黒い杭を止めるため、置いた本人と一緒に戦うことになりました
黒い杭から漏れ出した紫色の光が地面を走り、その周囲から《夜棘》が次々と芽を出し始めた。
まだ細い。だが、俺達はその先を何度も見ている。
放っておけば根は広がり、魔力の流れを乱し、最後には魔物の住処そのものを壊していく。
「止められるんだよな?」
俺が昨日から黒い杭を設置していた男へ尋ねると、彼は杭から目を離さないまま短く息を吐いた。
「本来の手順なら止められる。ただし、今は外部から強制起動されている」
「外部?」
「ここ以外の場所から命令が来ているということですか?」
ノアの問いに、男は一瞬だけ迷ったあとで頷いた。
「そうだ。少なくとも、俺達が設定した起動時刻じゃない」
若い男の方は完全に動揺していた。
「そんなはずない。接続順は確認しただろ」
「確認した。だからおかしいんだ」
「でも、ここを起動できるのは――」
「今それを言っている場合じゃない!」
昨日の男が怒鳴った瞬間、一本目の杭から伸びた《夜棘》が地面を割って跳ね上がった。
「下がって!」
リリアの声とほぼ同時に、黒紫色の蔓が俺達のいた場所を薙ぐ。
全員が散った。
リリアは剣を抜きながら俺の前へ入り、ミミナは杖を構え、ノアは周囲の魔力を探るため少し後ろへ下がる。
俺は黒い杭を見ながら叫んだ。
「どうすれば止まる!?」
「三本を順番に切り離す!」
男が答える。
「ただ抜けばいいわけじゃない。流れを残したまま一本だけ外せば、残りへ負荷が集中する!」
「順番は?」
「中央、東、西だ!」
「嘘じゃないだろうな?」
思わず聞き返すと、男がこちらを睨んだ。
「疑うのは当然だが、今は信じてもらうしかない!」
その言葉に、俺は口を閉じた。
昨日までなら、相手は明確に追う側の人間だった。黒い杭を置き、人間用の罠まで仕掛けた人物を簡単に信用できるわけがない。
それでも目の前の状況について、俺達より詳しいのは間違いなくこの男だ。
「あとで色々聞かせてもらう」
俺が答える。
リリアがわずかにこちらを見る。
「ユウト」
「全部信じるわけじゃない。でも、こいつが止め方を知ってるなら利用させてもらう」
男の眉がわずかに動いた。
「ずいぶんな言い方だな」
「止め方教えてください、お願いしますー、とでも言えば言いのか?ふざけるなよ!どれだけ迷惑被ってると思ってんだ!?」
「……それは」
「なんだよ?」
次の瞬間、二本目の杭から《夜棘》が伸び始める。
「話は後!」
ミミナが叫ぶ。
「だな。まずは何をすればいい!?」
男は三本の杭を見比べた。
「まず中央の杭を弱める。魔力の流量を落としてから接続を切る必要がある」
「流量ってどうやって落とすの?」
「杭そのものへ逆向きの魔力を流す」
ミミナが目を見開く。
「そんなことしたら反発するよ!」
男が初めて彼女を正面から見る。
「分かるのか?」
「これでも付与魔道士だからね!」
「見えないな」
「今ちょっと腹立った!」
「ミミナ、怒るのは後だ」
「ムーー!覚えてろ!!」
緊張しているのに、いつものやり取りが出るだけで少し気持ちが戻る。
男は気を取り直したように説明を続けた。
「逆流させる量は多くなくていい。強すぎれば壊れる」
「どれくらいだろ…」
「ミミナ!一割前後から始めてみろ!」
ミミナがすぐに杖を構えた。
「対象、中央の黒い杭。効果、魔力流入の逆方向補助。強さ十パーセント、時間五秒」
「待て」
男が止める。
「何?」
「いきなり術式へ直接流すな。外周からだ」
「それ先に言ってよ!」
「普通はそうするもんだ!」
「私の普通にはそんなの無いもんね!」
「なんで威張るんだ!」
初対面に近い二人なのに、妙に噛み合っている。
「アハハ、お前ら気が合うな!」
俺が叫ぶと二人が同時にこちらを見る。
「合わない!」
「合わん!」
「やっぱ気が合うじゃん」
怒ったミミナの杖から淡い青色の光が伸び、中央の黒い杭を直接ではなく、その周囲を包むように広がっていく。
男は地面へ膝をつき、杭の根元にある細い刻印を確認した。
「もう少し弱く」
「八パーセント」
「そのまま」
黒い杭の紫光がわずかに薄くなった。
「効いてる!」
「まだ喜ぶな」
男が腰の道具袋から細い金属棒を取り出す。
見覚えがある。
「それ、昨日落としてたやつと同じ?」
「接続解除用の工具だ」
「そんなのがあるんだ」
男が金属棒を杭の側面へ差し込もうとした時、 《夜棘》が男の背後から伸びてきた。
「危ない!」
リリアが踏み込む。
剣が青白く光り、黒紫色の蔓を切り払った。
「こちらは任せて、作業に集中してください!」
「助かる!」
男が答え、そのまま手を止めない。
俺は周囲を見る。
一本、二本ではない。
地面のあちこちから細い《夜棘》が増え始めている。
「リリア、一人で全部いけそうか?」
「しばらくなら大丈夫です!」
「灰耳!」
呼ぶと、少し離れた場所で警戒していたフォレストウルフがこちらを見た。
「杭の近くには来るな! 伸びてきたやつだけ止めてくれ!」
言葉が全部伝わるとは思わない。
それでも俺の視線と身振りを見た灰耳は、リリアの反対側へ走った。
《夜棘》が伸びる。
灰耳は噛みつくのではなく、地面を蹴って身体ごとぶつかり、蔓の向きを変える。
「それでいい!」
上空では蒼雷鷲が低く旋回している。
「雷はまだ撃つな!」
以前なら雷で焼けば終わりだと思っていたかもしれない。
でも今は黒い杭そのものが不安定だ。
何が起きるか分からない。
蒼雷鷲もそれを察したのか、降下せず空から周囲を警戒している。
「中央、切るぞ!」
男が叫んだ。
「ミミナ、そのまま!」
「維持してる!」
金属棒が回る。
短い金属音がした。
中央の杭から漏れていた紫光が消える。
「一つ!」
俺が声を上げた。
しかし、喜ぶ暇はなかった。
残った二本が同時に強く発光する。
「増えた!?」
「想定内だ!」
男が立ち上がる。
「中央を切れば一瞬だけ負荷が両側へ逃げる!」
「了解!」
東側の杭から、太い《夜棘》が飛び出した。
今までとは違う。
人の腕ほどある。
それがまっすぐミミナへ向かう。
「ミミナ!」
俺が叫ぶより早く、若い男が彼女へ体当たりした。
二人が地面を転がる。
《夜棘》がその横を通過し、岩壁へ突き刺さった。
「痛った……!」
ミミナが身体を起こす。
若い男も肩を押さえながら起き上がった。
「大丈夫か?」
「こっちは平気。でも、なんで助けたの?」
「なんでって……」
若い男は言葉に詰まった。
「目の前で刺されそうだったからだよ」
ミミナが少しだけ目を丸くする。
「そっか」
それ以上は何も言わなかった。
俺はそのやり取りを見ながら、変な感覚を覚えた。
昨日まで敵だった。
今も味方になったわけじゃない。
考え方も違う。
それでも危なければ身体が動く。
そういうところまで、敵味方で綺麗に分かれるわけじゃないらしい。
「東へ行く!」
男の声で意識を戻す。
ミミナが立ち上がり、すぐ杖を構え直した。
「今度も八パーセント?」
「いや、東は流量が強い。最初は六!」
「対象、東側の黒い杭。外周から逆方向補助、強さ六パーセント、時間五秒!」
今度は説明が早い。
二人の呼吸が少しずつ合い始めている。
俺はそれを見て、胸の奥で《縁》が反応するかと思った。
だが何も起きなかった。
当然かもしれない。
少し一緒に作業しただけで、何でも《縁》になるわけじゃない。
そんな簡単な力なら、今まで苦労していない。
◇
二本目を切り離すまでに、中央より時間がかかった。
東側の杭は魔力の流入が激しく、ミミナが出力を六から五、そして七へ細かく調整しなければならなかった。
「七で安定!」
「そのまま維持!」
「あと何秒?」
「十!」
「長いよ!」
「耐えろ!」
「ムカつく!」
口では言い合っているが、作業は正確だった。
リリアと灰耳が《夜棘》を押さえ、ノアは飛び散った細い棘で傷を負った若い男へ《癒しの灯》を当てながら、同時に周囲の魔力変化を見ている。
「西側の流量が上がってます!」
「どれくらい?」
「先ほどより明らかに強いです。具体的な流量までは分かりません!」
「十分だ!」
男が金属棒を回す。
東側の光が消えた。
「二本目!」
残るのは西。
だが、その一本だけになった瞬間。
地面が大きく揺れた。
「何これ!」
ミミナが体勢を崩す。
「負荷が全部西へ集まった!」
男の顔色が変わった。
「予定より強すぎる」
「止め方は同じじゃないの?」
「同じ手順でやったら壊れる!」
俺は思わず聞き返す。
「壊れたらどうなる?」
「分からない」
男が即答した。
「分からないってどういうことだよ」
「この出力で強制起動された例なんてない!」
「じゃあ、どうすればいい!?」
男は西側の杭を見る。
そこから漏れる紫光は、すでに黒に近くなっていた。
「流れを外へ逃がすしかない」
「どこへ?」
「地中へ戻す」
ミミナが険しい顔になる。
「逆流じゃ足りないの?」
「足りない。全部一度に押し戻したら暴走する可能性がある。少しずつ地下へ流せばどうにかなるかもしれない」
「何分?」
「分からん」
「…やってみるしかないか」
「すまん」
俺は男を見る。
焦っている。
でも誤魔化しているわけではない。
だったら、できることをやるしかない。
「ミミナ」
「うん」
彼女はもう迷っていなかった。
「対象、西側の黒い杭周辺の魔力流。効果、地下方向への流路補助。強さ五パーセ…」
「四で始めろ!」
「分かった、四パーセントから開始!」
杖が光る。
だが今度は、すぐには変化が出ない。
「下がらない!」
「少し待て!」
「待ってる間に《夜棘》が増えちゃうよ!」
その通りだった。
周囲の地面から黒紫色の蔓が次々と伸び、今度は人間だけではなく灰耳へも向かっている。
「リリア、灰耳を頼む!」
「分かっています!」
リリアが走る。
《蒼月》の光が二本をまとめて断ち切る。
だが別方向からさらに伸びる。
蒼雷鷲が上空で鋭く鳴いた。
俺は一瞬迷った。
雷を使えば、《夜棘》そのものは焼ける。
でも杭へ影響するかもしれない。
「おい!」
「バルドだ!」
「え?」
「俺の名前だ!」
今そこで自己紹介するのかよ…
「バルド! 蒼雷鷲の雷を《夜棘》だけに当てれば大丈夫か?」
バルドが空を見る。
「杭から離れていれば大丈夫だ!」
「離れてるってどれくらい?」
「知らん!」
「ふざけるな!」
「やったことないから分からん!」
「それもそうか!」
俺は蒼雷鷲へ向かって腕を振る。
「杭の近くは駄目! 外側だけ!」
伝わるか分からない。
それでも蒼雷鷲は旋回し、俺達から遠い場所へ伸びた《夜棘》へ急降下した。
青白い雷が落ちる。
轟音とともに黒紫色の蔓が焼け落ちた。
「いける!」
灰耳が空いた場所へ走り、傷ついた魔物達がいる方向への《夜棘》を押し返す。
リリア。
ミミナ。
ノア。
灰耳。
蒼雷鷲。
そして昨日まで追っていた男達。
全員が同じものを止めようと必死だった。
「ユウト!」
ノアの声が飛ぶ。
「魔力が下がっています!」
「え?」
「ゆっくりですが、確実に!」
バルドが西側の杭へ近づく。
「ミミナ、そのまま!」
「維持してるよ!」
「このまま接続を切る!」
「壊れない?」
「…多分」
「自信ないの!?」
「今はそれ以上言えん!」
バルドが工具を差し込む。
俺は思わず息を止めた。
金属棒が半分回る。
杭が激しく震える。
「止まった?」
「まだだ!」
さらに回る。
紫光が一度強く膨らんだ。
リリアが俺の前へ入る。
「下がってください!」
次の瞬間。
黒い杭から伸びていた光が、一気に地面へ吸い込まれた。
音が消える。
《夜棘》の成長も止まった。
数秒間誰も動かなかった。
バルドが慎重に杭へ触れる。
「……大丈夫だ」
「終わったの?」
ミミナが尋ねる。
「ああ」
その瞬間、彼女が地面へ座り込んだ。
「疲れたぁ……」
俺も同じ気分だった。
「三本止めるだけでこれかよ…」
「本来はもっと簡単なんだ」
バルドが額の汗を拭う。
「誰かが外から流量を無理やり上げた」
若い男が不安そうに尋ねた。
「バルドさん、これ……上に報告しますか?」
バルドはすぐには答えなかった。
「報告って誰にだ?」
俺が聞くと二人は黙った。
やはり、そこは簡単には話さないらしい。
「今は無理に聞かないけど、ちゃんと話してもらうぞ」
俺が言うと、バルドは複雑な顔をした。
「逃げるなよ」
「約束はできないな」
「コノヤロー」
◇
ノアが怪我人の確認を終えたあと、俺達は止まった三本の杭を囲んだ。
バルドはしばらく黙っていたが、やがて一本の杭へ手を置く。
「俺は、これで魔物を救えると思っていた」
誰も口を挟まなかった。
「人間に奪われた土地へ魔力を戻せば、森も地下も昔の状態へ戻る。住処を失った魔物も、また帰れるようになると思っていた」
「今は?」
俺が尋ねる。
バルドは足元の《夜棘》を見る。
「……少なくとも、こんなやり方がしたかったわけじゃない」
初めて、彼の声から迷いが見えた。
「前から《夜棘》が出るのは知ってたんだよな」
「ああ」
「それでも続けた」
「ああ」
「じゃあ、今さら何が違う?」
責めるつもりはなかった。
ただ、聞きたかった。
バルドは少し考えてから答えた。
「今までは、必要な犠牲だと思っていた」
その言葉に俺は何も返さない。
「人間に奪われ続けた魔物の土地を取り戻すなら、多少の被害は避けられない。そう教えられたし、俺もそう思った」
「教えられた?」
バルドが口を止める。
だが、今度は誤魔化さなかった。
「俺が考えた計画じゃない」
若い男が慌てる。
「バルドさん!」
「もういい!」
彼は静かに言った。
「俺達より上がいる」
予想はしていた。
それでも、本人の口から聞くと重みが違う。
「名前は?」
「知らない」
「本当か?」
「ああ。指示は仲介役を通して来る」
「どこから?」
「それも分からない」
知らないことだらけだ。
だが、嘘をついているようには見えない。
「何でもいい。情報が欲しいんだ」
バルドはしばらく俺を見る。
「…次の設置場所」
空気が変わった。
「分かるのか!?」
バルドが答える。
「ああ」
「いつ?」
「三日後」
「場所は?」
彼はすぐには言わなかった。
ただ、俺達の後ろを見る。
灰耳。
蒼雷鷲。
そして遠くの森。
「第七地点の魔物の移動路が重なる場所だ」
俺の胸がざわつく。
「そこへ杭を置いたら?」
「この辺りとは比べものにならない魔物の数が街へ動くだろう」
バルドの表情が強張る。
「数百で済まない可能性まである」
誰も言葉を出せなかった。
もし、それだけの魔物が一斉に住処を追われれば。
向かう先に町があれば。
もう偶発的な衝突では済まない。
「バルド」
俺は彼を見る。
「案内してくれるか」
若い男が息を呑んだ。
バルドは長い間黙っていた。
「……条件がある」
「何?」
「俺達を捕まえるのは、その後にしてくれ」
「捕まる気あるのか?」
「ない」
「じゃあ条件になってないだろ!」
ミミナが吹き出した。
ノアまで小さく笑った。
リリアだけは剣を収めずにバルドを見ている。
「あなた方を信用したわけではありません」
「分かっている」
「ですが、今すぐ拘束するより、第七地点を止めることを優先します」
バルドが頷く。
「それでいい」
俺は周囲を見る。
昨日まで追っていた相手と、明日から一緒に動くことになる。
正直、信用できない。
相手だって同じだろう。
それでも。
今度の黒い杭は、今までとは規模が違う。
数百を超えるかもしれない魔物。
それだけの命が、また人間の都合と誰かの思想に振り回される。
それを止めるためなら。
敵だった相手の手だって、今は借りる。
《縁》という言葉を使うには、まだ早い。
でも。
敵か味方か決める前に、一緒にやれることがある。
少なくとも今は、それで十分だった。
――第六十三話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
予定より早く起動した三本の黒い杭。
ユウト達は今回、
その杭を設置した本人であるバルド達と、
一時的に協力して止めることになりました。
昨日まで追っていた相手でも、
目の前の被害を止めたいという目的が同じなら、
一緒にできることがある。
そしてバルドから明かされた事実。
彼は黒い杭の計画を考えた本人ではなく、
さらに「上」から指示を受けていました。
次に狙われるのは《第七地点》。
そこは、
多数の魔物の移動路が重なる場所。
もし黒い杭が起動すれば、
今までとは比較にならない数の魔物が
住処を追われる可能性があります。
敵だった相手と手を組み、
ユウト達は第七地点へ向かいます。
第64話へ続きます!
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