死者の証明書に署名した男は、「俺が書いた」と認めました
エド本人が知らない休職届。
三週間前に届いた、四か月前の許可証を確認する内部便。
そして差出元に使われていたのは、三年前まで存在した部署名。
調べれば調べるほど書類ばかり増えていく。
剣で斬れる相手の方が、まだ分かりやすいのかもしれない。
「俺が言うと説得力ないけど」
聖騎士団本部へ戻る途中、俺は横を歩くリリアを見る。
「何でしょう?」
「こういう時、剣って便利だな」
「何を斬るつもりですか?」
「斬れないから困ってるって話」
「書類を斬っても解決しませんよ」
「分かってるよ」
リリアは少しだけ首を傾げていた。
冗談として伝わったかどうか怪しい。
だが、その後ろでミミナが笑っていたのでよしとする。
◇
聖騎士団へ戻ると、グレンが一通の報告を受け取っていた。
「オスカー・レイドの所在が確認できた」
以前、設備局で見つかった所属証明。
死んでいるラウルを、事故後に作られた臨時調査班の所属者として証明した書類。
その責任者欄に記されていた名前が、オスカー・レイドだった。
「会えますか?」
「ああ。王都郊外で魔道具修理工房を営んでいる。こちらから連絡したところ、事情を聞きたいなら来いとのことだ」
「ずいぶん堂々としてますね」
ノアが言う。
「だから白とは限らないがな」
「もちろん」
俺達はすぐに向かうことになった。
セイルも同行する。
王都を出て、一時間ほど。
街道沿いから少し入った場所に、その工房はあった。
建物の前には壊れたランタン、農具、古い魔道具などが並び、どう見ても怪しい秘密研究所には見えない。
「いらっしゃい」
中から出てきたのは、六十歳前後の大柄な男だった。
灰色混じりの髪を後ろへ撫でつけ、右腕には工具袋を下げている。
男はグレンより先にセイルを見た。
「……久しぶりだな」
「オスカー」
「生きていたか」
「そっちもな」
親しい再会には聞こえなかった。
ただ、本当に初対面ではないことだけは分かる。
「中へ入れ」
◇
工房の奥へ通される。
作業台の上には分解された魔道具が並び、壁一面に工具が掛けられていた。
ミミナが一瞬だけ目を輝かせたが、今日はさすがに触らない。
グレンが問題の証明書を机へ置いた。
「これを確認してほしい」
オスカーは眼鏡を取り、紙を顔へ近づけた。
一瞬で表情が変わる。
「……どこから出た」
「王都魔術設備局だ」
「誰が使った?」
「ラウル・ヴェイン」
オスカーの手が止まる。
セイルが低く言った。
「ラウルは死んでいる」
「知っている」
その返事は速かった。
「だったら、この署名は?」
グレンが責任者欄を指す。
オスカーは長い間そこを見ていた。
やがて、信じたくない答えが返ってきた。
「俺の字だ」
部屋が静かになる。
「書いたんですか?」
俺が尋ねる。
「ああ」
「ラウルさんが生きていると思って?」
「違う」
オスカーが顔を上げる。
「これは三年前に書いた」
意味が分からなかった。
「四か月前の書類ですよ?」
「日付じゃない。署名だけだ」
グレンの表情が変わる。
「説明しろ」
オスカーはしばらく黙ったあと、椅子へ深く腰を下ろした。
「事故直後は地獄だった」
その一言で、セイルの顔も硬くなる。
「設備は壊れ、研究員は死に、複数の現場で地下魔力が不安定になった。生き残った研究者や技官を現場へ送り出すたび、本来なら所属証明を一枚ずつ作る必要があった」
「まさか」
ノアが何かに気づく。
「空欄の証明書へ、先に署名したのですか?」
「そうだ」
オスカーは否定しなかった。
「名前と派遣先は現場が決まってから事務方に書かせる。俺は責任者として、何十枚かに署名と印を入れた」
「それ、駄目なやつじゃないですか?」
俺が言うと、オスカーは苦く笑った。
「分かっている」
「当時も?」
「分かっていた」
笑いが消える。
「だが、申請を待っている間にも現場では魔力が噴き出していた。許可証一枚を待って人が死ぬくらいなら、規則を破る方を選んだ」
簡単には責められなかった。
でも。
「それと、今こうなってることは別ですよね」
「ああ」
オスカーが俺を見る。
「俺がやったことが原因の一つなら、言い訳する気はない」
ノアが尋ねる。
「その空欄の証明書は、事故処理終了後どうなりましたか?」
「全部回収して処分した」
「本当に全部?」
オスカーが黙った。
その沈黙で答えが分かった。
「……一枚、数が合わなかった」
セイルが立ち上がった。
「何だと?」
初めて声が大きくなった。
「お前、それを知っていたのか」
「知っていた」
「なぜ報告しなかった!」
「事故処理が終わった時点で無効になる書類だと思ったからだ!」
オスカーも立ち上がる。
「臨時調査班は解散した! 使えるはずがない。俺も、設備局も、そう判断した!」
「だから黙ったのか!」
「そうだ!」
一気に空気が張り詰める。
リリアが動こうとしたが、俺は小さく手を出した。
まだ止めなくていい。
これは殴り合いではない。
三年間、抱えてきたものが違うだけだ。
「ラウルは死んだんだぞ!」
セイルの声が震えていた。
「あいつの名前を使われて、人を守るために作った術式まで利用されてる!」
「分かっている!」
「分かっていたら――」
「その時は分からなかった!」
オスカーの声が工房へ響く。
そこで初めて、セイルも黙った。
「三年前の俺に、今起きていることまで分かるわけがない」
オスカーは拳を握る。
「俺は目の前の事故を終わらせることしか考えていなかった。死者を増やさないために書類を先に作った。その結果、一枚なくした」
声が落ちる。
「それが今使われているなら、俺の責任もある」
誰も何も言わなかった。
俺は少し迷ってから尋ねた。
「オスカーさん」
「何だ」
「今、後悔してます?」
「している」
「じゃあ、それは後でいいです」
全員がこちらを見る。
「後で?」
「なくなった一枚を、誰が持っていったのかを先に知りたい」
オスカーが少し驚いた顔をする。
「責任取るとか謝るとか、それは逃げないでちゃんとやってもらえばいい。でも今は、また誰かが《夜棘》で傷つくかもしれない」
ティオの時と同じだ。
間違えたから終わりではない。
「今から起こるかもしれない最悪を止める方が先じゃないですか?」
オスカーはしばらく俺を見ていた。
やがて大きく息を吐く。
「……セイル」
「何だ」
「すまなかった」
「……今はいい」
返事は冷たかった。
それでも、さっきまでとは少し違う。
「ユウトの言う通りだ。先に止める事が先決だ」
よかった。
「じゃあ、空欄の書類を扱えた人を――」
「待て」
オスカーが俺を止めた。
「一枚足りなかったのは、証明書だけじゃない」
嫌な予感がした。
「他にも?」
「ああ」
オスカーは立ち上がり、工房の奥へ向かう。
鍵付きの棚から古い帳簿を持ってきた。
「事故後、研究設備も全部回収した。《封脈晶》、補助装置、試作品、工具、研究用魔道具」
ページを開く。
「その中で一つだけ、最後まで見つからなかったものがある」
ミミナが帳簿を覗き込む。
「何?」
オスカーの指が、一行で止まる。
『術式刻印器・試作二号』
「何をする道具ですか?」
俺が尋ねる。
答えたのはセイルだった。
「魔道具へ術式を刻むための装置だ」
ミミナの表情が変わる。
「どのくらい複雑な術式まで?」
「研究用だ。設計さえあれば、《封脈晶》の補助装置程度なら作れる」
黒い杭。
頭の中で、それまでの情報が一気につながった。
「待って」
俺は帳簿を見る。
「書類だけじゃないんだ」
ラウルの設計。
消えた一ページ。
正式な空欄の所属証明。
エドの認証情報。
そして魔道具へ術式を刻める装置。
「相手は最初から、必要なものを一つずつ集めてた?」
ノアが静かに続ける。
「少なくとも、そう考えれば現在分かっている事実の多くを説明できます」
「誰が持っていった?」
グレンが尋ねる。
オスカーは帳簿を閉じた。
「分からない」
またそこかと思いかけた。
だが、今回は続きがあった。
「ただし、最後に使った場所は分かる」
「どこなんだ?」
「事故現場ではない」
オスカーがセイルを見る。
「研究班の第二試験場だ」
セイルの表情が変わった。
「……あそこは封鎖されたはずだ」
「封鎖した」
オスカーが頷く。
「だから三年間、誰も確認していない」
俺は嫌な予感しかしなかった。
「場所は?」
セイルが答える。
「王都の北西」
一度言葉を切る。
「山の中だ」
黒い杭を作るために必要な可能性がある装置。
三年間、所在不明。
そして最後に使われた場所は、誰も入っていないはずの旧研究施設。
ようやく俺達は、書類の山から外へ出られる。
真相が近づいてきている。
――第四十二話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、ラウルの所属を証明していた書類について大きく進みました。
責任者欄の署名は偽物ではありません。
オスカー本人が、
三年前の事故処理中に書いた本物でした。
ただし――
名前が空欄のまま事前に署名された証明書。
緊急時に人を助けるための判断でしたが、
一枚だけ回収されずに消えていました。
善意や緊急対応のために行ったことが、
三年後に悪用されている。
そして消えていたのは書類だけではありません。
魔道具へ術式を刻むことのできる、
《術式刻印器》の試作機も所在不明。
黒い杭を作るために必要だった可能性のある道具です。
最後に使われた場所は、
三年間封鎖されたままの「第二試験場」。
第43話から、
ユウト達は王都を離れ、旧研究施設へ向かいます。
事件はようやく、
書類ではなく“現場”へ戻ります。
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