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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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魔物に「ついて来い」と言われる日が来るとは思わなかった

 灰色の耳を持つフォレストウルフは、傷ついた雌狼の前まで歩くと、その場で俺達を待った。


 雌狼の後ろ脚には黒紫色の棘が絡みつき、傷口の周囲まで変色している。ロックベアほど深くは刺さっていないものの、あれでは子供を連れて逃げることなどできなかっただろう。


「ノア」


「診ます。ただし、親が許してくれるならですが」


「そこが一番難しいな」


 人間なら「治療します」で済む。


 相手は狼だ。


 しかも三頭の子供を守っている。


 俺が近づいた瞬間に噛まれても文句は言えない。


 灰耳は雌狼の横へ座ると、俺を見て低く鳴いた。


「本当に行っていいのか?」


 返事はない。


 当然だ。


「ユウト、私が先に行きますか?」


 リリアが尋ねる。


「鎧と剣持った人が近づく方が怖くない?」


「……確かに」


 素直に引いてくれた。


 俺はゆっくり進み、途中で短剣を外して地面へ置いた。


 昔、ゴブリン相手にも同じことをした。


「何もしないよ」


 しゃがんだまま、雌狼を見る。


 唸っている。


 でも逃げない。


「痛いの取るだけ。たぶんノアならできる」


「たぶんは余計です」


 後ろから訂正された。


「絶対できるらしい」


「よろしい」


 ミミナが小さく笑い、緊張がほんの少し緩んだ。


 雌狼は最後まで俺から目を離さなかったが、灰耳が鼻先を寄せると、ようやく唸り声を止めた。


「ノア」


「行きます」


 ノアが俺の隣へしゃがむ。


 いきなり傷には触れず、まず手のひらへ小さな《癒しの灯》を浮かべた。


「怖がらなくて大丈夫です」


「俺より話しかけ方うまくない?」


「患者ですから」


 理由がノアらしい。


 柔らかな光が雌狼の脚へ近づく。


 最初は体を強張らせていたが、痛みが薄れていると分かったのか、少しずつ力が抜けていった。


「《夜棘》を先に弱めます」


 金色の光が棘へ移る。


 ミミナは自分から杖を構えた。


「対象は脚に絡んだ《夜棘》だけ。効果は固定、強さは三割、時間十五秒でいくね」


「頼む」


 以前なら俺が一つずつ条件を指定していた。


 今は違う。


 ミミナ自身が傷ついた相手を見て、必要な強さを決められる。


 リリアも剣を抜く前に俺達を見る。


「根元が見えました。切ります」


「お願い」


 刃が一度だけ動いた。


 狼の毛一本傷つけず、《夜棘》だけが地面へ落ちる。


 ノアの治療が続き、しばらくすると雌狼は自分の脚で立ち上がった。


 三頭の子狼が一斉に母親へ駆け寄る。


 鼻先を押しつけ、尻尾を振り、足元へまとわりつく。


 その光景を見ていると、さっきまでの戦闘が嘘のようだった。


「かわいい……」


 ミミナが小声で呟く。


「近づくなよ」


「分かってるって」


 言いながら、目は完全に子狼へ釘付けだった。


 俺も触ってみたい気持ちはある。


 ただ、今はやめておく。


 命を助けたからといって、急に友達になれるわけではない。


 そのくらいの距離感でいいと思う。


          ◇


 雌狼が歩けることを確認すると、灰耳は群れを連れて森の奥へ向かった。


「じゃあな」


 俺が手を上げる。


 これで終わりだと思っていた。


 ところが数十メートル進んだところで、灰耳だけが立ち止まった。


 振り返る。


「……また?」


 俺が一歩進むと、狼も歩き出す。


 止まる。


 また振り返る。


「やっぱりついて来いって言ってない?」


 ミミナが笑う。


「俺もそう見える」


 セイルは周囲を確認した。


「この先は山の北側だ。帰路からは外れる」


「危険?」


「野生の魔物はいる」


 それなら、今さらだ。


 俺は灰耳を見る。


「何か見せたいのか?」


 胸の奥で《縁》がもう一度反応した。


 言葉は分からない。


 でも、さっきよりはっきりとした感覚がある。


 警戒ではない。


 急いでいる。


「行こう」


 リリアが俺を見る。


「よろしいのですか?」


「せっかく呼ばれてるのに無視するのも気になるだろ」


「俺達は王都へ戻る予定だったんだが」


 オスカーが言う。


「少しだけですよ」


「その台詞を言う冒険者は大抵少しで帰らん」


 経験者らしい嫌な言い方だった。


 それでもオスカーもついてきた。


          ◇


 灰耳は人間が歩きやすい道を選んでいるようだった。


 急な斜面へ入る時にはこちらを待ち、川を渡る時には浅い場所へ回る。


「リリアより案内が上手いかもしれないな」


「ユウト」


「聞こえてた?」


「聞こえる距離で言いましたよね?」


「独り言のつもりだった」


「独り言で私の名前を出さないでください」


 ミミナが耐えきれず吹き出した。


 久しぶりに、四人で冒険している感じがする。


 それが少し嬉しかった。


 森は次第に深くなっていったが、《夜棘》はほとんど見当たらない。


 代わりに、小さな魔物が時々こちらを覗いていた。


 木の上からリスに似た生き物。


 岩陰からホーンラビット。


 遠くには鹿のような魔物までいる。


 襲ってこない。


 むしろ灰耳を見ると、道を開けているように見えた。


「こいつ、この辺の群れのリーダーなのかな」


「可能性はありますね」


 ノアが答える。


 しばらく歩くと、森が開けた。


 そこには小さな泉があった。


 透明な水。


 周りには柔らかい草が生え、何頭もの魔物が休んでいる。


 フォレストウルフ。


 ホーンラビット。


 見たことのない小型の鹿。


 普通なら一緒にいないはずの魔物達が、同じ場所に集まっていた。


「すご……」


 ミミナが息を呑む。


 敵同士ではないのか。


 そう思った直後、理由が分かった。


 逃げてきたんだ。


 傷ついた個体が多い。


 毛皮が焦げた狼。


 脚を引きずるホーンラビット。


 角の折れた鹿。


「避難場所……?」


 俺が呟く。


 ノアの表情が変わった。


「治療が必要な個体がいます」


「行っていいのかな」


 何十もの目が俺達を見ている。


 人間。


 本来なら警戒される存在だ。


 灰耳が泉の中央まで歩いた。


 そこで一度だけ大きく吠える。


 魔物達がざわめいた。


 それでも逃げない。


 灰耳は俺の方を見る。


 胸の奥が熱くなった。


『《縁》が深まりました』


 今までとは少し違う感覚だった。


 俺と一頭の狼だけではない。


 ここにいる魔物達が、灰耳を通して俺達を見ている。


「……紹介してくれてる?」


 答えはない。


 でも、そう思いたかった。


「ノア」


「ええ」


 彼女はもう荷物を開いている。


「払える患者はいなさそうですね」


「今日は無料?」


「例外です」


「明日は雪が降るな」


「記録には残しますよ」


「……やっぱりノアだ」


 四人で笑った。


 そして、治療を始めた。


          ◇


 日が傾くまで、俺達は魔物達の傷を診た。


 全部を治せたわけではない。


 軽い傷はノア。


 絡みついた《夜棘》はミミナとリリア。


 俺は警戒している魔物へ近づきすぎないよう距離を作り、どうすれば怖がらせずに治療できるか考えた。


 それだけだった。


 それでも、少しずつ空気が変わっていった。


 最初は遠くから見ていたホーンラビットが近くまで来る。


 子狼がミミナのローブの端を嗅いで怒られそうになり、ミミナは必死に動かず耐えている。


 リリアの鎧へ興味を持った小さな鹿が、青い布を鼻先で揺らす。


「動けません」


「聖騎士が完全に捕まってる」


「助けてください」


「剣で解決できない相手には弱いな」


「ユウト」


 久しぶりに、何も考えず笑った。


 異世界へ来てから怖いことはいくらでもあった。


 でも、こんな場所があるなら。


 こんな時間があるなら。


 この世界も悪くないと思える。


 そう思っていた時だった。


 灰耳が泉の向こうへ歩き始めた。


 今度は一頭で。


「まだ何かあるのか?」


 俺がついていく。


 木々の向こうには、細い山道が続いていた。


 そして地面には、深い車輪の跡が残っている。


 新しい。


 第二試験場の方向から来て、山の反対側へ向かっている。


「これ……」


 リリアも追いつく。


 オスカーが跡を確認した。


「荷車だな。それも重い荷物を積んでいる」


 俺は灰耳を見る。


 こいつは最初から、これを見せたかったのかもしれない。


 研究所から持ち出された、何本かの黒い杭。


 犯人の名前はまだ分からない。


 でも。


「行き先は追える」


 今度は、紙の上ではない。


 地面に残った、本物の道だった。


 そして俺達をそこまで連れてきてくれたのは、一頭の魔物との《縁》だった。


          ――第四十六話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は、本作の大事な軸である「魔物との《縁》」をしっかり描きました。


灰耳に案内された先にあったのは、複数の魔物達が逃げ込んでいる小さな避難場所。


フォレストウルフも、

ホーンラビットも、

別種の魔物も、

傷つきながら同じ泉へ集まっていました。


ユウト達は討伐するのではなく、治療することを選びます。


そして灰耳との《縁》も深まりました。


この作品でユウトが増やしていくものは、戦闘力ではありません。


「自分を信じてくれる存在」です。


さらに最後には、第二試験場から続く荷車の跡も見つかりました。


ここでようやく本筋にも戻ります。


次からは書類や人物名を追うだけではなく、


冒険。

魔物。

バトル。

《縁》。

4人の成長。


この作品らしい要素を前面に出しながら、黒い杭の行方を追っていきます。


第47話へ続きます!


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

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