焼かれた肉から熱い肉汁があふれ、薄い生地の中に包まれた香草の香りが口いっぱいに広がる。
「……うまっ!」
思わず声が出た。
何だこれ。
外側の生地は少し焦げ目がついているのに、中は驚くほど柔らかい。肉の旨味と香草の香りが絶妙で、朝から歩き続けた体に染み渡るようだった。
「どうだい?」
「めちゃくちゃうまいです!」
「そうだろう!」
女性は満足そうに笑った。
その様子を見ていたミミナが、俺の腕を引っ張る。
「ユウト、私も食べたい!」
「何で俺のを食べようとするんだよ!
「だって、すごくおいしそうなんだもん!」
俺は笑いながら、屋台の女性へ追加を頼んだ。
女性は慣れた手つきで肉を包みながら、俺達を順番に見渡す。
「それにしても、珍しい組み合わせだね。人間が四人に、フェルナ族が一人かい」
「ああ。俺達は冒険者で、今は風渡りの高原へ向かってるんです」
「高原へ?」
女性の視線がロアンへ移った。
「あんた、あっちの出身だろ?」
「そうだ。集落から依頼を持ってきた」
「なるほどねえ。最近は高原の方も落ち着かないみたいだから、気をつけなよ」
どうやら、魔物の移動については、この町でも話題になっているらしい。
俺が詳しく聞こうとすると、女性は笑って店の奥を指さした。
「その話なら、祭りの広場へ行くといい。今日はあちこちから旅人が来てるから、色々聞けるはずだよ」
「広場?」
「ああ。大きな地図があるから、すぐ分かるさ」
女性はそう言って、最後に焼きたての肉を一つ皿へ乗せた。
「ほら、これはおまけだ。長旅で腹を空かせたままじゃ、まともな話もできないからね」
「ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、女性は笑いながら手を振った。
その時、ふと気になって尋ねてみた。
「あの、失礼かもしれませんけど、お姉さんは何族なんですか?」
「お姉さんだって?」
女性は一瞬目を丸くしたあと、腹を抱えて笑い出した。
「ははは! あんた、なかなか口が上手いね!」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「私は石角族のナーヤだよ。ここで生まれて、ずっと店をやってるんだ」
「石角族……」
「そうさ。角があるからって、別に頭突きが得意なわけじゃないよ?」
「えっ、そうなんですか?」
「得意な奴もいるけどね。少なくとも私は、こっちの方が得意さ」
ナーヤは大きな包丁を器用に回し、肉を次々と切り分けてみせた。
その手際のよさに、思わず拍手してしまう。
「すごい!」
「だろう?」
こうしてまた一つ、この世界の知らないことを知った。
石角族のナーヤ。
初めて会ったばかりなのに、ずいぶん親しみやすい人だった。
俺はもう一度礼を言い、仲間達と一緒に広場へ向かった。
◇
町の中央には、驚くほど大きな木製の掲示板が設置されていた。
その周囲には何十人もの旅人が集まり、手にした小さな木札を掲示板へ結びつけている。
よく見ると、掲示板には街道や川、山脈が描かれており、まるで巨大な地図のようになっていた。
「……何だこれ」
「《道結び台》だな」
ロアンが答えた。
「旅人が自分の通ってきた道で見たものを、ここへ残していくんだ」
「見たもの?」
「ああ。通れなくなった道や、商売に役立つ情報、それから危険な魔物を見かけた場所なんかもな」
ロアンは掲示板の一角を指さした。
そこには小さな木札がいくつも吊るされ、それぞれに文字や絵が描かれている。
近くにいた年配の旅人が、ちょうど新しい札を取り付けようとしていた。
「それ、どこの情報なんですか?」
俺が尋ねると、男は振り返った。
「南の街道だよ。昨日通った時に、道がぬかるんで荷馬車が動けなくなってな。しばらくは迂回した方がいい」
「なるほど……」
地図へ視線を戻すと、同じ道に別の札も結びつけられていた。
どうやら、ほかの旅人も同じ場所で苦労したらしい。
「便利だな、これ」
「だろう?」
男は嬉しそうに頷いた。
「旅人が持ってくる話は、どれも誰かの役に立つ。だから、この町では昔からこうして情報を残してるんだ」
俺はしばらく地図を眺めていた。
遠くの町から来た商人が、新しい道を教えてくれる。
別の土地から来た旅人が、危険な場所を知らせてくれる。
その情報を次の旅人が受け取り、また別の場所へ持っていく。
何だか、人と人のつながりがそのまま地図になっているみたいだった。
「ユウト、これ見て」
ミミナが掲示板の端を指さした。
そこには、いくつかの魔物の絵が描かれた木札が吊るされている。
一枚には大きな翼を持つ鳥の姿があり、別の札には角の生えた鹿のような魔物が描かれていた。
「青帆鳥と風耳鹿かな?」
「たぶんね。こっちには、見かけた場所と日付も書いてあるよ」
ミミナが読み上げた内容を聞きながら、俺は思わず顔を上げた。
どうやら、俺達が見た魔物達と似た群れが、別の街道でも目撃されているらしい。
「ロアン、これって……」
「ああ。今回の移動についても、色々な土地から情報が集まっているようだな」
ロアンは木札を一枚ずつ確認していった。
書かれているのは、目撃された魔物の姿と場所、それから移動していた方向だ。
ただし、記録の中には詳しい種類が分からないものもあり、同じ魔物を別の名前で呼んでいる可能性もありそうだった。
「全部をそのまま信じていいわけじゃないな」
俺が言うと、ロアンが頷く。
「ああ。旅人が見間違えたこともあるだろうし、目撃した時刻や場所が曖昧なものもある」
「でも、何も分からないよりはずっといいよな」
「そうだな」
俺達はしばらく木札を読み続けた。
そんな時、一人の小さな女の子が近づいてきた。
「お兄ちゃん達も、道のお話を持ってきたの?」
振り返ると、そこには短い角を生やした少女が立っていた。
どうやら石角族らしい。
手には小さな木札を何枚も抱えている。
「道のお話?」
「うん。ここに来た人は、自分が見たものを一つ教えてくれるんだよ」
少女はにっこり笑った。
「そうすると、次に旅をする人が困らないんだって」
なるほど。
どうやら、子供達も祭りの手伝いをしているらしい。
「じゃあ、俺達も何か書いていいのかな?」
「もちろん!」
少女は嬉しそうに木札を一枚差し出した。
「お兄ちゃん達は、どこから来たの?」
「リベルタだよ。今日は途中で風耳鹿の群れを見たんだ」
「風耳鹿?」
「うん。橋を渡ろうとしてたんだけど、鈴の音が気になってたみたいでさ」
俺は今日あった出来事を、できるだけ分かりやすく説明した。
もちろん、鈴が原因だったと断定できるわけではないし、すべての風耳鹿が同じ反応をするとも限らない。
だから、俺達が実際に見たことだけを伝えた。
少女は真剣な顔で話を聞き、木札へ一生懸命文字を書いていく。
「……これでいい?」
差し出された札には、少し不格好な字で、風耳鹿を見かけた場所と、鈴を鳴らさなくしたあとに橋を渡り始めたことが記されていた。
「うん。ありがとう」
俺が礼を言うと、少女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ここに結ぶね!」
小さな手で紐を結び、木札を掲示板へ取り付ける。
それだけのことなのに、なぜか少し誇らしい気持ちになった。
俺達が今日見た出来事が、これから旅をする誰かの役に立つかもしれない。
そう考えると、何だか嬉しかった。
◇
広場を離れた頃には、空がすっかり夕焼けに染まっていた。
通りには次々と灯りがともされ、昼間とは違った賑やかさが広がっている。
屋台からは肉を焼く音が聞こえ、広場の中央では笛や太鼓に合わせて人々が踊っていた。
その輪の中には、人間もフェルナ族も石角族もいる。
見た目も、体の大きさも、服装も違う人達が、同じ音楽に合わせて楽しそうに笑っていた。
「……いい町だな」
俺が呟くと、隣にいたロアンが頷いた。
「ああ。ここは色々な土地から人が集まるからな。最初は考え方の違いで喧嘩になることも多かったらしいが、今じゃこうして祭りを開いている」
「へえ……」
「道結び祭も、昔は旅人同士の情報交換だけだったんだ。それが少しずつ大きくなって、今の形になったって聞いてる」
なるほど。
人と人が出会い、言葉を交わし、少しずつ関係を作っていく。
何だか《縁》に似ている気がした。
もちろん、俺の技能が働いているわけじゃない。
ここにいる人達は、自分達の力でこうした場所を作ってきたのだろう。
そう考えると、ますますこの町が好きになった。
「ユウト!」
少し離れた場所から、ミミナの声が聞こえた。
振り返ると、彼女は両手に何かを持ってこちらへ走ってくる。
「見て! これ、すごくおいしいよ!」
「また食べてるのか?」
「だって、お祭りだよ?」
そう言って、ミミナは小さな焼き菓子を俺へ差し出した。
一口食べると、外側は香ばしく、中には甘い木の実がたっぷり詰まっている。
「……うまいな、これ」
「でしょ!」
ミミナは満足そうに笑った。
少し後ろからノアが歩いてくる。
「二人とも、食べるのは構いませんが、夕食の分までお金を使わないでくださいね」
「分かってるって!」
ミミナが元気よく返事をした。
その横で、リリアが小さな包みを持っていた。
「リリア、それ何?」
「先ほどの屋台で勧められた香草茶です。夜は冷えることもあるそうなので、宿で飲もうかと思いまして」
「へえ、いいな」
「よろしければ、ユウトも一緒にどうですか?」
「もちろん!」
俺が頷くと、リリアは嬉しそうに微笑んだ。
こうして、俺達は少しの間、旅の疲れを忘れて祭りを楽しんだ。
剣を抜く必要もなく、魔物と命懸けの戦いをすることもない。
ただ、知らない土地の料理を食べ、初めて会った人達と話をする。
そんな時間が、思っていた以上に楽しかった。
◇
夜になり、俺達は町の宿へ戻った。
幸い、ロアンが早めに部屋を確保してくれていたおかげで、寝る場所に困ることもなかった。
窓の外では、まだ祭りの音楽が続いている。
俺は部屋の椅子に腰を下ろし、今日一日の出来事を思い返していた。
丘を移動する魔物達。
初めて訪れた宿場町。
石角族のナーヤと、旅人達が集まる道結び祭。
そして、道結び台に集められていた数多くの情報。
たった一日歩いただけで、こんなに新しい出会いがあるなんて思わなかった。
この先の旅では、どれだけ知らない景色を見ることになるのだろう。
「ユウト、まだ起きているのですか?」
振り返ると、ノアが部屋の入口に立っていた。
「ああ。ちょっと考え事してた」
「明日も歩くのですから、あまり夜更かししないでくださいね」
「分かってるよ」
ノアは小さく頷いたあと、机の上に置かれた木札へ目を向けた。
それは、広場で少女からもらったものだった。
俺達が道結び台に情報を残したあと、少女が記念にと渡してくれたのだ。
木札には、小さな花の絵が描かれている。
「それ、どうするんですか?」
「旅の記念に持っておこうかなって」
「いいですね」
ノアは穏やかに微笑んだ。
「こういうものは、あとから見返すと嬉しくなるものですから」
「そうだな」
俺は木札を手に取り、しばらく眺めた。
この世界へ来てから、色々な人に助けられてきた。
強い魔物と戦う時も、何か分からないことがある時も、俺一人ではどうにもならなかった。
けれど、こうして新しい土地で誰かと出会い、ほんの少しでも関係を作っていくことなら、自分にもできる。
それが、きっと俺の冒険なのだろう。
「……明日も楽しみだな」
俺が呟くと、ノアが少しだけ笑った。
「楽しむのはいいですが、無理はしないでくださいね」
「分かってるって」
そう答えながら、俺は窓の外へ目を向けた。
遠くの山々の向こうには、まだ見ぬ風渡りの高原が広がっている。
そこにはどんな町があり、どんな人達が暮らしているのだろう。
そして、魔物達は何を求めて移動しているのだろうか。
まだ分からないことばかりだが、今はそれでいい気がした。
知らないことがあるからこそ、旅は面白いのだから。
◇
翌朝、宿の前でロアンが俺達を待っていた。
「おはよう。準備はできたか?」
「ああ。いつでも行けるよ」
俺が答えると、ロアンは満足そうに頷いた。
「それなら、今日は少し面白いものを見せられそうだ」
「面白いもの?」
「ああ。高原へ向かう旅人なら、一度は見ておいた方がいい」
そう言って、ロアンは遠くの山並みを指さした。
「あの山の向こうには、風を利用して走る《風帆車》っていう乗り物があるんだ」
「……風で走る?」
「そうだ。大きな帆を張った車でな。平らな道なら、風の力を借りて進むことができる」
俺は思わず目を見開いた。
「何それ、めちゃくちゃ面白そうじゃん!」
「だろう? もちろん、風が弱ければ普通の荷車と変わらないし、坂道では別の力も必要になるけどな」
それでも、十分魅力的だった。
風の力で走る車。
そんなものが本当にあるなら、ぜひ一度乗ってみたい。
「ユウト、また嬉しそうな顔してるよ」
ミミナが笑った。
「いや、だってさ。風で走る車だぞ?」
「乗ってみたいねー!」
俺達が盛り上がっていると、ロアンが楽しそうに笑った。
「まあ、まずは峠を越えないとな。風帆車が走るのは、その先の高原の道だ」
「そっか。じゃあ、頑張って歩くしかないな」
「ああ。ただ、峠を越えたら景色も一気に変わるぞ」
その言葉に、俺の胸が少し高鳴った。
風渡りの高原までは、まだ道のりが続いている。
けれど、昨日まで知らなかった町や種族、そして新しい乗り物の話を聞いただけで、旅がますます楽しみになってきた。
俺は荷物を背負い直し、仲間達を振り返った。
「よし、行こうか!」
リリアが頷き、ミミナが元気よく返事をする。
ノアは旅費の入った袋を確認し、ロアンは先頭に立って歩き始めた。
宿場町の外へ出ると、朝日を浴びた山並みが遠くに広がっていた。
あの先には、まだ俺達の知らない世界が待っている。
剣も鎧も相変わらず重いけれど、今はそれほど気にならなかった。
俺にできることは、きっと戦うことだけじゃない。
知らない人と出会い、話をして、少しずつ世界を知っていく。
それも立派な冒険なのだろう。
そんなことを考えながら、俺達は新しい朝の街道へ踏み出した。
――75話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、風渡りの高原へ向かう途中にある宿場町でのお話でした。
新たに登場した石角族のナーヤ、旅人達が集まる《道結び祭》、そして様々な種族が行き交う賑やかな町。
第二章では、こうした異世界ならではの暮らしや文化も、たくさん描いていきたいと思っています。
今回は大きな戦闘こそありませんでしたが、ユウト達にとっては新しい発見がいっぱいの一日になりました。
そして、旅人達が情報を交換する《道結び台》。
何気ない出会いや小さな情報が、いつか誰かの助けになる。そんな人と人とのつながりも、この作品で大切にしていきたいテーマです。
次回は、いよいよ山越えへ!
風渡りの高原には、どんな景色が待っているのでしょうか。
引き続き、ユウト達の新しい冒険を楽しんでいただけたら嬉しいです!
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これからもよろしくお願いします!




