巨大な鷲は、俺達ではなく黒い杭を壊そうとしていました
灰耳が教えてくれた荷車の跡は、第二試験場から山の北側へ向かって伸びていた。
昨日までなら、ここから王都へ戻って騎士団へ報告し、荷車がどこへ向かったのか資料と地図を広げて調べていたかもしれない。しかし今、俺達の足元には深く刻まれた車輪の跡が残っており、しかも第二試験場から持ち出された黒い杭がまだどこかへ運ばれている可能性がある。
だったら、紙の上へ戻るより先に、この道を追った方がいい。
「灰耳、本当にありがとうな」
森の入口でそう声をかけると、灰色の耳を持つフォレストウルフは俺をじっと見たあと、鼻先を一度だけ上げた。人間なら「気にするな」とでも言いそうな態度だったが、実際には何を考えているのか分からない。
それでも胸の奥では《縁》の温かさが残っている。
まぁ、少なくとも嫌われてはいないらしい。
「ここから先は俺達で行くよ。群れのところに戻ってやってくれ」
灰耳はすぐには動かなかったが、やがて森の奥へ視線を向けると、静かに背を向けた。
数歩進んでから一度だけ振り返り、そのまま木々の向こうへ消えていく。
「また会えるかな」
ミミナが少し寂しそうに言う。
「会えるんじゃないか?」
「根拠は?」
「……ない」
「そこは何か格好いいこと言ってよ」
「無茶言うな」
久しぶりに笑いながら歩き出す。
荷車の跡ははっきり残っていたため、リリアに道案内を任せる必要ないのが助か…
「今、何か私に対して失礼なことを考えましたね?」
「…何も?」
「顔を見れば嘘をついてるのが分かります」
「何で分かるの…俺の心の中に土足で入らないで!?」
「それなりに長く一緒にいますからね」
何気ない返事だった。
それだけなのに、少し嬉しかった。
◇
山道を一時間ほど進むと、車輪の跡が急に深くなった。
地面はぬかるんでいない。それなのに片側だけ大きく沈んだ跡があり、その先では木の幹に車体を擦ったような傷まで残っている。
「荷物、かなり重かったみたいですね」
ノアがしゃがみ込んで跡を確認する。
「黒い杭が何本か積まれてたら、それなりの重さにはなるか」
「それだけとは限りませんが」
「そうだな」
決めつけちゃダメだ。
最近それだけは本当に身についた。
さらに進むと、今度は地面に小さな木片が落ちていた。荷箱の一部らしく、新しく割れた断面が見えている。
「事故ったのかな」
ミミナが前方を見る。
「この先は下り坂です」
セイルが答えた。
「少し進むと谷へ出る。昔は試験場へ資材を運ぶために使われていたが、大型の荷車には狭い」
「そんな道に重い荷物を?」
「目立たない道を選んだのかもしれない」
理由は分からない。
ただ、荷車の状態が悪くなっていることだけは確かだった。
そして次の曲がり角を抜けた瞬間、俺達は足を止めた。
荷車はあった…正確には、あったものが横倒しになっていた。
谷へ落ちる寸前で大岩に引っかかり、片側の車輪は完全に外れている。壊れた荷箱からは黒い金属棒が何本も地面へ転がり、その周囲には《夜棘》が生え始めていた。
「黒い杭……!」
ミミナが杖を構える。
少なくとも四本。
まだ地面へ設置された形跡はなく、輸送中だったものが荷台から落ちただけに見える。
「人は?」
リリアが周囲を見る。
「見える範囲にはいません」
御者が逃げたのか。
誰かに襲われたのか。
確認しようと一歩進んだ時、頭上から甲高い鳴き声が響いた。
「伏せてください!」
リリアの声と同時に、俺の頭上を巨大な影が通過した。
風圧だけで体がよろめく。
「………でかっ!?」
翼を広げれば荷車より大きい。
深い青色の羽毛を持つ巨大な鳥が谷の上空を旋回し、翼の周囲には青白い火花のようなものが走っている。
セイルの顔が変わった。
「《蒼雷鷲》だ!」
「強いの?」
「戦ってみるか?」
「ないな!」
どう見ても強い。
蒼雷鷲が翼をたたみ、一気に降下してきた。
「来ます!」
リリアが俺達の前へ出る。
巨大な鉤爪が振り下ろされ、剣とぶつかった瞬間に青白い電撃が弾けた。
「っ……!」
リリアの足元の土が抉れる。
受け止めた。
でも、相手はそのまま翼を広げて上空へ戻っていく。
「リリア、大丈夫か!?」
「問題ありません。ただ、まともに受け続けるのは避けたいです」
かなり手強い相手ということか…。
「ミミナ、雷に何かできる?」
「直接止めるのは難しいけど、リリアの装備に耐性を付けるならできる!」
「じゃあ弱めで頼む!」
「対象リリアの鎧、効果は雷撃耐性、強さ二割、時間一分!」
迷わず条件が出る。
淡い光がリリアの鎧を包んだ。
蒼雷鷲は再び旋回する。
だが、そこで違和感に気づいた。
「待った!」
「どうしました?」
ノアが俺を見る。
「あいつ……俺達狙ってる?」
「こちらへ攻撃していますよ!」
「最初だけだ!」
二回目の降下。
今度はリリアが横へ避ける。
巨大な鷲は、そのまま俺達へ向かってくると思った。
違った。
鉤爪が掴んだのは、地面へ転がっている黒い杭だった。
「え?」
蒼雷鷲が杭を持ち上げる。
数メートル上昇したところで岩壁へ叩きつけた。
金属音が谷へ響く。
「杭を壊してる?」
ミミナも気づいた。
蒼雷鷲は再び杭へ降りる。
今度は嘴で表面を突き、爪で引っ掻いている。
「こっちを追い払おうとしただけ?」
俺は攻撃の流れを思い返す。
俺達が荷車へ近づいた。
だから襲ってきた。
でも、今は俺達ではなく杭を攻撃している。
「何か理由があるはずだ」
蒼雷鷲が三本目へ向かった時だった。
黒い杭の表面から紫色の光が漏れた。
「離れて!」
ミミナが叫ぶ。
地面から《夜棘》が一気に伸びる。
蒼雷鷲の片脚へ黒紫色の茎が巻きつき、巨大な体が地面へ引きずられた。
「ギャアアッ!」
今までとは違う声だった。
攻撃ではない。
痛みだ。
「くそっ!リリア!!」
「行きます!」
銀色の影が地面を駆ける。
蒼雷鷲は暴れながら翼を振り回し、周囲へ電撃を撒き散らしているため、普通なら近づくことすらできない。
「ミミナ、リリアの耐性をもう少し上げられるか?」
「三割までなら安定する!」
「頼む!」
光が重なる。
リリアが雷を受けながら《夜棘》へ踏み込み、剣を振り抜く。
一閃では切れない。
茎が太い。
「ノア!浄化できるか!?」
「距離が必要です!」
近づかなければならない。
でも蒼雷鷲は痛みで完全に興奮している。
俺は咄嗟に前へ出かけて、止まった。
俺が行っても何もできない。
それなら、やるべきことは別にある。
「リリア、鷲の右側を空けて!」
「右ですか?」
「逃げ道を作る!」
今まで何度もやってきた。
追い詰めれば、相手は暴れる。
逃げられる場所があると分かれば、動き方が変わる。
「ミミナ、《夜棘》の左側だけ固定できる?」
「やってみる!」
「ノアは右から近づいて!」
三人が動く。
リリアが左へ回り、《夜棘》の動きを引きつける。ミミナの光が反対側の根を固定すると、ノアが開いた右側から一気に距離を詰めた。
「《浄化》!」
金色の光が蒼雷鷲の脚を包む。
電撃が弱くなる。
「リリア、今だ!」
「はい!《蒼月》!」
青白い剣閃が《夜棘》だけを切り裂いた。
解放された蒼雷鷲が翼を大きく広げる。
全員が身構えた。
また攻撃される。
そう思った。
だが、飛ばなかった。
大きな体を低くしたまま、こちらを見ている。
金色の瞳。
荒い呼吸。
傷ついた脚。
「……俺達、敵じゃないよ」
俺は離れた場所から声をかけた。
当然、言葉が通じるとは思っていない。
それでも。
「その杭を壊したいんだろ?」
蒼雷鷲の視線が、俺から黒い杭へ移る。
胸の奥に、わずかな熱を感じた。
『対象を検出しました』
まただ。
魔物との《縁》。
「やっぱり何かあるんだな」
蒼雷鷲は立ち上がり、今度は俺達へ攻撃せず、谷の上を見上げた。
その方向から小さな鳴き声が聞こえた。
よく見ると、岩壁の高い場所に巨大な巣がある。
そして、その中。
青い羽毛の小さな影が何度も動いていた。
「子供?」
ミミナが息を呑む。
巣のすぐ下には、《夜棘》が伸び始めていた。
蒼雷鷲が黒い杭を必死で壊そうとしていた理由が、ようやく分かった。
俺達と同じだった。
守りたいものがあっただけだった。
――第四十七話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
灰耳が教えてくれた荷車の跡を追ったユウト達。
そこで見つけたのは、横転した荷車と、運ばれていた複数の黒い杭でした。
そして現れた巨大な魔物《蒼雷鷲》。
最初はユウト達を襲う敵に見えましたが、蒼雷鷲が本当に攻撃していたのは人間ではなく、黒い杭でした。
その理由は、岩壁の上にある巣。
そこには蒼雷鷲の子供達がいます。
今回も、
「襲ってくる=敵」
とは限りませんでした。
そしてユウトの《縁》は、また新しい魔物へ反応します。
次回は、巣へ迫る《夜棘》から蒼雷鷲の子供達を守ります。
第48話へ続きます!
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