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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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町か魔物かなんて選べないので、両方守ることにしました

 森の奥で木々が次々と倒れていく。


 地面へ伝わる振動は少しずつ強くなり、町の前に集まった魔物達は明らかに怯えていた。ホーンラビットは身を寄せ合い、フォレストウルフは唸りながらも森へ戻ろうとせず、群れの先頭に立つ白角鹿だけが角を低く構えたまま動かない。


 町へ逃げ込めば、人間との戦いになる。


 森へ戻れば、あれと遭遇する。


 しかも東側は《夜棘》に塞がれた。


「最悪だな」


 俺が呟くと、リリアがすぐ横へ並んだ。


「まだです」


「何が?」


「まだ誰も死んでいません」


 思わず彼女を見る。


 リリアは森から目を離していなかった。


「なら、最悪になる前に止めればよいだけです」


 こういう時のコイツは、本当に格好いい。


「そうだな」


 俺も森を見る。


「やろう」


 直後、巨大な影が木々を押し倒しながら姿を現した。


          ◇


 最初に目に入ったのは、角だった。


 黒い。


 いや、角そのものが黒いわけではない。


 本来は茶色だったらしい巨大な角へ、《夜棘》が何重にも巻きついている。


 次に見えたのは、岩のような体だった。


「何あれ……」


 ミミナの声が震える。


 四本脚で歩く巨大な魔物。


 体高だけでも三メートル近くあり、全身を灰褐色の硬い皮膚が覆っている。頭には二本の太い角が生え、牛と犀を合わせたような姿だった。


 ただ、その体のあちこちから《夜棘》が突き出していた。


「《岩鎧犀(がんがいさい)》だ」


 セイルが剣を抜く。


「普段は山奥から出てこない。性格も比較的おとなしい」


「今は全然おとなしく見えないけど!」


 岩鎧犀が咆哮を上げ、白角鹿へ突進した。


「リリア!」


「はい!」


 銀色の影が真正面から飛び出す。


 巨大な角と剣がぶつかり、耳を塞ぎたくなるほどの音が響いた。


 リリアの足元が土へ沈む。


「っ……重い!」


「ミミナ!」


「もうやってる!」


 杖が光る。


「対象リリア、効果は踏ん張り強化、強さ三割、時間三十秒!」


 今回は軽量化ではない。


 リリアの足元を支えるように魔力が広がり、押されていた体が止まる。


「うお……」


 思わず声が出た。


 リリアは巨大な岩鎧犀を真正面から受け止めている。


 その光景だけなら、完全に英雄だった。


「ユウト!見てないで指示してください!」


「ごめん!」


 今は感動している場合じゃない。


 岩鎧犀の体を見る。


 《夜棘》は背中、首、脚。


 特に角の根元に集中している。


「ノア、浄化は?」


「可能ですが、あの状態では近づけません!」


「リリア、一度横へ流してくれ!」


「やります!」


 剣の角度を変え、岩鎧犀の突進を正面からではなく横へ逃がす。


 巨大な体が土を削りながら逸れた。


 白角鹿も動く。


 横から角を突き出し、岩鎧犀を町とは反対方向へ押そうとする。


「手伝ってくれてる……」


 ミミナが呟く。


「なら、共闘しよう!」


 俺は白角鹿へ向かって叫ぶ。


「そっちから押してくれ!」


 伝わったかは分からない。


 でも白角鹿は退かなかった。


 岩鎧犀の左側を白角鹿。


 右側をリリア。


 二方向から少しずつ向きを変えようとする。


 胸の奥で《縁》が強く反応した。


 白角鹿の感情が分かるわけではない。


 ただ、次にどちらへ動こうとしているのかが、ほんの少しだけ感じられる。


「リリア、次左へ来る!」


「はい!」


 白角鹿が角をぶつける瞬間、リリアも同じ方向から剣の腹を当てる。


 二つの力が重なった。


 岩鎧犀の進行方向が大きく変わる。


「ノア!」


「行きます!」


 ノアが走り込む。


 だが、《夜棘》が岩鎧犀の背中から伸び、彼女へ向かった。


「ミミナ!」


「固定する!」


 青白い光が《夜棘》へ絡みつく。


 一本。


 二本。


 三本。


 ミミナの顔が歪む。


「多い……!」


「全部止めなくていい! ノアの道だけ作って!」


「分かった!」


 必要な部分へ絞った瞬間、魔法が安定する。


 ノアが開いた隙間を抜け、岩鎧犀の肩へ手をかざした。


「《浄化》!」


 金色の光が広がる。


 岩鎧犀が絶叫した。


 痛みで暴れ、巨体がノアへ向く。


「ノア!」


 俺が叫ぶより速く、リリアが間へ入った。


 角を剣で受ける。


 その横から、白角鹿も体当たりした。


 人間と魔物が、ノアを守っている。


「……すごい」


 ミミナの声が聞こえた。


 俺も同じ気持ちだった。


 でも、まだ終わっていない。


「《夜棘》を切らないと!」


 ノアの浄化で黒紫色の茎が弱り始めている。


「リリア、一人で全部切れる?」


「数が多すぎます!」


 どうする。


 白角鹿では細かい《夜棘》だけを狙えない。


 ミミナも固定に手を取られている。


 俺自身には何も切れない。


 その時、空から甲高い鳴き声が響いた。


「まさか」


 青い影が太陽を遮る。


 蒼雷鷲だった。


「助けに来てくれたの!?」


 ミミナが叫ぶ。


 昨日別れたはずの蒼雷鷲が、俺達の上空を旋回している。


 なぜ来たのかは分からない。


 でも。


「ミミナ! 昨日のやつできる?」


 彼女もすぐ理解した。


「できる!」


 固定を一部解除し、代わりに弱った《夜棘》へ魔法を移す。


「対象は《夜棘》! 重量軽減、強さ二割、時間十五秒!」


 黒紫色の茎がわずかに浮き上がる。


「頼む!」


 蒼雷鷲へ叫ぶ。


 青い翼が大きく広がり、次の瞬間、雷が落ちた。


 轟音とともに岩鎧犀の背中を覆っていた《夜棘》が焼ける。


 岩鎧犀の体そのものには、ほとんど雷が通っていない。硬い皮膚が守っているらしい。


「もう一発!」


 ミミナが別の《夜棘》を軽くする。


 雷を撃ち続け、黒紫色の茎が次々と崩れていく。


「リリア、角の根元!」


「見えました!」


 青白い剣閃。


 最後に残った太い《夜棘》が切断された。


 ノアの《浄化》がその傷口を包む。


 岩鎧犀の巨体が大きく揺れた。


「倒れる!」


「みんな離れて!」


 地面が震え、巨大な体が横倒しになる。


 静かになった。


 俺達は誰も近づかなかった。


 岩鎧犀の腹が上下している。


「生きてる?」


「はい」


 ノアが距離を取りながら確認する。


「呼吸は安定し始めています」


「よかった……」


 全身から力が抜けそうになった。


 その時、町の方向から歓声が聞こえた。


 振り返る。


 石塀の上にいた人達が、こちらを見ている。


 でも、まだ終わっていない。


 魔物の群れは門の前に残ったままだ。


          ◇


「東側を開けてください!」


 リリアが町へ戻り、衛兵達と話す。


 今度は説得に時間がかからなかった。


 目の前で俺達と魔物が一緒に岩鎧犀を止めたからだろう。


 東側の搬入口が開かれ、その先の柵も移動させられていく。


 ミミナが町側へ柔らかな光の壁を作り、東への道だけ暗く残した。


「誘導路、できたよ!」


 俺は白角鹿を見る。


「行けるぞ」


 東を指す。


「今度は塞がれてない」


 白角鹿は俺をじっと見た。


 その後ろには何十頭もの魔物がいる。


 もしこいつが町へ向かえば、全部ついていくかもしれない。


 正直、緊張で喉が乾いた。


「頼むから伝わってくれ」


 胸の奥が熱くなる。


『《縁》が深まりました』


 白角鹿がゆっくり東を向いた。


 一歩。


 もう一歩。


 走り出す。


 群れが続いた。


 最初にホーンラビット。


 次に鹿型の魔物。


 フォレストウルフ。


 小型の猪。


 誰も町へ向かわない。


 次々と開けた東の草地へ抜けていく。


 最後の一頭が通り過ぎるまで、町の弓兵達も矢を放たなかった。


 白角鹿が草地の奥で一度だけ立ち止まり、こちらを見る。


 俺も手を上げた。


「もう戻ってくるなよ」


 いや。


「安全になったら戻ってきてもいいか」


 自分で言い直して少し笑った。


 ここは本来、あいつらの住んでいた土地でもある。


 白角鹿は大きな角を一度振り、そのまま群れとともに遠ざかっていった。


          ◇


 日が沈む頃、岩鎧犀も目を覚ました。


 まだ弱っていたが、ノアが治療したことで自力で立てるまでには回復している。


 町の人間達は警戒していたものの、誰も武器を向けなかった。


「こいつも逃がす?」


 ミミナが尋ねる。


「うん。群れとは違う方向へ」


 岩鎧犀がゆっくり森とは反対側へ歩き始める。


 途中で一度だけ俺達を見る。


 胸の奥が、かすかに反応した。


 だが《縁》までは結ばれない。


 まぁ、助けた相手全員が仲間になる必要なんてない。


 生きて帰ってくれれば十分だ。


「ユウト」


 リリアが隣へ来る。


「何?」


「今日、町も魔物も無事でしたね」


「そうだな」


「最初にあなたが言った通りです」


「何て?」


「第三の道を作る、と」


 俺は少し考える。


「俺だけじゃ無理だったけどな」


 するとリリアがため息をついた。


「またそれを言いますか?」


「いや、今回は本当にそうだろ。リリアが戦って、ミミナが魔法使って、ノアが治して、白角鹿が手伝って、蒼雷鷲まで来た」


「だからです」


「え?」


「それだけの力を一つにつなげたのが、ユウトです」


 言葉が止まった。


 自分では戦えない。


 今でも巨大な魔物を見れば怖いし、リリアの剣を持てるようにもなっていない。


 でも、昔よりは少しだけ、自分の役割を認めてもいいのかもしれない。


「……今日はそういうことにしとくか」


「今日だけなのですか?」


「慣れてないんだよ、褒められるの」


 リリアが小さく笑った。


          ◇


 その夜。


 俺達はルーヴェルの宿に泊まることになった。


 風呂に入り、久しぶりに温かい料理を食べ、ようやく部屋へ戻ろうとした時、宿の主人に呼び止められた。


「ユウトさんでしたか?」


「はい」


「これ、町の子供達からです」


 渡されたのは、小さな木彫りだった。


 鹿。


 たぶん、今日の白角鹿を見て作ったのだろう。


 裏には不器用な文字が刻まれている。


『まもってくれてありがとう』


 俺はしばらくそれを見ていた。


 誰を守ったのかは書いていない。


 町の人か。


 魔物か。


 たぶん両方なのだと思う。


「ユウト?」


 ミミナが覗き込む。


「何でもないよ」


「絶対何かある顔じゃん」


「見たい?」


 木彫りを見せると、ミミナの顔が一気に明るくなった。


「いいな! 私も欲しい!」


「そこ?」


 ノアも横から確認する。


「報酬としての市場価値は低いですね」


「おい!」


「ですが」


 少しだけ笑う。


「これは売らない方がよいでしょう」


「売らないよ!」


 笑いながら答えた。


 その夜、木彫りの鹿を荷物の一番上にしまった。


 異世界へ来た時、俺には本当に何もなかった。


 今は少しずつ増えている。


 仲間。


 出会った人たち。


 助けてくれる魔物。


 そして、こんな小さな思い出まで。


 もし本当に、この世界へ来た意味があるのだとすると、こういうものを増やしていくことが必要なのかもしれない。


          ――第五十話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


ついに第50話まで到達しました!


ここまで読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。


今回は50話という節目なので、この作品で大切にしたいものを詰め込みました。


強いリリア。


自分で判断して魔法を使えるようになったミミナ。


命を種族で分けないノア。


そして、自分では戦えなくても、人間と魔物の力をつなぐユウト。


さらに白角鹿と蒼雷鷲まで加わり、


「人間だけで勝つ戦い」


ではなく、


「《縁》でつながった力で、町と魔物の両方を守る戦い」


になりました。


ユウトは、これからも突然最強にはなりません。


剣も重い。

鎧も重い。

魔法もほとんど使えない。


それでも、


誰かの力を信じること。

敵かどうかを決めつけないこと。

誰か一方を切り捨てる前に、別の道を探すこと。


それがユウトの強さです。


そして最後に受け取った、小さな木彫りの鹿。


町の人と魔物の両方を守った今回の出来事を、ユウト自身が大切に持ち続けるものにしました。


50話は一区切りですが、物語はまだまだ続きます。


ここから《縁》は、人間だけでも魔物だけでもなく、さらに大きな世界へ広がっていきます。


ここまで本当にありがとうございます。


第51話からも、

ユウト、リリア、ミミナ、ノアの4人をよろしくお願いします!


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