魔物を助けるために、今日は魔物を倒すことにしました
裂牙獣は三頭。
盆地へ追い込まれている魔物は数十頭。
数だけを見れば、こちらの方が圧倒的に多い。
けれど、それで戦えるわけではない。
ホーンラビットも小型の鹿も、戦うためにここへ集まったのではなく、《夜棘》から逃げ続けた末に追い込まれただけだ。
傷ついている個体も多い。
そこを裂牙獣に狙われている。
「ユウト、どうしますか」
リリアの問いに、俺はすぐには答えなかった。
裂牙獣を見る。
赤褐色の大型個体が、灰耳へ何度も突進している。
残る二頭は左右へ広がり、群れから弱い個体を切り離そうとしていた。
狩りだ。
相手も生きるために獲物を襲っている。
それ自体を悪だと言うつもりはない。
でも。
「あそこにいる魔物達を食わせるわけにはいかない」
「では?」
「止める」
俺は一度息を吸った。
「話して止まらないなら、倒すしかないだろ」
口にすると、少しだけ胸が重くなった。
今まで俺達は、できるだけ戦わずに済む道を探してきた。
でも、それは何があっても戦わないという意味ではない。
「分かりました」
リリアは迷わなかった。
「ミミナ、私へ脚力強化を。急加速が必要です」
「対象リリア、効果は脚力と踏み込み強化、強さ二十五パーセント、時間四十秒!」
ミミナが迷いなく杖を向ける。
「ノアは負傷個体をお願いします」
「こちらは任せてください。ただし、前へは出すぎないでください」
「それ、リリアに言ってる?」
「主にユウトです」
「まだ何もしてないのに」
「これからするのでしょう?」
「よく分かってる」
俺は斜面を駆け下りるリリアの後を追った。
もちろん速度は全然違う。
「速っ!」
白銀の鎧が斜面を滑るように下り、そのまま灰耳を襲おうとしていた裂牙獣へ飛び込む。
「《蒼月》!」
青白い光が一閃した。
裂牙獣が横へ跳ぶ。
完全には避けられず、肩口から血が飛んだ。
獣は怒りの咆哮を上げ、標的を灰耳からリリアへ変える。
「一頭こっち!」
ミミナが叫ぶ。
右側へ回り込んでいた裂牙獣が俺達へ向かってきた。
「なんで俺の方!?」
「ユウトが一番弱そうだからじゃない!?」
「正しいけど今言わんでいい!」
俺は走る!
戦略的撤退だ!
格好よく言えばそうなるが実態は全力逃走だ。
裂牙獣が距離を詰めてくる。
速い。
「ミミナさーん!」
「はいはい!」
杖の青い宝珠が光る。
「対象、裂牙獣! 効果、重量増加! 強さ二十パーセント、時間八秒!」
裂牙獣の前脚が一瞬沈んだ。
走る速度が落ちる。
「八秒!?」
「いきなり強くしすぎると危ないでしょ!」
「偉いぞー、偉いけど今はもうちょっと頑張って!」
「注文多い!」
すると灰色の影が横から飛び込む。
灰耳だ。
裂牙獣の首へ噛みつくのではなく、前脚へ体当たりし、進路を変える。
「助かったぁ!」
胸の奥で《縁》が震えた。
言葉はない。
それでも、次に灰耳がどう動こうとしているかが、ほんのわずかに伝わる。
「左へ行くのか?」
灰耳が走る。
「ミミナ、左側を空けて!」
「了解!」
俺が叫んだ瞬間、ミミナは魔法を解除した。
身体が軽くなった裂牙獣が灰耳を追い、左へ進む。
そこへ上空から雷光が落ちた。
蒼雷鷲だ。
轟音。
地面が弾け、裂牙獣が大きく横転する。
「今!」
リリアが一頭目を蹴り飛ばし、そのままこちらへ走る。
青白い斬撃が倒れた裂牙獣の首元を正確に捉えた。
獣の動きが止まる。
一頭。
胸が少し冷える。
でも、目を逸らしてはいけない。
俺達が選んだ結果だ。
◇
残り二頭は、仲間が倒れても逃げなかった。
むしろ興奮したように牙を剥き、別方向から群れへ飛び込もうとする。
「散らされる!」
群れが混乱すれば、幼い個体から狙われる。
「灰耳!」
俺が叫ぶ。
伝わる保証なんてない。
それでも灰耳は一度こちらを見て、すぐ群れの前へ走った。
数頭のフォレストウルフもそれについていく。
逃げるだけだった群れの中に、一つの壁ができる。
「リリア、正面を任せる!」
「はい!」
「ミミナ、右の一頭の足を遅くする!今度は重くするんじゃなく、地面を滑りにくく出来るか?」
「地面?」
「足場を滑りにくくして、裂牙獣の方だけ踏み込みを崩したい!」
「それなら――」
ミミナが一瞬考える。
「対象、右側斜面! 効果、摩擦増加! 強さ四十パーセント、時間十五秒!」
「頼んどいてなんだが…本当に出来るんだ!?」
「付与できるものならね!」
右側から走ってきた裂牙獣の脚が地面へ引っかかる。
速度が落ちた。
ただ止まるほどではない。
「十分!」
俺は群れを見る。
右へ逃げれば《夜棘》。
左は岩壁。
後ろは崖。
だったら、裂牙獣を正面から押し返すしかない。
「リリア、前へ出すな!」
「承知しました!」
リリアが剣の腹で裂牙獣の頭部を弾く。
噛みつかれる寸前まで引きつけ、その動きを利用して身体を流す。
力で勝つのではなく、進行方向をずらす。
「ノア!」
「こちらは大丈夫です!」
群れの中で、ノアの《癒しの灯》が淡く広がっていた。
傷ついた鹿。
脚を引きずるホーンラビット。
裂牙獣に噛まれたフォレストウルフ。
種族なんて関係なく、目の前の怪我人――いや、怪我をした魔物を治している。
「ミミナ、あと何秒ある!?」
「七秒!」
「切れたら右の個体が走る!」
「分かってる!」
蒼雷鷲が旋回する。
でも右脚はまだ完全ではない。
何度も雷を撃たせるわけにはいかない。
「無理するな!」
俺が叫ぶと、蒼雷鷲が一度高く鳴いた。
聞いてくれたのかは分からない。
ただ、次は雷を撃たずに急降下し、翼で裂牙獣の進路を塞いだ。
「それでいい!」
灰耳達が側面へ回る。
一瞬だけ裂牙獣が止まった。
リリアが地を蹴る。
「《蒼月》!」
二頭目が倒れる。
最後の一頭は状況を理解したようだった。
周囲を見る。
仲間二頭は倒れている。
正面にはリリア。
横にはフォレストウルフ。
空には蒼雷鷲。
裂牙獣が低く唸る。
「逃げるなら追わない」
俺はそう言った。
言葉が通じたからではない。
自分達への確認だった。
「襲ってこないなら、殺す必要はない」
リリアが剣を下げずに頷く。
「はい」
灰耳も追わない。
裂牙獣がゆっくり後退する。
一歩。
二歩。
すると群れの中から、小さなホーンラビットが動いた。
裂牙獣の目がそちらへ向き、身体が沈む。
「あ」
次の瞬間、裂牙獣は獲物へ向かって跳んだ。
「ちっ!リリア!!」
俺の声より、彼女の方が速かった。
銀色の軌跡。
最後の裂牙獣が地面へ落ち、動かなかくなった。
静かになった盆地に、俺達の荒い呼吸だけが残る。
◇
「……助けられなかったな」
俺は倒れた裂牙獣を見る。
誰もすぐには答えなかった。
少しして、リリアが剣の血を払う。
「助けようとすることと、全てを助けられることは別です」
「分かってるさ」
「それに」
リリアは群れを見る。
「私達が何もしなければ、別の命が失われていました」
分かっているのだが、それでも少し重い。
今までみたいに、《夜棘》を抜けば元に戻る相手ではなかった。
こいつらはただ狩りをしていた。
そして俺達は、それを止めるために倒した。
「魔物だから悪いんじゃない」
俺が呟く。
「魔物だからといって全部助けるべきじゃないのは、頭では分かってたんだ」
ノアが俺の横へ来た。
「それは人間相手でも同じでしょう」
「うん」
そうだった。
種族ではなく、何をしているかを見る。
それが俺達のやり方だったはずだ。
灰耳が近づいてきた。
鼻先で俺の腕を軽く押す。
「慰めてくれてるのか?」
もう一度押された。
「痛い痛い。意外と力強いから」
ミミナが笑う。
「元気出せってことじゃない?」
「たぶんね」
胸の奥が少しだけ軽くなった。
『《縁》が深まりました』
静かな感覚が伝わる。
その時、灰耳が突然顔を上げた。
蒼雷鷲も同時に空を見る。
「何?」
リリアが警戒する。
灰耳は盆地の北東側へ走り始めた。
「またついて来いと?」
「今度は何だよ……」
俺達は群れの安全を確認してから、灰耳の後を追った。
盆地を回り込み、細い獣道を登る。
やがて山の中腹に、小さな平地が見えてきた。
そこで灰耳が止まる。
「……これ」
地面に、人間の足跡があった。
一人ではない。
何度も往復している。
少し先には、土を掘り返した跡。
そして…穴の横へ、黒い金属の棒が一本置かれていた。
まだ地面には刺さっていない。
俺は足を止めた。
「黒い杭……」
リリアが周囲を確認する。
「設置前です」
ミミナが息を呑む。
「じゃあ私達……」
「間に合ったんだ」
今までは、いつも後手に回ってた。
《夜棘》が出た後。
魔物が逃げた後。
被害が起きた後。
そこから原因を追ってきた。
でも今回は違う。
蒼雷鷲が俺達を探した。
灰耳が道を教えた。
今までつないできた《縁》が。
黒い杭が使われる前に、俺達をここまで連れてきてくれた。
「置いたヤツはまだ近くにいるかもしれません」
ノアが周囲を見る。
土は新しく、足跡も残っている。
そして黒い杭は、ここにある。
「気をつけてください」
リリアが低い声で言った。
俺は黒い杭を見つめる。
ようやく俺達は事件が起こる前に食い止められた。
今度はこちらが攻める番だ。
――第六十話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、これまでとは少し違う戦いになりました。
《裂牙獣》は、
《夜棘》に操られていたわけではありません。
傷ついて暴走していたわけでもありません。
ただ獲物を狩る魔物でした。
だからこそ、
「魔物だから敵」
でも、
「魔物だから助ける」
でもなく、
目の前の相手が何をしているのかを見て、
ユウト達は戦うことを選びました。
そして戦いのあと。
蒼雷鷲と灰耳がユウト達を導いた先にあったのは、
まだ設置されていない黒い杭。
これまでユウト達は、
事件が起きたあとを追い続けてきました。
ですが今回は違います。
今まで結んできた《縁》によって、
初めて「黒い杭が使われる前」に間に合いました。
ここから第一章の黒い杭の謎も、
いよいよ大きく動き始めます。
第61話へ続きます!
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