剣では救えないので、四人と一匹で鉱山を支えることにしました
鉱殻獣の背中には、崩れ落ちた岩盤の重みがまともにかかっていた。
四本の脚は震え、鉱石のように硬いはずの背中にはいくつもの亀裂が走っている。それでも魔物は動こうとせず、自分の下にいる三人の鉱夫を守り続けていた。
「あと一人は?」
俺が尋ねると、鉱夫の一人が奥を指した。
「向こうだ。崩れた時に別の通路へ飛ばされた。声は聞こえてたけど、さっきから返事がない」
「リリア」
「確認します」
リリアが動こうとした瞬間、天井から小石が落ちた。
鉱殻獣の脚が沈む。
「待って!」
ミミナが叫ぶ。
「これ以上揺らしたら危ない!」
リリアが足を止めた。
問題は単純ではない。
三人を引きずり出せば終わりではない。岩盤の下には複数の支柱が折れており、鉱殻獣が離れた瞬間、坑道そのものが崩れる可能性がある。
「ミミナ、岩盤を軽くできる?」
俺が尋ねる。
彼女は天井を見上げ、すぐには答えなかった。
以前なら「できる!」と勢いよく言ったかもしれない。
今は違う。
「岩だけならできる。でも範囲が広いし、急に軽くすると支え方が変わって別の場所が落ちるかもしれない」
「どのくらいなら安全そう?」
「一割から始めたい。それでも様子を見ながら」
「分かった」
ノアは鉱殻獣を見ていた。
「治療も必要です。ただ、今ここで痛みだけを取り除くと、患者が動いてしまう可能性があります」
「患者って言うんだ」
「患者ですから」
ノアにとっては種族など本当に関係ないらしい。
「じゃあ、まず重さを減らす。鉱夫達を出して、それから鉱殻獣を助ける」
「もう一人は?」
リリアが尋ねる。
迷う。
先に探したい。
でも、今この場所を放置することもできない。
その時だった。
鉱殻獣が低く鳴いた。
視線が坑道の奥へ向く。
もう一度。
明らかに何かを気にしている。
「まだ生きてる?」
俺が奥を指す。
鉱殻獣の頭が少し動いた。
偶然かもしれない。
でも。
「リリア、もう一人を探して」
「ここは?」
「俺達でやる」
「ですが…」
「戦うわけじゃない!ミミナとノアもいる」
リリアは俺達三人を見たあと、鉱殻獣を見る。
「分かりました。ただし、危険を感じたらすぐ戻ってください」
「それは俺の台詞だろ?」
「では、お互いに」
少しだけ笑ってから、リリアは奥へ向かった。
◇
「ミミナ、頼んだぞ!?」
「わかった!」
杖を両手で握る。
「対象は上部岩盤。効果は重量軽減、強さ一割、時間三十秒」
青白い光が岩盤を包んだ。
低い軋みが坑道全体へ響く。
怖い。
天井が音を立てるたびに心臓が跳ねる。
「どう?」
「安定してる。鉱殻獣にかかってる負担も少し減ったと思う」
確かに、震えていた脚がわずかに落ち着いた。
「鉱夫さん、一人ずつ動ける?」
「やってみる!」
一人目が這うようにして出てくる。
ノアが手を伸ばし、安全な場所まで引く。
二人目。
ここまでは順調だった。
三人目が動き始めた瞬間、岩盤の左側が沈んだ。
「ミミナ!」
「分かってる!」
光が強くなる。
「二割に上げる!」
「急だけどいけるか?」
「まかせて!」
ミミナが自分で判断した。
岩盤が少し浮き、三人目の鉱夫が転がるように外へ出てくる。
「全員出たぞ!」
俺が叫んだ。
だが、鉱殻獣は動かない。
動けないのだ。
安全になったから立ち去らないのではない。
もう脚に力が残っていない。
「ノア!」
「分かっています」
彼女が近づく。
鉱殻獣の傷へ手をかざした。
「少し楽にします。ただし、まだ立たなくて大丈夫です」
柔らかな金色の光が広がる。
鉱殻獣が目を閉じた。
その時、胸の奥がわずかに温かくなった。
『対象を検出しました』
「やっぱり」
以前出会った鉱殻獣とは別の個体だ。
でも《縁》は反応している。
俺は魔物の顔が見える位置まで移動した。
「もう人間は出たよ」
言葉が通じるとは思っていない。
「ありがとう」
それだけは言いたかった。
鉱殻獣がゆっくり目を開く。
黒い瞳がこちらを見た。
その瞬間、坑道の奥から轟音が響いた。
「ユウト!」
リリアの声だ。
続いて、何かが岩へぶつかる音。
「何が――」
「リリアの方!」
ミミナが叫ぶ。
俺達が振り返る。
暗闇の中から、リリアが後退してきた。
その腕には気を失った鉱夫が抱えられている。
「見つけた!」
安心する暇はなかった。
彼女の後ろ。
暗い坑道を埋めるように、黒紫色の《夜棘》が伸びてくる。
「こんな奥まで……!」
ノアが立ち上がる。
ただの《夜棘》ではない。
根同士が絡み合い、太い一本の蔓のようになっており、壁や支柱を巻き込みながらこちらへ迫っている。
「切ってもすぐ伸びます!」
リリアが鉱夫を安全な場所へ下ろし、剣を構える。
「鉱山の崩落はこれが原因?」
ミミナが青ざめる。
「可能性はある。でも今は止める方が先だ!」
逃げることもできる。
三人の鉱夫と、今助けた一人を連れて坑道から出る。
でも。
俺は横を見る。
鉱殻獣がまだ岩盤を支えている。
こいつを置いていけば、今度こそ潰れる。
「ユウト」
リリアがこちらを見た。
言わなくても分かっている顔だった。
「置いていかないんですね」
「ああ」
「そう言うと思いました」
剣を構え直す。
「なら、私が止めます」
格好いいじゃないか。
でも今度は、リリアだけに背負わせない。
「四人でやろう」
ミミナとノアも頷く。
◇
《夜棘》が迫る。
リリアが最前線へ出た。
「《蒼月》!」
青白い剣閃が太い蔓を切り裂く。
だが切断面から細い根が何本も伸び、床を這う。
「ミミナ、根をまとめられる?」
「固定だけだと多すぎる。でも、軽くして浮かせれば一本に寄せられるかも!」
「やって!」
「対象は前方の《夜棘》! 重量軽減、強さ二割、時間二十秒!」
黒紫色の根が床から浮き上がる。
絡まり合い、一か所へ集まった。
「ノア!」
「《浄化》!」
金色の光が根を包む。
《夜棘》の動きが鈍る。
「リリア、今!」
青い剣閃。
今度はまとめて切断された。
「まだ来ます!」
奥から次の《夜棘》が伸びる。
きりがない。
「根元が別にある」
俺は奥を見る。
ここで枝だけ切り続けても終わらない。
ただ、奥へ進むには鉱殻獣を置いていくことになる。
「どうする……」
考えていると、胸の奥が熱くなった。
鉱殻獣だ。
さっきより強い。
振り返ると、魔物がゆっくり立ち上がろうとしていた。
「まだ無理だ!」
俺が止めても、鉱殻獣は立つ。
背中で岩盤を支えながら、一歩。
もう一歩。
「何してるんだ?」
鉱殻獣が頭を下げる。
角のない額を、折れた支柱へ押しつける。
そして横へずらした。
岩盤の下に、新しい隙間ができる。
「……支柱を立てろってこと?」
鉱夫の一人が気づいた。
「予備の支柱がある! 外から持ってくれば、この岩盤を固定できる!」
「本当に?」
「ああ! こいつが少し持ち上げてくれればいける!」
鉱殻獣は理解している。
自分がここに残らなくてもいい方法を。
「ミミナ!」
「岩盤をもう少し軽くする!」
「ノアは鉱殻獣を頼む!」
「任せてください!」
「リリア!」
「《夜棘》は通しません!」
俺は鉱夫達を見る。
「すぐに支柱をお願いします!」
全員が動いた。
戦える俺はいない。
でも、できることはある。
人間。
魔物。
仲間。
全員の役割を一つにつなぐ。
鉱夫達が新しい支柱を運び込み、ミミナが岩盤の重量を調整し、ノアが鉱殻獣の脚を治療する。その間、リリアは一本でも《夜棘》を通さないよう前線で剣を振り続けた。
「一本目入った!」
「二本目!」
支柱が増えるたび、鉱殻獣へかかる重みが減っていく。
「もう少し!」
俺が叫ぶ。
最後の支柱が入った。
「ミミナ、ゆっくり戻して!」
「分かってる!」
軽くしていた岩盤の重さを少しずつ戻す。
木材が軋む。
全員が息を止めた。
「……立ってる」
鉱夫が呟く。
鉱殻獣がゆっくり岩盤の下から出る。
崩れない。
「成功だ!」
歓声が坑道へ響いた。
俺も思わず拳を握った。
その瞬間。
『《縁》が深まりました』
胸の奥へ、穏やかな熱が広がった。
鉱殻獣が俺を見ている。
「お前も帰れるぞ」
俺が笑う。
魔物は低く鳴いた。
◇
残っていた《夜棘》は、鉱夫達を外へ避難させたあとで処理した。
奥へ伸びていた根の大半は、崩落で生まれた亀裂から入り込んでいたらしく、今回は無理に先へ追わないことにした。坑道そのものが不安定であり、原因調査よりまず安全確保が優先だった。
外へ出た時には、夕方になっていた。
鉱殻獣が姿を見せると、坑口で待っていた冒険者達が一斉に武器へ手をかけた。
「待って!」
俺が前へ出る。
「こいつは敵じゃない!」
「だが、中にいた魔物だろ!」
「中にいたから助かった!」
救出された鉱夫達が、俺より先に叫んだ。
「こいつが天井を支えてくれたんだ!」
「こいつがいなかったら俺達は全員死んでた!」
武器が少しずつ下がる。
鉱殻獣は人間達を見回し、低く鼻を鳴らした。
それから俺の横を通り、山の方へ歩き出す。
誰も止めなかった。
「ユウト」
ミミナが隣へ来る。
「何?」
「今度は鹿のお兄ちゃんじゃなくて、鉱殻獣のお兄ちゃんになるかもね」
「称号が増えていくのやめてくれない?」
リリアが笑う。
ノアまで小さく頷いていた。
「町ごとに一つ増えるのであれば、王都へ戻る頃にはかなり長い肩書きになりますね」
「まったくだ」
四人で笑った。
鉱殻獣は一度だけ立ち止まり、こちらを振り返ったあと、夕暮れの山へ消えていった。
助けた。
助けられた。
どちらが先だったのかは、もうどうでもよかった。
たぶん《縁》って、そういうものなのだと思う。
――第五十二話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は久しぶりに《鉱殻獣》が登場しました。
ただし、以前出会った個体とは別の鉱殻獣です。
崩れた鉱山の中で、
人間を襲っていたのではなく、
自分の体を使って天井を支え、鉱夫達を守っていました。
そして今回は、
リリアが《夜棘》を食い止め、
ミミナが岩盤の重さを調整し、
ノアが傷ついた鉱殻獣を治療し、
鉱夫達が支柱を運ぶ。
ユウトは、その全員の役割をつなぎました。
さらに鉱殻獣自身も、
人間達と一緒に鉱山を支えます。
「人間が魔物を助ける」
だけでも、
「魔物が人間を助ける」
だけでもありません。
お互いに助ける。
そんな《縁》を描きました。
ユウト自身の戦闘力は変わっていません。
それでも、
一人ではできないことを、
みんなでできる形へ変えていく。
この作品の主人公らしい強さを、これからも育てていきます。
次回、第53話へ続きます!
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