鉱山を占拠した魔物を討伐しに行ったら、誰も剣を抜けませんでした
ルーヴェルで迎えた朝は、昨日までとは別の町のように騒がしかった。
宿の食堂へ降りると、知らない人から次々と声をかけられた。昨日の騒ぎを見ていたらしい商人から肩を叩かれ、給仕の女性からは朝食のパンを一つ多く置かれ、しまいには隣の席にいた老人から「鹿の兄ちゃん」と呼ばれた。
「俺のランクがまた上がったらしいぞ。ランク鹿だ。おい!鹿ってなんだ!」
「五月蝿いですね。白角鹿と話していた人、という意味ではないですか?」
ノアは平然とスープを飲んでいる。
「ったく。話せてはいないんだけどな」
「町の人から見れば、十分そう見えたのでしょう」
向かいではミミナが頬いっぱいにパンを詰めながら笑っており、その横のリリアは何事もなかったように食事を続けていた。
俺だけが落ち着かない。
昨日までなら、町の人に名前すら知られていなかった。それが一晩で、宿の外を通る子供まで俺を見つけて手を振ってくる。
「ユウト、人気者だね」
「ミミナも昨日めちゃくちゃ目立ってただろ」
「私は格好よかったからね」
「俺は?」
「鹿と話してた人」
「おい」
リリアがわずかに俯いた。
笑っている。
「リリアまで笑うのやめてくれる?」
「申し訳ありません。鹿の兄ちゃんが思った以上に似合っていたので」
「聖騎士様まで乗ってきたな」
その一言でミミナが完全に吹き出し、ノアまで口元を押さえた。
久しぶりだった。
誰かの命がかかっているわけでも、黒い杭について考えているわけでもなく、四人で朝飯を食べながらくだらないことで笑っている。
こういう時間が、俺は思っていた以上に好きらしい。
◇
朝食後、町を少し歩いた。
ルーヴェルは鉱山と宿場で栄えた町だけあって、朝から荷車の音が絶えない。鍛冶場からは金属を打つ音が響き、道端では鉱石を使った装飾品や旅用品が並び、食堂から漂う肉と香辛料の匂いにミミナが何度も足を止めていた。
「さっき朝ご飯食べただろ」
「見るだけ」
「ヨダレ出てるぞ」
「見ないでよ!ユウトには分からないのよ!食べ物との出会いは一期一会なの」
「冒険者みたいなこと言ってるけど、それ串焼きだからな?」
そんな話をしながら歩いていると、昨日俺へ木彫りの鹿をくれた子供達が駆け寄ってきた。
「鹿のお兄ちゃん!」
「定着してる……」
「お姉ちゃん達も!」
「私は鹿ではありませんよ」
リリアが真面目に訂正したせいで、子供達が笑う。
一人の少年が、木で作った剣を振り回しながらリリアへ近づいた。
「昨日みたいにやって!」
「昨日みたいに?」
「でっかい魔物を、ガーンって止めるやつ!」
「危険なのでしません」
「えー!」
即答だった。
ただ、少し考えたあと、リリアは木剣の持ち方だけは直してやっている。
ミミナは別の子供から「魔法見せて」と頼まれ、小さな光を杖先へ浮かべた。ノアは転んだ女の子の膝を診ており、気づけば三人とも完全に町へ馴染んでいる。
俺は少し離れたところから眺めた。
こういう場所なら、住んでもいいかもしれない。
異世界へ転生した時に思い描いていた生活は、たぶんこういうものだった。
仲間がいて。
知らない町へ行って。
冒険して。
帰ったら飯を食って笑う。
魔王とか世界の危機とかは、できれば俺のいないところでお願いしたかったし、今もそれを望んでいる。
「ユウト!」
リリアの声にハッとし振り返る。
彼女の前には、鉱山労働者らしい男が立っていた。
服は泥にまみれ、額には汗が浮かんでいる。
ただの挨拶ではない。
その顔を見れば分かった。
「何があった?」
「鉱山で崩落だ!」
町の空気が、一瞬で変わった。
◇
崩落が起きたのは、町から北へ少し離れた採掘場だった。
坑道内には十二人が入り、そのうち八人は自力で脱出したものの、四人の所在が分からない。さらに脱出してきた鉱夫達は、奥で大型の魔物を見たと証言していた。
「魔物が崩落を起こした可能性は?」
リリアが走りながら尋ねる。
「分からん! ただ、あんな奴は今まで坑道にいなかった!」
案内してくれている鉱夫が答える。
「どんな魔物?」
「全身が岩みたいで、でかい甲羅を背負ってる!」
俺達四人は同時に顔を見合わせた。
「鉱殻獣?」
ミミナが呟く。
「可能性は高いな」
旧鉱山で出会った、地下深くに暮らす大型魔物。
本来は地上付近へ出てくるような種ではない。
また住処から押し出されたのだろうか。
それとも別の理由なのか。
「討伐隊は?」
俺が尋ねる。
「今集めてる! 冒険者が三組、鉱夫の自警団も武器を――」
「待って」
思わず止める。
「中にまだ人がいるんだよな?」
「ああ」
「なら魔物を刺激する前に、まず人を探した方がいい」
「だが、奴が襲ってきたらどうする!」
「その時はリリアがいる」
リリアがこちらを見る。
「お任せください」
「頼もしいな」
「ユウトは後ろにいてくださいよ」
「これで俺も安全だ」
軽口を叩きながら戦闘準備に臨む。
それでいい。いつも通りだ。
坑道へ入る前に、リリアが冒険者達と話し、勝手に攻撃しないよう頼んだ。完全に納得している者ばかりではなかったが、昨日町を守った聖騎士の言葉ということもあり、少なくとも救助を優先することには同意してもらえた。
俺達は鉱山へ入った。
◇
坑道の中は、外よりずっと冷えていた。
壁に設置された魔石灯が淡い光を放ち、木製の支柱が一定間隔で天井を支えている。ただ、奥へ進むほど崩れた石や折れた木材が増え、途中からは人が一人ずつ通れる程度しか隙間がなくなった。
「誰かいますか!?」
リリアが声を上げる。
しばらく返事はなかった。
さらに奥へ進んだ時、微かに音がした。
「今、何か聞こえなかったか?」
「聞こえました」
ノアが足を止める。
「人の声です」
全員で耳を澄ませる。
「……こっちだ!」
確かに聞こえた。
リリアが先頭を走る。
曲がり角を抜けると、そこには崩れた坑道があり、その向こう側に三人の鉱夫が見えた。
「助かった!」
男の一人が叫ぶ。
「怪我は?」
「俺達は大丈夫だ! でも動くな!」
「え?」
「上を見ろ!」
反射的に顔を上げる。
天井が崩れていた。
巨大な岩盤が斜めに落ち、その下には一頭の大きな魔物がいる。
鉱殻獣だった。
黒灰色の鉱石に覆われた背中を岩盤へ押しつけ、四本の脚を震わせながら立っている。
そして、そのすぐ下。
三人の鉱夫が身を寄せていた。
「……まさか」
俺の声が小さくなる。
魔物は人間を襲っていない。
逆だ。
崩れ落ちた天井を、自分の背中で支えていた。
「こいつが……俺達を守ってくれて」
鉱夫が震える声で言った。
「天井が落ちた時、突然飛び込んできて……ずっとこのままなんだ」
鉱殻獣の脚から血が流れている。
背中の鉱殻には亀裂まで入っている。
それでも動かない。
動けば、人間が潰れるから。
リリアがゆっくり剣の柄から手を離した。
ミミナも杖を下げる。
ノアはすでに治療の準備を始めている。
俺はその光景を見ながら、坑道の入口で聞いた言葉を思い出していた。
『魔物が鉱山を占拠した』
たぶん。
誰も嘘をついてはいない。
ただ、全部を見ていなかっただけだ。
「助けよう」
俺が言うと、三人とも頷いた。
人間だけじゃない。
この魔物も一緒に。
――第五十一話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
50話の大きな戦いを終え、今回はルーヴェルでの少し穏やかな時間から始めました。
町の人達に声をかけられ、
子供達と笑い、
異世界の町を楽しむ4人。
こういう「冒険の合間の日常」も、この作品では大切にしていきたいと思っています。
しかし鉱山で崩落が発生。
さらに、
「大型の魔物が鉱山を占拠している」
という知らせが入ります。
討伐対象と思われていたのは、以前も登場した《鉱殻獣》。
ところが実際には――
崩れ落ちた天井を自分の背中で支え、三人の鉱夫を守っていました。
魔物だから敵なのか。
人間を助けたから味方なのか。
今回も、最初から答えを決めずに描いていきます。
次回、第52話。
ユウト達は鉱夫だけではなく、傷ついた《鉱殻獣》も一緒に救おうとします。
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