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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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黒い杭が二十本あるので、一本ずつ止めるのはやめました

 荷車に積まれた黒い杭は、一番上の一本から順番に紫色の光を灯し始め、その光は細い線となって隣の杭へ伝わっていった。


 十本を超えたところで、バルドが荷台へ飛び乗る。俺達がこれまで見てきた起動とは明らかに違うらしく、杭の表面に刻まれた術式を確認する彼の顔からは、さっきまで残っていた迷いが消えていた。


「全部を一本ずつ止めるのは無理だ。これだけの数が連結された状態で起動すれば、最初の数本を解除している間に残りが完全に立ち上がる」


「じゃあどうする?」


「連結の中心を切る。これだけの杭を同時に動かすなら、どこかに全体へ魔力を振り分ける起点があるはずだ」


 バルドは箱の中を乱暴に探りながら一本ずつ刻印を確認していくが、俺にはどれも同じ黒い棒にしか見えない。ミミナも荷車へ上がり、杖を抱えたまま横から術式を覗き込んだ。


「この杭、一本ずつ独立してるんじゃないの?」


「本来は独立して使える。ただ、大規模運用する時だけ中継術式を組むんだ。俺が教えられた第七地点の計画は三本だけだったから、こんな組み方は必要なかった」


「つまり、二十本以上を使う計画に誰かが変えたってこと?」


「そう考えるのが自然だ」


 答えながらも、バルドの手は止まらない。


 その時、地面の奥から低い振動が伝わり、荷車の車輪がわずかに揺れた。川辺にいた魔物達も異変に気づいたらしく、ホーンラビットが一斉に顔を上げ、鹿型の魔物達は子供を囲むように集まり始める。


「まずいですね」


 ノアが谷全体へ視線を走らせた。


「まだ《夜棘》は出ていませんが、地下の魔力が動き始めています。ここで待っていれば、魔物達が先に影響を受けるかもしれません」


 俺も白角鹿を見る。


 以前、ルーヴェルの門前へ何十頭もの魔物を導いてきた個体だ。あの時は《夜棘》から逃げる側だったのに、ようやく見つけたらしい新しい住処で、また同じものに追われようとしている。


「杭を止めるのと、魔物を逃がすの、両方同時にやるしかないか」


「人数が足りません!」


 リリアの言葉は正しい。杭の方にはバルドとミミナが必要で、何が起きるか分からない以上、ノアも治療のため残したい。一方で、数え切れないほどいる魔物を俺とリリアだけで安全な場所へ動かすのも無理がある。


 そう考えたところで、胸の奥がわずかに熱を持った。


 白角鹿がこちらを見ていた。


 少し離れた場所では灰耳が耳を立て、上空では蒼雷鷲が大きく旋回している。


「……全部、俺達がやる必要ないのか」


「ユウト?」


 リリアが振り向く。


「逃がすんじゃなくて、逃げる方向を伝える。白角鹿や灰耳が群れを動かしてくれれば、俺達は道を作るだけでいい」


 以前にも似たことはあった。


 ルーヴェルで大勢の魔物が町の前まで来た時、白角鹿は自分だけ逃げるのではなく、種族の違う魔物達をまとめていた。灰耳も、傷ついた魔物達が集まる避難場所へ俺達を案内している。


「できますか?」


 リリアが尋ねる。


「分からない。でも、俺が一頭ずつ追い立てるよりは可能性がある」


「それは間違いないね」


 ミミナが荷台から顔を上げた。


「ユウトがホーンラビット五十匹追いかけてる間に日が暮れると思う」


「想像したくないな」


 こんな状況でも少し笑えたことで、頭の中の焦りがわずかに整理された。


          ◇


 問題は、どこへ逃がすかだった。


 適当に谷から出せばいいわけではない。東へ進めばルーヴェル方面へ近づくし、南側は人間が使う旧街道につながっている。大量の魔物を人里へ向かわせれば、黒い杭を止める前に別の衝突を生みかねない。


「北側は?」


 俺が尋ねると、リリアが周囲の地形を見ながら答えた。


「この谷の上流から西へ抜けられる可能性があります。ただ、地図には道がありません」


「魔物用の道なら、人間の地図に載ってないこともあるよな」


 俺は白角鹿の方へ歩いた。


 近づきすぎれば群れが警戒するため、途中で立ち止まり、まず上流を指す。それから白角鹿を見たが、当然それだけで意味が伝わるわけではない。


「ここにいたら危ない。あっちへ逃げられる?」


 胸の奥で《縁》へ意識を向ける。


 言葉を翻訳する力ではないことは、もう何度も分かっている。それでも、焦りや意図のようなものが薄く重なる瞬間はあり、今はただ「ここから離れてほしい」という気持ちを乗せるしかなかった。


 白角鹿はしばらく俺を見つめたあと、上流へ顔を向けた。


 次に小さく鳴く。


 群れの中に動きが広がった。


「伝わった?」


「少なくとも、何かしようとはしています」


 ノアが少し離れた場所から答える。


 白角鹿は数頭の仲間を連れ、上流へ向かって歩き始めた。灰耳もそれに続いたが、途中で一度こちらを振り返ると、数頭のフォレストウルフを連れて別方向へ回り込んでいく。


「何してるんだ?」


 最初は分からなかった。


 しかし、川辺の端に残っていたホーンラビット達が狼を警戒して動き始め、その先に白角鹿が作った流れへ合流するのを見て理解した。


「追い立ててるんじゃない。逃げる方向をそろえてる」


 種族が違っても、今は同じ場所から離れる必要がある。


 上空の蒼雷鷲も動いた。谷の東側へ大きく回り込みながら低く飛び、そちらへ向かおうとする魔物達の進路をゆっくりと北へ寄せていく。


「すごい……」


 ミミナが思わず作業の手を止めた。


「見とれている場合じゃない!」


 バルドに叱られ、すぐに杭へ向き直る。


「今ちょっと感動してたのに!」


「俺もだが、止めなきゃ全部台無しになる!」


「ふん!わかったよ!」


「なぜ怒る!?」


 あの二人は、昨日から喧嘩している方が作業効率がいい気がする。


          ◇


 避難は始まったが、全てが順調というわけではなかった。


 負傷している魔物は動きが遅く、幼い個体を抱えた群れも速度を上げられない。ノアはその場で重傷個体だけを選んで《癒しの灯》を使い、歩ける状態へ戻してから送り出していた。


「全員を完全に治療する時間はありません。今必要なのは走れるようにすることです」


「後で戻って治せるか?」


「状況が落ち着けば」


 ノアの判断は迷いがない。


 一方、リリアは谷の上流へ先行し、本当に抜け道があるかを確認していた。しばらくして戻ってくると、険しい表情のまま俺へ近づく。


「西へ抜ける道はあります。ただし、途中に狭い岩場があり、大型の魔物は通れません」


「全部同じ道じゃ無理か」


「はい。大型個体だけ別の経路が必要です」


 俺は周囲を見る。


 小型、中型、大型の魔物が混ざっているから、一つの出口だけですべてを動かすこと自体に無理がある。


「リリア、大型が通れそうな場所を探してほしい」


「分かりました。ただ…」


 彼女が少し言いにくそうに止まった。


「どうした?」


「一人で探すと、戻ってこられる保証がありません」


「あ、あぁ……」


 あぁそうだ。


 方向音痴だったんだ。


 緊急時ほど忘れてしまう。


「俺も…行く?」


「ユウトまで迷ったら救助対象が二人になります」


「じゃあどうするんだよ!」


 俺達が悩んでいると、上空から蒼雷鷲が降りてきた。


 地上へ着く直前で翼を広げ、リリアの前に身体を低くする。


「……乗れってこと?」


 以前、巣を守るためにリリアが蒼雷鷲の背へ乗ったことがある。


 リリアも同じことを思い出したらしく、蒼雷鷲と俺を交互に見た。


「空から探せということでしょうか」


「たぶん、それが一番早い」


「でも、まだ脚の怪我が」


 ノアがすぐに確認する。


「長時間でなければ問題ありません。ただし、無理に急上昇させないでください」


「分かりました」


 リリアが蒼雷鷲の背へ慎重に乗る。


「方向は分かるのか?」


「空からなら地形が見えます」


「迷わなそうだな」


「今回は蒼雷鷲もいます」


「迷子にならないようリリアを頼みます!」


 返事をする前に、蒼雷鷲は翼を広げて飛び上がった。


 白銀の騎士を乗せた青い巨鳥が谷の上空へ舞い上がる姿は、何度見てもずるいくらい格好いい。


「いいなぁ」


 ミミナが見上げる。


「今度乗せてもらえば?」


「絶対乗る!」


「遊びじゃないですよ」


 ノアの一言で現実へ戻された。


          ◇


 避難が半分ほど進んだ頃、最初の《夜棘》が現れた。


 荷車から十数メートル離れた地面が膨らみ、黒紫色の細い蔓が土を破って伸びてくる。それを見た魔物達が一斉に騒ぎ始め、整いかけていた流れが崩れそうになった。


「まずい!」


 俺が走り出すより早く、灰耳が吠えた。


 逃げようとしたフォレストウルフ達が一瞬止まる。


 白角鹿も群れの先頭で大きく鳴き、小型の魔物達が再び上流へ動き始めた。


「俺より統率力あるね……」


「落ち込んでいる場合ではありません」


 ノアに言われ、俺も避難の端へ回る。


 俺達が何もかも指示する必要はなくなっていた。


 魔物達自身が、互いの動きを見ながら助け合っている。


 俺が作った関係ではない。


 灰耳と白角鹿と蒼雷鷲が、それぞれ生きてきた中で持っていた力だ。


 俺ができたのは、その力同士が出会う場所に少し関わっただけなのだ。


『《縁》が深まりました』


 胸の奥へ静かな感覚が届く。


 誰との《縁》なのか、すぐには分からなかった。


 白角鹿なのか。


 灰耳なのか。


 あるいは、もっと別の何かなのか。


 だが、今は確かめている余裕は無かった。


「ユウト!」


 上空からリリアの声が聞こえた。


 蒼雷鷲が低く降り、リリアが谷の西側を指差す。


「大型個体が通れる道があります! 川を上流へ進み、二つ目の岩壁を西へ抜ければ広い斜面へ出ます!」


「迷わず戻ってくることが出来たんだな!」


「バカな事を言っている場合ではありません!」


 蒼雷鷲も吠える。


「すみません」


 一先ずこれで大型も逃がせる。


 俺は灰耳へ駆け寄り、西側を指した。


「大きい奴らは、こっち!」


 伝わるかどうか不安だったが、灰耳は俺ではなく上空の蒼雷鷲を見た。


 蒼雷鷲が西へ飛ぶ。


 灰耳もそちらへ走り、大型魔物の近くで何度か吠えた。


 少しずつ、二つ目の流れができ始めた。


「いける」


 そう思った瞬間、荷車の方からミミナの声が響いた。


「ユウト! 見つけた!」


 俺達が振り返る。


 バルドとミミナが、黒い杭を入れていた箱の底を外していた。


 その下から現れたのは、手のひらより少し大きな黒い金属板だった。複雑な術式が刻まれ、その中心から二十本以上の細い魔力線が、それぞれの杭へ伸びている。


「これが中継器?」


「おそらくそうだ」


 バルドの表情は険しい。


「これを切れば全部止まるのか?」


 俺が尋ねると、バルドはすぐには答えなかった。


「止まる可能性は高い。ただし、今流れている魔力が行き場を失う」


「それって?」


「最悪の場合、ここで全部放出される」


 谷を見る。


 避難はまだ終わっていない。


 子供を連れた魔物も、傷ついた個体も残っている。


「じゃあ、今切るのは駄目だ」


「だが待ちすぎれば、杭が完全起動する」


「あとどれくらいか分かるか?」


 バルドが術式を確認する。


「正確には分からない。十分かもしれないし、三十分かもしれない」


「まったく。分からないことだらけだ」


「嘘を言うよりいいだろ」


「そりゃそうだ」


 俺は魔物達を見る。


 全部逃げるまで待てば、杭が起動するかもしれない。


 今止めれば、逃げ切れていない魔物を巻き込むかもしれない。


 どちらも安全ではない。


「ミミナ」


「何?」


「中継器を壊さずに、流れだけ少しずつ弱くすることは できる?」


 彼女は術式を覗き込む。


「さっきの三本みたいに?」


「そう。全部一気に切らず、時間を稼げないかな」


 ミミナはすぐに答えず、バルドを見る。


「できる?」


「理屈では可能だ。ただし二十本以上を同時に調整することになる」


「私一人じゃ無理かも」


 今のミミナは、自分にできることとできないことを考えている。成長したものだ。お父さんなら泣いているところだ。


「じゃあ、一人でやらなければいい」


 レインが言った。


 全員が彼を見る。


「俺も術式の基本操作ならできます。バルドさんほどじゃないけど、流量を見るくらいは任せてください」


 ミミナが少し驚いた顔をする。


「えーと……昨日助けてくれた人だ」


「名前教えましたよね?」


「レイ…ン」


「覚えててもらえてよかったです。危うげでしたが」


「とにかく手伝って!」


 即決だった。


 レインは一瞬だけ面食らい、それから頷く。


「分かりました」


 バルドも中継器の反対側へ回った。


「俺が全体の流れを見る。ミミナは外側の杭から出力を落とせ。レインは変化を読み上げろ」


「何パーセントから?」


「二だ」


「二だけ?」


「二十本あるからな。一つずつは小さくていい」


 ミミナが杖を構える。


「対象、外周の黒い杭群。効果、魔力流入の抑制。強さ二パーセント、維持――」


 そこで一度止まり、息を整えた。


「時間固定無し。私が解除するまで」


 バルドが少し驚いた顔をした。


「できるのか?」


「やる。でも、無理だと思ったら言う」


「分かった」


 三人が作業を始める。


 俺はその姿を一瞬だけ見てから、再び谷へ向き直った。


 杭を置いた人間。


 それを止める俺達。


 住処を追われようとしている魔物。


 誰が敵で誰が味方なのか、以前よりずっと分かりにくい。困ったものだ。


 それでも、今やることだけは分かる。


「残ってる魔物を全部逃がすぞ!」


 俺の声に、リリアとノアが頷いた。


          ◇


 そこからは時間との勝負になった。


 ミミナ達が流量を抑えるたびに紫色の光が少し弱まり、その間に俺達は魔物を二つの避難路へ誘導していく。《夜棘》はところどころで伸び始めていたが、完全に広がる速度は明らかに落ちていた。


「残りどれくらい?」


 俺が叫ぶ。


「小型はほぼ抜けました!」


 リリアが答える。


「大型が七頭、負傷個体が三頭です!」


 ノアは最後尾で、脚を痛めた鹿型魔物へ《癒しの灯》を使っている。


「歩けます。走らせないでください!」


「灰耳!」


 俺が呼ぶと、灰耳がその個体の横へつく。


 急かすのではなく、歩調を合わせるように並んで進み始めた。


 白角鹿も群れの最後尾へ戻ってきている。


 自分だけ先へ逃げればいいのに、最後まで残っている。


「お前も早く行けよ」


 言っても動かない。


 その目は、まだ谷に残っている魔物達を見ていた。


「……分かった。一緒に最後までやるか」


 胸の奥が温かくなる。


 数分後、最後の大型魔物が西側の斜面へ消えた。


 ノアが治療していた鹿も、灰耳と一緒に上流の道へ入る。


「これで全員?」


 俺が周囲を見回す。


 リリアも確認する。


「見える範囲には残っていません!」


 俺は荷車へ振り返った。


「ミミナ!避難が終わった!」


 彼女は返事をしなかった。


 額から汗を流し、杖を両手で握ったまま中継器へ集中している。


「バルド!」


「聞こえてる!」


 彼が黒い金属板を確認する。


「ミミナ、あと五秒そのまま維持できるか!」


「できる!」


「頼んだ」


「了解!」


 バルドが工具を中継器へ差し込む。


「三、二――」


 その時。


 中継器の中心に刻まれていた術式が、赤く変わった。


「待て!」


 レインが叫ぶ。


「別の魔力が入ってきます!」


「どこから!?」


「分かりません! 外からです!」


 バルドの顔色が変わる。


「また遠隔操作か!」


 黒い杭が一斉に強く発光した。


 ミミナの身体が揺れる。


「くっ、重い……!」


「解除しろ!」


「今解除したら全部流れるんでしょ!」


「お前が倒れたら同じだ!」


 ミミナは歯を食いしばる。


 俺は何もできない。


 剣も振れない。


 魔力の流れも触れない。


 こんな時、自分の弱さが嫌になる。


 それでも。


「バルド!」


「何だ!」


「外から来てるなら、その入口を切れないのか!?」


 バルドの手が止まった。


「入口……」


 中継器を見る。


「レイン、外部線を探せ!」


「はい!」


 二人が術式を追う。


「ありました! 中心の下、一本だけ別系統です!」


「切れるか?」


「でも、これを切ったら――」


「何が起きる?」


「遠隔操作は止まります。でも、中継器そのものが自律運転に切り替わる可能性があります!」


 完全に止まるわけではない。


 それでも、今よりはいい。


「バルド!」


「ああ!」


 彼は工具を持ち替えた。


「ミミナ、あと三秒頼む!」


「がん…ばるぅぅぅ!」


 金属棒が術式へ入る。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 小さな火花が散った。


 赤い光が消える。


 同時に、黒い杭の発光も一段弱くなった。


「切れた!」


 レインが叫ぶ。


「遠隔操作、消えました!」


「よし!今だ!」


 ミミナがさらに出力を落とす。


 バルドが中継器の接続を一つずつ解除していく。


 今度は急激な反発がない。


 一本。


 二本。


 五本。


 十本。


 紫色の光が順番に消えていく。


 最後の杭が暗くなった時、谷を覆っていた低い振動もようやく止まった。


 しばらく誰も話さなかった。


 ミミナが杖を地面へつき、その場へ座り込む。


「もう……今日は……ムリ」


 俺は思わず笑った。


「お疲れさま」


「もっと褒めて」


「よっ!天才魔道士!」


「雑!」


 それでもミミナは笑った。


          ◇


 危機は止めた。


 でも、終わってはいない。


 バルドは切断した外部線を見つめていた。


「これで分かった」


「何が?」


 俺が尋ねる。


「俺達が杭を置いて、決められた時間に起動する。それだけの仕組みじゃなかった」


 黒い金属板を持ち上げる。


「誰かが離れた場所から、好きな時に出力を上げられるようになっている」


「最初から?」


「分からない。少なくとも俺が教えられた仕様にはなかった」


 レインも青い顔をしている。


「じゃあ俺達が設置した杭も、全部……」


「勝手に強くする事ができたんだろうな」


 バルドの声には、怒りが混じっていた。


 自分達も利用されていた。


 たぶん、ようやくその事実を本当の意味で受け入れ始めたのだと思う。


「バルド」


 俺は聞いた。


「遠隔操作してる場所を追えないか?」


 彼はすぐには答えなかった。


 切断した術式を何度も見直し、それからゆっくり顔を上げる。


「今ここで正確な場所までは分からない。ただ…」


「ただ?」


「方向なら絞れる」


 リリアが一歩近づく。


「どこですか」


 バルドは谷の南西を指した。


 その先には森があり、さらに向こうには王都方面へ続く山々がある。


「この術式は、遠隔信号を直接飛ばしているわけじゃない。途中に中継点を挟んでいる」


「そこを見つければ?」


 俺の問いに、バルドは頷いた。


「今度は、向こうへ辿れる」


 今まで俺達は、黒い杭を見つけるたびに止めてきた。


 でも、それだけでは終わらない。


 止めても、また別の場所に置かれる。


 実行者を捕まえても、その上から指示が来る。


 なら、次に見るべき場所は決まっている。


 杭ではない。


 杭を動かしている誰かだ。


 俺は南西の森を見た。


 魔物達を住処から追い出したもの。


 バルド達へ嘘の情報を与えたもの。


 そして二十本を超える黒い杭を、勝手に起動させたもの。


 ようやく、その背中が少しだけ見え始めた。


          ――第六十五話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


第七地点に運び込まれていた、

二十本以上の黒い杭。


今回は一本ずつ解除するのではなく、

全体をつなぐ《中継器》を利用して

起動そのものを弱めることになりました。


その間にユウト達が優先したのは、

黒い杭より先に、

そこに暮らしている魔物達を逃がすこと。


白角鹿、灰耳、蒼雷鷲もそれぞれ動き、

種族の違う魔物達の避難を手伝います。


そして最後に判明したのは、

黒い杭が遠隔操作できる仕組みになっていたこと。


バルド達が知らないところから、

起動時刻も出力も変えられていました。


さらに、その遠隔操作には

途中の《中継点》が存在する可能性があります。


今度追うのは黒い杭ではありません。


黒い杭を動かしている側です。


第66話へ続きます!


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