黒い杭を操る奴を追ったら、逃げた先までつながっていました
黒い杭の遠隔操作を止めてから、まだ十分も経っていなかった。
本当なら、まず休ませるべき人間がいる。
「ミミナ、大丈夫か?」
「大丈夫…じゃない……」
荷車の脇に座り込んだミミナは、杖を抱えたまま完全に燃え尽きていた。額に張りついた髪を払う気力すら残っていないらしく、俺が覗き込むと、顔だけをゆっくり上げる。
「さっき天才魔導士って言ったよね」
「言った」
「じゃあ天才魔導士をもっと大事にして」
「天才魔道士、お菓子食べるか?」
「食べる!」
そこへノアが水筒を差し出した。
「まず水です。甘いものはそのあとにしてください」
「ノアぁ……」
「そんな声を出しても順番は変わりません」
言葉はいつも通り淡々としているが、ノアはミミナが飲みやすいように水筒の蓋まで開けている。ミミナも文句を言いながら素直に受け取り、一気に飲もうとしたところで「ゆっくりです」と止められていた。
少し離れた場所では、リリアが避難させた魔物達の様子を確認していた。白角鹿も灰耳も安全なところまで群れを誘導できたらしく、上空を確認していた蒼雷鷲が戻ってくると、彼女はようやく肩の力を抜く。
「見える範囲では《夜棘》は追ってきていません。魔物達も落ち着き始めています」
「よかった」
それだけでも、二十本を超える黒い杭を止めた意味はあった。
ただし、バルドだけは休もうとしなかった。切断した中継器の前へしゃがみ込み、黒い金属板に残った術式を何度も指で追っている。
「バルド」
「少し待ってくれ」
「何か分かった?」
「完全に消える前なら、遠隔操作に使われた魔力の流れを追えるかもしれない」
「さっき言ってたやつか?」
「ああ。ただし、今分かっているのは大まかな方向だけだ。この中継器に残った魔力は、時間が経つほど薄くなる。追うなら今しかない」
ここで長く休んでいるわけにはいかないようだ。
ただ……
俺はチラッとミミナを見る。
「ムリ!」
目が合った瞬間、即答された。
「だよなぁ」
「歩けるけど、しばらく細かい魔力操作は無理。杖を振るくらいしか出来ない!もっとお菓子食べたい!」
「立派です」
ノアが言う。
「無理な時に無理と言えるのは、立派な判断です」
ミミナが満面の笑みになる。
「最近ノアが優しい」
「失礼ですね。以前からです。因みにお菓子はもうダメです」
「なんでぇぇぇ」
「食べ過ぎです」
「クスン」
ミミナとノアのやり取りを見て、リリアまで小さく笑った。
こういう時、改めてこの四人でよかったと思う。
俺は相変わらずまともに剣を振れないし、ミミナも今は魔力を使い果たして座り込んでいる。リリアには誰にも負けない剣の腕がある代わりに、道だけはどうにもならず、ノアは仲間だろうと容赦なく現実を突きつけてくる。
それでも、誰かにできないことがあれば、別の誰かが自然にそこを埋める。
たぶん、それが俺達の一番強いところだった。
◇
十五分ほど身体を休めたあと、俺達は南西の森へ入った。
バルドは中継器から外した細い金属片を手に持ち、その反応を確かめながら前を進む。レインも隣につき、時折地図と方角を照らし合わせていた。
「その金属、本当に道しるべになるの?」
少し元気を取り戻したミミナが尋ねる。
「正確な場所まで教えてくれるわけじゃない。遠隔操作に使われた魔力と同じ性質が残っている方向にわずかに反応するだけだ」
「……よく分からない」
「向きが合うと少し熱くなるんだ」
「あー、熱さでわかるんだ!最初からそう言ってくれれば分かるのに」
「今説明しただろ!」
「説明がヘタ」
また始まった。
俺が止めるべきか迷っていると、ノアに袖を引かれた。
「放っておいていいのでは?」
「いいの?」
「バルドは話しながらでも足を止めていませんし、ミミナも先ほどより元気になっています」
言われてみれば、その通りだった。
ついさっきまで「もう無理」と地面に座り込んでいた人間が、今はバルドへ文句を言いながら普通に歩いている。
「ノアって、結構みんなのこと見てるよな」
「治療役ですから」
「それだけ?」
ノアは少しだけ俺を見る。
「それ以上の答えが必要ですか?」
「いや。いつもありがとな」
たぶん照れているのだと思う。
そういうことにしておこう。
その時、先頭のリリアが振り返った。
「皆さん、少し静かに」
「何かあった?」
「いえ、分かれ道です」
俺は足元を見ると、獣道が左右へ分かれていた。
「バルド?」
「右だ」
「じゃあ右だな」
俺が歩き出そうとしたところで、リリアが少し複雑そうな顔をする。
「私も右だと思っていました」
全員の足が止まった。
「……バルド、本当に右で大丈夫なのか?」
「…ちょっと待て」
「どういう意味ですか!?」
リリアの顔がみるみる変わっていく。
「いや、リリアと方角が一致すると急に不安になるというか、なあ?バルド」
「………」
バルドは無言になり遠くを見ている。コイツ…逃げやがった。
「ユウト!?」
「ごめんなさい!」
怒られる前に謝った。
バルドが笑いを堪えながら右の道へ入っていく。
「聖騎士様にも苦手なものがあるんだな」
「笑わないでください」
「悪い。ただ、少し安心した」
「何にですか?」
「完璧な人間ばかりだったら、居心地が悪いって話さ」
リリアは返事に困ったようだったが、やがて小さく息を吐いた。
「では、今回だけは聞かなかったことにします」
昨日まで追いかけていた相手なのに、少しずつ普通の会話が増えている。
バルド達を信用し切ったわけではないが、それでも「黒い杭を置いていた人間」という一面だけを見ていた時よりは、相手のことが少しだけ分かるようになっていた。
◇
一時間ほど森を進んだところで、バルドが足を止めた。
「反応が強くなった」
「近い?」
「ああ」
周囲はただの山林に見え、建物どころか人が使う道すらない。しかしさらに奥へ進むと、灰耳が突然俺達の前へ出て低く唸った。
「灰耳?」
俺達も警戒しながら、その視線を追う。
森の奥に、蔦と苔に覆われた石造りの建物が半分埋もれるように立っていた。高さは二階建ての家ほどだが窓は一つもなく、一見すると昔の倉庫か見張り台の跡のようにも見える。
「こんなの地図にあったっけ?」
俺がリリアへ尋ねる。
「ありません」
リリアがすぐに答えたのが少し気になったが、バルドがすぐに話始めた。
「ここだ」
「分かるのか?」
「反応が一番強い」
入口らしい場所は、大きな石板で完全に塞がれていた。
レインが表面の苔や泥を払うと、その下から複雑な模様が現れる。二人はそれを見た瞬間、同時に表情を変えた。
「バルドさん、これって…」
「ああ」
「知ってる印なのか?」
俺が尋ねると、バルドは慎重に模様を確認してから頷いた。
「黒い杭の中継術式と同じ系統だ。ただし、これは俺達が使っているものより古いものだと思う」
つまり、今回の計画のためだけに建てられた場所ではないということだ。
「開けてみるか」
「試してみる」
バルドが工具を取り出そうとしたところで、リリアが片腕を伸ばして止めた。
「待ってください」
「どうした?」
「入口の前に足跡があります」
俺には落ち葉と土しか見えないが、リリアは石板まで続く地面の一部を指した。
「古い跡に混じって、新しいものがあります。何度かここを通ったようです」
「今日のもの?」
「雨が降ったあとのもののように見えるので、最近かと」
昨日、この辺りには雨が降ったらしい。
つまり、ここ数日のうちに誰かが出入りしている可能性が高い。
「中に人がいるかもしれないな」
リリアが剣へ手を添えると、ノアも周囲を見渡した。
「こちらが来ることを想定している可能性もありますね」
昨日の罠を思い出したのか、バルドも眉を寄せる。
「罠があってもおかしくない」
「今回は先に教えてくれてありがとう」
「皮肉か?一度殺しかけたことを、いつまで言うつもりだ」
「俺は根に持つタイプだからな」
「……すまん」
あっさり認められると、逆に何も言えなくなる。
◇
バルドが術式の一部を解除すると、大きな石板はほとんど音を立てず横へ動いた。
その奥には、地下へ続く暗い階段が伸びている。
「また地下か……」
俺が呟くと、隣でミミナも頷く。
「この事件、地下率高すぎない?」
「だよなー」
「二人とも!」
リリアが振り返る。
「怖いのであれば、私が先に行きます」
「怖くないとは言ってないけど、お願いします!」
「ユウトは素直ですね」
「死にたくないからね」
怖いものは怖い。
それでも、ここまで来て引き返す選択肢はなかった。
先頭はリリア、その後ろをバルドとレインが進み、俺、ミミナ、ノアの順で続く。灰耳は最後尾から周囲を警戒し、身体の大きな蒼雷鷲には外で待ってもらうことになった。
階段は思っていたほど長くなく、下りた先には小さな石室が広がっていた。
「……誰もいない」
ミミナの声が静かに響く。
確かに人影はなかったが、使われていない部屋ではないようだ。
机と椅子が置かれ、空になった水差しがあり、壁際のランプにはまだ火がわずかに残っていた。そして部屋の中央には、大きな黒い金属板が立ち、その表面を数え切れないほどの細い線が走っている。
いくつかの線だけが赤く光っていた。
バルドが駆け寄る。
「中継装置だ」
「これが黒い杭を動かしてた?」
「全部かどうかは分からないが、第七地点への信号はここを通ったはずだ」
俺は改めて石室を見回す。
まだ消えていないランプ。
使われたばかりに見える机。
空になった水差し。
「バルド」
「ああ」
彼も気づいていた。
「ついさっきまで、誰かがここにいた」
その時、部屋の奥を調べていたレインが声を上げた。
「出口があります!」
壁の一部が隠し扉になっており、その先には別の通路が続いている。
「追う?」
ミミナが尋ねる。
リリアはすぐには答えず、俺も少し迷った。
追えば間に合うかもしれない。
でも、昨日のように罠へ飛び込む可能性もある。
「急がず追う!」
「逃げられますよ?」
レインが言う。
「焦って罠に突っ込んで全員倒れたら困るしな」
俺は隠し通路を見ながら続ける。
「今までずっと向こうのペースだったから急ぎたいが、焦らされて同じ失敗をするのは嫌だ」
リリアがすぐに頷いた。
「賛成です」
「まず、この部屋そのものに危険がないか確認しましょう」
ノアも同意する。
ミミナは少し悔しそうに隠し通路を見ていたが、それでも反対はしなかった。
「分かった。でも、なるべく早くね」
「もちろん」
その時、バルドが低い声で俺を呼んだ。
「ユウト」
「どうした?」
彼が中継装置の端を指している。
そこには、小さな金属札が差し込まれていた。
刻まれているのは文字ではない。
見覚えのある記号だった。
セイルが持っていた黒い徽章と、黒い杭の管理に使われていた印。それらと同じ系統に見える。
「これ……」
「俺達が使っている管理印じゃない」
バルドが慎重に金属札を見る。
「もっと古い形式だ」
レインの顔が強張る。
「じゃあ、これを作った人間は……」
「いや、これだけで決めつけるな」
同じ事を思った俺は、思わず少し笑った。
それを察したのか、バルドが続ける。
「お前達といると、嫌でも慎重になる」
「悪くないだろ」
「……今のところはな」
バルドは再び金属札へ目を向ける。
黒い杭。
《封脈晶》。
三年前の研究。
失われた技術。
そして、ここに残されていた古い管理印。
まだ一本の線になったわけではないが、バラバラだったものがまとまって形になってきている気がする。
その時だった。
中継装置を走っていた赤い線が、一つ消えた。
「何?」
ミミナが身を乗り出す。
続いて、もう一本。
さらに別の線まで消えていく。
バルドの顔色が変わった。
「向こうから接続を切っている」
「証拠を消してる!?」
「いや、違う!」
バルドは装置を見つめたまま首を横に振り、最後まで残った一本の赤い線を指した。
「接続先を消しているんじゃない。中継を別の場所へ移している」
部屋の空気が変わった。
「別の場所?ここ以外に標的を移したのか?」
俺が尋ねる。
「分からん。」
バルドは赤い線の動きをじっと確認し、やがてゆっくり頷いた。
「ただ、今ならまだ追える」
ようやく相手の背中へ手が届きそうになったと思ったのに、向こうも止まってはいない。
俺達から逃げながら、次の場所へ仕掛けそのものを移そうとしている…のかもしれない。
「次こそ逃がさない」
そう言うと、リリアが剣の柄へ手を置き、疲れているはずのミミナも杖を持ち直した。ノアは治療鞄を肩へ掛け直し、三人とも何も言わず俺を見る。
それだけで十分だった。
一人なら、とっくに追いつけなくなっている。
剣も使えず、魔法もろくに使えない俺がここまで来られたのは、ずっとこの三人が隣にいたからだ。
「行こう」
――第六十六話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
第65話で判明した、
黒い杭の《遠隔操作》。
その痕跡が消える前に、
ユウト達は中継点を追うことになりました。
辿り着いたのは、
地図にも載っていない古い地下施設。
そこには第七地点への信号を送っていた
《中継装置》が残されていました。
さらに、
黒い杭やセイルの徽章と同じ系統に見える
古い管理印も発見。
ただし、
これだけで過去の研究と今回の事件が
同じものだとはまだ断定できません。
そして最後。
相手は接続を消したのではなく、
中継そのものを別の場所へ移し始めます。
追うユウト達。
逃げながら計画を動かす何者か。
ようやく、
その距離が縮まり始めました。
第67話へ続きます!
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