町か魔物かなんて選べないので、両方守ることにしました
森の奥で木々が次々と倒れていく。
地面へ伝わる振動は少しずつ強くなり、町の前に集まった魔物達は明らかに怯えていた。ホーンラビットは身を寄せ合い、フォレストウルフは唸りながらも森へ戻ろうとせず、群れの先頭に立つ白角鹿だけが角を低く構えたまま動かない。
町へ逃げ込めば、人間との戦いになる。
森へ戻れば、あれと遭遇する。
しかも東側は《夜棘》に塞がれた。
「最悪だな」
俺が呟くと、リリアがすぐ横へ並んだ。
「まだです」
「何が?」
「まだ誰も死んでいません」
思わず彼女を見る。
リリアは森から目を離していなかった。
「なら、最悪になる前に止めればよいだけです」
こういう時のコイツは、本当に格好いい。
「そうだな」
俺も森を見る。
「やろう」
直後、巨大な影が木々を押し倒しながら姿を現した。
◇
最初に目に入ったのは、角だった。
黒い。
いや、角そのものが黒いわけではない。
本来は茶色だったらしい巨大な角へ、《夜棘》が何重にも巻きついている。
次に見えたのは、岩のような体だった。
「何あれ……」
ミミナの声が震える。
四本脚で歩く巨大な魔物。
体高だけでも三メートル近くあり、全身を灰褐色の硬い皮膚が覆っている。頭には二本の太い角が生え、牛と犀を合わせたような姿だった。
ただ、その体のあちこちから《夜棘》が突き出していた。
「《岩鎧犀》だ」
セイルが剣を抜く。
「普段は山奥から出てこない。性格も比較的おとなしい」
「今は全然おとなしく見えないけど!」
岩鎧犀が咆哮を上げ、白角鹿へ突進した。
「リリア!」
「はい!」
銀色の影が真正面から飛び出す。
巨大な角と剣がぶつかり、耳を塞ぎたくなるほどの音が響いた。
リリアの足元が土へ沈む。
「っ……重い!」
「ミミナ!」
「もうやってる!」
杖が光る。
「対象リリア、効果は踏ん張り強化、強さ三割、時間三十秒!」
今回は軽量化ではない。
リリアの足元を支えるように魔力が広がり、押されていた体が止まる。
「うお……」
思わず声が出た。
リリアは巨大な岩鎧犀を真正面から受け止めている。
その光景だけなら、完全に英雄だった。
「ユウト!見てないで指示してください!」
「ごめん!」
今は感動している場合じゃない。
岩鎧犀の体を見る。
《夜棘》は背中、首、脚。
特に角の根元に集中している。
「ノア、浄化は?」
「可能ですが、あの状態では近づけません!」
「リリア、一度横へ流してくれ!」
「やります!」
剣の角度を変え、岩鎧犀の突進を正面からではなく横へ逃がす。
巨大な体が土を削りながら逸れた。
白角鹿も動く。
横から角を突き出し、岩鎧犀を町とは反対方向へ押そうとする。
「手伝ってくれてる……」
ミミナが呟く。
「なら、共闘しよう!」
俺は白角鹿へ向かって叫ぶ。
「そっちから押してくれ!」
伝わったかは分からない。
でも白角鹿は退かなかった。
岩鎧犀の左側を白角鹿。
右側をリリア。
二方向から少しずつ向きを変えようとする。
胸の奥で《縁》が強く反応した。
白角鹿の感情が分かるわけではない。
ただ、次にどちらへ動こうとしているのかが、ほんの少しだけ感じられる。
「リリア、次左へ来る!」
「はい!」
白角鹿が角をぶつける瞬間、リリアも同じ方向から剣の腹を当てる。
二つの力が重なった。
岩鎧犀の進行方向が大きく変わる。
「ノア!」
「行きます!」
ノアが走り込む。
だが、《夜棘》が岩鎧犀の背中から伸び、彼女へ向かった。
「ミミナ!」
「固定する!」
青白い光が《夜棘》へ絡みつく。
一本。
二本。
三本。
ミミナの顔が歪む。
「多い……!」
「全部止めなくていい! ノアの道だけ作って!」
「分かった!」
必要な部分へ絞った瞬間、魔法が安定する。
ノアが開いた隙間を抜け、岩鎧犀の肩へ手をかざした。
「《浄化》!」
金色の光が広がる。
岩鎧犀が絶叫した。
痛みで暴れ、巨体がノアへ向く。
「ノア!」
俺が叫ぶより速く、リリアが間へ入った。
角を剣で受ける。
その横から、白角鹿も体当たりした。
人間と魔物が、ノアを守っている。
「……すごい」
ミミナの声が聞こえた。
俺も同じ気持ちだった。
でも、まだ終わっていない。
「《夜棘》を切らないと!」
ノアの浄化で黒紫色の茎が弱り始めている。
「リリア、一人で全部切れる?」
「数が多すぎます!」
どうする。
白角鹿では細かい《夜棘》だけを狙えない。
ミミナも固定に手を取られている。
俺自身には何も切れない。
その時、空から甲高い鳴き声が響いた。
「まさか」
青い影が太陽を遮る。
蒼雷鷲だった。
「助けに来てくれたの!?」
ミミナが叫ぶ。
昨日別れたはずの蒼雷鷲が、俺達の上空を旋回している。
なぜ来たのかは分からない。
でも。
「ミミナ! 昨日のやつできる?」
彼女もすぐ理解した。
「できる!」
固定を一部解除し、代わりに弱った《夜棘》へ魔法を移す。
「対象は《夜棘》! 重量軽減、強さ二割、時間十五秒!」
黒紫色の茎がわずかに浮き上がる。
「頼む!」
蒼雷鷲へ叫ぶ。
青い翼が大きく広がり、次の瞬間、雷が落ちた。
轟音とともに岩鎧犀の背中を覆っていた《夜棘》が焼ける。
岩鎧犀の体そのものには、ほとんど雷が通っていない。硬い皮膚が守っているらしい。
「もう一発!」
ミミナが別の《夜棘》を軽くする。
雷を撃ち続け、黒紫色の茎が次々と崩れていく。
「リリア、角の根元!」
「見えました!」
青白い剣閃。
最後に残った太い《夜棘》が切断された。
ノアの《浄化》がその傷口を包む。
岩鎧犀の巨体が大きく揺れた。
「倒れる!」
「みんな離れて!」
地面が震え、巨大な体が横倒しになる。
静かになった。
俺達は誰も近づかなかった。
岩鎧犀の腹が上下している。
「生きてる?」
「はい」
ノアが距離を取りながら確認する。
「呼吸は安定し始めています」
「よかった……」
全身から力が抜けそうになった。
その時、町の方向から歓声が聞こえた。
振り返る。
石塀の上にいた人達が、こちらを見ている。
でも、まだ終わっていない。
魔物の群れは門の前に残ったままだ。
◇
「東側を開けてください!」
リリアが町へ戻り、衛兵達と話す。
今度は説得に時間がかからなかった。
目の前で俺達と魔物が一緒に岩鎧犀を止めたからだろう。
東側の搬入口が開かれ、その先の柵も移動させられていく。
ミミナが町側へ柔らかな光の壁を作り、東への道だけ暗く残した。
「誘導路、できたよ!」
俺は白角鹿を見る。
「行けるぞ」
東を指す。
「今度は塞がれてない」
白角鹿は俺をじっと見た。
その後ろには何十頭もの魔物がいる。
もしこいつが町へ向かえば、全部ついていくかもしれない。
正直、緊張で喉が乾いた。
「頼むから伝わってくれ」
胸の奥が熱くなる。
『《縁》が深まりました』
白角鹿がゆっくり東を向いた。
一歩。
もう一歩。
走り出す。
群れが続いた。
最初にホーンラビット。
次に鹿型の魔物。
フォレストウルフ。
小型の猪。
誰も町へ向かわない。
次々と開けた東の草地へ抜けていく。
最後の一頭が通り過ぎるまで、町の弓兵達も矢を放たなかった。
白角鹿が草地の奥で一度だけ立ち止まり、こちらを見る。
俺も手を上げた。
「もう戻ってくるなよ」
いや。
「安全になったら戻ってきてもいいか」
自分で言い直して少し笑った。
ここは本来、あいつらの住んでいた土地でもある。
白角鹿は大きな角を一度振り、そのまま群れとともに遠ざかっていった。
◇
日が沈む頃、岩鎧犀も目を覚ました。
まだ弱っていたが、ノアが治療したことで自力で立てるまでには回復している。
町の人間達は警戒していたものの、誰も武器を向けなかった。
「こいつも逃がす?」
ミミナが尋ねる。
「うん。群れとは違う方向へ」
岩鎧犀がゆっくり森とは反対側へ歩き始める。
途中で一度だけ俺達を見る。
胸の奥が、かすかに反応した。
だが《縁》までは結ばれない。
まぁ、助けた相手全員が仲間になる必要なんてない。
生きて帰ってくれれば十分だ。
「ユウト」
リリアが隣へ来る。
「何?」
「今日、町も魔物も無事でしたね」
「そうだな」
「最初にあなたが言った通りです」
「何て?」
「第三の道を作る、と」
俺は少し考える。
「俺だけじゃ無理だったけどな」
するとリリアがため息をついた。
「またそれを言いますか?」
「いや、今回は本当にそうだろ。リリアが戦って、ミミナが魔法使って、ノアが治して、白角鹿が手伝って、蒼雷鷲まで来た」
「だからです」
「え?」
「それだけの力を一つにつなげたのが、ユウトです」
言葉が止まった。
自分では戦えない。
今でも巨大な魔物を見れば怖いし、リリアの剣を持てるようにもなっていない。
でも、昔よりは少しだけ、自分の役割を認めてもいいのかもしれない。
「……今日はそういうことにしとくか」
「今日だけなのですか?」
「慣れてないんだよ、褒められるの」
リリアが小さく笑った。
◇
その夜。
俺達はルーヴェルの宿に泊まることになった。
風呂に入り、久しぶりに温かい料理を食べ、ようやく部屋へ戻ろうとした時、宿の主人に呼び止められた。
「ユウトさんでしたか?」
「はい」
「これ、町の子供達からです」
渡されたのは、小さな木彫りだった。
鹿。
たぶん、今日の白角鹿を見て作ったのだろう。
裏には不器用な文字が刻まれている。
『まもってくれてありがとう』
俺はしばらくそれを見ていた。
誰を守ったのかは書いていない。
町の人か。
魔物か。
たぶん両方なのだと思う。
「ユウト?」
ミミナが覗き込む。
「何でもないよ」
「絶対何かある顔じゃん」
「見たい?」
木彫りを見せると、ミミナの顔が一気に明るくなった。
「いいな! 私も欲しい!」
「そこ?」
ノアも横から確認する。
「報酬としての市場価値は低いですね」
「おい!」
「ですが」
少しだけ笑う。
「これは売らない方がよいでしょう」
「売らないよ!」
笑いながら答えた。
その夜、木彫りの鹿を荷物の一番上にしまった。
異世界へ来た時、俺には本当に何もなかった。
今は少しずつ増えている。
仲間。
出会った人たち。
助けてくれる魔物。
そして、こんな小さな思い出まで。
もし本当に、この世界へ来た意味があるのだとすると、こういうものを増やしていくことが必要なのかもしれない。
――第五十話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついに第50話まで到達しました!
ここまで読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
今回は50話という節目なので、この作品で大切にしたいものを詰め込みました。
強いリリア。
自分で判断して魔法を使えるようになったミミナ。
命を種族で分けないノア。
そして、自分では戦えなくても、人間と魔物の力をつなぐユウト。
さらに白角鹿と蒼雷鷲まで加わり、
「人間だけで勝つ戦い」
ではなく、
「《縁》でつながった力で、町と魔物の両方を守る戦い」
になりました。
ユウトは、これからも突然最強にはなりません。
剣も重い。
鎧も重い。
魔法もほとんど使えない。
それでも、
誰かの力を信じること。
敵かどうかを決めつけないこと。
誰か一方を切り捨てる前に、別の道を探すこと。
それがユウトの強さです。
そして最後に受け取った、小さな木彫りの鹿。
町の人と魔物の両方を守った今回の出来事を、ユウト自身が大切に持ち続けるものにしました。
50話は一区切りですが、物語はまだまだ続きます。
ここから《縁》は、人間だけでも魔物だけでもなく、さらに大きな世界へ広がっていきます。
ここまで本当にありがとうございます。
第51話からも、
ユウト、リリア、ミミナ、ノアの4人をよろしくお願いします!
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