町を襲うはずの魔物が、門の前で全員止まりました
ルーヴェルが見え始めた頃には、太陽はすでに西へ傾いていた。
山の麓へ沿うように広がった町は、リベルタより小さいものの、石造りの建物と木造の宿が密集し、その奥には鉱山へ続く道が伸びている。街道沿いには旅商人向けの店や食堂も多く、本来なら夕方の今頃が一番賑わっているはずだった。
ところが、俺達が近づくにつれて雰囲気がおかしいことに気づいた。
「門が閉まってる」
ミミナが足を止める。
町の入口では衛兵達が慌ただしく木製の柵を運び、城壁代わりの石塀の上には弓を持った人間まで並んでいた。街道から町へ入ろうとしていた商人達も中へ急かされ、宿の前に出ていた看板まで片づけられている。
「何か来るんでしょうか」
ノアが周囲を確認した直後、町の中から鐘が鳴った。
一度、二度ではない。短い間隔で何度も打ち鳴らされ、その音に合わせて人々の動きがさらに速くなる。
リリアが近くの衛兵へ駆け寄った。
「聖騎士です。何が起きていますか?」
白と青の鎧を見た衛兵は、驚きながらもすぐに答えた。
「北の森から魔物の群れです! 偵察では五十以上、まだ増えている可能性があります!」
「種類は?」
「角鹿、フォレストウルフ、ホーンラビット……他にも混じっているそうです。こんな組み合わせで群れるなんて見たことがありません!」
俺達四人は顔を見合わせた。
見たことならある。
灰耳に案内された泉だ。
本来なら一緒に行動しない魔物達が、同じ何かから逃げている。
「どの方向から?」
俺が尋ねる。
衛兵は俺を一度見たあと、山の北西を指した。
「旧鉱山道です」
第二試験場から荷車の跡が伸びていた方向と重なる。
偶然かもしれないが、胸の奥で嫌な感覚が強くなった。
「《夜棘》は確認されていますか?」
ノアが尋ねると、衛兵は首を振った。
「聞いていません。ただ、魔物の群れが町へ向かっている。それだけで十分危険です」
それは正しい。
だからこそ、確認しなければならない。
「リリア、少し外から見たい」
「私もそう思います」
俺達は門へ入らず、街道脇の高くなった場所まで移動した。
◇
最初に見えたのは、森から飛び出してくるホーンラビットだった。
一頭ではない。十、二十と続き、その後ろからフォレストウルフや鹿型の魔物が姿を現す。
「本当に多い……」
ミミナが息を呑む。
五十どころではないかもしれない。
さらに森の奥から、大きな影が現れた。
鹿に似た魔物だった。
肩の高さだけでも俺より高く、白銀に近い毛並みを持っている。頭から伸びる二本の巨大な角は枝分かれし、夕日の光を受けて淡く輝いていた。
「知ってる?」
俺が尋ねると、セイルが答える。
「《白角鹿》だ。群れを作る種だが、ここまで大型の個体は珍しい」
白角鹿は群れの先頭に出ると、町へ向かって走った。
石塀の上で弓が一斉に構えられる。
「射つな!」
自分でも驚くくらい大きな声が出た。
当然、町の衛兵には届かない。
「リリア!」
「行きます!」
彼女が駆け出す。
俺達も後を追ったが、速度が違いすぎる。リリアはあっという間に町の門前まで到達し、弓を構える衛兵達へ聖騎士団の身分を示していた。
それでも群れは止まらない。
白角鹿が門まで百メートルほどに迫った。
五十メートル。
三十メートル。
「止めないと!」
ミミナが杖を握る。
俺も同じことを考えかけた。
ところが。
白角鹿が突然、前脚を地面へ突き立てた。
土を削りながら速度を落とし、町の門から二十メートルほど離れた場所で完全に止まる。
後ろを走っていた魔物達も、次々と足を止めた。
ホーンラビット。
フォレストウルフ。
鹿型の魔物。
小型の猪までいる。
それだけの数がいるのに、誰一頭として町へ突っ込まない。
「……襲う気がない?」
俺が呟く。
白角鹿は門を見ていなかった。
何度も森の方を振り返っている。
その仕草を見た瞬間、リベルタでの出来事を思い出した。
「逃げてる」
「私もそう見えます」
ノアが隣へ来る。
「でも、何で止まったの?」
ミミナが尋ねる。
理由はすぐ分かった。
白角鹿が前脚を動かすと、その足元の土から黒紫色の芽が顔を出した。
《夜棘》だ。
一本だけではない。
町の外周に沿うように、次々と地面から芽が伸び始める。
「町と魔物の間に……」
ノアの表情が変わった。
魔物達は森から《夜棘》に追われてきた。
その先には人間の町がある。
さらに町の目前でも《夜棘》が生え始めた。
前にも後ろにも進めない。
白角鹿が再び大きく鳴いた。
後ろの群れがざわめくが、それでも前へ出ない。
「抑えてるんだ」
俺は白角鹿を見る。
自分だけなら町へ突っ込める。
でも、そうすれば人間と戦いになることを分かっているのかもしれない。
「ユウト!」
リリアが門から戻ってくる。
「衛兵達は討伐命令を待っています。時間がありません」
「何分くらい?」
「分かりません。ですが《夜棘》が増えれば、魔物が耐えられなくなる可能性があります」
俺は周囲を見る。
町。
魔物。
《夜棘》。
どれか一つを守るだけなら簡単なのかもしれない。
魔物を殺せば町は守れる。
町を開ければ魔物は助かるかもしれないが、人間が危険になる。
だったら。
「第三の道を作ろう」
三人が俺を見る。
「町にも入れない。森にも戻せない。なら、別の方向へ逃がす」
町の東側には、鉱山からの荷物を運ぶための広い道がある。
その先は開けた草地だ。
「リリア、東側の柵を開けてもらえる?」
「交渉します」
「ミミナは町側へ来ないように誘導できるものを作れるか?」
「匂いだけじゃ種類が多すぎる。でも光ならできると思う。町側を嫌がるくらい明るくして、東だけ暗く残す」
「頼む」
「ノアは《夜棘》に触れた個体がいたら治療」
「分かりました」
「俺は白角鹿のところへ行く」
三人の顔が同時に変わった。
「ユウト」
リリアの声が低い。
「何?」
「一人では行かせません」
「でも鎧を着たリリアが近くにいたら警戒されるかも」
「それでもです」
譲る気がない顔だった。
俺は少し考えて諦める。
「分かった。途中まで一緒に来て」
「はい」
こういう時に止めてくれる相手がいるのは、たぶん悪いことじゃない。
◇
白角鹿まで十メートルほどの場所で、リリアには止まってもらった。
俺は短剣を外し、地面へ置く。
魔物の群れが一斉にこちらを見る。
正直、怖い。
フォレストウルフだけでも普通に怖いのに、その後ろには巨大な猪までいる。
それでも歩いた。
「そっちへ行きたいわけじゃないんだろ?」
言葉が分かるとは思っていない。
白角鹿は動かない。
「俺達も、お前達と戦いたいわけじゃない」
一歩。
もう一歩。
「東側を開ける。そっちなら町を通らずに抜けられる」
俺は東を指す。
白角鹿の耳が動いた。
胸の奥がわずかに温かくなる。
『対象を検出しました』
来た。
ただ、まだ《縁》が結ばれたわけではない。
「信じろって言うのは無理だよな」
俺は苦笑する。
「俺だって、初対面の鹿に同じこと言われても信じないと思う」
白角鹿がゆっくり顔を上げる。
金色の瞳が俺を捉える。
その時、地面が大きく揺れた。
「ユウト、下がって!」
ミミナの叫びが響く。
町の東側。
地面を突き破るように、巨大な《夜棘》が一気に伸び上がった。
一本ではない。
東へ逃がそうとしていた道を塞ぐように、黒紫色の茎が何十本も絡み合う。
「そんな……!」
ミミナが言葉を失う。
俺達が選ぼうとした逃げ道まで、塞がれた。
そして森の奥から、さらに大きな音が聞こえた。
木が倒れる。
土が抉れる。
何か巨大なものが、こちらへ近づいている。
白角鹿が初めて俺から目を離し、森へ向かって角を低く構えた。
後ろにいた魔物達も一斉に怯える。
こいつらは、《夜棘》だけから逃げてきたんじゃない。
森の奥に、想像もつかない何かがいる……
――第四十九話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回はルーヴェルへ到着するところから始まりました。
町へ押し寄せる大量の魔物。
普通なら「襲撃」と判断されてもおかしくありません。
しかし、魔物達は門の目前で自分達から止まりました。
先頭にいる大型の《白角鹿》も、町を襲おうとしているのではなく、後ろから迫る何かから群れを守ろうとしています。
そして町と魔物の間にも《夜棘》が出現。
森へ戻れず、
町へも入れず、
さらにユウト達が作ろうとした逃げ道まで塞がれてしまいました。
今回も「魔物が来た=敵」ではありません。
そして森の奥からは、魔物達が本当に恐れている何かが近づいています。
次回、第50話。
ユウト達は町と魔物、その両方を守るために戦います!
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