正式な許可証なのに、申請した人間だけ存在しませんでした
「許可証そのものは本物です」
王都魔術設備局の職員は、机の上に置かれた書類を見ながらそう言った。
北水門の調査を終えた翌日、俺達は、四か月前にラウル・ヴェイン名義の閲覧許可を発行した王都魔術設備局へ来ていた。
石造りの立派な建物だが、聖騎士団本部とは雰囲気がまるで違う。
廊下を職員が慌ただしく行き交い、壁には王都の水路図や魔道具設備の配置図が貼られている。
戦う場所ではなく、町を動かすための場所。
昨日までは存在すら知らなかった。
「偽造ではないんですね?」
グレン副団長が確認する。
「はい。印章番号も発行番号も、当局の記録と一致します」
「じゃあ、設備局の誰かが許可したんですか?」
俺が尋ねる。
対応している年配の男性職員は、困ったように頷いた。
「記録上はそうなります」
「記録上?」
嫌な言葉がまた出た。
「発行を担当した者が、ただ今休職しておりまして」
「四か月前から?」
「いえ。二週間ほど前からです」
グレンの表情が変わる。
「理由は?」
「体調不良と聞いております」
「名前は?」
男性職員が書類を確認する。
「エド・マーカス。許可管理課の職員です」
また知らない名前だ。
だからといって怪しいと決める理由にはならない。
「本人には会えますか?」
「確認しなければ何とも……」
グレンが騎士団側で連絡を取る間、俺達は四か月前の申請記録を見せてもらうことになった。
◇
「これが元の申請書です」
机へ置かれた紙には、確かにラウル・ヴェインの名前がある。
目的。
『旧地下魔力設備の安全確認』
閲覧対象。
『封脈技術関連資料』
理由。
『北水門付近で旧式術式との干渉反応を確認したため』
俺は最後の一文で手を止めた。
「北水門?」
「どうしたの?」
ミミナが横から覗く。
「資料を読んだあとに道を聞いたんだよな」
「うん」
「でも申請する時点で、北水門で異常があるって書いてある」
ミミナも気づいた。
「あれ?」
おかしい。
「北水門を知らなかったから道を聞いたわけじゃない?」
ノアが静かに言う。
「少なくとも、申請書を本人が作成したのであれば、場所の存在は知っていたことになります」
「だったら何で道を聞いたんだ?」
リリアが申請書を見る。
「現在の行き方だけ確認したかったのではありませんか?」
あり得る。
三年前の道と今の道が変わっている可能性もある。
「でも昨日の古い整備路は知ってた可能性が高い」
俺は椅子へ座り直す。
古い王都を知っている。
昔の第三記録室を知っている。
北水門の古い通路を知っている。
それなのに、現在の北水門への道は聞いた。
「昔の王都しか知らなかった!?」
口に出した瞬間、セイルが顔を上げた。
「何?」
「三年前までは知ってた。でも今の王都は知らない人だったら?」
俺達を見る。
「第三記録室っていう昔の名前を知ってる。昔の整備路も知ってる。でも今の町で北水門へどう行けばいいかは分からない」
ノアがゆっくり頷く。
「辻褄は合います」
「三年前から王都にいなかった人?」
ミミナが言う。
「可能性はある」
リリアが付け加える。
「ただし、単にその地区へ行った経験がない人物でも成立します」
「そうだな」
また一つ、候補を狭めすぎるところだった。
「他に申請書で分かることあります?」
俺が職員へ尋ねる。
「そうですね……」
男性は何枚かの記録を見比べる。
「申請自体は通常の手順です。本人確認、目的確認、担当課の承認。その後、許可管理課で閲覧証を発行しています」
「本人確認って何を使うんですか?」
「研究従事者の場合は登録証です」
「ラウルさんの登録証は三年前に失効してないんですか?」
部屋が静かになった。
男性職員の手が止まる。
「……少々お待ちください」
棚から別の台帳を取り出す。
ページを何枚もめくる。
その顔が徐々に険しくなった。
「どうしました?」
「ラウル・ヴェイン氏の研究者登録は、三年前の死亡確認後に失効処理されています」
「じゃあ通らないよな?」
「本来は」
「でも通った」
「はい」
俺は申請書を見る。
「四か月前だけ復活してた?」
「確認します」
さらに別の記録。
今度はかなり時間がかかった。
やがて職員が一枚の紙で止まる。
「……再登録処理がされています」
「誰が?」
「それが」
男性の顔色が悪い。
「申請者本人です」
「え?」
「ラウル・ヴェイン名義で、研究者登録の再有効化申請が出ています」
意味が分からない。
「死んだ本人が、自分の登録を戻してくれって?」
「記録上はそうなっています」
「誰が受け付けたんですか?」
「こちらもエド・マーカスです」
休職中の職員。
一気に怪しく見える。
でも。
「エドさんが犯人だって決めるのはまだ早い」
俺が言うと、グレンがこちらを見る。
「なぜそう思う?」
「一人でやるなら、記録に自分の名前残しすぎじゃないですか?」
再登録。
許可証発行。
どちらにも同じ職員名。
不正を隠したい人間が、わざわざ自分の名前を二回も正式記録へ残すだろうか。
「事情を知らずに手続きした可能性?」
ミミナが聞く。
「俺なら、そっちの線も調べる」
ノアが書類を見る。
「ではエドさん本人から話を聞く必要がありますね」
「うん。でもその前に」
俺は年配の職員へ尋ねる。
「再登録する時って、エドさん一人の判断でできるんですか?」
「いいえ」
即答だった。
「所属部署からの証明書が必要です」
「ラウルさんの所属は、もうなくなってる研究班ですよね?」
「そのはずです」
「じゃあ証明書は?」
また書類探しが始まった。
数分後、一枚の紙が出てくる。
正式な様式。
正式な印。
そして所属欄。
『地下魔力災害対策臨時調査班』
「そんな部署あるんですか?」
俺が尋ねる。
男性職員は紙を見つめたまま答えない。
「現在はありません」
「現在は?」
「三年前の事故後、一時的に設置された部署です。研究資料や現場設備を回収するために、半年ほどだけ存在しました」
セイルの顔が変わった。
「その班なら知っている」
「所属してた?」
「俺もいた」
全員の視線がセイルへ向く。
「ラウルは?」
「死後に作られた班だ。所属するはずがない」
完全におかしい。
存在した部署。
正式な書式。
正式な印章。
でも、そこに所属するはずのない死者の名前。
「その証明書を作った人は?」
グレンが尋ねる。
「責任者欄があります」
職員が名前を読む。
「オスカー・レイド」
セイルがすぐ反応した。
「その人も研究者?」
俺が聞く。
「違う」
「知ってるのか?」
「事故後の調査班を指揮した王都魔術設備局の技官だ」
初めて、現在の設備局につながった。
「今もここにいるのか?」
グレンが職員を見る。
しかし、男性は困惑していた。
「オスカー・レイド技官は……」
嫌な予感がした。
「三年前の事故処理が終了した翌年に退職しています」
「生きてる?」
つい聞いてしまう。
「はい。それは間違いありません」
少しだけ安心した。
死人が二人目まで出てきたら頭がおかしくなるところだった。
「現在はどこに?」
「王都近郊で魔道具修理工房を営んでいると聞いております」
ようやくだ。
ようやく直接話を聞ける人間が出てきた。
「その人が証明書を出した可能性は?」
「確認しないと分かりません」
グレンが立ち上がる。
「今から向かう」
「待ってください」
俺は申請書をもう一度見る。
「その前に、もう一個だけ聞いていいですか?」
「何だ?」
「エドさんは何を見て、ラウルさん本人だと思ったんです?」
全員がこちらを見る。
「登録証があったから、書類があったから、っていう話は分かりました。でも」
死んだ人間の名前を使っている。
顔は違うはずだ。
「本人確認したなら、顔も見てるんですよね?」
年配の職員が口を開きかけて、止まった。
「……研究者登録証には、顔写真がありません」
「え?」
「氏名、登録番号、所属、専門分野のみです」
俺は思わず額へ手を当てた。
「じゃあ極端な話、その書類さえ揃ってれば誰でもラウルさんになれる?」
「通常なら、所属証明や上司の確認がありますので不可能です」
「今回は、その所属証明まで揃ってた」
「はい」
つまり。
偽物が上手く演技したから騙されたわけじゃない。
最初から、
「ラウル・ヴェインである」
と信じるしかない書類が用意されていた。
「グレンさん」
「何だ」
「これ、死んだ人の名前を盗んだことより、もっと怖いかもしれないです」
「どういう意味だ?」
「嘘をついた一人だけ探しても終わらない」
俺は机いっぱいに並んだ書類を見る。
全部、本物の形式。
全部、正規の手続きを通っている。
「この人、嘘を本当に見せる方法を知ってる」
誰か一人を脅して通ったのではない。
役所が何を確認するか。
どの書類が必要か。
どの印があれば人が信じるか。
全部知った上で、順番に揃えている。
リリアの表情が険しくなる。
「内部手続きを理解している人物……」
「可能性は高い」
ノアが続ける。
「しかし、元職員でも外部業者でも知る機会はあります」
「うん。だから決めつけない」
今までなら、怪しい名前が出るたび追いかけていたかもしれない。
でも今回は少し違う。
相手が何者かより先に。
どうやって俺達を信じ込ませているのかが見え始めている。
その時、部屋の扉が開いた。
グレンの部下が入ってくる。
「副団長」
「どうした?」
「エド・マーカス氏について確認が取れました」
全員が振り返る。
「本人と連絡は?」
「それが……」
騎士は一度息を整えた。
「二週間前に出された休職届ですが、本人は提出していないと話しています」
「何?」
「エド氏は現在、自宅にいます。本人は自分が休職扱いになっていることすら知りませんでした」
今度こそ、誰もすぐには言葉を出せなかった。
ラウルだけじゃない。
今度は生きている人間の名前まで使われている。
「じゃあ」
ミミナが小さく言う。
「四か月前に許可を出した『エドさん』って……誰なの?」
答えられる人間はいなかった。
――第四十話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
第40話まで到達しました!
今回は「犯人の名前」を一つ増やすのではなく、
どうして死者の名前が、
正式な手続きを通過できたのか。
その仕組みをユウト達が追いました。
判明したのは、
・許可証そのものは本物
・ラウルの研究者登録まで再有効化されていた
・正式な所属証明まで提出されていた
・書類上はすべて正しい手続きを通っていた
ということ。
つまり相手は、
王都の制度をかなり深く理解しています。
そして最後に、さらにおかしな事実が判明しました。
四か月前の許可手続きを担当し、
現在「休職中」とされていたエド・マーカス。
しかし本人は――
休職届など提出していませんでした。
死者だけではなく、
生きている人間の名前まで使われている。
では、四か月前に王都魔術設備局で手続きをしていた人物は誰なのか。
第41話へ続きます!
ここまで40話、読んでくださって本当にありがとうございます。
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