黒い杭の送り先を見た瞬間、リリアが王都の地図を広げました
未完成の黒い杭が、作業台の上に残されている。
俺達はすぐには触らなかった。
「誰かが戻ってくる可能性もある」
リリアは入口側へ立ち、剣を抜いたまま周囲を警戒している。
セイルも隣の通路を確認した。
「他の出入口を調べる」
「一人で行くなよ」
俺が言うと、セイルがこちらを見る。
「分かっている」
以前なら無言で行っていた気がする。
少しくらいは、俺達と行動することに慣れてきたらしい。
オスカーと聖騎士一人がセイルに同行し、残った俺達は工房を調べることになった。
「ミミナ。装置を見られる?」
「うん。でも触る前に周りから見る」
「頼む」
本人からその言葉が出る。
少し前までなら、とりあえず魔力を流していたかもしれない。
それを思うと頼もしい。
ノアは作業台や棚を確認しながら、使われた薬品や素材を見ている。
「生活していたようには見えませんね」
「泊まってた跡はない?」
「少なくとも、この部屋には」
水や食事の残りはない。
火を使っていた。
装置も動かした。
だが長期間ここで暮らしていたわけではない。
「作る時だけ来てる?」
「可能性はあります」
俺は作業台を見る。
工具は整理されている。
散らかっていない。
急いで逃げたようには見えない。
「俺達が来るって分かってたのかな」
口にしてから、自分で嫌になった。
「どうしてそう思うのです?」
リリアが尋ねる。
「普通、隠れて悪いことしてるところへ誰か来たら、慌てて逃げると思わない?」
「はい」
「でもここ、綺麗すぎる」
使った道具は戻されている。
炉も放置して逃げたのではなく、燃料を追加されていないだけだ。
未完成の杭だけは途中だが、それ以外に慌ただしさがない。
「作業をやめて普通に帰った?」
ミミナが言う。
「俺にはそう見える」
「では、ユウト達が来ることを知っていたとは限りませんね」
ノアが冷静に訂正する。
「うん。そこは分けよう」
俺達が来る前に、偶然作業を終えて帰った可能性もある。
「ミミナ。どう?」
「装置はやっぱり使われてる」
彼女が《術式刻印器》の側面を指す。
「ここの魔石、最近かなり魔力を使ってる。あと……」
「何?」
「設定が残ってる」
俺にはまったく分からない。
ミミナは調整器に触れず、刻まれた数値や術式を見比べる。
「最後に何を作ったか分かる?」
「完全には。でも同じものを何本も作ってたと思う」
「何本くらい?」
「記録が残ってれば……」
途中で彼女が目を止めた。
「これかな」
装置の横に、小さな回転板がある。
数字が刻まれている。
「二十七」
俺が読む。
「それ、何?」
オスカーが戻ってきた。
「製造回数の記録だ」
「二十七本?」
「必ずしも完成品の数とは限らん。失敗作でも刻印を開始すれば加算される」
それでも。
「今まで見つけた数より多いな」
「かなり」
ノアが答える。
リベルタ周辺。
王都地下。
まだ見つけていない杭がある可能性は最初からあった。
だが数字として見ると重さが違う。
「全部が黒い杭とも限らないよな?」
「その通りだ」
オスカーも頷く。
「この装置なら別の魔道具も作れる」
決めつけない。
ただ、調べる必要はある。
「材料の記録って残らない?」
俺が尋ねる。
オスカーが工房を見る。
「昔は帳簿を付けていた」
「どこ?」
「本来なら、そこの棚だ」
指された棚を見る。
空ではない。
古い冊子が何冊も並んでいる。
そのほとんどは三年前の日付だった。
「最近のは?」
「見当たらない」
簡単にはいかないらしい。
その時だった。
「ユウト」
ノアが呼んだ。
「何かあった?」
彼女は作業台の下へしゃがんでいた。
「これを」
拾ったのは、小さな木片…
ではなく荷物へ付ける札のようなものだった。
表面には数字と文字が刻まれている。
「読める?」
「『L-3』」
それだけ。
「何の番号でしょう」
リリアも近づく。
オスカーは知らないらしい。
「研究所の番号ではない」
セイルも首を横に振る。
「昔は使っていなかった」
新しいものか。
「他にもない?」
俺達は周辺を探した。
すぐに二枚目が見つかった。
『R-2』
三枚目。
『E-4』
「荷物の行き先?」
ミミナが言う。
「まだ分からない」
ただ、Lという文字で真っ先に思い浮かぶ場所がある。
リベルタ。
Rなら王都――では文字が合わない。王都の名称の頭文字ではない可能性もある。
「これだけじゃ何とも言えないな」
俺が札を置こうとした時、リリアが一枚を見つめた。
「待ってください」
「何?」
「この数字」
「三?」
「違います」
彼女は自分の荷物から、王都周辺の地図を取り出した。
俺は一瞬だけ感動した。
「リリアが自分から地図を出した……」
「今はそこではありません!」
「ごめん」
本当に重要な場面だった。
リリアは地図を床へ広げる。
「王都から各地方へ向かう騎士団の連絡路には、区画番号があります」
「区画番号?」
「はい。方面を文字、各中継地域を番号で表します」
札を地図の横へ置く。
「L-3は?」
リリアの指が地図を進む。
止まった。
リベルタの近く。
「……嘘だろ」
「リベルタ周辺を含む第三区画です」
空気が変わった。
「R-2は?」
次の札。
リリアが別方向へ指を動かす。
「王都北側の第二管理区画」
そこには、俺達が黒い杭を見つけた地下水路へつながる地域が含まれている。
「E-4」
三枚目。
今度は王都からかなり離れた東。
リリアの指が止まった場所を見て、彼女自身の顔色が変わった。
「ここ……」
「知ってるのか?」
俺が尋ねる。
彼女は鞄から別の紙を出した。
以前、聖騎士団から届いた報告。
各地で確認された魔物の生息域変化。
「同じ地域です」
誰も口を開かなかった。
以前から、王都以外でも魔物が住処を離れているという報告はあった。
ただし、それが《夜棘》や黒い杭と同じ原因だとは確認できていなかった。
「じゃあやっぱり全部……」
ミミナが言いかける。
「まだ」
俺が止める。
「札がそこを指してるだけだ」
「うん」
ミミナもすぐ頷いた。
「杭が送られたとは、まだ分からない」
「ですが」
ノアが地図を見る。
「無関係として扱うには、重なりが増えてきましたね」
その通りだ。
リベルタ。
王都。
そして、別地域で起きている魔物の異常。
初めて同じ地図の上に乗った。
「他の札を探そう」
俺が言う。
全員で工房を調べ直す。
作業台の下。
棚の隙間。
廃棄金属の箱。
一時間近くかかった。
見つかった札は全部で七枚。
リリアが地図へ置いていく。
そのうち二つは、これまで異常報告が出ていない地域。
三つは、魔物の生息域変化が報告されている地域と重なった。
残り二つはリベルタと王都。
「全部一致ではない」
俺が言う。
「そうですね」
ノアも頷く。
「だから、この札だけを根拠に黒い杭の配置図とは断定できません」
「でも調べる価値はある」
リリアが地図を見る。
「聖騎士団へ確認します」
俺も頷いた。
つい昨日まで。
俺達は、リベルタで起きた異変を追っていた。
それが王都へつながった。
そして今。
その線が、さらに遠くへ伸びようとしている。
◇
「ユウト」
ミミナの声が聞こえた。
「どうした?」
彼女は部屋の奥にある木箱の前へ立っていた。
「これ……見て」
蓋は開いている。
中は空だった。
ただし、底には黒い金属粉が残っている。
箱の側面には、小さな札が打ち付けられていた。
これまでとは違う。
文字と数字ではない。
一つの単語。
『未発送』
俺は空箱を見る。
「何本入ってたか分かる?」
オスカーが箱の大きさを確認する。
「この形なら、五本程度だ」
「今はゼロ」
「ああ」
喉が少し乾いた。
誰かが持っていった。
「いつ?」
「それは分からない」
当然だ。
だけど。
炉にはまだ火が残っていた。
《術式刻印器》も温かかった。
作業台には未完成の一本。
「そんなに前じゃないよな」
俺が言うと、誰も否定しなかった。
リリアが地図を見つめる。
七つの札。
いくつかは既に異変の起きた地域と重なる。
そして、この研究所からは最近、さらに何本かが持ち出された可能性がある。
「次の場所へ届く前なら」
俺が口を開く。
「止められるかもしれない」
今まで俺達は、起きたことの後を追ってきた。
《夜棘》が増えてから。
魔物が逃げてから。
誰かが傷ついてから。
でも。
まだ届いていないものがあるなら。
「今度は先に行こう」
リリアが俺を見る。
ミミナも。
ノアも。
「賛成です」
リリアが答えた。
「私も」
「異論ありません」
今度こそ。
何かが起こってからではなく。
起こる前に止める。
そのための手掛かりが、ようやく俺達の手に入った。
――第四十四話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
第二試験場で発見された《術式刻印器》。
さらに工房からは、荷物に付けられていたと思われる複数の札が見つかりました。
その番号をリリアが地図と照合すると、
リベルタ周辺。
王都周辺。
そして、これまで魔物の生息域変化が報告されていた地域の一部と重なりました。
ただし、現時点では、
「札の場所へ黒い杭が送られた」
とまでは断定できません。
一致しない地域もあります。
だからこそ、これから確認する必要があります。
そして最後に見つかった、
『未発送』
の空箱。
炉にはまだ火が残り、
《術式刻印器》も温かい。
誰かが、ごく最近までここで黒い杭を作っていた可能性があります。
今までのユウト達は、
異変が起きてから追いかけていました。
ですが今回は違います。
まだ被害が起きていない場所へ、
先に辿り着けるかもしれません。
次回、第45話へ続きます!
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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