鉱山の仕事を魔物に手伝ってもらったら、人間の方が教わることになりました
試掘二日目の朝、俺達が最初にやったのは、つるはしを持つことではなかった。
親方とガロン、それに昨日参加した鉱夫達は、地面へ何本もの細い杭を立てていた。ただし、以前から俺達が追っている黒い杭とは何の関係もない。縄を張って区域を分けるための、ただの木杭だ。
「赤い縄より内側には入らない。黄色い縄の区域だけ測量する。今日掘る可能性があるのは、その先だけだ」
親方が全員へ説明すると、鉱夫達が頷く。
昨日、鉱殻獣が止めた区域の地下には大きな空洞があった。危険な地盤を知らずに採掘を進めていたら、下手をすれば坑道ごと崩れていたかもしれない。
だから今日は、人間だけの経験で進めるのをやめた。
まず鉱殻獣の反応を見る。
そのうえで、人間が測る。
「魔物の顔色を見ながら採掘する日が来るとはな」
若い鉱夫が苦笑すると、ガロンが怒鳴った。
「昨日、その魔物に落とし穴みたいな地盤を教えてもらった奴が言う台詞じゃねえぞ」
「そ、それはそうなんですけど」
若者は言い返せず、頭を掻いた。
俺は少し離れた場所に座っている鉱殻獣を見る。
俺達を洞窟へ案内し、危険な地盤から遠ざけたあいつは、今日も当然のようについてきていた。
「なあ」
声をかけると、鉱殻獣がこちらへ顔を向ける。
「今日も頼むな。俺達も勝手に掘らないから、危ないところがあったら教えてくれ」
「ユウト、それ本当に伝わってる?」
ミミナが横から覗き込んでくる。
「分からん」
「分からないんだ」
「でも、昨日よりは俺達の意図を警戒してない気がする」
《縁》から何でも読み取れるわけではない。
言葉が翻訳されるわけでもなければ、相手の記憶を自由に見ることもできない。
それでも、こちらが何かを頼もうとしていることくらいは、以前より伝わっているような感覚があった。
ミミナが鉱殻獣へ手を振る。
「今日は仲良く働こうね!」
鉱殻獣はミミナをしばらく見たあと、顔をそむけた。
「無視された」
「勢いが強すぎたんじゃないのか?」
「ユウトより分かりやすく言ったのに!」
後ろでノアが小さく笑った。
◇
最初の候補地は、昨日鉱殻獣自身が地面を掻いて見せた場所だった。
親方達が地質を確認すると、地下に大きな空洞はなく、鉱脈も地表近くまで伸びているらしい。
「確かに採れる」
ガロンが土を払いながら言った。
「しかも、洞窟の住処からは十分離れてる。坑道を山の外側へ伸ばせば、あいつらの餌場へ近づかずに済む」
「採掘の振動は?」
「小規模なら問題ないと思うが、それを今日確かめる」
そこで親方が鉱殻獣を見る。
「……あいつ、本当に分かるのか?」
「試してみましょう」
俺達は鉱殻獣から十分に離れた場所で、ごく小規模な採掘を始めることになった。
つるはしが岩へ入る。
乾いた音が山肌へ響いた。
一度目。
鉱殻獣は動かない。
二度目。
耳に当たる部分がわずかに動いただけだった。
三度目も、警戒する様子はない。
「今のところ大丈夫そうだな」
親方が言った。
「もう少しだけ広げるぞ。ただし急ぐな」
作業が続く。
俺には役に立てることがほとんどないので、鉱殻獣の横で観察役を続けていた。
十分ほど経った頃だった。
「出たぞ!」
鉱夫の一人が声を上げる。
削られた岩壁の奥から、青灰色の筋が姿を現していた。
昨日洞窟で見たものほど高純度ではないらしいが、それでもガロン達の顔が明るくなる程度には価値があるようだ。
「これなら採算が取れる」
親方が表面を確かめる。
「問題は、どこまで続いてるかだな」
その時、鉱殻獣が立ち上がった。
全員の手が止まる。
「何か嫌だった?」
ミミナが杖を握り直したが、鉱殻獣は採掘場所へ近づいていくだけだった。
親方達が道を空ける。
鉱殻獣は露出した鉱脈へ鼻先を近づけ、一度匂いを嗅ぐような仕草をすると、壁の右側ではなく左側を前脚で掻いた。
「そっち?」
俺が尋ねても、当然返事はない。
ただ、もう一度同じ場所を掻く。
ガロンが目を細めた。
「右じゃなく、左へ伸びてるってことか?」
「分かるの?」
「鉱殻獣は鉱石を食う。地下の鉱物を何かしら感じ取れるなら……あり得なくはない」
親方が考え込む。
「確かめよう。深くは掘るな」
鉱夫が少しだけ左側を削る。
数分後。
「……当たりだ」
さっきより太い鉱脈が出てきた。
鉱夫達の間から声が漏れる。
「本当に分かってるぞ、こいつ」
「俺達より早いじゃねえか」
「親方、立場なくないですか?」
「うるせえ!」
笑いが起きた。
昨日までは魔物が少し動くだけで身構えていた男達が、今日は鉱殻獣を囲みながら鉱石の話をしている。
変わる時って、案外こういうものなのかもしれない。
大げさな演説を聞いたからではなく、一緒に何かをやってみたら、思っていた相手と少し違った。
それだけで、昨日までの常識に小さな穴が開く。
◇
昼前になると、また別の問題が起きた。
採掘で出た岩屑が予想以上に増えたのだ。
「これ、運び出すの結構大変じゃない?」
ミミナが積まれた石を見る。
「価値のない石も混じってるからな。いつもなら荷車へ積んで捨て場へ持っていく」
ガロンが答える。
「じゃあ私が軽くする?」
「助かるが、ずっと魔法を使わせるわけにもいかん」
「対象、岩屑。効果、重量軽減。強さ三十パーセント、時間十五分なら余裕だよ」
ミミナが即座に四つの条件を口にした。
以前なら「軽くする!」だけで、とんでもない結果になっていた気がする。
「普通の魔法使いっぽくなってきたな」
「普通のって何!?」
「普通は普通だ。ちゃんと褒めてるだろ?」
「褒めてないよ!」
俺達が話している横を、鉱殻獣が通り過ぎた。
そして積まれた岩屑の中へ顔を突っ込む。
「何してるの?」
次の瞬間。
ごりっ。
「食べた!?」
ミミナの目が丸くなる。
鉱殻獣は石を噛み砕き、そのまま飲み込んだ。
さらに一つ。
もう一つ。
ただし、全部ではない。
灰色の石は残し、黒褐色の細かな鉱石ばかりを選んで食べている。
ガロンがしゃがみ込んだ。
「なるほどな」
「何が?」
「人間が捨てる低品位鉱だ」
「食べられるの?」
「あいつらにとっては餌らしい」
俺は鉱殻獣を見る。
人間にとっては運ぶだけの廃石。
鉱殻獣にとっては食料。
「これ、相性よくない?」
俺が言うと、親方が腕を組んだ。
「ああ。捨て場まで運ぶ量が減れば、人手も荷車も節約できる」
「でも全部渡したら駄目ですよ」
ノアがすぐに入ってくる。
「鉱殻獣が必要とする量も分かっていませんし、人間が採掘量を増やせば、それだけ餌を与えられるという単純な話ではありません」
「そうだな」
親方は素直に頷いた。
「まず少量だけだ」
利益が出そうだから全部やる。
そうならなかったことに、俺は少し安心した。
◇
午後。
鉱殻獣の子供が一頭、山の斜面から姿を見せた。
洞窟で見た個体の一つだと思う。
右側の頭部にある鉱石の突起が少しだけ欠けているので、見分けがついた。
「ちっちゃいの来た!」
ミミナが嬉しそうに近づこうとする。
「待ってください」
ノアがローブを掴んだ。
「また!?」
「親個体が許しているとは限りません」
「触らないよ、見るだけ!」
「その勢いで近づく人の『見るだけ』は信用できません」
俺は笑いながら、小さな鉱殻獣を見る。
子供は人間達を気にしながらも、親らしい個体の横まで歩いてきた。
親個体が残してあった低品位鉱を鼻先で押す。
子供がそれを食べ始める。
何人かの鉱夫が作業を止めて見ていた。
「……家族なんだな」
若い鉱夫が呟いた。
昨日まで、彼の中では「鉱山に住み着いた魔物」だったのだと思う。
でも実際に子供へ餌を譲る姿を見れば、それだけでは済まなくなる。
俺にも以前は分からなかった。
魔物にも逃げたい理由があり、守りたい場所があり、仲間や子供がいる。
もちろん、だから全ての魔物が安全という話ではない。
話の通じない相手もいれば、人間を獲物としか見ない魔物だっている。
それでも、目の前の相手が何をしているのかを見ずに、最初から全部同じだと決めるのは違う。
「今日の作業はここまでだ」
親方の声が響いた。
「え、もう?」
一人が時計代わりの陽の位置を見る。
「予定量には届いてないぞ」
「初日に欲張るな。鉱脈が逃げるわけじゃねえ」
親方は鉱殻獣達を見た。
「急に全部を変える必要はないが…とにかく今日はここまでだ!」
俺は思わず笑った。
「親方は昨日よりだいぶ変わりましたね」
「誰のせいだと思ってる」
「俺?」
「半分くらいはな」
「残り半分は?」
親方は子供へ石を譲っている鉱殻獣を見た。
「あいつらだな」
その言葉を聞いた時。
胸の奥が静かに熱を持った。
『《縁》が深まりました』
俺と鉱殻獣だけではない。
そんな気がした。
人間と魔物の間に、まだ名前もない細い道が一本でき始めている。
俺にはその道を作る力なんてないと思っていた。
たぶん今も、一人では作れない。
でも誰かと誰かが歩こうとするなら、その最初の一歩をつなぐくらいはできるのかもしれない。
――第五十七話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、いよいよ人間と鉱殻獣による試掘が始まりました。
鉱殻獣は安全な鉱脈の方向を教え、
人間が捨てる低品位の鉱石は、
鉱殻獣にとって食料になることも判明。
「人間が魔物を保護する」だけではなく、
双方にメリットのある関係が少しずつ見え始めています。
そして鉱夫達も、
親子の鉱殻獣を実際に見ることで、
少しずつ相手の見方が変わってきました。
《縁》はユウト一人だけのものではなく、
人と人、人と魔物の間にも広がり始めています。
次回、第58話へ続きます!
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