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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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鉱山を占拠した魔物を討伐しに行ったら、誰も剣を抜けませんでした

 ルーヴェルで迎えた朝は、昨日までとは別の町のように騒がしかった。


 宿の食堂へ降りると、知らない人から次々と声をかけられた。昨日の騒ぎを見ていたらしい商人から肩を叩かれ、給仕の女性からは朝食のパンを一つ多く置かれ、しまいには隣の席にいた老人から「鹿の兄ちゃん」と呼ばれた。


「俺のランクがまた上がったらしいぞ。ランク鹿だ。おい!鹿ってなんだ!」


「五月蝿いですね。白角鹿と話していた人、という意味ではないですか?」


 ノアは平然とスープを飲んでいる。


「ったく。話せてはいないんだけどな」


「町の人から見れば、十分そう見えたのでしょう」


 向かいではミミナが頬いっぱいにパンを詰めながら笑っており、その横のリリアは何事もなかったように食事を続けていた。


 俺だけが落ち着かない。


 昨日までなら、町の人に名前すら知られていなかった。それが一晩で、宿の外を通る子供まで俺を見つけて手を振ってくる。


「ユウト、人気者だね」


「ミミナも昨日めちゃくちゃ目立ってただろ」


「私は格好よかったからね」


「俺は?」


「鹿と話してた人」


「おい」


 リリアがわずかに俯いた。


 笑っている。


「リリアまで笑うのやめてくれる?」


「申し訳ありません。鹿の兄ちゃんが思った以上に似合っていたので」


「聖騎士様まで乗ってきたな」


 その一言でミミナが完全に吹き出し、ノアまで口元を押さえた。


 久しぶりだった。


 誰かの命がかかっているわけでも、黒い杭について考えているわけでもなく、四人で朝飯を食べながらくだらないことで笑っている。


 こういう時間が、俺は思っていた以上に好きらしい。


          ◇


 朝食後、町を少し歩いた。


 ルーヴェルは鉱山と宿場で栄えた町だけあって、朝から荷車の音が絶えない。鍛冶場からは金属を打つ音が響き、道端では鉱石を使った装飾品や旅用品が並び、食堂から漂う肉と香辛料の匂いにミミナが何度も足を止めていた。


「さっき朝ご飯食べただろ」


「見るだけ」


「ヨダレ出てるぞ」


「見ないでよ!ユウトには分からないのよ!食べ物との出会いは一期一会なの」


「冒険者みたいなこと言ってるけど、それ串焼きだからな?」


 そんな話をしながら歩いていると、昨日俺へ木彫りの鹿をくれた子供達が駆け寄ってきた。


「鹿のお兄ちゃん!」


「定着してる……」


「お姉ちゃん達も!」


「私は鹿ではありませんよ」


 リリアが真面目に訂正したせいで、子供達が笑う。


 一人の少年が、木で作った剣を振り回しながらリリアへ近づいた。


「昨日みたいにやって!」


「昨日みたいに?」


「でっかい魔物を、ガーンって止めるやつ!」


「危険なのでしません」


「えー!」


 即答だった。


 ただ、少し考えたあと、リリアは木剣の持ち方だけは直してやっている。


 ミミナは別の子供から「魔法見せて」と頼まれ、小さな光を杖先へ浮かべた。ノアは転んだ女の子の膝を診ており、気づけば三人とも完全に町へ馴染んでいる。


 俺は少し離れたところから眺めた。


 こういう場所なら、住んでもいいかもしれない。


 異世界へ転生した時に思い描いていた生活は、たぶんこういうものだった。


 仲間がいて。


 知らない町へ行って。


 冒険して。


 帰ったら飯を食って笑う。


 魔王とか世界の危機とかは、できれば俺のいないところでお願いしたかったし、今もそれを望んでいる。


「ユウト!」


 リリアの声にハッとし振り返る。


 彼女の前には、鉱山労働者らしい男が立っていた。


 服は泥にまみれ、額には汗が浮かんでいる。


 ただの挨拶ではない。


 その顔を見れば分かった。


「何があった?」


「鉱山で崩落だ!」


 町の空気が、一瞬で変わった。


          ◇


 崩落が起きたのは、町から北へ少し離れた採掘場だった。


 坑道内には十二人が入り、そのうち八人は自力で脱出したものの、四人の所在が分からない。さらに脱出してきた鉱夫達は、奥で大型の魔物を見たと証言していた。


「魔物が崩落を起こした可能性は?」


 リリアが走りながら尋ねる。


「分からん! ただ、あんな奴は今まで坑道にいなかった!」


 案内してくれている鉱夫が答える。


「どんな魔物?」


「全身が岩みたいで、でかい甲羅を背負ってる!」


 俺達四人は同時に顔を見合わせた。


「鉱殻獣?」


 ミミナが呟く。


「可能性は高いな」


 旧鉱山で出会った、地下深くに暮らす大型魔物。


 本来は地上付近へ出てくるような種ではない。


 また住処から押し出されたのだろうか。


 それとも別の理由なのか。


「討伐隊は?」


 俺が尋ねる。


「今集めてる! 冒険者が三組、鉱夫の自警団も武器を――」


「待って」


 思わず止める。


「中にまだ人がいるんだよな?」


「ああ」


「なら魔物を刺激する前に、まず人を探した方がいい」


「だが、奴が襲ってきたらどうする!」


「その時はリリアがいる」


 リリアがこちらを見る。


「お任せください」


「頼もしいな」


「ユウトは後ろにいてくださいよ」


「これで俺も安全だ」


 軽口を叩きながら戦闘準備に臨む。


 それでいい。いつも通りだ。


 坑道へ入る前に、リリアが冒険者達と話し、勝手に攻撃しないよう頼んだ。完全に納得している者ばかりではなかったが、昨日町を守った聖騎士の言葉ということもあり、少なくとも救助を優先することには同意してもらえた。


 俺達は鉱山へ入った。


          ◇


 坑道の中は、外よりずっと冷えていた。


 壁に設置された魔石灯が淡い光を放ち、木製の支柱が一定間隔で天井を支えている。ただ、奥へ進むほど崩れた石や折れた木材が増え、途中からは人が一人ずつ通れる程度しか隙間がなくなった。


「誰かいますか!?」


 リリアが声を上げる。


 しばらく返事はなかった。


 さらに奥へ進んだ時、微かに音がした。


「今、何か聞こえなかったか?」


「聞こえました」


 ノアが足を止める。


「人の声です」


 全員で耳を澄ませる。


「……こっちだ!」


 確かに聞こえた。


 リリアが先頭を走る。


 曲がり角を抜けると、そこには崩れた坑道があり、その向こう側に三人の鉱夫が見えた。


「助かった!」


 男の一人が叫ぶ。


「怪我は?」


「俺達は大丈夫だ! でも動くな!」


「え?」


「上を見ろ!」


 反射的に顔を上げる。


 天井が崩れていた。


 巨大な岩盤が斜めに落ち、その下には一頭の大きな魔物がいる。


 鉱殻獣だった。


 黒灰色の鉱石に覆われた背中を岩盤へ押しつけ、四本の脚を震わせながら立っている。


 そして、そのすぐ下。


 三人の鉱夫が身を寄せていた。


「……まさか」


 俺の声が小さくなる。


 魔物は人間を襲っていない。


 逆だ。


 崩れ落ちた天井を、自分の背中で支えていた。


「こいつが……俺達を守ってくれて」


 鉱夫が震える声で言った。


「天井が落ちた時、突然飛び込んできて……ずっとこのままなんだ」


 鉱殻獣の脚から血が流れている。


 背中の鉱殻には亀裂まで入っている。


 それでも動かない。


 動けば、人間が潰れるから。


 リリアがゆっくり剣の柄から手を離した。


 ミミナも杖を下げる。


 ノアはすでに治療の準備を始めている。


 俺はその光景を見ながら、坑道の入口で聞いた言葉を思い出していた。


『魔物が鉱山を占拠した』


 たぶん。


 誰も嘘をついてはいない。


 ただ、全部を見ていなかっただけだ。


「助けよう」


 俺が言うと、三人とも頷いた。


 人間だけじゃない。


 この魔物も一緒に。


          ――第五十一話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


50話の大きな戦いを終え、今回はルーヴェルでの少し穏やかな時間から始めました。


町の人達に声をかけられ、

子供達と笑い、

異世界の町を楽しむ4人。


こういう「冒険の合間の日常」も、この作品では大切にしていきたいと思っています。


しかし鉱山で崩落が発生。


さらに、


「大型の魔物が鉱山を占拠している」


という知らせが入ります。


討伐対象と思われていたのは、以前も登場した《鉱殻獣》。


ところが実際には――


崩れ落ちた天井を自分の背中で支え、三人の鉱夫を守っていました。


魔物だから敵なのか。


人間を助けたから味方なのか。


今回も、最初から答えを決めずに描いていきます。


次回、第52話。


ユウト達は鉱夫だけではなく、傷ついた《鉱殻獣》も一緒に救おうとします。


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