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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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ようやく帰ってきたら、「魔物と話す交渉士」を指名されました

 最後の魔物が森へ消えたあと、街道には少しずつ日常が戻り始めた。


 止められていた荷馬車が一台ずつ動き出し、兵士達は仮設の柵を片づけている。森の入口ではノアと神官達が《夜棘》の影響を受けた場所を確認し、リリアはグレンと今後の警戒について話していた。


 俺はというと、道端の石へ腰を下ろしていた。


「動けない」


「さっきまで普通に歩いてたじゃん」


 隣でミミナが言う。


「終わったって思ったら急に来た」


「何が?」


「疲れ」


「そっかぁ」


 身体が重い。眠い。腹も減った。


 剣も鎧も持っていないのに、全身だけは立派に疲れている。


 ミミナも似たようなものらしく、俺の隣へ座ると大きく背伸びをした。


「私も今日はもう魔法使わない」


「緊急事態でも?」


「……ちょっとなら使う」


「お願いします」


「本当に危なかったらね」


 そう言いながら、ミミナは自分の手を眺めた。


 以前なら、強くかけすぎたり、時間を間違えたりすることも多かった。


 でも今は、自分から対象と効果、強さと時間を確認し、無理だと思えば無理だと言える。


 俺だけじゃない。


 みんな少しずつ変わっている。


「何見てるの?」


「いや。ミミナ成長したなって」


「急にどうしたの?」


「急に思っただけだよ」


「……なんか怖い」


「なんでだよ!」


 褒めただけで警戒された。


          ◇


 昼を少し過ぎた頃、セイルが約束通り金属板を持ってきた。


 俺達四人とグレン、バルド、レイン、ハイゼンが街道脇の簡易机を囲む。


「待たせて悪かったな」


「かまわん」


 セイルが金属板を机へ置いた。


 黒い装置の地下から見つかった板には、細い線と十二個の印が刻まれている。


 昨日も見たものだが、明るい場所で改めて見ると、印が適当に並んでいるわけではないことが分かった。


「朝から王都側の記録と照合した」


「もう分かったの?」


「一部だけだが」


 セイルはすぐにそう付け加えた。


「確認できた範囲では、十二の印のうち三つが、過去に魔力管理施設が存在した地域と位置的に近い」


「近い?」


「ああ。同じ場所だと断定できるほど正確な図ではないんだ」


 ノアが金属板を見る。


「では、この十二個すべてが黒い装置の場所だと考えるのは早いですね」


「その通りだ」


「黒い杭とも限らない?」


「限らない。元々の管理設備を示しているだけかもしれないし、今回のように改造された場所が他にもあるのかもしれない。今の時点では、そこまでだ」


 俺は十二個の印を見る。


「じゃあ、全部回って確認するしか?」


 セイルが俺を見る。


「お前は七十歳まで同じ事件を追うつもりか?」


「そんなにあるのかよ!?」


「大陸の広さを舐めるな」


「じゃあ無理です」


「判断が早いですね」


 ノアが言う。


「七十歳まで黒い杭探したくないだろ」


「私も嫌だなぁ」


 ミミナが即座に賛成した。


 リリアまで小さく頷く。


「私も、別の任務を経験したいです」


「ほら、全会一致」


 セイルが呆れた顔をした。


「誰も、お前達だけで調べろとは言っていない」


「ん?」


「今回のことは王都が引き継ぐ。十二の印についても、各地のギルドや管理機関へ確認を回す」


 拍子抜けしてしまった。


「俺達は行かなくていいの?」


「行きたいのか?」


「行きたくない!」


「なら休め」


 そんな簡単に言われるとは思っていなかった。


 少し離れたところでは、バルドが黙って金属板を見ている。


「俺が知ってることも全部話す」


 バルドが言った。


「杭を置いた場所、渡された指示、使った道具、それから俺達が会った人間についてもだ」


 レインも頷く。


 ハイゼンは少し遅れて口を開いた。


「俺が知っている上の連中についても話そう」


 俺は三人を見る。


「ありがとう。みんなの気持ちはわかった」


 おそらく、この後はたぶん王都の人達が判断するだろう。


 ハイゼンが少しだけ笑った。


「最後まで甘いのか厳しいのか分からない奴だ」


「俺もよく分からん」


「自覚がないのが一番困るな」


「それはよく言われるよ」


 後ろから三人の気配を感じた。


「……何でみんな黙るの?」


「別に」


 みんな笑っていた。


          ◇


 王都へ戻ってから二日間は、報告と休養に使った。


 正確には、俺は休養するつもりだったのだが、ノアに「休養とは夜更かしして屋台を回ることではありません」と怒られ、ミミナと一緒に宿へ戻された。


 リリアは聖騎士団への報告。


 ノアは治療記録と支出の整理。


 ミミナは魔力を使いすぎた身体を休ませることになり、俺は何もすることがなくなった。


 何もしないというのは素晴らしい。


 三日目の朝。


 俺達はようやくリベルタへ向けて出発した。


 王都の城門を出た時、少しだけ変な気分になった。


 ここへ来た時には、黒い杭のことを少し調べて帰るくらいだと思っていた。


 それが気づけば地下水路を歩き、三年前の研究を調べ、ルーヴェルまで行き、魔物の群れと一緒に町を守り、最後には人間と魔物が同じ装置を押していた。


「濃い毎日だった……」


「何がですか?」


 隣を歩くリリアが聞く。


「王都に来てからの日々を思い出してた……辛かった」


「そうですね」


「次はもう少し普通の依頼がいいな」


「普通とは?」


「薬草採取とか?」


「ユウトが薬草採取したら何か起きそう!人喰い草とか」


 ミミナが後ろから言う。


「やめなさい。不吉だから」


「薬草の横に黒い杭があるかもしれませんね」


 ノアまで加わる。


「ノアまで!?」


「冗談です」


「真顔で言わないでよ」


 リリアが口元を押さえて笑っていた。


「リリアも笑ってないで助けて」


「では次は、安全な依頼を選びましょう」


「さすがリリア」


「私が場所を確認します」


「ん?依頼場所まで着ける?」


「ユウト!?」


「何でもないです!」


 そんなやりとりをしながら、旅は平和に過ぎていった。


 本当に何も起こらなかった。


 途中で魔物に襲われることもなく、道が崩れていることもなく、黒い杭も出てこない。


 あまりにも何も起きないので、途中から逆に不安になったほどだ。


「なんだ!?何かの前ぶれか?何も起きないぞ!?」


「本来はこんなものです」


 ノアに言われた。


 どうやら俺達の日常がおかしかったらしい。


          ◇


 リベルタの城壁が見えた時、俺は思っていた以上に嬉しかった。


「帰ってきた……」


 最初にこの街を見た時の俺は、剣も持てず、巨大な猪から逃げ回った直後だった。


 冒険者ギルドへ行って、自分の能力値を見て絶望して。


 方向音痴の聖騎士と出会って、付与魔導士に身体を軽くされすぎて浮いて、治療費を先に決める神官と知り合った。


 あの頃は、こんなに長く四人でいるとは思っていなかった。


「ユウト?」


 リリアがこちらを見る。


「何?」


「何で笑っているのですか?」


「笑ってた?」


「はい」


「帰ってきたからかな」


 ミミナが前へ走り出した。


「早く行こう!お腹すいた!」


「…そうだな」


「リベルタの串焼き久しぶり!」


「先にギルドです!」


 ノアが止める。


「えー!」


「報告が先です」


「王都でもいっぱい報告したじゃん!」


「別件です」


「ノアぁ……」


「駄目なものは駄目です」


 変わらない。


 それが、少し嬉しい。


          ◇


 冒険者ギルドの扉を開ける。


 中へ入った瞬間、何人かがこちらを見た。


 一瞬だけ静かになった気がする。


「……?」


「ユウト」


 ミミナが小声で言う。


「めっちゃ見られてるよ」


「なんで?」


「知りません」


 ノアが答える。


「リリアがいるからじゃない?」


「王都ではもっと見られていました」


「じゃあミミナ?」


「私、有名人?」


「違うと思う」


「ひどい!」


 受付へ向かうと、職員が俺達を見て目を丸くした。


「お帰りなさい」


「ただいまです」


「随分、大きなことになりましたね」


「俺達もそう思います」


 王都からすでに報告が届いているらしい。


 職員は机の下から書類の束を取り出した。


「聖騎士団、王都ギルド、ルーヴェル、それから複数の商人から報告が来ています」


「多いね?」


「多いです」


「怒られるのかな?」


「なぜですか?」


「分からないけど、書類が多いと不安になる」


「何かの病気?」


 ミミナが言う。


「たぶん」


 受付職員が笑った。


「今回は違います。正式な報酬の精算と、今後の評価についてです」


「評価?」


「はい。ただ、その前に一件だけ確認したいことがあります」


 嫌な予感がした。


「僕じゃありません!」


「何がですか!?」


「何となく…」


 職員が一通の封筒を取り出した。


 王都からのものではない。


 見たことのない紋章が押されている。


「これは?」


「あなた方への指名依頼です」


 四人とも黙った。


「……俺達に?」


「正確には」


 職員が俺を見る。


「神崎ユウトさん、あなたへの指名です」


「俺!?」


 思わず自分を指さす。


「リリアじゃなくて?」


「はい」


「ノアでも?」


「違います」


「ミミナ…はないか」


「なんでよ!?」


 職員が封筒をこちらへ差し出す。


「依頼を受けるかどうかは、内容を確認してから決めてください」


「どこから?」


「北東の国境地域です」


 少しだけ空気が変わった。


 北東。


 セイルが見せた十二の印にも、こちらの方向へ伸びるものがあった。


 「黒い杭?」


「その報告はありません」


「《夜棘》は?」


「確認されていません」


 俺は少し安心した。


「じゃあ、何で俺?」


 職員は手元の依頼書を確認する。


「この十日ほど、北東部で複数種の魔物が大規模に移動しているそうです」


 また魔物の移動。


 でも、今回は《夜棘》も黒い杭も確認されていない。


「町を襲った?」


「いいえ」


「人が殺された?」


「今のところ、その報告もありません」


「じゃあ討伐依頼じゃない?」


「違います」


 職員が首を横に振った。


「依頼内容は、移動している魔物達が何から逃げているのか、それともどこかへ向かっているのかを調べてほしい、というものです」


「……俺に?」


「はい」


「なんで?」


 職員は少しだけ笑った。


「『魔物を見た瞬間に討伐対象と決めない冒険者がいる』と、向こうまで噂が届いたそうです」


 俺は三人を見る。


 ミミナがにやにやしている。


 リリアは嬉しそうにしている。


 ノアは平然としているが、少しだけ口元が緩んでいた。


「何その顔」


「有名人だね、ユウト」


「どこが?」


「いいではありませんか」


 リリアが言う。


「ユウトらしいと思います」


「有名になりたくないんだけど…」


 そう言いながらも、悪い気はしない。


 ほんの少しだけ。


「それで、誰が依頼したんですか?」


 ノアが尋ねた。


「現地のギルド?」


「いいえ」


 受付職員は首を横に振った。


「依頼書を持ってきた方が、直接会って話したいそうです」


「今いるの?」


「はい。朝から待っています」


「俺達が今日帰るって分かってたの?」


「王都から予定だけは届いていましたから」


 職員が奥の待合室を指す。


「お呼びしますか?」


 俺は三人を見る。


「どうする?」


「聞くだけなら」


 リリアが答える。


「聞くだけね」


 ミミナも頷いた。


 ノアは少し考えてから言う。


「依頼料も確認しましょう」


「そこ?」


「重要です」


「だそうです」


 受付職員が奥へ向かった。


 しばらくして、足音が聞こえてくる。


 少し軽く、それでいて人間より爪の当たる音が混じっている。


「……ん?」


 現れた人物を見て、俺達は揃って黙った。


 若い男だった。


 旅装。


 腰には細身の剣。


 そこまでは普通だ。


 普通じゃないのは、その頭に人間にはない獣の耳があり、背後から長い尾が伸びていることだった。


 男は俺達を順番に見たあと、まっすぐ俺を見る。


「お前が、魔物と話す交渉士か?」


「……たぶん」


「たぶん?」


「そう呼ばれたの初めてなので」


 男の眉が動く。


 ミミナが横で吹き出した。


「間違っていないと思います」


 リリアが助け舟を出してくれる。


 男はしばらく俺を観察してから、静かに頭を下げた。


「頼みがある」


 さっきまでの空気が変わった。


「俺達の土地へ来てほしい」


「魔物の移動を調べるため?」


「それもある」


 男は顔を上げる。


「だが、本当に見てほしいのは別だ」


「別?」


「ああ」


 彼は一度言葉を止め、それから俺達四人へ告げた。


「最近、魔物の中に――人間の言葉を理解している奴がいる」


 皆顔を見合わせる。


 俺の胸の奥で、《縁》がほんの少しだけ温かくなる。


 黒い杭でも、《夜棘》の話でもない。


 まだ何が起きているのかは分からないが、新たな《縁》が結ばれる予感がした。


――第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》完

最後までお読みいただきありがとうございます!


《夜棘》と黒い杭を巡る一連の事件は、

ここでひとまず一区切りとなります。


人間と魔物が衝突する未来を止め、

バルド達も自分達の行動と向き合うことを選び、

ユウト達はようやくリベルタへ帰ってきました。


そして今回、

ユウトのもとへ初めて届いた「指名依頼」。


理由は、


「魔物を見た瞬間に討伐対象と決めない冒険者だから」。


剣でも魔法でもなく、

これまでユウトが積み重ねてきた行動そのものが、

次の冒険へつながりました。


北東で続く、原因不明の魔物の大移動。


《夜棘》も黒い杭も確認されていません。


さらに現れた、

これまで出会ったことのない種族の依頼人。


そして――


「人間の言葉を理解している魔物」。


ここからユウト達の冒険は、

これまでより広い世界へ進んでいきます。


次章もよろしくお願いします!


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