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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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嘘をついた人ではなく、嘘を信じた人から探します

「生き残った研究者を調べる前に、四か月前の偽物に会った人から話を聞きたい」


 俺がそう言うと、グレン副団長はしばらく黙っていた。


「理由を聞こう」


「今の段階で昔の研究班を疑っても、たぶん相手が警戒するだけです」


「誰かが関与している可能性はある」


「あります。でも、まだ可能性ですよね」


「ああ」


「なら、先に確実なところから調べたい」


 四か月前。


 誰かがラウル・ヴェインという死者の名前で、実際にこの建物へ入っている。


 なら、その人間を見た人もいる。


「嘘をついた人を探す前に、その嘘を本物だと思った人に聞きます」


 横でミミナが小さく頷いた。


「それなら、犯人だと思って話すわけじゃないもんね」


「そう」


 人は疑われると身構える。


 でも今回は、誰かを追及する必要はない。


「その日、何が普通だったかを聞きたいんです」


 グレンの眉が少し動いた。


「普通だったこと?」


「はい。おかしかったところだけ聞いたら、後からそれっぽいものを探しちゃうかもしれないから」


 俺も昔そうだった。


 答えを決めてから見ると、何でもその答えに見えてくる。


「だから、最初から全部聞きます」


 グレンが小さく息を吐いた。


「交渉士というより尋問官だな」


「怖い言い方やめてもらえます?」


「これでも褒めているんだがな」


「リリアと同じこと言うんですね」


 そのリリアが隣で頷いていた。


 妙なところで気が合わないでほしい。


          ◇


 四か月前に対応した記録庫の職員は、今も同じ部署で働いていた。


 五十歳前後の男性で、俺達が事情を説明すると途端に顔を青くした。


「死んでいた……?」


「あなたが悪いわけじゃありません」


 俺はまずそれを伝えた。


「正規の許可書を持っていたんですよね?」


「はい。確かに確認しました。印章も、申請番号も問題ありませんでした」


「じゃあ俺でも通してたと思います」


 職員の表情が少しだけ戻る。


 最初から責任を追及されたと思わせたら、話せるものも話せなくなる。


「その日のこと、覚えている範囲でいいので最初から教えてください」


「最初から……ですか?」


「変だったことを探さなくて大丈夫です。ありのまま、普通だったことも全部聞きたいです」


 職員は戸惑いながらも、ゆっくり話し始めた。


 男が来たのは昼過ぎ。


 服装は王都では珍しくない灰色系の外套と旅装。


 年齢は三十代後半から四十代ほどに見えた。


 髪は茶色。


 ひげはない。


 特別目立つ特徴もなかった。


「ラウルさんの年齢は?」


 俺が尋ねる。


 セイルが答える。


「死んだ時で四十八だった」


「なら少し若く見えますね」


「ただ、私はラウル・ヴェイン本人を存じませんでした」


 職員が申し訳なさそうに言う。


「三年前に研究班へいた方だとは、書類を見て知っただけです」


 それなら顔を知らなくても不自然ではない。


「話し方は?」


「普通でした。丁寧でしたし、急かすようなこともありませんでした」


「資料を探す時は?」


「迷われませんでした」


 俺とグレンが同時に顔を上げた。


「もう少し詳しく聞いても?」


「はい。保管庫へ入ったあと、私は資料棚の位置をご案内しようとしたのですが、『場所は分かる』と」


「初めて来た人でも、資料番号があれば分かりますか?」


「棚番号までは分かります。ただ……」


 職員が首を傾げる。


「そういえば、少し変ですね」


「何がです?」


「彼は棚番号を見る前に歩き出しました」


 セイルの目つきが変わる。


「どの棚へ?」


「旧第三記録室の奥です」


 今度はセイルが完全に止まった。


「何?」


 俺が尋ねる。


「その呼び方はいつまで使われていた?」


 職員は少し驚く。


「三年前の改修前までです。事故後に保管区画を再編したため、今は封印記録区画と呼んでいます」


「じゃあ今は『第三記録室』って呼ばない?」


「古くからいる職員以外は、まず知らないと思います」


 俺は背筋が冷たくなるのを感じた。


「その人、何て言ったんですか?」


 職員は記憶を探る。


「確か……」


 しばらくして、顔を上げた。


「『第三記録室は、この奥のままだな』と」


 部屋が静かになった。


 資料を盗んだ人間は、研究内容だけではない。


 三年前の保管庫の呼び方まで知っている。


「昔ここへ来たことがある?」


 ミミナが小さく言う。


「その可能性は上がりましたね」


 ノアが答える。


「でも、それだけで研究班の誰かとは決められない」


 俺はすぐに付け加えた。


 三年前から働いている聖騎士団員。


 記録職員。


 研究班と関わった外部の人間。


 知っている人は他にもいるはずだ。


 セイルも頷いた。


「そうだ」


 怒っているからこそ、セイルが決めつけなかったことに少し安心した。


「他には何かありませんでしたか?」


 俺が尋ねる。


「普通だったことでもいいです」


「そうですね……」


 職員が考える。


「資料をお渡ししたあと、二十分ほどで戻ってきました」


「早い?」


「かなり早いと思います。あの種の資料は専門家でも確認に時間がかかりますので」


 やはり最初から目的の場所を知っていた。


「返却した時は?」


「特には……あ」


 職員が声を上げた。


「何か思い出しました?」


「手袋です」


「手袋?」


「入室時はしていなかったと思うのですが、帰る時には右手だけ革手袋をしていました」


 全員が黙る。


「怪我?」


 ミミナが言う。


「分かりません」


「紙を切った時に?」


 俺は昨日見た冊子を思い出す。


 ページは刃物で丁寧に切り取られていた。


 ただ、それと手袋が関係しているかはまだ分からない。


「そこは決めつけないでおこう」


 俺は言った。


「手袋をした理由は、本人しか分からない」


 それでも記録には残してもらう。


「その人、帰る時に何か言いませんでした?」


「……一つだけ」


 職員の表情が少し変わった。


「私が『また必要でしたら申請してください』と申し上げたところ、笑ってこう言いました」


「何て?」


「『もう必要になることはない』と」


 妙に胸に残る言葉だった。


          ◇


 次に、その男を最初に受付した職員へ話を聞いた。


 こちらは若い女性だった。


 話を聞く前に、さっきと同じように伝える。


「責任を調べてるわけじゃありません。覚えてることを、そのまま教えてください」


「分かりました」


 最初は緊張していたが、少しずつ思い出してくれた。


 男は正規の申請書を持っていた。


 態度も普通。


 声を荒らげたり、不自然に周囲を気にしたりする様子もなかった。


「申請書は誰が発行したものですか?」


 ノアが聞く。


「王都魔術設備局です」


 聞き覚えのない部署名だった。


 ただ、地下水路や魔道具設備を管理する王都の行政部署らしい。


 グレンが申請書を見る。


「印章は?」


「照合済みです。本物でした」


「偽造じゃない?」


「少なくとも私達が確認できる範囲では」


 俺は少し考える。


「本物の印を使って、死んだ人の名前で申請した?」


「そういうことになりますね」


 面倒になってきた。


 名前だけ盗んだわけではない。


 現在使われている正式な許可まで持っている。


「それなら、魔術設備局の人が犯人ってこと?」


 ミミナが尋ねる。


「まだ早いと思う」


 俺は首を振った。


「印を盗んだ可能性もあるし、誰かが事情を知らずに許可したかもしれない」


 ノアが俺を見る。


「次も『嘘を信じた人』から調べるのですね」


「うん」


 誰かをいきなり犯人扱いするより、その方が早い気がする。


「王都魔術設備局へ行きましょう」


 リリアが立ち上がる。


「今日中に?」


 俺が聞く。


「早い方がよいでしょう」


 正論だ。


「じゃあ行こう」


 俺達も席を立つ。


 その時、受付職員が何かを思い出したように声をかけてきた。


「あの……」


「はい?」


「関係があるか分かりませんが」


「分からなくても大丈夫です」


 俺が答える。


「聞かせてください」


「その方、帰り際に一度だけ道を聞かれました」


「どこへの?」


「北水門です」


 俺の足が止まる。


「北水門?」


「はい。王都の北側にある古い水門です。今はほとんど使われていないのですが……」


 嫌な予感がする。


 リリアも同じだったらしい。


「地下水路とつながっていますか?」


「古い支線が残っているはずです」


 昨日、俺達が黒い杭を止めたのも王都の地下水路だった。


 四か月前。


 死者の名前で封印資料を見た男。


 その男が最後に尋ねた場所が、王都の古い水門。


「グレンさん」


 俺が振り返る。


「そこ、まだ調べてませんよね?」


 グレンの顔から、さっきまでの余裕が消えていた。


「すぐに確認する」


 犯人が分かったわけではない。


 それでも初めて、四か月前の男が資料を盗んだあと、どこへ向かったのかが見えた。


 俺達はようやく、過去の記録ではなく、その人間が歩いた道を追い始めた。


          ――第三十八話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回はユウトらしい方法で、事件を一歩前へ進めました。


犯人候補を片っ端から疑うのではなく、


「嘘をついた人」ではなく、

「その嘘を本物だと思った人」


から話を聞く。


戦闘能力ではなく、人と話し、情報を整理する《交渉士》としての強みを使っています。


そして分かったことは三つ。


四か月前の人物は、三年前まで使われていた「第三記録室」という古い呼び方を知っていたこと。


現在の正式な許可印を使用していたこと。


そして資料を閲覧したあと、「北水門」への道を尋ねていたこと。


まだ誰が犯人なのかは分かりません。


ですが、ようやく過去の記録だけではなく、その人物が実際に歩いた先を追えるようになりました。


次回、第39話。


ユウト達は王都北側の古い水門へ向かいます。


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