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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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黒い杭の相手に会えるのは明後日なので、敵と同じ焚き火を囲むことになりました

 ハイゼンが告げた次の接触予定は、明後日の夜だった。


 場所は王都。


 そこまで聞けたのは大きいが、今すぐ走り出せばいいという状況でもない。さっきの崩落で山道の一部は壊れ、馬も怯えているうえ、何より俺達の中には今日だけで二十本以上の黒い杭を相手にした人間がいる。


「今日はもう絶対に魔法使わないから」


 ミミナは宣言すると、道端の岩へ腰を下ろした。


「何があっても?」


「何があっても」


「魔物が出ても?」


「リリアに任せる」


「俺が崖から落ちたら?」


「ノアに任せる。ユウトなら喋りながら落ちそう」


「どういう印象なんだよ」


「『ちょっと待ってぇぇぇ!』って言いながら落ちそう」


 想像できてしまうのが悔しい。


 横ではノアが、さっき崖から引き上げたハイゼンの腕を確認していた。本人は「大丈夫だ」と何度も言っているのに、ノアはまったく聞く気がない。


「手首を捻っています。腫れる前に処置します」


「この程度なら必要ない」


「必要かどうかを決めるのは患者ではありません」


「俺はお前達の敵だった人間だぞ」


「それは治療と関係ありません」


 ノアは淡々と答えながら包帯を巻いていく。


 ハイゼンは何か言いたそうだったが、結局黙った。


 少し離れた場所では、リリアが崩れた山道と周囲の森を確認している。さっき逃げた監視役が戻ってくる可能性もあるため、休むにしても安全な場所を探しているらしい。


 しばらくして戻ってくると、迷いなく森の北側を指した。


「少し先に開けた場所があります。岩壁を背にできるので、今夜はそこで休むのが安全だと思います」


 俺は思わずバルドを見る。


「合ってる?」


「俺に確認するな」


「いや、念のため」


「ユウト」


 リリアが静かに俺を見る。


「冗談です」


「最近、冗談と言えば何でも許されると思っていませんか?」


「少し思ってます」


「正直ですね」


 ノアが笑う。


 結局、リリアが見つけた場所は本当に近くにあった。


 今日は迷わなかった。


 それを褒めようとしたら怒られそうなので、心の中だけで拍手しておいた。


          ◇


 日が沈む頃には、小さな焚き火を囲んでいた。


 こちら側には俺、リリア、ミミナ、ノア。


 少し離れた向かい側にはバルド、レイン、そしてハイゼンがいる。


 ハイゼンの手は拘束していない。


 リリアが逃走を警戒し、バルドも自分が見張ると言ったからだが、何よりこの山の中を一人で逃げたところで安全とは言えない。それでも、昨日まで敵だった人間達と同じ焚き火を囲んでいる光景は、なかなか不思議だった。


「何だろうな、この状況は」


 思わず口から出た。


「何が?」


 ミミナが保存食を齧りながら聞く。


「昨日まで追いかけてた連中と一緒に夕飯を食べてる」


「ユウトらしいんじゃない?」


「俺らしいの?」


「うん」


 隣でリリアまで頷いた。


「私も否定できません」


「リリアまで?」


「気がつけば魔物だけでなく、敵だった人間まで一緒にいることが増えましたから」


「俺、仲間集めしてるつもりないんだけどな」


「そういう人の方が増えるのかもしれませんね」


 ノアが言った。


 それを聞いて、向かい側のハイゼンがわずかに顔を上げる。


「俺まで仲間に数えるな」


「数えてないよ」


「即答するんだな」


「だから、仲間集めしてるんじゃないから」


 それに、助けたことと、やったことを許すことは別だ。


 ハイゼンが黒い杭の計画に関わっていた事実は消えないし、バルド達が人を傷つける罠を仕掛けたことも同じだった。


 ただ、それだけで今この場にいる人間の全部が決まるとも思わない。


「一つ聞いていいか」


 ハイゼンが俺を見る。


「何?」


「お前は、どこまでなら許すんだ?」


 急な質問だった。


「俺達は黒い杭を置いた。住処を追われた魔物もいるし、人間だって傷ついた。それでも、お前達は俺を助けた」


「許したわけじゃない」


「なら、なぜ助けた」


 俺は少し考えた。


 答えを探そうとしたところで、横からリリアが先に口を開く。


「目の前で助けられる命を見捨てたくないからです」


 迷いがない。


 ハイゼンがリリアを見る。


「相手が犯罪者でも?」


「それと、罪を償うことは別です」


 次にミミナが保存食を飲み込んだ。


「死んじゃったら、懺悔することもできないしね」


「俺が懺悔すると思うのか?」


「知らない」


 ミミナはあっさり答えた。


「でも、どうするか決める前に死んだら意味ないでしょ」


 ハイゼンが黙る。


 ノアは焚き火へ薪を一本足しながら続けた。


「それに、命を助けることを『ご褒美』にしてしまったら、善人しか治療できなくなります」


「……神官らしい答えだな」


「治療費は善人にも悪人にも平等です」


「………神官ではなく商売人だったか」


「何か?」


 ミミナが笑い、リリアまで小さく笑った。


 俺もつられて笑う。


「じゃあ、お前は?」


 ハイゼンが俺へ戻ってくる。


「三人は答えたぞ」


「俺?」


「お前が一番分からん」


「そうなの?」


 ちゃんと考えたことは無かったが、たぶん答えは単純だった。


「俺、後悔するの嫌なんだよ」


「後悔?」


「助けられたかもしれないのに、助けなかったって後から思うのが嫌なんだ…と思う」


 格好いい理由ではないし、正義のためでも、世界を救うためでもない。


「俺は臆病だし、痛いのも嫌だし、本当なら危ないことには関わりたくない。死ぬのも怖い。でも…目の前で俺が手を伸ばさず、誰かが落ちていったら、たぶん後でずっと思い出すし後悔すると思う」


 俺はハイゼンを見る。


「だから助けた。ただ、それだけだ」


 しばらく誰も喋らなかった。


 少し恥ずかしくなってきた。


「あのー、誰かなんか言ってください」


「ユウトらしいです」


 リリアが最初に答えた。


「そう?」


「はい」


「私もそう思う!」


 ミミナが頷く。


「格好つけないところがユウトだよね」


「それ褒めてる?」


「たぶん」


「たぶんなんだ」


 ノアは小さく笑う。


「私は嫌いではありませんよ」


「おっ?」


「其の考え方」


「あ、考え方。考え方ね。俺のことじゃなくて…」


「な、何を言ってるのですか。バカなのですか?」


 今度は全員が笑った。


 ハイゼンだけが、焚き火を見つめたまま何も言わなかった。


          ◇


 しばらくして、話は明後日の接触へ戻った。


「王都のどこで会う予定だった?」


 俺が尋ねると、ハイゼンは焚き火の向こうで少し考えてから答えた。


「王都北側の古い水路管理所だ。今はほとんど使われていない建物で、日が落ちてから会うことになっている」


「相手は誰?」


「名前は知らない。一度会った男と同じなら、四十前後に見えた。だが、それが本当の姿かどうかまでは分からん」


「合言葉とかある?」


「ない。向こうが俺を確認してから接触してくる」


 バルドが眉を寄せる。


「監視役が逃げた以上、向こうも俺達のことを知ってるんじゃないか?」


「その可能性は高い」


 ハイゼンも否定しない。


「だったら、明後日そこへ行っても誰も来ないんじゃない?」


 ミミナの疑問はもっともだった。


「あるいは罠です」


 リリアが続ける。


 つまり、待ち伏せする側のつもりで行ったら、待ち伏せされる可能性がある。


「王都に着いたら、グレンさんとセイルにも知らせよう」


 俺が言うと、ハイゼンが反応した。


「聖騎士団を動かすのか?」


「全部は動かさない」


 大人数で押しかければ、相手は絶対に姿を見せない。


 それ以前に、王都では三年前に死んだ人間の名前が使われ、許可証まで偽造されていた。どこから情報が漏れるのか分からない以上、知る人間は少ない方がいい。


「グレンさんとセイル。それから必要なら、本当に信用できる人を二人くらい」


「ユウト」


 リリアがこちらを見る。


「ずいぶん慎重になりましたね」


「何回罠に引っかかったと思ってる?慎重にもなるよ」


「成長しましたね」


「そうか?」


「私ももっと褒めて!」


 ミミナが割り込む。


「今日すごかったでしょ?頑張ったでしょ?」


「自分からアピールしてくるんだ」


「まだお菓子もらってないからね」


「忘れてないって」


 ハイゼンが俺達を見ながら、理解できないような顔をしていた。


「お前達、いつもこんななのか」


「んー、だいたい」


 バルドも答える。


「変わった連中だ。俺もこの数日で慣れた」


「……そうか」


 少しずつ、焚き火の空気が柔らかくなっていく。


 敵だった相手と笑っていることが正しいのかは分からない。


 でも、ずっと敵のままでいなければならない理由もないと思った。


          ◇


 翌朝、俺達は王都へ向かった。


 崩落を免れた馬車を使えることになり、昨日までよりはずっと早く進める。蒼雷鷲には無理に町へ入ってもらわず、灰耳と一緒に王都から少し離れた森で待ってもらうことにした。


「すぐ戻るから」


 俺が灰耳へ言うと、こっちを一度見たあと森へ入っていく。


 蒼雷鷲も上空へ舞い上がった。


 胸の奥に《縁》の感覚が残る。


 離れていても、完全に切れるわけではない。


 それが少し心強かった。


 王都へ着いたのは、接触予定日の昼過ぎだった。


 門をくぐった瞬間、リリアが少しだけ表情を変える。


「戻ってきましたね」


「そうだな」


 少し前まで、ここで死んだ研究者の記録や消えた試作機を追っていた。


 その時は、証拠を一つ見つけては次の証拠へ進み、相手の背中はほとんど見えなかった。


 けど今は違う。


 俺達には、黒い杭を置いていたバルドとレインがいる。


 仲介役として動いていたハイゼンもいる。


 そして今夜、さらにその上につながるかもしれない人物との接触予定がある。


「まずグレンさん達に知らせよう」


 俺が言う。


「その前に!」


 ミミナが手を挙げた。


「どうした?」


「お菓子」


「今!?」


「王都に着いたよ」


「着いたけど!」


「約束したよ?」


「しましたね」


 なぜかノアまでミミナ側につく。


「ノア?」


「約束は守るべきです」


「今夜はかなり忙しくなりそうだけど…」


「だからこそです」


 リリアまで頷いた。


「疲れたまま行動するより、一度休んだ方がいいと思います」


 全員が俺を見る。


「分かったよ」


 俺は財布を確認する。


「一個だけな」


「やった!」


「私もいただきます」


「ノアも!?なぜ?」


「私は昨日ミミナを治療しています」


「それとこれ関係ある?」


「あります」


「私も……」


 リリアが小さく手を挙げた。


「リリアまで!?」


「駄目ですか?」


 そんな顔で言われたら駄目とは言えない。


「わかったよ!三人分買いに行こう!」


「ユウトは食べないの?」


 ミミナに聞かれ、俺は少し考えた。


「食べる」


「四つですね」


 ノアが即座に帳簿にまとめる。


 重大な事件を追って王都へ戻ってきたはずなのに、最初にすることがお菓子を買うことになるとは思わなかった。


 まあ、でも、悪くないか。


 今夜何が待っているか分からないからこそ、その前くらいは四人で普通に笑っていたかった。


          ◇


 夕方。


 グレンとセイルには事情を伝えた。


 事情を知る人間は最小限に抑え、聖騎士団を大規模には動かさない。グレンは周辺に少人数だけを配置し、何かあった時にすぐ入れる距離で待機することになった。


 セイルは、ハイゼンから聞いた場所を知っていた。


「古い水路管理所か」


「知ってるの?」


「ああ。三年前まで研究資材の一時保管に使われることがあった。ただし、それだけで今回の事件と同じ組織だとは限らないがな」


「分かってる」


「……なんか見ない間に成長したな」


「最近みんなに言われるな。自分じゃ分からないんだけど」


「いいことじゃないか」


 少し複雑だ。


 日が落ちる前に、俺達は管理所の近くまで移動した。


 ハイゼンが一人で入る予定だったが、監視役が逃げた以上、すでにこちらの動きが知られている可能性は高い。それでも確認しないわけにはいかない。


「俺が先に入る」


 ハイゼンが言う。


「本当に大丈夫か?」


「心配するな」


「せっかく昨日助けたのに、今日死なれたら損した気分になるからな」


「そういう言い方をするんだな」


「本当は心配してるんですよ」


 ノアが余計なことを言う。


「うるさいよ」


「事実では?」


「そうだけど」


 ハイゼンが初めて少し笑った。


「分かった。死なないようにする」


「頼んだ」


 管理所は、王都北側の古い石壁沿いに建っていた。


 ハイゼンが扉を開く。


 中に人の気配はない。


 俺達は外で待つ。


 一分。


 二分。


 何も起きない。


 やっぱり逃げられたのか?


 そう思った時、ハイゼンが入口から顔を出した。


「ユウト」


「何?」


「お前宛てだ」


「俺?」


 嫌な予感しかしない。


 リリアを先頭に、俺達も建物へ入った。


 中は空だった。


 机が一つ。


 椅子が一つ。


 その机の中央に、封筒が置かれている。


 表には短い文字だけが書かれていた。


『魔物を連れて歩く交渉士へ』


「俺だよなぁ」


「他にはいないと思います」


 ノアが答える。


「人気者だね」


 ミミナがからかってくる。


「全然うれしくないな」


 リリアが封筒を確認する。


「仕掛けは見当たりません。ただ、念のため私が開けます」


「俺宛てなのに?」


「だからです」


 反論できなかった。


 リリアが慎重に封を切り、中の紙を机へ広げる。


 そこに書かれていた文章は、驚くほど短かった。


『今夜、境界を一つ消す』


 その下には、場所が記されている。


 セイルが紙を見た瞬間、表情を変えた。


「まずい」


「どこ?」


「王都の外だ」


 彼が示したのは、王都北西の山間部。


 そこには人間の街道があり、そのさらに向こうには広い森林地帯がある。


「何があるんだ?」


 俺が聞く。


 セイルはすぐに答えた。


「人間と魔物の生活圏が、最も近づいている場所だ」


 ハイゼンの顔色も変わった。


「まさか……」


「何?」


「あそこなら、黒い杭を何本も起動する必要がない」


「どういう意味?」


 ハイゼンは紙を握りしめる。


「一か所崩すだけで、両方がぶつかる」


 人間と魔物が最初から衝突する場所を選ばれている。


 俺は三人を見た。


 リリアはもう剣の柄へ手を置いている。


 ミミナもさっきまで甘いものを食べていた人間とは思えない顔で杖を握り、ノアは治療鞄の留め具を確認していた。


 誰も「行く?」とは聞かなかった。


 聞く必要がない。


「行こう」


 俺が言う。


 今夜。


 誰かが消そうとしている境界へ。


          ――第六十八話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


次の接触予定までのわずかな時間。


今回は、

敵だったバルド達やハイゼンと

同じ焚き火を囲むことになりました。


相手を助けることと、

相手がしたことを許すことは別。


リリア、ミミナ、ノア、そしてユウト。


四人それぞれの考え方が、

少しずつ今のパーティを作っています。


そして王都へ戻ったユウト達を待っていたのは、

黒い杭を操る側からの一通の手紙。


『今夜、境界を一つ消す』


狙われたのは、

人間と魔物の生活圏が最も近づく場所。


黒い杭を止める戦いから、

人間と魔物の衝突そのものを止める戦いへ。


第一章の決着が近づいてきました。


第69話へ続きます!


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