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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第二章《風渡りの大地と、言葉を聞く魔物たち編》

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魔物だらけの丘を越えたら、知らない種族の祭りに招かれました

 魔物の大群を前にして、俺が最初に考えたことは一つだった。


 あの丘、どうやって越えるんだ?


 草原のあちこちには、大小さまざまな魔物達が集まっていた。背中に草のようなものを生やした亀に似た魔物もいれば、長い脚で斜面を歩く獣もいる。遠くの岩場では、見たことのない小さな生き物達が列を作って移動していた。


 幸い、今のところ互いに争っている様子はなく、俺達へ向かってくる魔物もいない。


 ただ、だからといって安心して真ん中を歩けるほど、俺は勇敢ではなかった。


「ロアン、これって街道を通れるのか?」


「ああ。魔物達は丘の斜面に散らばっているし、少し遠回りすれば問題ないと思う」


「そっか。ならよかった」


「ただし、あまり近づかない方がいい。今まで見たことのない種類もいるからな」


 ロアンはそう言って、街道から少し離れた緩やかな斜面を指さした。


 どうやら、そちらから丘を越えるつもりらしい。


 俺達はリリアを後方の警戒役にして、ロアンの案内に従って歩き始めた。


 丘の上から見下ろす景色は、想像以上に壮大だった。


 緑の草地をいくつもの群れが移動し、その間を小川が銀色の糸のように流れている。少し離れた場所では、大きな甲羅を持つ魔物がのんびりと草を食べ、その背中に小鳥のような生き物が何羽も留まっていた。


「……何だか、すごいところに来ちゃったな」


 俺が呟くと、ミミナが楽しそうに笑った。


「ねえ、あの甲羅の上にいるのも魔物なのかな?」


「さあ。普通の鳥かもしれないし、俺には分からないな」


「近くで見てみたい!」


「気持ちは分かるけど、今は遠くからにしておこう」


 ミミナは少し残念そうだったが、素直に頷いた。


 知らない魔物を見るたびに驚いていては、この先いくら時間があっても足りなさそうだ。


 そう考えながら歩いていると、ロアンが突然立ち止まり、遠くの丘へ耳を向けた。


「……聞こえるか?」


「何が?」


「人の声だ。あっちから聞こえる」


 俺も耳を澄ませてみたが、聞こえるのは草を揺らす風と、遠くを飛ぶ鳥の声くらいだった。


 やっぱりフェルナ族の耳は、人間とは違うらしい。


「集落でもあるのか?」


「この先に宿場町がある。たぶん、そこの人達だろう」


「宿場町?」


「ああ。三つの街道が合流する場所でな。商人や旅人がよく立ち寄るんだ」


 それを聞いて、少しだけ胸が弾んだ。


 異世界の宿場町か。


 今まで訪れた町とは、また違った雰囲気なのだろうか。


「今日はそこで泊まれるのか?」


「空きがあればな。日が暮れる前には着けると思う」


 ロアンの返事に、俺は思わず歩く速度を上げた。


 朝からずっと歩き続けていたせいで、足はすでに重くなっている。


 何より、そろそろ温かい飯が食べたかった。


          ◇


 宿場町が見えてきたのは、太陽が西へ傾き始めた頃だった。


 丘を下る街道の先に、赤茶色の屋根がいくつも並んでいる。その周囲には木造の建物や小さな石造りの塔が立ち、道の両側には色とりどりの布が張り巡らされていた。


 驚いたのは、町の入り口から聞こえてくる賑やかな音だった。


 笛や太鼓の音に混じって、人々の笑い声が響いている。


 どうやら、何か催し物でも開かれているらしい。


「……何かのお祭り?」


 ミミナが首を傾げた。


「そうみたいだな」


 俺も足を止め、町を眺めた。


 通りには屋台が並び、焼いた肉や香辛料の匂いが風に乗って流れてくる。店先には見慣れない果物が山積みにされ、色鮮やかな布や金属細工を売る商人達が、行き交う客へ声をかけていた。


 しかも、そこにいるのは人間だけではなかった。


 長い耳を持つ者や、額から角を生やした者、背丈が俺の胸ほどしかない者までいる。


 服装も実にさまざまで、見ているだけで飽きそうになかった。


「……ロアン」


「何だ?」


「ここ、すごくないか?」


「そうか?」


「いや、だって、見たことない種族がいっぱいいるぞ!」


 思わず声が大きくなってしまった。


 ロアンは少し驚いた顔をしたあと、笑いながら答えた。


「高原へ向かう街道だからな。色々な土地から人が集まるんだ」


「へえ……!」


 俺はもう一度、通りへ目を向けた。


 目の前には、今まで知らなかった異世界の暮らしが広がっている。


 剣を持った冒険者や鎧を着た騎士だけじゃない。商人も職人も、旅人も、みんなそれぞれの生活を送っているのだ。


 そんな当たり前のことが、急に新鮮に感じられた。


「ユウト、顔がすごいことになってるよ」


 ミミナに言われ、慌てて口を閉じる。


「そんなに?」


「うん。何でも初めて見る子供みたい」


「仕方ないだろ。本当に初めて見るんだから」


 俺が言い返すと、ミミナは声を上げて笑った。


 その隣でノアが小さく息を吐く。


「観光するのは構いませんが、先に宿を確保しましょう。暗くなってから探し回ることになっても困りますから」


「それもそうだな」


 俺達はロアンの案内で、町の中心へ向かうことにした。


          ◇


 通りを歩き始めて間もなく、俺は一人の女性に呼び止められた。


「そこの黒髪の兄ちゃん、ちょっと待ちな!」


 振り返ると、屋台の奥から大柄な女性がこちらを見ていた。


 短い巻き毛の間から灰色の角が二本伸び、日に焼けた顔には深い笑い皺が刻まれている。人間より一回り大きな手で、鉄板の上に並んだ肉を器用にひっくり返していた。


「俺ですか?」


「そうそう。さっきからこっちを見てるだろ。腹が減ってるんじゃないのかい?」


 ……ばれていた。


 実は町へ入ってからずっと、屋台から漂ってくる匂いが気になっていたのだ。


「いや、まあ、少し……」


「少しって顔じゃないね。今にも倒れそうだよ」


「そこまでじゃないです!」


 女性は豪快に笑いながら、焼き上がった肉を薄い麦の生地で包み始めた。


「うちは初めてかい?」


「はい。リベルタから来ました」


「それなら、ちょうどいい日に来たもんだ」


 女性は大きな皿を持ち上げた。


「今日は《道結び祭》の日だからね!」


「道結び祭?」


「ああ。この町じゃ昔から、十日に一度、旅人達が集まって道の話を交換するんだよ。遠くの町で起きたことや、新しくできた道、危ない場所なんかを教え合うのさ」


 なるほど。


 旅人同士の情報交換会みたいなものか。


 ただ、周囲の賑わいを見る限り、それだけでは終わらないらしい。


「もちろん、飯も酒も音楽もあるよ。遠くから来た旅人を迎える日だからね」


「へえ……いい祭りですね」


「だろう? だから、まずは食べな!」


 そう言って、女性は焼きたての肉を俺へ差し出した。


「えっ、いいんですか?」


「いいとも。初めて来た旅人には、最初の一口を振る舞うのがうちの習わしなんだ」


「ありがとうございます!」


 俺はありがたく受け取り、一口かじった。


 香ばしく焼かれた肉から熱い肉汁があふれ、薄い生地の中に包まれた香草の香りが口いっぱいに広がる。


「……うまっ!」


 思わず声が出た。


 何だこれ。


 外側の生地は少し焦げ目がついているのに、中は驚くほど柔らかい。肉の旨味と香草の香りが絶妙で、朝から歩き続けた体に染み渡るようだった。


「どうだい?」


「めちゃくちゃうまいです!」


「そうだろう!」


 女性は満足そうに笑った。


 その様子を見ていたミミナが、俺の腕を引っ張る。


「ユウト、私も食べたい!」


「何で俺のを食べようとするんだよ!


「だって、すごくおいしそうなんだもん!」


 俺は笑いながら、屋台の女性へ追加を頼んだ。


 女性は慣れた手つきで肉を包みながら、俺達を順番に見渡す。


「それにしても、珍しい組み合わせだね。人間が四人に、フェルナ族が一人かい」


「ああ。俺達は冒険者で、今は風渡りの高原へ向かってるんです」


「高原へ?」


 女性の視線がロアンへ移った。


「あんた、あっちの出身だろ?」


「そうだ。集落から依頼を持ってきた」


「なるほどねえ。最近は高原の方も落ち着かないみたいだから、気をつけなよ」


 どうやら、魔物の移動については、この町でも話題になっているらしい。


 俺が詳しく聞こうとすると、女性は笑って店の奥を指さした。


「その話なら、祭りの広場へ行くといい。今日はあちこちから旅人が来てるから、色々聞けるはずだよ」


「広場?」


「ああ。大きな地図があるから、すぐ分かるさ」


 女性はそう言って、最後に焼きたての肉を一つ皿へ乗せた。


「ほら、これはおまけだ。長旅で腹を空かせたままじゃ、まともな話もできないからね」


「ありがとうございます!」


 俺が頭を下げると、女性は笑いながら手を振った。


 その時、ふと気になって尋ねてみた。


「あの、失礼かもしれませんけど、お姉さんは何族なんですか?」


「お姉さんだって?」


 女性は一瞬目を丸くしたあと、腹を抱えて笑い出した。


「ははは! あんた、なかなか口が上手いね!」


「いや、そんなつもりじゃ……」


「私は石角族のナーヤだよ。ここで生まれて、ずっと店をやってるんだ」


「石角族……」


「そうさ。角があるからって、別に頭突きが得意なわけじゃないよ?」


「えっ、そうなんですか?」


「得意な奴もいるけどね。少なくとも私は、こっちの方が得意さ」


 ナーヤは大きな包丁を器用に回し、肉を次々と切り分けてみせた。


 その手際のよさに、思わず拍手してしまう。


「すごい!」


「だろう?」


 こうしてまた一つ、この世界の知らないことを知った。


 石角族のナーヤ。


 初めて会ったばかりなのに、ずいぶん親しみやすい人だった。


 俺はもう一度礼を言い、仲間達と一緒に広場へ向かった。


          ◇


 町の中央には、驚くほど大きな木製の掲示板が設置されていた。


 その周囲には何十人もの旅人が集まり、手にした小さな木札を掲示板へ結びつけている。


 よく見ると、掲示板には街道や川、山脈が描かれており、まるで巨大な地図のようになっていた。


「……何だこれ」


「《道結び台》だな」


 ロアンが答えた。


「旅人が自分の通ってきた道で見たものを、ここへ残していくんだ」


「見たもの?」


「ああ。通れなくなった道や、商売に役立つ情報、それから危険な魔物を見かけた場所なんかもな」


 ロアンは掲示板の一角を指さした。


 そこには小さな木札がいくつも吊るされ、それぞれに文字や絵が描かれている。


 近くにいた年配の旅人が、ちょうど新しい札を取り付けようとしていた。


「それ、どこの情報なんですか?」


 俺が尋ねると、男は振り返った。


「南の街道だよ。昨日通った時に、道がぬかるんで荷馬車が動けなくなってな。しばらくは迂回した方がいい」


「なるほど……」


 地図へ視線を戻すと、同じ道に別の札も結びつけられていた。


 どうやら、ほかの旅人も同じ場所で苦労したらしい。


「便利だな、これ」


「だろう?」


 男は嬉しそうに頷いた。


「旅人が持ってくる話は、どれも誰かの役に立つ。だから、この町では昔からこうして情報を残してるんだ」


 俺はしばらく地図を眺めていた。


 遠くの町から来た商人が、新しい道を教えてくれる。


 別の土地から来た旅人が、危険な場所を知らせてくれる。


 その情報を次の旅人が受け取り、また別の場所へ持っていく。


 何だか、人と人のつながりがそのまま地図になっているみたいだった。


「ユウト、これ見て」


 ミミナが掲示板の端を指さした。


 そこには、いくつかの魔物の絵が描かれた木札が吊るされている。


 一枚には大きな翼を持つ鳥の姿があり、別の札には角の生えた鹿のような魔物が描かれていた。


「青帆鳥と風耳鹿かな?」


「たぶんね。こっちには、見かけた場所と日付も書いてあるよ」


 ミミナが読み上げた内容を聞きながら、俺は思わず顔を上げた。


 どうやら、俺達が見た魔物達と似た群れが、別の街道でも目撃されているらしい。


「ロアン、これって……」


「ああ。今回の移動についても、色々な土地から情報が集まっているようだな」


 ロアンは木札を一枚ずつ確認していった。


 書かれているのは、目撃された魔物の姿と場所、それから移動していた方向だ。


 ただし、記録の中には詳しい種類が分からないものもあり、同じ魔物を別の名前で呼んでいる可能性もありそうだった。


「全部をそのまま信じていいわけじゃないな」


 俺が言うと、ロアンが頷く。


「ああ。旅人が見間違えたこともあるだろうし、目撃した時刻や場所が曖昧なものもある」


「でも、何も分からないよりはずっといいよな」


「そうだな」


 俺達はしばらく木札を読み続けた。


 そんな時、一人の小さな女の子が近づいてきた。


「お兄ちゃん達も、道のお話を持ってきたの?」


 振り返ると、そこには短い角を生やした少女が立っていた。


 どうやら石角族らしい。


 手には小さな木札を何枚も抱えている。


「道のお話?」


「うん。ここに来た人は、自分が見たものを一つ教えてくれるんだよ」


 少女はにっこり笑った。


「そうすると、次に旅をする人が困らないんだって」


 なるほど。


 どうやら、子供達も祭りの手伝いをしているらしい。


「じゃあ、俺達も何か書いていいのかな?」


「もちろん!」


 少女は嬉しそうに木札を一枚差し出した。


「お兄ちゃん達は、どこから来たの?」


「リベルタだよ。今日は途中で風耳鹿の群れを見たんだ」


「風耳鹿?」


「うん。橋を渡ろうとしてたんだけど、鈴の音が気になってたみたいでさ」


 俺は今日あった出来事を、できるだけ分かりやすく説明した。


 もちろん、鈴が原因だったと断定できるわけではないし、すべての風耳鹿が同じ反応をするとも限らない。


 だから、俺達が実際に見たことだけを伝えた。


 少女は真剣な顔で話を聞き、木札へ一生懸命文字を書いていく。


「……これでいい?」


 差し出された札には、少し不格好な字で、風耳鹿を見かけた場所と、鈴を鳴らさなくしたあとに橋を渡り始めたことが記されていた。


「うん。ありがとう」


 俺が礼を言うと、少女は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、ここに結ぶね!」


 小さな手で紐を結び、木札を掲示板へ取り付ける。


 それだけのことなのに、なぜか少し誇らしい気持ちになった。


 俺達が今日見た出来事が、これから旅をする誰かの役に立つかもしれない。


 そう考えると、何だか嬉しかった。


          ◇


 広場を離れた頃には、空がすっかり夕焼けに染まっていた。


 通りには次々と灯りがともされ、昼間とは違った賑やかさが広がっている。


 屋台からは肉を焼く音が聞こえ、広場の中央では笛や太鼓に合わせて人々が踊っていた。


 その輪の中には、人間もフェルナ族も石角族もいる。


 見た目も、体の大きさも、服装も違う人達が、同じ音楽に合わせて楽しそうに笑っていた。


「……いい町だな」


 俺が呟くと、隣にいたロアンが頷いた。


「ああ。ここは色々な土地から人が集まるからな。最初は考え方の違いで喧嘩になることも多かったらしいが、今じゃこうして祭りを開いている」


「へえ……」


「道結び祭も、昔は旅人同士の情報交換だけだったんだ。それが少しずつ大きくなって、今の形になったって聞いてる」


 なるほど。


 人と人が出会い、言葉を交わし、少しずつ関係を作っていく。


 何だか《縁》に似ている気がした。


 もちろん、俺の技能が働いているわけじゃない。


 ここにいる人達は、自分達の力でこうした場所を作ってきたのだろう。


 そう考えると、ますますこの町が好きになった。


「ユウト!」


 少し離れた場所から、ミミナの声が聞こえた。


 振り返ると、彼女は両手に何かを持ってこちらへ走ってくる。


「見て! これ、すごくおいしいよ!」


「また食べてるのか?」


「だって、お祭りだよ?」


 そう言って、ミミナは小さな焼き菓子を俺へ差し出した。


 一口食べると、外側は香ばしく、中には甘い木の実がたっぷり詰まっている。


「……うまいな、これ」


「でしょ!」


 ミミナは満足そうに笑った。


 少し後ろからノアが歩いてくる。


「二人とも、食べるのは構いませんが、夕食の分までお金を使わないでくださいね」


「分かってるって!」


 ミミナが元気よく返事をした。


 その横で、リリアが小さな包みを持っていた。


「リリア、それ何?」


「先ほどの屋台で勧められた香草茶です。夜は冷えることもあるそうなので、宿で飲もうかと思いまして」


「へえ、いいな」


「よろしければ、ユウトも一緒にどうですか?」


「もちろん!」


 俺が頷くと、リリアは嬉しそうに微笑んだ。


 こうして、俺達は少しの間、旅の疲れを忘れて祭りを楽しんだ。


 剣を抜く必要もなく、魔物と命懸けの戦いをすることもない。


 ただ、知らない土地の料理を食べ、初めて会った人達と話をする。


 そんな時間が、思っていた以上に楽しかった。


          ◇


 夜になり、俺達は町の宿へ戻った。


 幸い、ロアンが早めに部屋を確保してくれていたおかげで、寝る場所に困ることもなかった。


 窓の外では、まだ祭りの音楽が続いている。


 俺は部屋の椅子に腰を下ろし、今日一日の出来事を思い返していた。


 丘を移動する魔物達。


 初めて訪れた宿場町。


 石角族のナーヤと、旅人達が集まる道結び祭。


 そして、道結び台に集められていた数多くの情報。


 たった一日歩いただけで、こんなに新しい出会いがあるなんて思わなかった。


 この先の旅では、どれだけ知らない景色を見ることになるのだろう。


「ユウト、まだ起きているのですか?」


 振り返ると、ノアが部屋の入口に立っていた。


「ああ。ちょっと考え事してた」


「明日も歩くのですから、あまり夜更かししないでくださいね」


「分かってるよ」


 ノアは小さく頷いたあと、机の上に置かれた木札へ目を向けた。


 それは、広場で少女からもらったものだった。


 俺達が道結び台に情報を残したあと、少女が記念にと渡してくれたのだ。


 木札には、小さな花の絵が描かれている。


「それ、どうするんですか?」


「旅の記念に持っておこうかなって」


「いいですね」


 ノアは穏やかに微笑んだ。


「こういうものは、あとから見返すと嬉しくなるものですから」


「そうだな」


 俺は木札を手に取り、しばらく眺めた。


 この世界へ来てから、色々な人に助けられてきた。


 強い魔物と戦う時も、何か分からないことがある時も、俺一人ではどうにもならなかった。


 けれど、こうして新しい土地で誰かと出会い、ほんの少しでも関係を作っていくことなら、自分にもできる。


 それが、きっと俺の冒険なのだろう。


「……明日も楽しみだな」


 俺が呟くと、ノアが少しだけ笑った。


「楽しむのはいいですが、無理はしないでくださいね」


「分かってるって」


 そう答えながら、俺は窓の外へ目を向けた。


 遠くの山々の向こうには、まだ見ぬ風渡りの高原が広がっている。


 そこにはどんな町があり、どんな人達が暮らしているのだろう。


 そして、魔物達は何を求めて移動しているのだろうか。


 まだ分からないことばかりだが、今はそれでいい気がした。


 知らないことがあるからこそ、旅は面白いのだから。


          ◇


 翌朝、宿の前でロアンが俺達を待っていた。


「おはよう。準備はできたか?」


「ああ。いつでも行けるよ」


 俺が答えると、ロアンは満足そうに頷いた。


「それなら、今日は少し面白いものを見せられそうだ」


「面白いもの?」


「ああ。高原へ向かう旅人なら、一度は見ておいた方がいい」


 そう言って、ロアンは遠くの山並みを指さした。


「あの山の向こうには、風を利用して走る《風帆車》っていう乗り物があるんだ」


「……風で走る?」


「そうだ。大きな帆を張った車でな。平らな道なら、風の力を借りて進むことができる」


 俺は思わず目を見開いた。


「何それ、めちゃくちゃ面白そうじゃん!」


「だろう? もちろん、風が弱ければ普通の荷車と変わらないし、坂道では別の力も必要になるけどな」


 それでも、十分魅力的だった。


 風の力で走る車。


 そんなものが本当にあるなら、ぜひ一度乗ってみたい。


「ユウト、また嬉しそうな顔してるよ」


 ミミナが笑った。


「いや、だってさ。風で走る車だぞ?」


「乗ってみたいねー!」


 俺達が盛り上がっていると、ロアンが楽しそうに笑った。


「まあ、まずは峠を越えないとな。風帆車が走るのは、その先の高原の道だ」


「そっか。じゃあ、頑張って歩くしかないな」


「ああ。ただ、峠を越えたら景色も一気に変わるぞ」


 その言葉に、俺の胸が少し高鳴った。


 風渡りの高原までは、まだ道のりが続いている。


 けれど、昨日まで知らなかった町や種族、そして新しい乗り物の話を聞いただけで、旅がますます楽しみになってきた。


 俺は荷物を背負い直し、仲間達を振り返った。


「よし、行こうか!」


 リリアが頷き、ミミナが元気よく返事をする。


 ノアは旅費の入った袋を確認し、ロアンは先頭に立って歩き始めた。


 宿場町の外へ出ると、朝日を浴びた山並みが遠くに広がっていた。


 あの先には、まだ俺達の知らない世界が待っている。


 剣も鎧も相変わらず重いけれど、今はそれほど気にならなかった。


 俺にできることは、きっと戦うことだけじゃない。


 知らない人と出会い、話をして、少しずつ世界を知っていく。


 それも立派な冒険なのだろう。


 そんなことを考えながら、俺達は新しい朝の街道へ踏み出した。

            ――75話  終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は、風渡りの高原へ向かう途中にある宿場町でのお話でした。


新たに登場した石角族のナーヤ、旅人達が集まる《道結び祭》、そして様々な種族が行き交う賑やかな町。


第二章では、こうした異世界ならではの暮らしや文化も、たくさん描いていきたいと思っています。


今回は大きな戦闘こそありませんでしたが、ユウト達にとっては新しい発見がいっぱいの一日になりました。


そして、旅人達が情報を交換する《道結び台》。


何気ない出会いや小さな情報が、いつか誰かの助けになる。そんな人と人とのつながりも、この作品で大切にしていきたいテーマです。


次回は、いよいよ山越えへ!


風渡りの高原には、どんな景色が待っているのでしょうか。


引き続き、ユウト達の新しい冒険を楽しんでいただけたら嬉しいです!


面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると、とても励みになります。


これからもよろしくお願いします!


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