町の会議に魔物は入れないので、会議の方を外へ出しました
鉱山からルーヴェルへ戻った頃には、もう昼を大きく過ぎていた。
俺達が見つけた巨大な鉱脈について、ガロンはその日のうちに鉱山の親方とギルドへ報告したらしい。当然、町にとっては聞き流せる話ではなく、翌朝には関係者を集めて話し合うことになった。
ただし、一つ問題があった。
「……なんで俺達、町の外に机並べてるんだろうな」
西門から少し離れた草地で、俺は長机を運びながら呟いた。
「ユウトが言い出したからでしょう」
ノアの返答は一切の迷いがなかった。
「いや、それは覚えてるよ。もっとこう、客観的な疑問として」
「なら答えは同じです」
「冷たいな!」
「机の反対側を持ってください。重いです」
俺より普通に力がありそうなノアに言われ、黙って持ち直す。
今日ここで行われるのは、昨日見つかった鉱脈についての話し合いだった。
本来ならギルドの会議室を使う予定だったのだが、俺が一つだけ条件を出した。
鉱殻獣について話すのなら、鉱殻獣を無視して人間だけで全部決めるのは変じゃないか、と。
もちろん、鉱殻獣を町の中へ連れてくるわけにはいかない。住民を不安にさせるし、そもそも本人――本人でいいのか分からないが――が入りたがるとも思えない。
だったら人間の方が外へ出ればいい。
そう言った結果が、今の光景だった。
「まさか本当に通るとは思わなかったけどな」
「提案した本人が一番驚くのはどうなの?」
ミミナが椅子を二脚まとめて運びながら笑う。
「もっと偉い人達に却下されると思ってた」
「私もです」
リリアまで頷いた。
「え、リリアも?」
「はい。ただ、鉱山側の方々が賛成しました。昨日の件が大きかったのでしょう」
昨日、別方向から試掘していた鉱夫達を、鉱殻獣が崩落から守った。
自分達の住処へ突然穴を開けた人間まで助けた光景を、鉱夫達自身が見ている。
あれがなければ、今日の話し合いはもっと殺伐としていただろう。
◇
やがて鉱山関係者、ギルド職員、町の代表、それに昨日の鉱夫達が集まった。
全員で二十人ほど。
少し離れた岩場には、昨日俺達を洞窟へ案内した鉱殻獣が一頭だけ座っている。
さすがに椅子には座らない。
「本当にあいつを参加者扱いするのか?」
鉱山の親方らしい、赤茶色の髭を生やした男が俺に尋ねた。
「参加者っていうより、勝手に家の使い道を決められる側ですね」
「……言い方が刺さるな」
「すみません」
「いや、間違ってはいない」
親方は苦笑しながら鉱殻獣を見る。
議題は単純だった。
巨大鉱脈を採掘するのか。
採掘するなら、どこまで許されるのか。
そして、鉱殻獣達の住処をどう守るのか。
「まず先に言っておく」
親方が全員を見回す。
「あの鉱脈を丸ごと諦めるつもりはない」
空気が少し張った。
ミミナが俺を見るが、俺は何も言わなかった。
続きを聞くべきだ。
「うちの鉱山は、ここ数年で採れる量が落ちてる。このままなら仕事を失う奴も出る。あれだけの鉱脈を見つけて、町のために使うなと言われても俺は納得できん」
一人の鉱夫が頷く。
「俺もそう思います。魔物が住んでるから全部放棄じゃ、こっちも生活できない」
反対側から別の声が上がる。
「でも昨日、助けられただろ」
「それと採掘は別だ」
「別じゃねえよ。あいつらの住処を潰せば、また山から追い出されるぞ」
少しずつ声が大きくなる。
俺は口を挟まず、しばらく聞いた。
どちらも間違ったことは言っていない。
町には生活がある。
鉱殻獣にも生活がある。
片方の事情だけを見れば、答えは簡単になる。
両方を見るから難しい。
「ユウトさんは、どう考えてるんです?」
昨日助けられた鉱夫の一人から聞かれ、全員の視線がこちらへ向いた。
「俺?」
「これを言い出したの、あんただろ」
「まあ……そうなんだけど」
俺は頭を掻いた。
こういう時、もっと格好いい答えが勝手に出てくれば主人公っぽいのだろうが、残念ながら俺はそんな機能を持ち合わせてない。
「正直、俺には鉱山のことは分かりません」
何人かが少し意外そうな顔をした。
「どこを掘れば安全なのかも、どれだけ採れば町が儲かるのかも分からない。鉱殻獣が何頭暮らしていて、毎日どれくらい鉱石を食べるのかも知らない」
分からないことを、分かったふりはできない。
「だから、いきなり答えを決めるんじゃなくて、調べてから決めませんか?」
「調べる?」
「鉱殻獣が使っていない場所、それから、採掘の振動が届かない範囲。昨日ガロンさんが言ってたみたいに、住処と反対方向から坑道を掘れるのか」
ガロンが頷いた。
「測量すれば判断できる」
「だったらまず、少しだけ試してみる」
俺は鉱殻獣を見る。
「人間が掘っても、あいつらの生活が変わらない場所が本当にあるのか。それを確認してからでも遅くないと思う」
しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは親方だった。
「試掘か」
「はい。ただし、条件付きです」
「言ってみろ」
「鉱殻獣が嫌がったら止める」
何人かが眉をひそめる。
「魔物の機嫌で仕事を止めるのか?」
「機嫌かどうかは分からないです。でも、普段おとなしいのに急に集まってきたり、道を塞いだりしたら、何か理由があるかもしれない」
「それをどうやって見分ける?」
「そこは、まあ、俺も一緒に行きますよ」
自分で言ってから、ちょっと嫌な予感がした。
「ユウト、それって」
ミミナがにやりとする。
「仕事増えたね」
「しまった」
「自分から増やしましたね」
ノアまで追撃してくる。
「俺、もうちょっと自分を大事にした方がいい気がしてきた」
「遅いです」
小さな笑いが起きた。
さっきまで険しかった空気が、ほんの少しだけ緩む。
親方は腕を組み、しばらく考え込んだあとで頷いた。
「三日だ」
「え?」
「まず三日だけ試掘する。人数も最低限に絞る。それで鉱殻獣に影響が出ないかを見る」
「三日……」
「何か異常があれば即中止。どうだ」
俺は周囲を見た。
反対意見が消えたわけではない。
でも、誰もすぐには否定しなかった。
「いいと思います」
俺が答えると、ガロンも続く。
「俺は参加する」
「昨日穴を開けた側からも二人出します」
別の鉱夫が手を挙げた。
話が少しずつ形になっていく。
その時だった。
ずっと岩場に座っていた鉱殻獣が立ち上がった。
「動いた」
衛兵が反射的に身構える。
「待って」
俺は手で止めた。
鉱殻獣はこちらへ来るのではなく、地面へ鼻先を近づけながらゆっくり歩き始めた。
十数歩先で止まる。
そして前脚で地面を一度掻いた。
「何してるんだ?」
もう一度。
土と小石がめくれ、下から薄青い鉱石が覗いた。
ガロンが目を見開く。
「ここにも鉱脈がある?」
鉱殻獣は今度は別の方向へ歩く。
また地面を掻く。
そこにも鉱石。
さらに少し離れた場所へ移動し、同じことを繰り返した。
「……まさか」
親方が立ち上がる。
「こいつ、鉱脈の位置を教えてるのか?」
誰も答えられない。
俺にも分からない。
ただ、胸の奥の《縁》が微かに温かかった。
鉱殻獣が俺を見た。
それから、今度は山の反対側へ顔を向ける。
そこだけは前脚で掘らなかった。
むしろ一歩下がった。
「こっちは駄目ってことか?」
俺が近づこうとすると、鉱殻獣が低く鳴いた。
威嚇とは違う。
けれど明らかに、止めている。
ガロンがしゃがみ込み、地面を見る。
「明日、最初にここを調べよう」
「掘らない方を?」
「ああ」
彼の表情は真剣だった。
「こいつらが何を避けてるのか、それが分からないまま掘るのは怖い」
昨日までなら、人間が魔物の行動を採掘計画の参考にするなんて考えもしなかっただろう。
でも今は違う。
俺達はまだ仲間ではない。
言葉だって通じない。
それでも、同じ山で生きるなら、相手が何を嫌がっているのかくらいは知ろうとしてもいい。
第一回の話し合いは、意外な形で終わった。
人間が魔物へ条件を提示するはずだったのに。
どうやら最初の条件を出したのは、鉱殻獣の方だった。
――第五十五話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、ルーヴェルと鉱殻獣の「共存」を、
実際にどう形にするのかを考える回でした。
人間には生活があり、
鉱殻獣にも生活があります。
どちらか一方だけに我慢させるのではなく、
まず三日間だけ試掘してみることになりました。
そして最後には、
鉱殻獣の方から鉱脈らしき場所を示す行動が。
さらに、
なぜか絶対に近づかせたくない場所もあるようです。
果たして鉱殻獣は何を伝えようとしているのか。
第56話へ続きます!
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