昨日助けた鉱殻獣が、町の門で俺を待っていました
翌朝、宿の一階へ降りた俺を待っていたのは朝食ではなく、慌てた宿の主人だった。
「ユウトさん! ちょうどよかった、すぐ町の西門へ行ってくれませんか!」
「……朝飯食べたあとでいい?」
「朝飯どころじゃないんですよ!」
腹が減ったのに…
俺が事情を聞くより早く、後ろから降りてきたリリア達も主人の声に気づき、三人揃ってこちらへ視線を向けた。
「何があったのですか?」
「昨日の魔物です! 鉱山から出ていった、あのでっかい岩みたいなやつが町の門に来てるんです!」
昨日の鉱殻獣?
その言葉を聞いた瞬間、俺達は顔を見合わせた。
「暴れてる?」
俺が尋ねると、主人は勢いよく首を横に振った。
「それが、何もしてないんです。ただ門の前に座って、ずっと待ってるみたいで……衛兵もどうしたらいいのか分からないって」
「誰か武器を向けてますか?」
ノアの問いに、主人は少し困った顔をした。
「一応、弓は用意してるみたいです。でも昨日助けられた鉱夫達が、『絶対に射つな』って門の前で騒いでますよ」
「よかった」
思わず口から出た。
昨日までなら、町のすぐ外へ大型魔物が来れば、討伐という判断になっていてもおかしくない。だが鉱夫達は、自分達を守ってくれた相手に感謝をしていた。
「腹が減ったけど…行くか」
リリアが頷き、ミミナは朝食のパンを一つだけ掴んだ。
「それ持っていくの?」
「朝ご飯は大事だから」
「こういうところの判断も速いな」
「ユウトもいる?」
「いる」
結局、俺も一つ受け取った。
◇
西門へ近づくにつれて、人だかりが見えてきた。
衛兵達が門の前へ立ち、その後ろには昨日助けられた鉱夫達だけでなく、話を聞きつけた町の人まで集まっている。もっと殺気立っているかと思ったが、意外にも大半の人は恐る恐る外を覗いているだけだった。
確かに門の向こうには鉱殻獣がいた。
昨日、崩れた岩盤を背中で支え続けていた個体だ。ノアの治療のおかげか歩き方はかなり安定しているものの、鉱石のような背中にはまだ大きな傷が残っている。
「あ、本当に待ってる」
ミミナがパンを持ったまま呟いた。
鉱殻獣は俺達に気づくと、ゆっくり立ち上がった。衛兵達の弓が反射的に持ち上がったが、昨日助けられた鉱夫の一人がすぐ前へ出る。
「待て! こいつは昨日俺達を殺せたのに、逆に助けてくれたんだぞ!」
「だが町の門まで来ているんだ!」
「だからって、何もしてない相手を射るのかよ!」
空気が張りかけたところで、俺は衛兵達の間を抜けた。
「まあまあ、落ち着いてください。とりあえず俺が行きますから」
「ユウト」
リリアがすぐ隣へ来る。
「一人では行かせません」
「昨日も似たようなこと言ってたな」
「昨日も今日も危険だからです」
「そこは一貫してるのな」
俺達二人が門を出ると、鉱殻獣は低く鼻を鳴らしたものの、こちらへ突進してくる気配はない。
俺は少し距離を残して止まった。
「どうした?」
当然、答えは返ってこない。
「昨日はちゃんと山へ帰っただろ?忘れ物か?」
鉱殻獣がこちらを見たあと、口を少し開いた。
「ん?」
何かを咥えている。
ごつごつした拳大の石だった。
魔物はそれを俺の前へ置き、一歩下がった。
「……くれるの?」
胸の奥で《縁》が微かに温かくなる。
断片的な意思まで読めるわけではない。ただ、少なくとも敵意ではなく、何かを渡そうとしているのは分かった。
後ろから鉱夫の一人が近づいてきて、地面の石を見た途端に息を呑んだ。
「これ……どこで拾った?」
「分かるんですか?」
「こんな質の良い鉱石は見たことがない」
男は直接触れる前にしゃがみ込み、表面をじっくり確認する。
「高純度の魔鉄鉱だ。それも、ほとんど不純物がない。ルーヴェルの今の鉱脈じゃ、こんなのは滅多に採れない」
周囲がざわついた。
価値が高い。
その一言だけで、町の人達の目が変わったのが分かる。
俺は鉱石より鉱殻獣を見た。
「何でこれを持ってきた?」
魔物が背を向ける。
数歩歩いたところで止まり、こちらを振り返った。
「また『ついて来い』か?」
最近、魔物に道案内される機会が多すぎる気がする。
ミミナが門のところから手を振った。
「行くんでしょ?」
「……たぶん」
「じゃあ私も!」
「待ちなさい」
ノアが彼女のローブを掴む。
「パンを食べ終わってからにしてください。歩きながら喉に詰まらせても治療費は無料になりません」
「お金取るの!?」
朝からいつもの調子で少し安心した。
◇
俺達四人に加えて、昨日助けられた鉱夫のガロンが同行することになった。
鉱殻獣は町から北西へ進み、鉱山の正規入口とは違う山道へ入っていく。人間が普段使う道ではなく、巨体でも通れる緩やかな斜面を選んでいるらしく、思ったより歩きにくくはなかった。
「こいつらって、普段どのくらい地下にいるんだ?」
俺が尋ねると、ガロンが答える。
「俺も詳しくはないが、本来はかなり深い場所にいる魔物だ。鉱石や魔石を食うって話は聞いたことがある」
「じゃあ、昨日鉱山に出てきたこと自体がおかしい?」
「ああ。少なくとも、うちの採掘場で見たのは初めてだ」
それなら、やはり何か理由がある。
ただ、今日は原因探しばかりするつもりはなかった。
鉱殻獣が俺達を呼びに来たのなら、まず何を見せたいのかを見る。
しばらく山を登ると、岩壁の間に人一人なら十分通れる亀裂が現れた。ただし鉱殻獣には狭すぎるらしく、魔物はその手前で止まる。
「ここ?」
鉱殻獣が低く鳴いた。
「俺達だけ行けってことかな」
「可能性はあります」
リリアが剣に手を添え、先頭に立つ。
「内部を確認しましょう。ただし、何かあればすぐ戻ります」
「了解」
岩の亀裂を抜けると、その先は予想以上に広かった。
「うわ……」
俺の口から自然に声が漏れた。
巨大な地下洞窟だった。
高い天井から淡い青色の光が降っている。よく見ると、壁や天井に埋まった鉱石そのものが光を放っており、その光が地下湖の水面へ反射して洞窟全体を幻想的に照らしている。
「綺麗……」
ミミナまで言葉を失っていた。
こんな場所が異世界にあるなら、それだけでも来てみたくなる。
しばらく全員で景色に見入っていたが、俺達よりさらに固まっている人間が一人いた。
「ガロン?」
鉱夫は返事をしなかった。
光る壁を見つめ、口を半開きにしている。
「これ……全部……」
「鉱石?」
「上質なんてもんじゃない」
ガロンは震えるような声で答えた。
「この規模の鉱脈が本物なら、ルーヴェルは十年どころか、もっと長く食っていけるぞ」
その一言に、俺も改めて洞窟を見回した。
町ひとつを支えられるほどの資源。
とんでもない場所を教えてもらったらしい。
「でも」
ノアの声がした。
彼女が見ている方向へ顔を向ける。
洞窟の奥。
大きな岩の陰から、小さな顔が覗いていた。
「……鉱殻獣?」
大人の半分にも満たない、小さな鉱殻獣だった。
一頭ではない。
さらにその後ろから二頭、三頭と姿を見せる。少し離れた地下湖の周辺には大人の個体までおり、壁の鉱石をゆっくり食べながらこちらを警戒している。
俺はようやく意味を理解した。
「ここ、鉱脈じゃなくて……」
「住処です」
リリアが静かに続けた。
ガロンの顔から、さっきまでの興奮が少しずつ消えていく。
光る鉱石。
町を救えるほどの資源。
そして、それを食べながら暮らす魔物達。
俺達が宝の山を見つけたのは間違いない。
ただし、そこにはもう先客がいた。
――第五十三話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
昨日、鉱夫達を救った《鉱殻獣》。
翌朝、その鉱殻獣がルーヴェルの門までユウト達を迎えに来ました。
そして渡してきたのは、
非常に質の高い鉱石。
鉱殻獣に案内された先には、
町を長期間支えられるかもしれないほどの巨大な鉱脈がありました。
ですが、その場所は単なる採掘場ではありません。
そこには、
何頭もの鉱殻獣が暮らしていました。
人間にとっては「宝の山」。
鉱殻獣にとっては「家」。
どちらか一方だけを選ばないユウトが、
次にどうするのか。
第54話へ続きます!
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