「休職中」の本人に会ったら、普通に昼飯を食べていました
王都魔術設備局の記録では、エド・マーカスは二週間前から休職している。
ところが本人は休職届など出しておらず、自分が休職扱いになっていることすら知らなかった。
そこまで聞いた時点で、俺達が次にやることは決まっていた。
「エドさん本人に会わせてください」
俺が言うと、グレン副団長もすぐ頷いた。
「ああ。すでに部下を向かわせている」
「設備局へ呼ぶんですか?」
「いや」
グレンは机に広がった書類をまとめながら首を横に振った。
「本人が何も知らないのであれば、先にこちらから出向く。ここへ呼べば、周囲に余計な情報を与える可能性がある」
なるほど。
誰が何をしているのか分からない以上、設備局の中で大騒ぎしない方がいい。
「じゃあ俺達も?」
「来てもらう」
「ですよね」
もはや聞くまでもなかった。
◇
エド・マーカスの家は、王都中心部から少し離れた住宅街にあった。
豪邸ではない。
二階建ての小さな家で、玄関脇には手入れされた鉢植えまで並んでいる。
グレンが扉を叩くと、すぐ中から返事があった。
「はいはい、今行きますよ」
扉が開く。
出てきたのは、四十代くらいの細身の男性だった。
少し癖のある茶髪に眼鏡。
そして片手には――パンが握られている。
「……あ」
男性が俺達を見る。
聖騎士団副団長。
聖騎士リリア。
冒険者三人。
セイル。
自宅の前に突然これだけ並べば、普通は驚く。
「エド・マーカスさんですね?」
グレンが尋ねる。
「そうですけど……何かありました?」
パンを持ったまま答えている。
俺は一瞬、昨日まで頭の中で想像していた『謎の許可担当者』との落差についていけなかった。
「昼食中でした?」
思わず聞く。
「ええ。今日は休みなので」
そこで全員が止まった。
「休み?」
俺が聞き返す。
「はい。普通の公休日です」
エドの方も不思議そうな顔をしている。
「……二週間前から休職してることになってますけど」
「だから何なんですか、それは」
本人が一番困っていた。
◇
家の中へ通してもらい、事情を説明した。
エドの表情は、話が進むほど険しくなっていった。
「私の名前で休職届が?」
「はい」
「しかも、ラウル・ヴェインの研究者登録を戻したのも私?」
「記録上は」
「閲覧許可を発行したのも?」
「あなたになっています」
エドは眼鏡を外し、両手で顔を覆った。
「……全く覚えがありません」
嘘をついているようには見えない。
もちろん、見た目だけで判断するつもりはない。
「エドさん」
「はい」
「責任を追及しに来たわけじゃないです」
顔を上げてもらう。
「今は、あなたが何をしたかじゃなくて、あなたの名前がどう使われたのかを知りたいです」
「私の名前が……」
「だから、四か月前のことを思い出してください。特別なことじゃなくていいです」
俺は少し考えてから続ける。
「仕事へ行った。誰と話した。書類を処理した。昼飯を食べた。何でもいいです」
「そんなことで?」
「変なことだけ探すと、何でも怪しく見えるから」
エドはしばらく俺を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「分かりました」
四か月前。
もちろん一日単位の記憶までは残っていない。
ただ、当時は王都の地下設備について大規模な点検が行われていたらしい。
「北水門も?」
リリアが尋ねる。
「直接ではありません。ただ、古い設備の記録整理は行いました」
「昔の資料を触った?」
「ええ。三年前の事故後に封印された設備もありますから、現行設備と混同しないよう台帳を整理しました」
俺達は顔を見合わせた。
「その作業で、ラウルさんの名前を見た可能性は?」
「十分あります。しかし……」
エドが眉を寄せる。
「死亡した研究者を再登録する理由はありません」
そこは変わらない。
「許可を発行する時、エドさんは何を使います?」
ノアが尋ねた。
「担当者印と、個人認証札です」
「認証札?」
「職員ごとに支給される小型の魔道具です。許可番号と担当者を記録するためのものです」
これまで聞いていなかった。
「それがないと、エドさん名義の許可証は発行できない?」
「原則は」
「四か月前、なくしたことは?」
「ありません」
即答だった。
「一度も?」
「……いや」
エドの表情が止まった。
「何かあった?」
「なくしたわけではありませんが、一度だけ手元を離れています」
全員の空気が変わる。
「いつ?」
「その資料整理の時です」
エドは記憶を辿りながら話す。
「古い認証札は、現在の設備との互換性を確認するため、一度まとめて検査に出しました。私のものも半日ほど預けています」
「誰に?」
「設備管理担当へ」
「担当者の名前は?」
エドが少し考える。
「そこまでは覚えていません。正式な回収依頼でしたし、複数の職員が同時に提出しています」
グレンが立ち上がりかけたが、俺はもう一つ聞いた。
「戻ってきた認証札は、間違いなく自分の?」
「番号は確認しました」
「その後も普通に使えた?」
「もちろんです」
なら盗まれてはいない。
少なくとも今は手元に戻っている。
「複製ってできます?」
俺が尋ねる。
エドの顔が強張った。
「通常は不可能です」
「通常は?」
「内部構造を理解し、専用の設備があれば……絶対にできないとは言い切れません」
ミミナが反応する。
「魔道具なんだよね?」
「ああ」
「見せてもらってもいい?」
エドがグレンを見る。
許可を得て、小さな金属板を取り出した。
ミミナは触らず、近くから観察する。
「これ、結構複雑」
「複製できそう?」
「今すぐやれって言われても無理」
ミミナが首を振る。
「でも、仕組みを知ってる人が設備まで持ってたら……」
「できる可能性はある?」
「あると思う」
また同じだ。
黒い杭。
封印資料。
正式な許可書。
全部、表面だけ知っている人間にはできない。
仕組みそのものを理解している。
「エドさん」
「はい」
「二週間前に出された休職届については、本当に何も?」
「ありません」
「最近、仕事で変わったことは?」
「特には……」
そこで言葉が止まった。
「小さいことでもいいです」
「いや、関係があるか分からないんですが」
「それで大丈夫です」
「三週間ほど前、古い許可記録について問い合わせを受けました」
俺は姿勢を直した。
「誰から?」
「設備局の内部便です」
「内容は?」
「四か月前に発行した旧研究資料の閲覧許可について、記録番号を確認してほしいと」
「ラウルさんの?」
「名前は書かれていませんでした。ただ、今思えば同じ番号です」
グレンの表情が険しくなる。
「返事は?」
「自分の記憶にない発行だったので、『確認が必要』と返しました」
「その後?」
「何もありません」
ノアが静かに言った。
「そして一週間後、エドさん名義の休職届が出された」
偶然かもしれない。
ただ、時期が近すぎる。
「エドさんが自分の名前で出された許可に気づきかけたから、仕事から外した?」
ミミナが小さく言う。
「可能性はあります」
俺は答えた。
「でも、まだそうだとは決められない」
休職届が出された目的は分からない。
ただし一つ、調べられることができた。
「その内部便、残ってますか?」
「記録なら」
「見たいです」
◇
設備局へ戻り、エド宛ての問い合わせ記録を確認した。
内容は短い。
四か月前の閲覧許可番号について、担当者本人の処理か確認するもの。
差出部署。
『旧設備保全課』
「そんな部署ありました?」
俺が尋ねる。
設備局の職員が首を横に振った。
「現在はありません」
また昔のものだ。
「昔は?」
セイルがすぐ聞く。
「三年前の組織再編前まで存在しました」
背中に嫌なものが走る。
三年前まで使われていた『第三記録室』。
三年前の事故後に存在した『地下魔力災害対策臨時調査班』。
そして今度は、三年前まで存在した『旧設備保全課』。
「この人」
俺は記録を見る。
「今の王都を知らないんじゃない」
「どういう意味です?」
リリアが尋ねる。
「昔の情報を使い続けてるんだ」
今の部署名ではなく、昔の名前。
今の通路ではなく、古い水門。
三年前の研究者。
「相手が持ってる情報が、三年前で止まってる?」
ミミナが言う。
「可能性はある」
セイルが低く答えた。
「だが、それなら妙だ」
「何が?」
「現在の正式な書式や印章も知っている」
そうだった。
古い情報しかないのに、新しい制度も使えている。
「両方知ってる?」
俺は呟く。
三年前の内部を知る人間と、現在の内部を知る人間。
同じ人物なのか。
それとも。
そこまで考えて、止めた。
「まだ分からないな」
「珍しく早く止まりましたね」
ノアが言う。
「最近、勝手に結論出すと危ないって学んだから」
「成長ですね」
「もっと嬉しそうに言ってくれない?」
ノアの口元がほんの少しだけ上がった。
グレンが問い合わせ記録を手に取る。
「差出元を調べる」
「お願いします」
俺はその紙を見る。
エドが休職させられた理由は、まだ分からない。
それでも、初めてだった。
俺達が過去を追っているだけではない。
三週間前。
誰かもまた、四か月前の許可証について確認している。
事件は三年前で止まっていない。
四か月前でも終わっていない。
今も、誰かが動いている。
――第四十一話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
記録上は「休職中」だったエド・マーカス。
しかし本人は普通に自宅で昼食を食べており、
休職届を出した覚えすらありませんでした。
さらに分かったのは、
四か月前の資料整理で、
エドの個人認証札が半日だけ手元を離れていたこと。
そして三週間前、
エド自身も「自分の覚えのない許可証」に気づきかけていたことです。
その一週間後、
本人の知らないところで休職扱いになりました。
偶然なのか。
それとも、仕事から遠ざける必要があったのか。
まだ断定はできません。
ただ一つ確かなのは、
過去の事件を調べているのは、
ユウト達だけではないということ。
誰かが今も動いています。
第42話へ続きます!




