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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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黒い杭を置いた奴を追ったら、罠まで用意されていました

 黒い杭は、まだ地面に刺さっていなかった。


 何度見ても、それだけで妙な感覚がある。


 今まで俺達が見つけてきたのは、すでに《夜棘》を発生させた後の杭だった。魔物が逃げ、人間と衝突し、誰かが傷ついたあとで、ようやく原因の一つに辿り着く。


 今回は違う。


 被害が出る前に見つけた。


 なら、次にやることも変えられる。


「杭には触れないでください」


 リリアが周囲を警戒したまま言った。


「分かってるよ」


「本当ですか?」


「なんで確認するの!?」


「ユウトは確認する前に近づくので」


「ミミナじゃないんだから」


 ノアが俺達の横を通り、黒い杭から距離を取ったまましゃがみ込んだ。


「魔力はまだほとんど流れていません。少なくとも、現在は起動していないようです」


「じゃあ安全?」


 ミミナが尋ねる。


「“今すぐ《夜棘》が出ない”という意味では、です。触って安全かどうかは別です」


「了解。触らない」


 ミミナが素直に杖を引いた。


 俺は地面を見る。


 黒い杭の横には新しい足跡がいくつも残っていた。草も踏まれているし、土を掘り返した跡もまだ乾いていない。


「置いた奴、そんなに前じゃないよな」


 リリアも同じ場所を見る。


「はい。人数までは断定できませんが、少なくとも一人は北側へ向かっています」


「追えるか?」


「おそらく」


 そこで灰耳が鼻先を地面へ近づけた。


 少し匂いを嗅いだあと、北へ向かって歩き出す。


「私達より頼りになりそうだね」


 ミミナが言う。


「悔しいですが否定できません」


 リリアが真顔で答えた。


「あ!そういう意味じゃないよ?」


「…追跡は専門外です」


 ミミナが気まずそうにしているのが可笑しい。


 にしても自分の不得意をあっさり認めるところはリリアらしい。


 蒼雷鷲は上空へ上がり、木々の上から周囲を見ている。


 地上は灰耳。


 空は蒼雷鷲。


「……かなり強くない?」


 俺が呟く。


「何がです?」


 ノアが尋ねる。


「俺達だけだったら、足跡見失ったら終わりだった。でも今は、地上と空の両方から追える」


 今まで助けてきた魔物達が、今度はこちらを助けている。


 《縁》は直接攻撃する力ではない。


 剣が強くなるわけでもないし、魔法が増えるわけでもない。


 それでも、こういう時、俺一人では絶対に持てない力を周りから借りられる。


「行こう」


 俺達は灰耳の後を追った。


          ◇


 足跡は森の奥へ続いていた。


 最初は一人分だけだったが、途中で別の足跡と重なる。


「二人?」


 俺が聞くと、リリアが首を振った。


「分かりません。同じ人物が往復した可能性もあります」


「なるほど」


 森の中には目印らしいものも残っていた。


 木の幹に浅く刻まれた傷、折られた枝、小さな石を三つ重ねた場所。


「これ、帰り道の目印かな」


「可能性はありますね」


 リリアが一つを確認する。


「急いでいたようには見えません」


「つまり、ここを何度か通ってる?」


「そうかもしれません」


 すると、灰耳が立ち止まり、耳が前へ向く。


 俺達も足を止める。


「何かいるのか?」


 灰耳は答えないが、代わりに低く唸った。


「下がって」


 リリアの剣が静かに抜かれる。


「気をつけてください」


 その瞬間だった。


 ぱきん。


 足元で何かが鳴った。


「え?」


 地面が沈む。


「ユウト!」


 リリアに腕を掴まれ、身体を引き戻された。


 次の瞬間、俺が踏みかけていた場所から細い金属線が跳ね上がり、木の上に仕掛けられていた丸太が勢いよく横切った。


「ひいっ!」


 太い丸太が目の前を通過し、反対側の木へ激突する。


 鈍い音が森へ響いた。


「……い、いまの食らったら?」


「骨折では済まない可能性があります」


 ノアが冷静に答えた。


「………」


 背中に冷たい汗が流れる。


「罠だよね」


 ミミナが顔をしかめる。


「魔物用?」


「違うと思います」


 リリアが金属線を見る。


「高さと仕組みからして、人間を想定しています」


 俺達は黙った。


 黒い杭を置いた人間。


 その進行方向。


 そして人間用の罠。


「追われる可能性を考えてたってことか」


「そう見えます」


 リリアの声が低くなった。


 偶然ここに罠があったとは考えにくい。


 つまり相手は、杭を置けば誰かが追ってくるかもしれないと分かっていた。


「ユウト、前へ出ないでください」


「絶対に出ません。お願いします」


「いつもそうだと安心なのですが」


「…努力します」


 ここからはリリアが先頭になった。


 灰耳も地面の匂いだけではなく、周囲を警戒しながら進む。


 数十メートル進むたびに、一度止まる。


 二つ目の罠は穴だった。


 落ち葉で隠され、その底に尖った木片が並べられている。


 灰耳が先に気づいた。


「助かった……」


 俺が呟くと、灰耳が一度こちらを見る。


「いや、本当にありがとう」


 胸の奥が微かに温かくなった。


          ◇


 三つ目の罠はなかった。


 代わりに、森が突然開けた。


 古い炭焼き小屋のような建物が一つだけ残っている。


 壁は半分崩れ、屋根もところどころ抜けていた。


「足跡が中へ続いています」


 リリアが囁く。


 蒼雷鷲が上空を一度旋回した。


 鋭い鳴き声。


「何か見つけたのかな?」


 俺が空を見上げる。


 その直後。


 小屋の中から物音がした。


「出てきてください!」


 リリアが声を張る。


「こちらは戦闘を望んでいません!」


 返事はない。


「それ言って出てくる奴いるかな」


 ミミナが小声で言う。


「言わずに斬り込むよりはいいでしょう」


 ノアの言う通りだ。


 数秒。


 何も起きない。


 その時、小屋の裏側で枝が折れた。


「逃がさない!」


 リリアが走る。


 俺達も追う。


 木々の間を、黒い外套を着た人影が走っていた。


「止まれ!」


 リリアが叫ぶが当然止まらない。


 速い。


 少なくとも俺より圧倒的に速い。


「これ絶対追いつけない!」


「ユウトは無理です!」


「分かってるよ!」


 ミミナが杖を上げる。


「足を軽く――」


「駄目です!」


 ノアが止めた。


「地形が分かりません。速度だけ上げたら転倒します!」


「じゃあどうすれば…」


 次の瞬間、答えは上から来た。


 蒼雷鷲が急降下する。


「うわっ!」


 逃げていた人物が初めて声を上げた。


 巨大な翼が進路を塞ぎ、男は横へ飛ぶ。


 そこへ灰耳が回り込んだ。


 前に蒼雷鷲。


 横に灰耳。


 後ろからリリア。


 男は足を止めた。


「はぁ、はぁ、追いついた……」


 俺は完全に遅れて到着し、膝へ手をつく。


「ちょっと……待って……」


「ユウト、無理しすぎ」


 ミミナが俺の背中を叩く。


「今……大事な……場面だから……」


「息整えてから格好つけようね?」


 言い返せない。


 男は四十歳前後に見えた。


 黒い外套の下は作業服のような服装で、腰には短剣が一本ある。


 でも、剣へ手を伸ばしてはいない。


 リリアが距離を保ったまま問う。


「黒い杭を置いたのは、あなたですか」


 男は答えなかった。


 代わりに俺達の後ろを見る。


 灰耳。


 そして上空の蒼雷鷲。


 男の表情が、一瞬だけ変わった。


 恐怖ではなく、驚き。


 それから口を開いた。


「……そうか」


 男が初めて口を開いた。


「本当に、魔物を連れて歩いてるんだな」


 俺は眉を寄せる。


「俺達のことをなぜ知ってる?」


 男は答えない。


「誰から聞いた?」


 沈黙。


 リリアが一歩出る。


「黒い杭について聞きたいことがあります」


「聞いてどうする」


 男の声は落ち着いていた。


「止めるのか?」


「当然だ」


 俺が答えた。


 男がこちらを見る。


「魔物が住処を失うことより?」


 その言葉に、俺は一瞬止まった。


「……何?」


 男は笑わなかった。


 怒ってもいない。


 ただ、妙に疲れた顔をしていた。


「何も知らないんだな」


 そう言った瞬間。


 男の足元から白い煙が噴き上がった。


「下がって!」


 リリアが俺達の前へ出る。


 視界が真っ白になる。


「煙幕かよ!」


 俺は咳き込みながら目を閉じた。


 数秒後。


 煙が薄くなった時には。


 男の姿は消えていた。


「逃げられた……」


 リリアが周囲を見る。


 灰耳も匂いを探している。


 しかし。


「こっち!」


 ミミナが地面を指した。


 男が立っていた場所に、小さな革袋が落ちている。


 中から一本の細い金属片が見えた。


 黒い杭と同じ色。


 そして短い文字だけが書かれていた紙が1枚入っている。


『第六地点――明日、日没前』


 俺は紙を見つめる。


「明日……?」


 今度は事件が起きる前に追いついた。


 でも。


 相手も、こちらが来ることを想定していた。


 攻める番だと思っていたが、どうやら向こうも手を止めるつもりはないらしい。


          ――第六十一話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は、設置される前の黒い杭から、

初めて「置いた人物」へ直接迫りました。


ですが相手は、

追跡されることまで想定して罠を準備していました。


そして初めて交わした言葉。


「魔物が住処を失うことより?」


黒い杭を置く側にも、

何かしらの理由があるようです。


さらに残された紙には、


『第六地点――明日、日没前』


という文字。


これまで事件の後を追ってきたユウト達は、

今度こそ次の現場へ先回りできるのか。


第62話へ続きます!


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