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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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魔物に採掘権はないらしいので、町の方がルールを変えました

 三日間の試掘は、大きな事故もなく終わった。


 採れた鉱石の量は、通常の採掘現場と比べれば多くない。


 それでも親方達にとって重要だったのは量ではなく、鉱殻獣の生活区域へほとんど影響を与えずに採掘できたという事実だった。


 さらに、鉱殻獣が示す方向と人間の測量結果を組み合わせると、無駄に岩盤を削る必要も減ったらしい。


「数字が出た」


 三日目の夕方。


 西門近くの草地に、また例の長机が並んでいた。


 親方が一枚の紙を置く。


「同じ人数で普通に試掘した場合と比べて、作業時間が二割ほど短い。廃石の運搬量は三割以上減った」


「そんなに?」


 俺が驚くと、ガロンが頷いた。


「鉱殻獣が食う石を捨て場まで運ばなくていいのが大きい。それに、鉱脈のない方向を掘る無駄が減った」


「じゃあ儲かる?」


 ミミナが身を乗り出す。


 ノアの視線が鋭くなる。


「ミミナ」


「いや、町には大事でしょ!?」


「それはそうですが、最初にそこだけ聞くと私の役割を取られた気がします」


「そこ!?」


 周囲から笑いが起きた。


 以前なら魔物の話をする会議で、こんな空気にはならなかっただろう。


 親方も口元を緩めたあと、真面目な表情へ戻る。


「利益は出る。ただし、今までと同じ掘り方をするなら駄目だ」


 紙の隣へ、一枚の地図を広げる。


 赤、黄、青。


 三色で山が区切られている。


「赤は採掘禁止区域。鉱殻獣の住処、餌場、それと地下空洞が確認された場所だ。黄色は要確認。青だけが採掘候補地になる」


「おー、分かりやすい」


「さらに、一度に入る鉱夫の人数も制限する。発破は原則禁止。どうしても必要な場合は、事前に地盤を調査したうえで最小限にする」


 ガロンが続ける。


「廃石の扱いも決めた。鉱殻獣へ渡すのは、こいつらが実際に食べる種類だけ。量は様子を見ながら調整する」


 かなり具体的だ。


 三日前には「魔物が嫌がったら止める」くらいしか決まっていなかったのに、実際に一緒に作業したことで、人間側も相手を前提にした方法を考え始めている。


「でもさ」


 俺は地図を見る。


「これ、人間側だけで決めて大丈夫?」


 親方が苦い顔をした。


「そこが問題だ」


 鉱殻獣は文字を読めない。


 当然、契約書へ署名もしない。


 人間が「これで合意した」と紙に書いたところで、相手が理解していなければ意味がない。


「だから完全な契約とは呼ばない」


 町の代表者が口を開いた。


 五十代くらいの小柄な男性で、昨日までは採掘推進寄りの意見を出していた人だ。


「まずは人間側が守る規則として制定する」


「人間側が?」


「ああ」


 男は地図を指す。


「鉱殻獣が約束を理解している保証はない。しかし我々は理解できる。ならば、まず我々が勝手なことをしないための規則を作ればいい」


 少し意外だった。


「それなら、相手に無理やり契約させなくてもいいのか」


「そもそも、言葉が通じない相手に署名を求める方がおかしいだろう」


「確かに」


「将来、もっと正確に意思疎通できる方法が見つかれば、その時に改めればいい」


 完璧じゃない。


 でも、完璧になるまで何もしないよりずっといい。


          ◇


 問題は名称だった。


「共同採掘区域管理規則」


 親方が言う。


「硬い」


 俺が即答する。


「規則なんだから硬くていいだろ」


「鉱殻獣共生型鉱山運用要綱」


 町の職員が提案する。


「もっと硬くなった」


「では『鉱殻獣と仲良く鉱山を使おうルール』!」


 ミミナが元気よく手を挙げた。


「却下です」


 ノアが即座に切った。


「なんで!?」


「行政文書です」


「分かりやすいじゃん!」


「子供向けの掲示なら採用してもいいでしょう」


「それ採用じゃん!」


 リリアが珍しく少し悩んでいた。


「『共生採掘協定』では?」


 全員が黙る。


 俺はリリアを見る。


「普通にいいな」


「普通に、とはどういう意味ですか?」


「褒めてるんだけどなぁ」


「ユウトの褒め方は時々失礼です」


 結局、正式名称は《ルーヴェル共生採掘協定》になった。


 内容は単純だ。


 鉱殻獣の生活区域へ無断で入らない。


 危険を示す行動があれば作業を止める。


 採掘量を急激に増やさない。


 鉱殻獣の餌場を削らない。


 異常が起きた場合は、人間の都合だけで作業継続を決めない。


 そして、魔物だからという理由だけで攻撃しない。


「最後の項目、必要か?」


 一人の鉱夫が尋ねた。


 親方が答える。


「必要だ」


「でも鉱山なんだから、別の危険な魔物だって来るぞ」


「だから『魔物を攻撃するな』じゃない」


 親方は紙を指で叩く。


「『魔物だからという理由だけで』だ。襲ってくる奴まで放っておけって話じゃねえ」


 俺はその言葉を聞いて、少し嬉しくなった。


 俺が最初から言いたかったのも、それだ。


 魔物は全部善良ではない。


 人間だって同じだ。


 危険な相手なら戦わなければならない時もある。


 それでも、何者かを知る前から敵と決める必要はない。


「それでいいと思います」


 俺が言うと、親方がこちらを見る。


「お前に言われると合格をもらった気分になるな」


「俺、鉱山の専門家じゃないですよ?」


「魔物相手なら、ここにいる中じゃ一番面倒な経験してるだろ」


 返答に困っていると、周囲からまた笑いが起きた。


          ◇


 協定が決まったあと、俺達は鉱殻獣のいる場所へ向かった。


 もちろん紙を見せても意味はない。


 だから人間側の行動で示すことになった。


 赤い縄を張った生活区域には入らない。


 昨日まで置いていた測量器具も撤去する。


 採掘場所と住処の間には十分な距離を取る。


 鉱殻獣達は少し離れた場所から、その作業を見ていた。


 欠けた突起を持つ小さな個体もいる。


「伝わるかな」


 ミミナが尋ねる。


「すぐには無理じゃないか?」


 俺は答えた。


「人間同士だって、一回約束しただけで信用できるわけじゃないし」


「確かに」


「何日も何週間も、本当に入ってこないって分かったら、そのうち理解してくれるかもしれない」


 リリアが頷く。


「信頼は宣言するものではなく、積み重ねるものです」


「リリア、今の格好いい」


「そうでしょうか」


「うん」


 本人は少し照れたように視線をそらした。


 その時、昨日から俺達についていた鉱殻獣が歩き出した。


 赤い縄のところまで近づく。


 人間側へ一度顔を向け、それから縄の向こうへ戻っていった。


 俺達は追わない。


 しばらくすると、鉱殻獣が一つの石を咥えて戻ってきた。


 以前俺へ渡した高純度の魔鉄鉱より小さい。


 鉱殻獣はそれを縄の手前へ置く。


「またくれるの?」


 俺が近づこうとすると、今度は鉱殻獣が石を鼻先で押した。


 俺ではない。


 親方の方へ。


「……俺に?」


 親方が自分を指差す。


 鉱殻獣は動かない。


 「受け取ってみたら?」


 親方は慎重にしゃがみ込み、石を拾った。


 長年鉱山で働いてきた大きな手の中に、青灰色の鉱石が収まる。


「ありがとな」


 魔物相手に少し照れくさそうに言う。


 鉱殻獣は短く鼻を鳴らし、そのまま子供達の方へ戻っていった。


 誰も何も言わなかった。


 でも、その場にいた鉱夫達の表情を見れば十分だった。


 紙に署名はない。


 言葉で「分かった」とも言われていない。


 それでも。


「これで契約成立ってことで良くない?」


 俺が小声で尋ねる。


「勝手に決めないでください」


 ノアに叱られた。


「雰囲気だよ、雰囲気」


「行政手続きに雰囲気を持ち込まないでください」


 ミミナが吹き出す。


 親方まで笑い始めた。


 たぶん、これでいい。


 人間と魔物が一緒に暮らす方法なんて、誰も正解を知らない。


 最初から完成された仕組みがあるわけでもない。


 失敗したら直せばいい。


 相手が嫌がったら止まればいい。


 分からなければ、分かるまで見ればいい。


 その繰り返しでしか、《縁》というものは形にならないのかもしれない。


          ◇


 その日の夕方。


 ルーヴェルへ戻る俺達を、町の子供達が西門の近くで待っていた。


「あっ、鹿のお兄ちゃん!」


「その名前、まだ続いてるの?」


「鉱山のお兄ちゃんになった?」


「増やさないで!」


 子供達が笑う。


 リリアもミミナも笑い、ノアまで口元を隠している。


「俺、もう普通にユウトって呼ばれたいんだけど」


「無理じゃない?」


 ミミナが楽しそうに言った。


「これから魔物に会うたび増えるよ」


「勘弁してくれ」


 その時。


 遠くから、高い鳴き声が聞こえた。


 笑っていたリリアの表情が瞬時に変わる。


「上です」


 全員が空を見る。


 夕日に染まった雲の向こうから、巨大な影が飛んでくる。


 青い羽。


 翼の周囲で弾ける微かな雷光。


「……蒼雷鷲?」


 以前、谷で助けたあの巨大な魔物だった。


 だが様子がおかしい。


 優雅に飛んでいるのではない。


 何度も高度を落としながら、必死にこちらへ向かっている。


「怪我してる?」


 ミミナの声から笑いが消える。


 蒼雷鷲が町の上空を一度旋回する。


 そして俺達を見つけた瞬間。


 胸の奥の《縁》が、強く震えた。


 楽しい再会ではない。


 理由は分からない。


 それでも一つだけ、はっきり感じた。


 あいつは俺達を探してここまで来た。


 俺は空を見上げる。


「……何かあったんだ」


 蒼雷鷲が、もう一度鋭く鳴いた。


 人間と鉱殻獣の新しい関係がようやく形になった、その日の夕暮れ。


 次の《縁》が、俺達を呼びに来た。


          ――第五十八話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


三日間の試掘を終え、

ルーヴェルではついに


《ルーヴェル共生採掘協定》


が作られました。


もちろん鉱殻獣は文字を読めず、

契約書に署名もできません。


だからこそ、

まずは人間側が守るルールとして始めることになりました。


いきなり完璧な共存ではありません。


少しずつ試して、

失敗したら直して、

相手の反応を見ながら関係を作っていく。


それが今のユウト達にできる《縁》の形です。


そして最後。


ルーヴェルの空へ現れたのは、

以前ユウト達が助けた《蒼雷鷲》。


しかも今回は、

明らかにユウト達を探してやって来ました。


今まで結んできた《縁》が、

今度はユウト達へ何を伝えようとしているのか。


次回、第59話へ続きます!


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