封印された研究記録を開いたら、いちばん重要なページだけ消えていました
王都の地下で黒い杭を止めた翌朝、俺達は再び聖騎士団本部へ来ていた。
ただし今日は地下水路ではない。
案内されたのは、本部のさらに奥にある記録保管区画だった。
「ここから先は、通常の団員も自由には入れない」
先頭を歩くグレン副団長が、重そうな鉄扉の前で足を止める。
扉には鍵穴が二つあり、さらに中央へ小さな魔石が埋め込まれていた。
「ずいぶん厳重ですね」
ノアが扉を見る。
「三年前の事故以降、地下魔力に関する一部の研究資料は封印指定になった。持ち出しはもちろん、閲覧にも許可が必要だ」
「セイルが関わってた研究も?」
「ああ」
グレンは二本の鍵を順番に差し込み、最後に魔石へ手を触れた。
淡い光が走り、重い音とともに鉄扉が開く。
中は思っていたより普通だった。
石壁に囲まれた細長い部屋。
左右には天井まで届く棚が並び、大量の書類箱や革張りの記録冊子が収められている。
「もっと危険な魔道具とか置いてあるのかと思ってた」
俺が呟くと、ミミナが棚を見上げる。
「私はこっちの方が怖いかも」
「何で?」
「全部読めって言われたら倒れる」
「それは俺も嫌だ」
グレンがこちらを見る。
「安心しろ。全部読んでもらう予定はない」
「よかった……」
「まあ必要なものだけでも、かなりあるがな」
安心したのは数秒だった。
◇
目的の資料は、部屋の最奥に保管されていた。
机の上へ運ばれてきた箱は三つ。
中には研究報告書、設計記録、実験日誌、事故後の調査資料などが詰まっている。
「これが全部?」
「現存しているものはな」
グレンが一冊を取り出す。
「まず確認したいのは、《封脈晶》そのものではない。昨日発見した黒い杭に近い構造が、当時の研究に存在したかどうかだ」
「セイルは同じ技術を逆向きに使ってるって言ってたよな」
「彼の見立てが正しいのか、記録でも確認する」
俺達は資料を分担した。
とはいえ、俺は専門的な魔術式を見てもほとんど分からない。
ミミナが設計資料。
ノアが事故後の処置や魔力汚染関連。
リリアと俺は実験記録や人員記録など、比較的文字中心のものを見ることになった。
「……これ、俺必要?」
分厚い冊子を開きながら思わず聞く。
「ユウトは内容を理解できなくても、違和感を見つけることがありますから」
リリアが当然のように答えた。
「期待のかけ方が独特だな」
「褒めているのですが」
「なら受け取っておく」
そのままページをめくる。
研究が始まった目的そのものは、思っていたほど怪しいものではなかった。
地下の魔力濃度が異常に高まった土地では、魔物の行動変化や植物の異常成長、魔道具の暴走などが起きることがある。
それを抑えるため、《封脈晶》へ余分な魔力を集めて安定させる。
本来は、人や町を守るための研究だったらしい。
「ユウト」
しばらくして、ミミナが呼んだ。
「何かあった?」
「黒い杭に似てるの、あった」
全員が彼女の周りへ集まる。
机の上には、一枚の設計図が広げられていた。
描かれているのは細長い金属製の器具。
形は、俺達が何度も見てきた黒い杭によく似ている。
「これ、本当に同じ?」
「完全に同じじゃないよ」
ミミナは設計図の術式を指で追う。
「こっちは地下から魔力を吸い上げるんじゃなくて、《封脈晶》に集まりすぎた魔力を別の場所へ逃がすための補助器具みたい」
「逃がす?」
「うん。結晶がいっぱいになった時、そのまま壊れないように魔力を安全な場所へ流すの」
俺は昨日の黒い杭を思い出す。
「じゃあ元々は危険な道具じゃなかった?」
「むしろ逆だと思う」
ミミナが設計図を見つめる。
「《封脈晶》を守るための安全装置だよ」
誰もすぐには口を開かなかった。
人を守るために作られたもの。
それが今は、地下から魔力を引き上げ、《夜棘》を増やすために使われている。
「作った奴が、仕組みを反対にした?」
「それだけじゃないと思う」
ミミナが別の資料を持ってくる。
「元の器具は、流す先も指定しないと動かない。でも今の黒い杭は、《夜棘》が吸収しやすい魔力に変える術式まで追加されてる」
「つまり、そのまま再現したわけではないのですね」
ノアが言う。
「はい。元の設計を理解した上で改造しています」
グレンの表情が険しくなる。
「素人が資料を一枚見ただけで作れるものではない?」
ミミナは少し考えてから頷いた。
「少なくとも私は無理。仕組みをかなり深く理解してる人じゃないと危険すぎると思う」
俺も頷く。
「かなり絞られるな」
誰かが偶然似たものを作ったわけではない。
三年前の技術を知っている人間、あるいは詳しい資料を持った人間がいる。
「当時、この補助器具はいくつ作られたんですか?」
俺が聞くと、グレンが記録を探す。
しばらくして、一枚の管理表を見つけた。
「試作品を含めて六本」
「今まで俺達が見つけた杭だけでも、それくらいなかった?」
「あります」
ノアが即座に答える。
「そして現代の杭は、元の器具そのものではなく改造品です。同じ試作品をそのまま使い回しているとは考えにくいでしょう」
「ってことは、新しく作られてる?」
嫌な結論だった。
過去の遺物を誰かが拾った話ではない。
今も技術を使える誰かがいる。
「六本は事故後どうなった?」
俺が聞く。
グレンが管理表を下まで確認する。
「五本は解体。残る一本は事故現場で破損し、回収不能」
「じゃあ今の杭とは別物か」
「少なくとも記録上はな」
グレンが資料を閉じようとした時だった。
「待って」
ミミナが別の冊子を手に取った。
「何かおかしい」
「どこ?」
「この設計図、途中までしかない」
俺には分からない。
だが、ミミナには分かるらしい。
「ここから先に、魔力を外へ逃がす場所を設定する術式があるはず。でも載ってない」
「別のページじゃないの?」
「目次にはある」
ミミナが冊子の最初を開く。
確かに、
『補助器具・排出制御術式』
という項目が記されている。
指定されたページを開く。
そこには何もなかった。
「白紙?」
俺が聞く。
「違う」
リリアが冊子を持ち上げた。
「ページそのものがありません」
よく見ると、綴じ目の近くに細い紙の残りがある。
破れたのではない。
刃物か何かで丁寧に切り取られている。
グレンの顔つきが変わった。
「触るな」
短い声だった。
部屋の緊張が一気に上がる。
グレンは扉の外へいた団員を呼び、記録管理の責任者を連れてこさせた。
「この資料が最後に確認されたのは?」
「定期確認であれば半年前です」
「その時、欠損は?」
責任者の顔色が変わる。
「報告されておりません」
「つまり半年以内に切り取られた?」
「可能性はあります。ただし、確認時に全ページを一枚ずつ精査しているわけではありませんので、断定はできません」
そこは決めつけない方がいい。
「閲覧した人は分かりますか?」
俺が尋ねる。
「記録を確認します」
責任者が別の台帳を持ってくる。
ページをめくっていく。
一年前。
九か月前。
半年前。
最近になるにつれ、俺まで妙に緊張してきた。
「……あります」
責任者の指が止まる。
「四か月前に一度、閲覧されています」
「誰が?」
グレンが聞く。
「王都魔術設備の安全確認として申請されています。許可印も正式なものです」
「担当者名は?」
責任者が読み上げる。
知らない名前だった。
グレンもすぐには反応しない。
「その人物を知っていますか?」
俺が尋ねる。
「…確認が必要だ」
グレンは即断しなかった。
「名前だけで本人と決めつけるな。偽名や代理申請の可能性もある」
「分かりました」
ここで犯人が分かるほど簡単ではないらしい。
ただ、一つだけ確かなことがある。
「切り取られたページって、今の黒い杭を作るのに必要?」
俺はミミナを見る。
彼女はしばらく考えた。
「全部じゃない。でも……」
設計図と欠けた部分を見比べる。
「これがあれば、かなり近づけると思う」
俺は空白になった綴じ目を見る。
王都の奥深く。
許可がなければ入れない保管庫。
そこに眠っていた三年前の研究資料から、今使われている黒い杭につながる部分だけが消えている。
偶然だと考えるには、出来すぎていた。
「グレンさん」
「何だ」
「これ、外から事件を追ってるだけじゃ駄目かもしれないですね」
グレンは何も言わなかった。
否定しなかったことが、答えのような気がした。
俺達が探すべきなのは、黒い杭を置いている人間だけではない。
その杭を作れる知識が、どうやってここから外へ出たのか。
まずそこから調べなければならなかった。
――第三十五話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、黒い杭の元になった技術が少し明らかになりました。
元々の器具は《夜棘》を増やすためのものではありません。
《封脈晶》へ集まりすぎた魔力を安全な場所へ逃がし、人や町を守るための装置でした。
それを誰かが改造し、現在の黒い杭を作っています。
そして、封印されていた研究記録から消えていた一枚のページ。
偶然なくなったのか。
誰かが意図的に持ち出したのか。
現段階ではまだ断定できません。
ただ、そのページには黒い杭の製作につながる重要な術式が記されていた可能性があります。
これまで街の外で追いかけていた事件が、
王都の内部へ少しずつ近づいてきました。
次回は少しだけ空気を変えて、
4人にようやく「王都らしい時間」を過ごしてもらいます。
第36話へ続きます!




