ようやく帰ってきたら、「魔物と話す交渉士」を指名されました
最後の魔物が森へ消えたあと、街道には少しずつ日常が戻り始めた。
止められていた荷馬車が一台ずつ動き出し、兵士達は仮設の柵を片づけている。森の入口ではノアと神官達が《夜棘》の影響を受けた場所を確認し、リリアはグレンと今後の警戒について話していた。
俺はというと、道端の石へ腰を下ろしていた。
「動けない」
「さっきまで普通に歩いてたじゃん」
隣でミミナが言う。
「終わったって思ったら急に来た」
「何が?」
「疲れ」
「そっかぁ」
身体が重い。眠い。腹も減った。
剣も鎧も持っていないのに、全身だけは立派に疲れている。
ミミナも似たようなものらしく、俺の隣へ座ると大きく背伸びをした。
「私も今日はもう魔法使わない」
「緊急事態でも?」
「……ちょっとなら使う」
「お願いします」
「本当に危なかったらね」
そう言いながら、ミミナは自分の手を眺めた。
以前なら、強くかけすぎたり、時間を間違えたりすることも多かった。
でも今は、自分から対象と効果、強さと時間を確認し、無理だと思えば無理だと言える。
俺だけじゃない。
みんな少しずつ変わっている。
「何見てるの?」
「いや。ミミナ成長したなって」
「急にどうしたの?」
「急に思っただけだよ」
「……なんか怖い」
「なんでだよ!」
褒めただけで警戒された。
◇
昼を少し過ぎた頃、セイルが約束通り金属板を持ってきた。
俺達四人とグレン、バルド、レイン、ハイゼンが街道脇の簡易机を囲む。
「待たせて悪かったな」
「かまわん」
セイルが金属板を机へ置いた。
黒い装置の地下から見つかった板には、細い線と十二個の印が刻まれている。
昨日も見たものだが、明るい場所で改めて見ると、印が適当に並んでいるわけではないことが分かった。
「朝から王都側の記録と照合した」
「もう分かったの?」
「一部だけだが」
セイルはすぐにそう付け加えた。
「確認できた範囲では、十二の印のうち三つが、過去に魔力管理施設が存在した地域と位置的に近い」
「近い?」
「ああ。同じ場所だと断定できるほど正確な図ではないんだ」
ノアが金属板を見る。
「では、この十二個すべてが黒い装置の場所だと考えるのは早いですね」
「その通りだ」
「黒い杭とも限らない?」
「限らない。元々の管理設備を示しているだけかもしれないし、今回のように改造された場所が他にもあるのかもしれない。今の時点では、そこまでだ」
俺は十二個の印を見る。
「じゃあ、全部回って確認するしか?」
セイルが俺を見る。
「お前は七十歳まで同じ事件を追うつもりか?」
「そんなにあるのかよ!?」
「大陸の広さを舐めるな」
「じゃあ無理です」
「判断が早いですね」
ノアが言う。
「七十歳まで黒い杭探したくないだろ」
「私も嫌だなぁ」
ミミナが即座に賛成した。
リリアまで小さく頷く。
「私も、別の任務を経験したいです」
「ほら、全会一致」
セイルが呆れた顔をした。
「誰も、お前達だけで調べろとは言っていない」
「ん?」
「今回のことは王都が引き継ぐ。十二の印についても、各地のギルドや管理機関へ確認を回す」
拍子抜けしてしまった。
「俺達は行かなくていいの?」
「行きたいのか?」
「行きたくない!」
「なら休め」
そんな簡単に言われるとは思っていなかった。
少し離れたところでは、バルドが黙って金属板を見ている。
「俺が知ってることも全部話す」
バルドが言った。
「杭を置いた場所、渡された指示、使った道具、それから俺達が会った人間についてもだ」
レインも頷く。
ハイゼンは少し遅れて口を開いた。
「俺が知っている上の連中についても話そう」
俺は三人を見る。
「ありがとう。みんなの気持ちはわかった」
おそらく、この後はたぶん王都の人達が判断するだろう。
ハイゼンが少しだけ笑った。
「最後まで甘いのか厳しいのか分からない奴だ」
「俺もよく分からん」
「自覚がないのが一番困るな」
「それはよく言われるよ」
後ろから三人の気配を感じた。
「……何でみんな黙るの?」
「別に」
みんな笑っていた。
◇
王都へ戻ってから二日間は、報告と休養に使った。
正確には、俺は休養するつもりだったのだが、ノアに「休養とは夜更かしして屋台を回ることではありません」と怒られ、ミミナと一緒に宿へ戻された。
リリアは聖騎士団への報告。
ノアは治療記録と支出の整理。
ミミナは魔力を使いすぎた身体を休ませることになり、俺は何もすることがなくなった。
何もしないというのは素晴らしい。
三日目の朝。
俺達はようやくリベルタへ向けて出発した。
王都の城門を出た時、少しだけ変な気分になった。
ここへ来た時には、黒い杭のことを少し調べて帰るくらいだと思っていた。
それが気づけば地下水路を歩き、三年前の研究を調べ、ルーヴェルまで行き、魔物の群れと一緒に町を守り、最後には人間と魔物が同じ装置を押していた。
「濃い毎日だった……」
「何がですか?」
隣を歩くリリアが聞く。
「王都に来てからの日々を思い出してた……辛かった」
「そうですね」
「次はもう少し普通の依頼がいいな」
「普通とは?」
「薬草採取とか?」
「ユウトが薬草採取したら何か起きそう!人喰い草とか」
ミミナが後ろから言う。
「やめなさい。不吉だから」
「薬草の横に黒い杭があるかもしれませんね」
ノアまで加わる。
「ノアまで!?」
「冗談です」
「真顔で言わないでよ」
リリアが口元を押さえて笑っていた。
「リリアも笑ってないで助けて」
「では次は、安全な依頼を選びましょう」
「さすがリリア」
「私が場所を確認します」
「ん?依頼場所まで着ける?」
「ユウト!?」
「何でもないです!」
そんなやりとりをしながら、旅は平和に過ぎていった。
本当に何も起こらなかった。
途中で魔物に襲われることもなく、道が崩れていることもなく、黒い杭も出てこない。
あまりにも何も起きないので、途中から逆に不安になったほどだ。
「なんだ!?何かの前ぶれか?何も起きないぞ!?」
「本来はこんなものです」
ノアに言われた。
どうやら俺達の日常がおかしかったらしい。
◇
リベルタの城壁が見えた時、俺は思っていた以上に嬉しかった。
「帰ってきた……」
最初にこの街を見た時の俺は、剣も持てず、巨大な猪から逃げ回った直後だった。
冒険者ギルドへ行って、自分の能力値を見て絶望して。
方向音痴の聖騎士と出会って、付与魔導士に身体を軽くされすぎて浮いて、治療費を先に決める神官と知り合った。
あの頃は、こんなに長く四人でいるとは思っていなかった。
「ユウト?」
リリアがこちらを見る。
「何?」
「何で笑っているのですか?」
「笑ってた?」
「はい」
「帰ってきたからかな」
ミミナが前へ走り出した。
「早く行こう!お腹すいた!」
「…そうだな」
「リベルタの串焼き久しぶり!」
「先にギルドです!」
ノアが止める。
「えー!」
「報告が先です」
「王都でもいっぱい報告したじゃん!」
「別件です」
「ノアぁ……」
「駄目なものは駄目です」
変わらない。
それが、少し嬉しい。
◇
冒険者ギルドの扉を開ける。
中へ入った瞬間、何人かがこちらを見た。
一瞬だけ静かになった気がする。
「……?」
「ユウト」
ミミナが小声で言う。
「めっちゃ見られてるよ」
「なんで?」
「知りません」
ノアが答える。
「リリアがいるからじゃない?」
「王都ではもっと見られていました」
「じゃあミミナ?」
「私、有名人?」
「違うと思う」
「ひどい!」
受付へ向かうと、職員が俺達を見て目を丸くした。
「お帰りなさい」
「ただいまです」
「随分、大きなことになりましたね」
「俺達もそう思います」
王都からすでに報告が届いているらしい。
職員は机の下から書類の束を取り出した。
「聖騎士団、王都ギルド、ルーヴェル、それから複数の商人から報告が来ています」
「多いね?」
「多いです」
「怒られるのかな?」
「なぜですか?」
「分からないけど、書類が多いと不安になる」
「何かの病気?」
ミミナが言う。
「たぶん」
受付職員が笑った。
「今回は違います。正式な報酬の精算と、今後の評価についてです」
「評価?」
「はい。ただ、その前に一件だけ確認したいことがあります」
嫌な予感がした。
「僕じゃありません!」
「何がですか!?」
「何となく…」
職員が一通の封筒を取り出した。
王都からのものではない。
見たことのない紋章が押されている。
「これは?」
「あなた方への指名依頼です」
四人とも黙った。
「……俺達に?」
「正確には」
職員が俺を見る。
「神崎ユウトさん、あなたへの指名です」
「俺!?」
思わず自分を指さす。
「リリアじゃなくて?」
「はい」
「ノアでも?」
「違います」
「ミミナ…はないか」
「なんでよ!?」
職員が封筒をこちらへ差し出す。
「依頼を受けるかどうかは、内容を確認してから決めてください」
「どこから?」
「北東の国境地域です」
少しだけ空気が変わった。
北東。
セイルが見せた十二の印にも、こちらの方向へ伸びるものがあった。
「黒い杭?」
「その報告はありません」
「《夜棘》は?」
「確認されていません」
俺は少し安心した。
「じゃあ、何で俺?」
職員は手元の依頼書を確認する。
「この十日ほど、北東部で複数種の魔物が大規模に移動しているそうです」
また魔物の移動。
でも、今回は《夜棘》も黒い杭も確認されていない。
「町を襲った?」
「いいえ」
「人が殺された?」
「今のところ、その報告もありません」
「じゃあ討伐依頼じゃない?」
「違います」
職員が首を横に振った。
「依頼内容は、移動している魔物達が何から逃げているのか、それともどこかへ向かっているのかを調べてほしい、というものです」
「……俺に?」
「はい」
「なんで?」
職員は少しだけ笑った。
「『魔物を見た瞬間に討伐対象と決めない冒険者がいる』と、向こうまで噂が届いたそうです」
俺は三人を見る。
ミミナがにやにやしている。
リリアは嬉しそうにしている。
ノアは平然としているが、少しだけ口元が緩んでいた。
「何その顔」
「有名人だね、ユウト」
「どこが?」
「いいではありませんか」
リリアが言う。
「ユウトらしいと思います」
「有名になりたくないんだけど…」
そう言いながらも、悪い気はしない。
ほんの少しだけ。
「それで、誰が依頼したんですか?」
ノアが尋ねた。
「現地のギルド?」
「いいえ」
受付職員は首を横に振った。
「依頼書を持ってきた方が、直接会って話したいそうです」
「今いるの?」
「はい。朝から待っています」
「俺達が今日帰るって分かってたの?」
「王都から予定だけは届いていましたから」
職員が奥の待合室を指す。
「お呼びしますか?」
俺は三人を見る。
「どうする?」
「聞くだけなら」
リリアが答える。
「聞くだけね」
ミミナも頷いた。
ノアは少し考えてから言う。
「依頼料も確認しましょう」
「そこ?」
「重要です」
「だそうです」
受付職員が奥へ向かった。
しばらくして、足音が聞こえてくる。
少し軽く、それでいて人間より爪の当たる音が混じっている。
「……ん?」
現れた人物を見て、俺達は揃って黙った。
若い男だった。
旅装。
腰には細身の剣。
そこまでは普通だ。
普通じゃないのは、その頭に人間にはない獣の耳があり、背後から長い尾が伸びていることだった。
男は俺達を順番に見たあと、まっすぐ俺を見る。
「お前が、魔物と話す交渉士か?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「そう呼ばれたの初めてなので」
男の眉が動く。
ミミナが横で吹き出した。
「間違っていないと思います」
リリアが助け舟を出してくれる。
男はしばらく俺を観察してから、静かに頭を下げた。
「頼みがある」
さっきまでの空気が変わった。
「俺達の土地へ来てほしい」
「魔物の移動を調べるため?」
「それもある」
男は顔を上げる。
「だが、本当に見てほしいのは別だ」
「別?」
「ああ」
彼は一度言葉を止め、それから俺達四人へ告げた。
「最近、魔物の中に――人間の言葉を理解している奴がいる」
皆顔を見合わせる。
俺の胸の奥で、《縁》がほんの少しだけ温かくなる。
黒い杭でも、《夜棘》の話でもない。
まだ何が起きているのかは分からないが、新たな《縁》が結ばれる予感がした。
――第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》完
最後までお読みいただきありがとうございます!
《夜棘》と黒い杭を巡る一連の事件は、
ここでひとまず一区切りとなります。
人間と魔物が衝突する未来を止め、
バルド達も自分達の行動と向き合うことを選び、
ユウト達はようやくリベルタへ帰ってきました。
そして今回、
ユウトのもとへ初めて届いた「指名依頼」。
理由は、
「魔物を見た瞬間に討伐対象と決めない冒険者だから」。
剣でも魔法でもなく、
これまでユウトが積み重ねてきた行動そのものが、
次の冒険へつながりました。
北東で続く、原因不明の魔物の大移動。
《夜棘》も黒い杭も確認されていません。
さらに現れた、
これまで出会ったことのない種族の依頼人。
そして――
「人間の言葉を理解している魔物」。
ここからユウト達の冒険は、
これまでより広い世界へ進んでいきます。
次章もよろしくお願いします!
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