宝の山を見つけたのに、掘ったらダメでした
ルーヴェルの鉱夫ガロンは、目の前に広がる鉱脈と、その周囲で暮らす鉱殻獣達を交互に見ていた。
町にとっては夢のような話だ。
鉱山で栄えてきたルーヴェルは、近年になって主力鉱脈の採掘量が少しずつ落ちているらしい。俺が昨日まで知らなかっただけで、この町に住む人間にとっては仕事も生活も鉱山と深くつながっている。
だからこそ、目の前の資源には価値がある。
ただ、その価値を理解したあとで鉱殻獣の子供達を見ると、話は簡単ではなくなった。
「……どうする?」
俺が尋ねる。
ガロンはしばらく黙っていた。
「正直に言っていいか?」
「もちろん」
「掘りたい」
即答だった。
むしろ安心した。
ここで綺麗事だけを言われるより、ずっと信用できる。
「この鉱脈が使えれば、仕事が増える。町に金も入るし、鉱山を辞めようとしてる若い連中だって残れるかもしれない。俺だって家族がいるから、見なかったことにはできない」
「うん」
「でも…」
ガロンは小さな鉱殻獣を見る。
「昨日、俺達はあいつらに命を助けられた」
声が少し苦くなる。
「その次の日に、家を奪いに来るってのは……さすがに違うよな」
俺も同じだと思った。
ただ、「じゃあ掘らない」で終わらせればいいわけでもない。
町には町の事情があり、鉱殻獣には鉱殻獣の生活がある。
「全部かゼロかじゃなくてもいいんじゃない?」
ミミナが言った。
全員が彼女を見る。
「この洞窟、すごく広いよね。鉱殻獣が使ってる場所と、人間が掘っても大丈夫な場所を分けられないの?」
「おお」
俺は素直に感心した。
「ミミナ、お前にしては珍しくかなりまともなこと言ったぞ」
「どういう意味!?」
「あれ?褒めたつもりなんだけど」
「全然褒めてない!」
リリアの口元がわずかに緩む。
ノアはもう少し現実的だった。
「境界を決めるのであれば、鉱殻獣がどの範囲を生活圏としているのかを確認する必要があります。それに、採掘の振動や騒音で奥まで影響が出るのであれば、距離だけ分けても意味がありません」
「そうなんだよな」
ここは地下だ。
壁一枚向こうだから関係ない、とはならない。
ガロンが腕を組む。
「鉱夫だけで決められる話じゃない。町へ戻って親方やギルドにも話さないと駄目だ」
「じゃあ、その前に」
俺は周囲を見る。
「こいつらが普段どの辺まで使ってるのか、少し見てみないか?」
リリアがすぐに頷く。
「危険がない範囲であれば賛成です」
◇
鉱殻獣達は、俺達が一定以上近づかなければ襲ってこない。
昨日助けた個体が入口から入ってきて俺達の前へ立つと、警戒していた他の個体も少しずつ落ち着いていく。
「説明してくれてるのかな」
俺が言うと、ノアが首を傾げる。
「そこまで高度な意思疎通が成立しているかは分かりません。ただ、少なくともユウト達を敵と見なしていないことは伝わっているようですね」
「十分だ」
俺達は距離を保ったまま洞窟を回った。
地下湖の周囲には小さな鉱殻獣が多く、奥へ進むにつれて大型個体が増える。さらに別の場所では、壁の鉱石を削った跡が集中しており、ここが餌場らしいと分かった。
「全部使ってるな」
ガロンが頭を掻く。
「簡単に『半分だけ掘る』って話にはならなそうだ」
それでも洞窟の端まで行くと、少し様子が変わった。
鉱殻獣の足跡がほとんどない場所がある。
壁の鉱石にも食べた跡はない。
「ここなら?」
ミミナが尋ねる。
ガロンは壁へ近づき、表面を確認する。
「鉱石自体は十分ある。ただ、ここから掘り進めたら奥の空間へ振動が伝わる」
「じゃあ駄目か」
「いや」
ガロンは少し考える。
「掘る向きを逆へ取ればいけるかもしれない」
「逆?」
「鉱殻獣の住処から離れる方向へ坑道を伸ばすんだ。ここを入口にするんじゃなくて、外側から別の坑道を掘って、この端の鉱脈だけ拾う」
専門家の顔になっている。
「それなら、こいつらの住処へ人間が入る必要もない」
「でも、今すぐ決められないよな」
「ああ。測量して、地盤を見て、それからだ」
俺達だけで決められない。
それでいい。
人間の側にも専門家がいて、魔物の側にも生活がある。全部一人で解決できるほど、俺は頭も力も持っていない。
「じゃあ町に――」
戻ろう。
そう言おうとした時だった。
低い地響きが洞窟を走った。
「何?」
ミミナが杖を構える。
鉱殻獣達が一斉に顔を上げる。
地響きがもう一度。
今度はさっきより近い。
「崩落?」
俺がガロンを見る。
「違う」
彼の顔色が変わっていた。
「発破の音だ」
「発破?」
「岩盤を壊す時に使うやつだ。でも、この辺で今日作業する予定なんか――」
三度目の轟音。
今度は洞窟の端から岩が崩れた。
「全員下がって!」
リリアが剣を抜き、俺達の前へ出る。
崩れた岩壁の向こうから、眩しい外光が差し込んだ。
そして、その穴の向こうに人影が見えた。
「開いたぞ!」
「本当に鉱脈だ!」
「すげえ……!」
知らない鉱夫達だった。
十人ほど。
どうやら別方向から試掘していたらしい。
向こうも俺達を見つけ、驚いている。
「おい、誰だお前ら!」
「それはこっちの台詞だ!」
ガロンが怒鳴り返す。
ただ、もっとまずいものがあった。
突然開いた穴。
大きな音。
崩れた岩。
鉱殻獣達が一斉にざわめき始めた。
大型個体が子供達の前へ出て、人間達へ向かって低く唸る。
「まずい」
俺はすぐに分かった。
向こうの鉱夫達も武器代わりのつるはしを構える。
「魔物だ!」
「鉱殻獣!? 何でこんなところに!」
「ユウト!」
リリアが振り返る。
「止めるぞ!」
何を?
どちらを?
咄嗟に言っては見たものの、考えている暇はなかった。
「全員、武器下ろせ!」
俺は穴の向こうへ叫んだ。
「そいつらは襲ってきてない!」
「何言ってんだ! こっち向いて唸ってるだろ!」
「そりゃ家の壁をいきなり爆破されたら俺だって怒るわ!」
一瞬だけ、向こうの鉱夫達が固まった。
ミミナの口元が少し動いた。
「今の例え、分かりやすい」
「ありがと!」
鉱殻獣の一頭が前へ出る。
ガロンが間へ入ろうとするが、俺は止めた。
「俺が行く」
「危険だぞ!」
「だから話す」
短剣には触れない。
両手を見せながら、鉱殻獣と鉱夫達の間へ立つ。
怖い。
背後には大型魔物。
前には混乱した人間。
どっちかが少しでも動けば、戦いになる。
「昨日、この鉱殻獣に鉱夫が四人助けられた」
穴の向こうへ向かって声を張る。
「人間を襲うためにここにいるんじゃない。ここがこいつらの住処なんだ」
「そんな話、聞いてねえぞ!」
「俺達も今知ったんだよ!」
嘘はつかない。
それが一番早い。
「だから今から確認する。掘れる場所があるか、人間と鉱殻獣の両方が困らない方法があるか。それが決まるまで、ここは壊すな」
「でも、こんな鉱脈――」
「価値があるのは分かってる」
俺は周囲の光る鉱石を見る。
「だからこそ、今日だけで全部台無しにするな」
少し静かになった。
その時。
足元が大きく揺れた。
「また発破!?」
「違う!」
ガロンが叫ぶ。
「さっき崩したせいで地盤がずれた!」
天井から岩が落ちる。
穴の向こうにいた鉱夫達が慌てて逃げるが、そのうち一人が転び、落ちてきた岩の下敷きになりかけた。
「危ない!」
リリアでは間に合わない。
俺も当然間に合わない。
だが。
巨大な影が動いた。
昨日助けた鉱殻獣が、人間を押しのけるように飛び込み、自分の背中で落下する岩を受け止めた。
凄まじい音が響く。
「また……」
俺は言葉を失った。
昨日と同じだ。
こいつは、自分の住処へ勝手に穴を開けた人間まで助けた。
「何してる! 早くそいつを引っ張れ!」
ガロンの声で、向こうの鉱夫達が我に返った。
全員で倒れた仲間を引きずり出す。
「ミミナ、岩を軽く!」
「分かった!」
「ノアは鉱殻獣を頼む!」
「もうやっています!」
リリアは別の落石を剣で弾き、俺は人が動く順番を叫ぶ。
「二人ずつ! 穴の下に固まらないで! ガロン、外側の人から誘導して!」
「任せろ!」
さっきまで武器を向け合いかけていた人間と魔物が、今度は同じ崩落の中にいる。
ミミナの魔法で岩が軽くなり、鉱殻獣が背中を持ち上げる。
「今なら動かせる!」
鉱夫達が落ちた岩を押す。
一人。
二人。
三人。
いつの間にか、鉱殻獣の仲間まで加わっていた。
硬い頭と肩で岩を押し、人間達と同じ方向へ動かしている。
「……すげえ」
誰かが呟いた。
俺も同じことを思った。
「押せ!」
ガロンが叫ぶ。
人間達が声を合わせる。
鉱殻獣も低く唸りながら力を込めた。
最後の岩が動き、崩落しかけていた場所に新しい隙間ができる。
全員が安全な位置まで下がった時、ようやく俺達は息を吐いた。
◇
さっきまで鉱殻獣へつるはしを向けていた男が、助けてくれた個体の前に立っていた。
何を言えばいいのか分からないらしい。
「……悪かったな」
魔物は答えない。
当然だ。
「俺達が勝手に穴開けたのに、助けてくれたんだな」
鉱殻獣は一度だけ鼻を鳴らし、そのまま子供達のいる方へ戻っていった。
男はその背中をしばらく見つめていた。
「ここ、本当に掘るのか?」
仲間の一人が尋ねる。
男は首を横に振る。
「少なくとも、俺は今すぐやれとは言えねえ」
それだけで十分だった。
人の考えが、一瞬で全部変わるわけではない。
でも、自分の目で見たものは強い。
ガロンが俺の隣へ来る。
「町へ戻って話そう。親方もギルドも、ちゃんとここを見てから決めるべきだ」
「うん」
「お前の言う通り、全部かゼロかじゃない方法があるかもしれない」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
「それ、俺じゃなくてミミナが最初に言ったんだけどな」
「そうだっけ?」
ガロンが驚く。
「何で驚くのさ!?」
ミミナの抗議が洞窟に響き、鉱夫達から笑いが起きた。
俺も笑った。
宝の山を見つけた。
でも、掘ればいいわけではなかった。
だからといって、人間だけが諦めればいいわけでもない。
たぶん俺達が探すべきなのは、いつだってその間にある。
誰か一人だけが得をする道じゃなく、なるべく多くが一緒に先へ進める道。
その答えは、まだ出ていない。
でも今日、少なくとも人間と魔物が同じ岩を押した。
それなら、話し合うところまでは行ける気がした。
――第五十四話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
鉱殻獣に案内された先で見つかった、
巨大な鉱脈。
人間にとっては、
町を長く支えられるかもしれない「宝の山」です。
ですが、
そこは鉱殻獣達の住処でもありました。
「人間のために掘る」
「魔物のために全部諦める」
今回は、その二択では終わらせません。
そんな中、
別方向から試掘していた鉱夫達が偶然洞窟へ到達。
一触即発になりかけますが、
崩落が起きたことで状況が変わりました。
鉱殻獣は、
自分達の住処へ穴を開けた人間まで助けます。
そして最後には、
人間と鉱殻獣が、
同じ岩を一緒に押しました。
すぐに全員が仲良くなるわけではありません。
ですが、
一緒に生きる方法を探すための最初の一歩にはなったと思います。
次回、第55話へ続きます!
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