追いついた仲介役は、俺達より先に切り捨てられました
中継装置に残っていた赤い光は、一本だけになっていた。
それまで複雑に枝分かれしていた線が次々と消え、最後に残った一本だけが石室の壁際へ伸びている。バルドはその光を見失わないよう装置へ顔を近づけ、レインと二人で術式の変化を追っていた。
「まだ追える?」
俺が尋ねると、バルドは赤い線を目で追ったまま頷いた。
「ああ。向こうは中継先を切り替えながら逃げているが、完全には接続を閉じていない。たぶん次の装置を動かすために、最低限の経路だけ残しているんだ」
「なら、その線の先に行けば相手がいるんだな?」
「おそらくは。ただ、いつ切られるかは分からない」
途中まででも十分だった。
これまで俺達は、黒い杭が使われた場所へ後から辿り着き、残された痕跡を一つずつ拾うことしかできなかった。それに比べれば今は、相手が動いている最中の尻尾を掴んでいる。
「行こう」
俺が言うと、リリアはすでに隠し通路の前で剣を抜いていた。
「追いつきたいからといって、罠へ飛び込まないでくださいね」
「それ俺がさっき言ったやつな」
「言った本人が一番忘れそうですからね」
「あのな…」
「なにか?」
横でミミナが吹き出し、ノアまでわずかに口元を緩める。
追いつけるかもしれないという焦りはある。それでも、こうしていつもの調子で話していると、不思議と頭の熱が少し下がった。
「ミミナ、本当に動けるのか?」
俺が尋ねると、彼女は杖を肩へ担いだ。
「細かい魔力操作はしばらく勘弁してほしいけど、走るくらいなら大丈夫。さっきノアに水もらったし」
「無理だと思ったらちゃんと言ってください」
ノアが念を押す。
「はーい」
元気は戻っているらしい。
俺達はリリアを先頭に、隠し通路へ入った。
◇
通路は地下を延々と続くものではなく、百メートルほど進んだところで山の反対側へ抜けていた。
出口から下を覗くと、急な斜面のさらに向こうに細い山道が見え、その道を一台の小型馬車がかなりの速度で走っている。
「あれじゃないですか!?」
レインが指差した。
御者台に一人、荷台にも一人。
顔までは見えないが、この場所をこのタイミングで逃げるように走っている以上、無関係だと考える方が難しい。
「追います!」
リリアが斜面へ踏み出そうとする。
「待て、そこ道じゃないぞ!?」
俺が止めると、彼女は不思議そうな顔をした。
「ですが、下の道まで真っ直ぐ行けます」
「真っ直ぐ行けることと、安全に行けることは別だから!」
「時間がありませんので!」
リリアが先に斜面を駆け下りる。
「おいぃぃ!……行っちゃった」
「迷子にならないといいのですが…」
ノアがボソッと呟いた。
「まさかぁ。不吉なこと言うな…よ…」
全員が沈黙する。
「……俺たちも急ぐぞぉぉぉ!」
別の意味で心配になったので、俺達も全力でリリアの後を追った。
問題は、馬車相手に俺たちの足で追いつけるのかということだった。
「蒼雷鷲!」
俺は山の上へ向かって声を張る。
外で待っていた蒼雷鷲はすぐにこちらを見つけ、巨大な翼を傾けながら高度を落としてきた。
「乗せてもらう?」
ミミナが聞く。
「今回は先回りしてもらう」
俺は下を走る馬車を指し、その前方へ何度も腕を振る。
「前!あの馬車の前に回ってくれ!」
どこまで伝わったのかは分からないが、蒼雷鷲は鋭く一度鳴くと、馬車の進行方向へ飛んでいった。
「分かったのかな」
ミミナが嬉しそうに言う。
俺達も急いで斜面を下ったが、当然のように一番遅いのは俺だった。
「みんな速すぎない!?」
前を走っていたミミナが振り返る。
「ユウト、頑張って!」
「怖いぃ!」
「軽くする?」
「違う意味で怖いから遠慮しておく!」
「ちょっとそれどういう意味かな?詳しく教えて?」
「おい、顔が怖いぞ?ただの冗談…杖をこっちに向けるのやめて!」
そんなやり取りをしている間にも、ノアは俺より前にいる。
「ノアも速いな」
「ユウトが遅いのでは?」
「怖いんだよ!」
仲間に愛されているのか、バカにされているのかよく分からなくなってきた。
◇
俺がようやく山道へ降りた時には、蒼雷鷲が馬車の前方へ回り込んでいた。
巨大な青い翼が道の上へ影を落とし、驚いた馬が大きくいななく。御者が慌てて手綱を引いたものの完全には止まりきれず、馬車は左右へ激しく蛇行した。
「止まってください!」
追いついたリリアが叫ぶ。
御者台の男が振り返った瞬間、荷台にいたもう一人が小さな金属球を投げた。
地面へ落ちた球から、一気に白煙が広がる。
「また煙幕か!」
前にも使われた手だったが、今回はミミナがすぐに杖を上げた。
「対象、周囲の空気! 効果、前方への流れ! 強さ十五パーセント、十秒!」
風が山道を抜け、視界を塞いでいた煙を前方へ押し流していく。
「ナイス!」
「あとで甘いものね!」
「了解!」
煙が薄くなる頃には馬車も再び走り始めていたが、前方にはまだ蒼雷鷲がいるため、思うように速度を上げられない。
リリアが馬車の横へ並ぶ。
「これ以上無理に走らせるなら、止めます!」
御者が叫び返した。
「車輪を斬ってみろ! この速度で壊せば、俺達だけじゃなく馬まで死ぬぞ!」
リリアの動きが一瞬止まった。
相手も、こちらが馬を巻き込みたくないと分かっている。
「嫌なところ突いてくるな」
俺は息を整えながら考えた。
馬車を壊さず、馬にも怪我をさせず、それでも逃げられないようにする。
「ミミナ、車輪だけ少しずつ重くできる?」
「できる。でも急に重くしたら横転するよ」
「ゆっくりでいい。止めるんじゃなくて、速度だけ落としたい」
ミミナは一瞬だけ馬車を見て、すぐに杖を構えた。
「対象、後輪二つ。効果、重量増加。強さ五パーセントから始めて、三秒ごとに二パーセントずつ上げる!」
馬車の速度が、目に見えてゆっくり落ち始めた。
「なんだ!?」
御者が何度手綱を振っても、車輪が徐々に重くなっているため加速できない。
「九パーセント!」
「まだいける!」
「十一!」
そこでノアが鋭く声を上げた。
「十分です! 馬への負担が増えています!」
「解除!」
ミミナは迷わず魔法を切った。
以前なら「もう少し」と欲張っていたかもしれないが、今は目的を達成できる地点でちゃんと止められる。
「ミミナ」
「何?」
「あとでお菓子買ってやる」
「やった」
速度を失った馬車へ、リリアがもう一度並ぶ。
今度は剣で車体を狙わず、そのまま御者台の横まで距離を詰めた。
男が焦ったように短剣を抜き、リリアへ振り下ろす。
だが相手が悪かった。
リリアは身体をわずかに反らして刃を避けると、剣の柄で男の手首だけを正確に打つ。短剣が道へ落ち、さらに前方へ降りた蒼雷鷲が完全に道を塞いだことで、御者はようやく手綱を強く引いた。
馬車が…止まった。
◇
「二人とも、ゆっくり降りてください」
リリアが剣を構えたまま告げる。
御者台から三十代ほどの男が降り、荷台からはさらに年上の男が姿を現した。
俺には見覚えがない。
ところが、バルドの表情が明らかに変わった。
「……あんた」
年上の男もバルドを見る。
「まさか、お前がここまで追ってくるとは思わなかった」
「知ってる人?」
俺が尋ねる。
バルドは険しい表情のまま答えた。
「俺達へ指示を渡していた仲介役だ。俺達の前では『ハイゼン』と名乗っていた」
ハイゼン――少なくとも、そう名乗っている男は、俺達を順番に見たあと、バルドへ視線を戻した。
「余計なことを知ったようだな」
「どういう意味だ?第七地点には魔物が住んでいないと言ったのも、杭は三本だと言ったのもあんただろ」
「俺も、そう聞かされていた」
バルドの眉が動く。
「誰からだ」
ハイゼンは答えない。
バルドが一歩踏み込んだ。
「二十本を超える杭も、遠隔操作も俺達は知らなかった。俺達に何をさせていた?」
「必要な作業だよ」
「どういうことだ!?」
バルドが初めて、感情を露わにして怒鳴った。
これまで、自分達が利用されていた可能性に気づいても、彼はどこかで「計画そのものには意味がある」と信じようとしていた。その最後の部分が、今ようやく崩れ始めているように見える。
ハイゼンはしばらく黙っていたが、やがて俺達の後ろにいる灰耳へ視線を向けた。
「人間と魔物が一緒に行動しているのか」
「珍しいか?」
俺が尋ねる。
「気味が悪いな」
その答えは、予想していたものと違った。
「魔物の住処を取り戻すためにやってたと聞いてる」
ハイゼンが俺を見ると、不敵に笑った。
周囲が静かになった。
バルドの顔から、表情が消える。
「……何がおかしい?」
「そんな事を言ったっけなぁ。お前達は、そう説明した方が動かしやすかったからなぁ。お陰で仕事もやりやすかった。アハハハ」
レインまで青ざめた。
「じゃあ、魔物の住処を取り戻すっていう話は?」
「嘘に決まってるだろ?くだらん」
バルドがハイゼンの胸元を掴んだ。
「ふざけるな! じゃあ何のために魔物を追い出した! 何十、何百という群れを動かして、町とぶつけて……それで何をしようとしている!」
リリアはすぐに止められる位置へ動いたものの、まだバルドの腕には触れずにいる。
するとハイゼンが妙に落ち着いた声で答えた。
「境界を壊すためだ」
「境界?」
俺が聞き返す。
「人間の領域、魔物の領域、森、町、国境、そして地下を流れる魔力脈。人間は長い時間をかけて、それらを都合よく分け、固定してきた」
「ごめん、ちょっと難しい」
ハイゼンが俺を見る。
「……は?」
「もっと、こう…簡単に言って」
みんなが唖然としてる中、ミミナが横で小さく吹き出した。
「ユウト、バカなの?」
「分からないのに分かった顔する方が恥ずかしい。あとこの重い空気感もなんか耐えられなかった」
「それはそう」
ハイゼンは苛立ったように息を吐いた。
「黒い杭で地下の魔力を地上へ引き上げ、《夜棘》を増やせば、そこに住む魔物は移動せざるを得なくなる。魔物が動けば、人間が作ってきた町や領域の境目も維持できなくなる。それを繰り返せば、今の世界の形は崩れる」
「つまり、わざと魔物と人間を争わせるように仕向けた」
「魔物が逃げる方向に【たまたま】人間がいただけだ」
「お前何言ってんだ?」
自分でも分かるくらい、声が低くなった。
「逃げるしかない状況を作って、その先で人間とぶつかるって分かってたんだろ」
「さあねぇ。けど何かを変えるためには犠牲も必要だからねぇ」
ハイゼンがまた不敵な笑みを浮かべる。
俺は、これまで出会ってきた魔物達を思い出していた。
住処を失った白角鹿。
怪我をしながら仲間を守った灰耳。
子供を守る蒼雷鷲。
崩落から人間まで助けた鉱殻獣。
「お前達が言う『必要な犠牲』のせいで、あいつらは住処を失って、怪我をして、子供を守りながら逃げてる。人間だって、何も知らないまま突然現れた魔物に怯えて、武器を取るしかなくなった」
「それが『必要な犠牲』だ。何度も言わせるな」
「だったら、お前が犠牲になればいいだろ」
ハイゼンが黙った。
「人間が魔物の土地を奪ってきたことがあるのは、俺達も見た。だから変えなきゃいけないところは変えればいい。実際ルーヴェルでは人間が魔物に気遣い、採掘場所を変えた。鉱殻獣は人間に危険な場所を教えた」
簡単だったわけではない。
意見はぶつかったし、今後また問題が起きる可能性もある。
「時間はかかるし、面倒だし、全部うまくいく保証もない。それでも、誰かが勝手に大勢を犠牲にして世界を壊すより、俺はそっちの方がいい」
「理想論だな」
ハイゼンは笑った。
その時だった。
御者だった男が、ほんの少し後ろへ下がる。
リリアがすぐに気づいた。
「動かないでください」
「もう遅い」
男の手には、小さな黒い板が握られていた。
「それを捨てろ!」
バルドが叫ぶと同時に、男が板を折る。
乾いた音が響いた直後、山道の下から轟音が突き上げてきた。
「何!?」
地面が大きく揺れ、馬が暴れる。
ハイゼンが初めて顔色を変えて怒鳴った。
「貴様、何をした!」
「回収できない場合は、中継路ごと落とせと命じられております」
「そんな話は聞いてないぞ!」
「あなたに知らせる必要はありません」
男の声は冷たかった。
次の轟音とともに、山道の端が大きく崩れ始める。
「全員、道の内側へ!」
リリアが叫んだ。
だがハイゼンは動くのが一瞬遅れた。
足元が崩れ、身体が斜面へ滑り落ちる。
「っ!」
バルドが腕を伸ばしたものの、届かない。
俺達を騙していた男。
魔物を住処から追い出す計画に関わった男。
気に食わない奴だが、目の前で崖から落ちようとしているのをほっとけるほど俺たちは腐っちゃいない。
ノアが真っ先に走った。
「ノア!」
彼女は地面へ伏せるように身体を投げ出し、ぎりぎりでハイゼンの手首を掴んだ。
「ぐっ……!」
俺とリリアもすぐ駆け寄り、リリアがノアの腰を支える。俺も彼女の腕を掴み、できる限り身体を引いた。
「ミミナ!」
「分かってる!」
杖の青い宝珠が光る。
「対象ハイゼン! 効果、重量軽減! 強さ二十パーセント、時間十五秒!」
一気に腕へかかっていた重さが減った。
「今です!」
リリアが引く。
俺も必死に力を込める。
「重っ……俺、戦力になってる!?」
「喋れるならもっと引いてください!」
「はい!」
四人で一気に引き上げ、ハイゼンの身体が崖の上へ戻った。
全員、その場へ転がるように倒れ込む。
しばらく荒い呼吸だけが続いた。
「……なんでだ」
ハイゼンが呟く。
ノアは服についた土を払いながら身体を起こした。
「何がです?」
「何故俺を助けた。さっきの話を聞いただろ」
「聞きました」
「なら、なぜ――」
ノアは少しも迷わなかった。
「目の前で死にそうな人がいたからです。それ以外に理由が必要ですか?」
ハイゼンは何も返せない。
ノアはそこで少し考え、付け加えた。
「『必要な犠牲』などありません。ただし、後ほど救護費は請求します」
一瞬、誰も言葉を出さなかった。
「そこ…取るんだ」
ミミナが言う。
「救護費って何?怖いんですけど」
俺も小声で言う。
「何ですか!?言いたいことがあるならハッキリと、私の目を見て言ってください」
俺はたじろぎ、ミミナが吹き出し、リリアも笑いを堪えきれず口元を緩める。
俺はそんな三人を見ながら、妙に納得していた。
リリアは誰かが危険なら、相手が誰であろうと迷わず身を挺する。
ミミナは付与魔法を、誰かの役に立ちたいから使う。
ノアは命の大切さを知っているから、相手の種族や立場に関係なく治療をする。
俺が《縁》をつないでいるつもりでいたけれど、実際には何度も、この三人から人との向き合い方を教えられている。
その時、山のさらに奥から新しい轟音が聞こえた。
今度は少し遠い。
「中継路を順番に潰してるのか?」
バルドが立ち上がる。
「さっきの男は?」
周囲を見るが、御者だった男の姿が消えている。
崩落の混乱に紛れ、逃げたらしい。
リリアが追おうとするが、俺は一度ハイゼンを見る。
「ハイゼン」
「……何だ」
「さっきの男は?」
ハイゼンは長い間答えなかった。
やがて、自分の手首に残ったノアの指の跡を見ながら口を開く。
「俺の監視役だ」
バルドの表情が変わった。
「監視?」
「俺も、お前達と大して変わらなかったらしい」
ハイゼンが苦々しく笑う。
「お前達へ指示を出して、自分は使う側だと思っていた。だが実際には、俺も決められた情報だけ渡されて、必要な時に切り捨てられる側だった」
「誰に使われていた?」
俺が尋ねると、ハイゼンは首を横に振った。
「名前は知らない。ただ、一度だけそれらしき奴に直接会ったことがある。顔も分かる」
全員の表情が変わる。
「そいつが黒幕?」
「そこまでは分からない。さらに上がいるのかもしれないが…」
中々尻尾を掴ませてくれないな。
「他に何か知ってる事はないか?」
ハイゼンは王都の方角を見る。
「三年前の事故で失われたはずの研究を、今も続けている連中がいる。それだけは確かだ」
三年前の事故。
《封脈晶》。
消えた術式刻印器。
黒い杭。
これまで追ってきたものが一つになり始める。
「次は何をするつもりだった?」
「まだ決まってない。明後日の夜に次の指示をもらう予定だった」
「場所は?」
今度は、ハイゼンも逃げるように視線を逸らさなかった。
「王都だ」
――第六十七話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回はついに、
バルド達へ指示を渡していた仲介役まで追いつきました。
仲介役はバルド達の前で
「ハイゼン」と名乗っていましたが、
それが本名なのかは分かりません。
そして判明したのは、
バルド達が信じていた
「魔物の住処を取り戻すため」
という説明そのものが、
彼らを動かすために使われていた可能性でした。
黒い杭を使う本当の目的は、
人間と魔物の間にある「境界」を壊すこと。
ですが、
そのために誰かの命を
勝手に「必要な犠牲」にしていいのか。
ユウトは、そこを否定します。
さらに崩落で落ちかけたハイゼンへ、
真っ先に手を伸ばしたのはノアでした。
敵だった相手でも、
目の前で死にそうなら助ける。
そして治療費は、もちろん別です。
最後に判明した次の手がかり。
三年前に失われたはずの研究を
今も続けている者達。
ハイゼンの次の接触予定は――王都。
第68話へ続きます!
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