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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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魔物の大群が町へ向かっているので、まず人間の方をどかします

 王都を出た頃には、すでに西の空が赤く染まり始めていた。


 目的地は王都北西を走る街道と、その先に広がる森林地帯の境目。普段なら人間は街道から外れず、魔物も森の奥からほとんど出てこないため、互いの生活圏が近いわりには大きな衝突が起きにくい場所らしい。


 だからこそ、狙われた。


 ハイゼンが言っていた「境界を一つ消す」という言葉が本当なら、森側の環境を壊すだけで、逃げ出した魔物は人間が使う街道へ流れ込む。


「まだ間に合いますか?」


 馬を走らせるリリアが、先を行くセイルへ声を飛ばした。


「分からない。ただ、グレンが先に警備所へ伝令を出している。街道側の避難が始まっていれば、まだ手はある!」


 俺達の馬車には、俺とミミナ、ノア、それからバルド、レイン、ハイゼンが乗っている。灰耳は森沿いを走り、蒼雷鷲は少し高い位置から俺達の進行方向を追っていた。


「うぅ……揺れる……」


 隣でミミナが杖を抱えながら呻く。


「さっき甘いもの食べすぎたんじゃない?」


「二個半しか食べてない!」


「二個半『も』って言うんだぞ?」


「半分はノアにあげたから、実質二個!」


「どういう計算だよ」


「私は一個半いただきました」


 ノアが平然と訂正する。


「ノアも結構食べてるじゃん」


「体力を使いましたから。ユウトも食べたでしょう?」


「一個だけだよ」


 こんな時なのに、少し笑ってしまった。


 怖くないわけじゃない。


 むしろ、この先に何が待っているのか分からないからこそ怖い。それでも、隣にいる三人がいつも通り話しているだけで、頭の中の焦りが少し薄くなる。


「見えました!」


 御者台のレインが叫んだ。


 街道沿いの警備所に灯りが見える。


 しかし、そのさらに向こうでは、森の木々の隙間から紫色の光が空へ漏れていた。


 バルドの表情が変わる。


「もう起動している」


          ◇


 警備所へ着いた瞬間、若い兵士が駆け寄ってきた。


「森から魔物の群れが出ています! 数は確認できませんが、百を超えています!」


「街道の避難は?」


 リリアが馬から降りながら尋ねる。


「南側は進んでいます。ただ、北から来ている隊商が三組ある可能性があり、まだ連絡が届いていません!」


 森の奥から、地面を震わせるような音が聞こえた。


 一頭や二頭ではない。


 何十、何百という足音が重なっている。


 警備所の兵士達が一斉に剣や槍を構えた。


「待って!」


 俺は反射的に声を上げた。


「まだ攻撃しないでくれ!」


「ですが、魔物の群れがこちらへ!」


「分かってる。でも、襲いに来てるとは限らない!」


 当然、兵士達は戸惑った。


 知らない冒険者に突然そんなことを言われても、武器を下ろせるはずがない。


 その時、リリアが一歩前へ出る。


「王都聖騎士団、リリア・アルヴェインです!」


 空気が変わった。


「魔物が明確な攻撃行動を取るまで、こちらから仕掛けないでください。街道の人間の避難を最優先にします!」


「しかし――」


「責任は私が負います!」


 声に迷いがない。


 こういう時のリリアは、本当に格好いい。


 方向音痴さえなければ完璧なのだ。


「ユウト」


「はい?」


「今、何か失礼なことを考えませんでしたか?」


「全っ然」


「目が泳いでいます」


「魔物が来たぞ!」


 本当に来たので助かった。


 木々の間から最初に飛び出したのは、数匹のホーンラビットだった。その後ろから鹿型の魔物、フォレストウルフ、さらに大型の魔物まで次々と森の外へ走り出してくる。


 こちらへ牙を向けているわけではない。


 全員、後ろを気にしながら逃げている。


「やっぱり追われてます」


 ノアが森の奥を見る。


 木々へ絡みつく黒紫色の蔓が見えた。


《夜棘》だ。


 しかも一本や二本ではない。


 森そのものを押し出すように広がっている。


「ユウト!」


 灰耳が森から飛び出してきた。


 身体には細かな傷があるものの、大きな怪我はない。俺のところへ来るかと思ったが、灰耳は街道の手前で止まり、後ろから来たフォレストウルフ達へ大きく吠えた。


 群れが少し北へ流れる。


「灰耳も逃げ道を作ろうとしてる」


 ただし、その北側には街道がある。


 このまま進めば、連絡の届いていない隊商と正面からぶつかる。


「だったら、魔物だけ動かそうとしなくてもいいのでは?」


 ノアが言った。


「人間側にも避けてもらえばいいでしょう」


 俺は一瞬だけ黙った。


「……それだ」


 今までの俺なら、どうやって魔物を人間から遠ざけるかだけ考えていたかもしれない。


 でも、人間だって動ける。


「リリア!」


「聞こえました!」


 彼女はすでに兵士達の方を向いていた。


「北側の隊商を止めて、街道東の待避地へ誘導してください! 絶対に森側へ近づけないように!」


「了解!」


 兵士達が走り出す。


「人間側はリリアに任せる。俺は灰耳と魔物の流れを見る」


「私は負傷個体を確認します」


 ノアが治療鞄を持ち直す。


「私は?」


 ミミナが杖を掲げた。


「何かすごいこと考えて」


「なにそれ!?」


「ミミナならできる!」


「すごいこと!?」


 そう言いながら嬉しそうに笑った。


          ◇


 魔物の流れを街道から外すため、俺は灰耳と一緒に森の出口近くまで走った。


「灰耳、北じゃなくて、その少し西!」


 当然、日本語がそのまま伝わっているわけではない。それでも俺が何度も方向を示すと、灰耳は数頭の仲間を連れて群れの外側へ回った。


 蒼雷鷲も上空から流れを見ており、街道へ出ようとする個体の前へ低く降りることで、少しずつ進路を変えていく。


『《縁》が深まりました』


 胸の奥に温かさが広がった。


 魔物達の気持ちが読めるわけではない。


 それでも、灰耳が次にどちらへ動こうとしているのか、蒼雷鷲が何を警戒しているのか、その輪郭だけが以前より分かりやすく感じる。


「いける……!」


 魔物の流れが街道から少し離れ始めた。


 ところが、森の奥から低い咆哮が響いた瞬間、小型の魔物達が一斉に散った。


「何だ!?」


 木々をへし折るように現れたのは、巨大なロックベアだった。


 背中と右脚には何本もの《夜棘》が絡みつき、痛みのせいか目は血走っている。逃げているだけの他の魔物とは違い、目の前にあるものへ無差別に襲いかかる状態になっていた。


 そのままホーンラビットの群れへ突進する。


「リリア!」


 呼ぶより早く白銀の影が横から飛び込み、《蒼月》の青白い剣閃が地面を裂く。ロックベアの前脚を直接斬るのではなく、進行方向の土を大きく崩したことで巨体の向きがそれた。


「ノア!」


「行きます!」


 ノアがロックベアへ向かって走る。


「いや、近い近い!」


「《夜棘》を浄化しなければ止まりません!」


 怖いはずなのに止まらない。


「ミミナ!」


「まかせて!」


 ミミナはロックベアの脚とリリアの位置を一瞬で見比べた。


「対象、ロックベアの前脚! 効果、重量増加! 強さ二十五パーセント、八秒!」


 巨体が沈む。


「今です!」


 ノアが間合いへ入る。


「《浄化》!」


 淡い光がロックベアの背中を包み、絡みついていた《夜棘》が一本、二本と崩れていく。


 だが最後の一本が残った。


 ロックベアが暴れ、リリアへ爪を振り下ろす。


「リリア、右だ!」


 俺が叫ぶ。


 理由を考えるより先に声が出ていた。


 リリアが右へ動く。


 その瞬間、ロックベアの身体がわずかに傾き、ノアから最後の《夜棘》までの道が開いた。


「ミミナ、あと二秒!」


「了解!」


「ノア、今だ!」


 浄化の光が走る。


 最後の《夜棘》が崩れ落ちた。


 ロックベアは一歩踏み出したものの、そこで力が抜けたように膝をつく。


 リリアは追撃しなかった。


 ノアも距離を取り、相手が落ち着くのを待つ。


 しばらく荒い呼吸を繰り返したあと、ロックベアはゆっくり立ち上がり、俺達ではなく逃げていった魔物達の方へ歩き始めた。


「……助かった?」


 ミミナが尋ねる。


「一先ず…な」


 けれど、まだ終わっていない。


《夜棘》は森の奥で増え続けている。


          ◇


「ユウト!」


 後ろからグレンの声が飛んだ。


 十数名の騎士を連れ、街道側からこちらへ走ってくる。


「南側の避難は終わった! 北の隊商も待避地へ入れた!」


「ありがとうございます!」


「次は何をする!」


 一瞬、耳を疑った。


「俺に聞くんですか?」


「現場を一番見ているのはお前達だろう!」


 副団長からそんなことを言われる日が来るとは思わなかった。


「原因を止めに行きます」


 バルドとレインも追いついてくる。


「黒い杭の位置は?」


「探っているが、今までと違う」


 バルドは森の奥を見る。


「第七地点みたいに何本も並べている感じじゃない。魔力が一か所へ集中している」


 セイルも表情を強張らせた。


「この先には旧魔力管理施設がある。三年前までは地下の魔力流を観測するために使われていた場所だ」


「そこにつないでる?」


「まだ分からない。ただ、調べる価値はある」


 俺は周囲を見た。


 グレン達。


 バルドとレイン。


 ハイゼン。


 灰耳。


 蒼雷鷲。


 そしてリリア、ミミナ、ノア。


「二手に分かれよう」


 グレンを見る。


「騎士団はここに残って、人間と魔物がぶつからないようにしてください。魔物が襲ってきたら、人間を守っていい。でも、逃げているだけなら道を開けてほしい」


「人間も魔物も守れ、か」


 グレンが苦笑した。


「面倒な注文ですみません」


「いや」


 彼は剣を抜いた。


「面白い。やってみよう」


 俺は三人を見る。


「俺達は施設へ行く」


 リリアが頷く。


「もちろん四人で」


「当たり前」


 ミミナが杖を担ぎ直した。


「細かい魔法、もう嫌って言ったけど」


「うん」


「必要ならやる」


 ノアも治療鞄を持ち直す。


「無茶をした人は後で全員診ます。診察代はいただきます」


「何で俺に直接言うんだよ」


「ユウトには予告しておいた方がいいので」


「どういう意味だ!」


 三人が笑う。


 それだけで十分だった。


          ◇


 森の奥へ進むほど、《夜棘》は太くなっていった。


 木々へ絡み、地面を這い、まるで施設そのものを中心に森を侵食しているように見える。


「あれだ」


 バルドが足を止めた。


 木々の向こうに、低い石造りの建物がある。


 その前には、一人の男。


 以前崩落を起こし、混乱に紛れて逃げた監視役だった。


 男の横には、今まで見た黒い杭よりはるかに大きな装置が地面へ突き刺さっている。


 ハイゼンが息を呑んだ。


「……何だ、これは?」


 監視役が俺達を見る。


「来たか」


「待たせたか?」


 俺が尋ねる。


「いいや。待っていたぞ、魔物を連れて歩く交渉士」


「その呼び方、最近よく聞くな。流行ってるのか?」


「有名人だね」


 ミミナが囁く。


「今マジメなところだから静かにして!」


 男は俺達を無視し、黒い装置へ手を置いた。


「来るのが遅かったがな!」


 地面が大きく震える。


 施設の周囲から何十本もの《夜棘》が一斉に伸び上がった。


「今夜、この境界は消える」


 森の奥から、また巨大な地響きが聞こえる。


 さらに多くの魔物が動き始めたのだろう。


 その先には、人間の街道がある。


 リリアが剣を抜き、ミミナが杖を構え、ノアも俺の横へ並んだ。


 俺には、相変わらず強い剣も魔法もない。


 でも、三人がいる。


 外には人間を守る騎士達がいて、魔物の流れを導く灰耳と蒼雷鷲もいる。


「止めてみせる」


 今度こそ。


 人間も魔物も、誰かの計画の道具になんてさせない。


          ――第六十九話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


ついに始まった、

人間と魔物を意図的に衝突させる計画。


森から逃げ出す魔物達と、

武器を構える人間達。


そこでユウトが選んだのは、


「魔物だけを動かす」のではなく、

人間側にも道を譲ってもらうことでした。


リリアは人間側をまとめ、

ミミナは状況に合わせて魔法を使い、

ノアは危険な中でも負傷した魔物を助ける。


そしてユウトは、

全員が動ける形を探していきます。


その先で待っていたのは、

これまでとは違う巨大な黒い装置。


第一章の決戦が始まります。


第70話へ続きます!


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