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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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「王都の地下で、切ってはいけない場所を切りかけました

 旧貯水区画の床下にある黒い杭は、すでに動き始めていた。


 まだ《夜棘》は小さい。


 石の隙間から数本の芽が出ているだけで、リベルタの東側で見たような異常繁殖には至っていない。


 だからこそ、今止めなければならない。


「ミミナ。前に抜いた杭と同じ?」


 俺が尋ねると、彼女は点検口の縁へ膝をつき、杖先を下へ向けた。


「基本は同じだと思う。でも、置き方が違う」


「横向きだから?」


「それもあるけど、この杭、壁の奥へかなり深く入ってる」


 紫色の光は杭から石壁へ流れ、その先へ吸い込まれている。


「抜けそう?」


 リリアが聞く。


 ミミナはしばらく観察してから、ゆっくり首を横に振った。


「今すぐはやめた方がいい」


「理由は?」


「この壁、貯水区画の土台とつながってるよね?」


 管理職員が頷く。


「はい。この下は水路全体を支える基礎部分です」


「杭がその中まで入ってる。無理に引き抜いたら、石まで壊れるかもしれない」


 グレンが表情を険しくした。


「崩落の危険があるということか」


「うん。危険を冒してまで確かめるべきじゃないかも。」


 以前のミミナなら、「やってみれば分かる」と言っていたかもしれない。


 今は、分からないから止まれる。


「じゃあ抜かずに止める方法を考えよう」


 俺が言うと、ミミナが頷いた。


「私もその方がいいと思う」


 ノアが点検口へ手をかざす。


「魔力の濁りは、リベルタで確認した杭とほぼ同じです。このまま流れ続ければ、《夜棘》が成長する可能性は高いでしょう」


「どのくらい時間がある?」


「それは判断できません」


 即答だった。


「数時間かもしれませんし、一日以上かもしれません。ただ、すでに芽が出ている以上、待つ理由はありません」


「分かった」


 俺は黒い杭を見る。


 今までのように抜くことはできない。


 だが、杭そのものが《夜棘》を作っているわけではない。


 地下から魔力を吸い上げ、性質を変えて、周囲へ流している。


「ミミナ」


「うん?」


「杭には、いくつか役割があるんだよな?」


「役割?」


「地下から魔力を集めるところと、《夜棘》が吸いやすい形に変えるところ。それを外へ流すところ」


 ミミナの目が少しずつ大きくなる。


「……ある」


「全部止めなくても、一つ壊せば動かなくなる?」


 彼女はすぐには答えなかった。


 今度は杖を使わず、杭の表面に刻まれた術式を目で追っていく。


「たぶん……できる」


「どこ?」


「ここだと思う」


 杭の中央付近。


 複数の細い術式が一点へ集まる場所を指す。


「地下から入った魔力が、ここを通ってから変わってる。ここだけ止めれば、《夜棘》へ流れる魔力はかなり減ると思う」


「切ればいい?」


 リリアが尋ねる。


「駄目」


 ミミナの返事は速かった。


「今ここを切ったら、入ってきた魔力が行き場をなくす」


「では、先に流入量を減らす必要がありますね」


 ノアが言う。


「うん。それに、残ってる濁った魔力も先に減らしたい」


 三人の話を聞きながら、俺は頭の中で順番を組み立てる。


 前より複雑だ。


 だが、一つずつならできる。


「まずミミナが、地下から入る量を落とす」


「うん」


「次にノアが、杭の中に残ってる濁りを浄化する」


「可能な範囲で行います」


「それからリリアが、ミミナの指定した部分だけ切る」


「分かりました」


「ただし今回は杭を抜かない。術式を止めたところで終了」


 ミミナが黒い杭を見ながら頷いた。


「それが一番安全だと思う」


 グレンが俺達を見ている。


「必要なものは?」


「時間をください」


 俺が答える。


「あと、途中で変なことが起きても、すぐ杭を壊そうとしないでください」


「了解した」


 グレンは部下達を点検口から離し、俺達四人のために場所を空けた。


 俺は息を整える。


「始めよう」


          ◇


「ミミナ、最初は一割」


「分かった」


 ミミナは杖を構える。


「対象は杭へ流れ込む魔力。効果は流量制限、強さ一割、時間三十秒」


 淡い光が杭の根元を包んだ。


 低い振動が床下から伝わる。


「どう?」


「大丈夫。流れは落ちてる」


「そのまま維持して」


 胸の奥へ意識を向ける。


 《縁》が反応し、ミミナの状態がぼんやりと伝わってくる。


 余裕はある。


「ノア、始められる?」


「はい」


 彼女が点検口のすぐそばまで進む。


「《浄化》」


 金色の光が黒い杭へ重なる。


 紫色だった光が少しずつ薄くなっていく。


 その瞬間、石の隙間から生えていた《夜棘》が震えた。


「来ます」


 リリアが剣を抜く。


 黒紫色の茎が一気に伸びた。


 ノアへ向かう一本を、青白い剣閃が切り落とす。


 次はミミナ。


 さらに一本。


 狭い点検口の中では、リリアも自由に動けない。


「リリア、前だけでいい!」


「はい!」


「ミミナは魔力の方に集中して!」


「分かってる!」


「ノア、余裕は?」


「まだ大丈夫です」


 一つずつ確認する。


 リリアの呼吸。


 ミミナの魔力。


 ノアの浄化。


 以前より、三人の状態が分かる。


 でも全部分かるわけじゃない。


 だから声に出して確認する。


「ミミナ、二割まで下げられる?」


「いける」


「ゆっくりでいい」


 流れがさらに弱まる。


 黒い杭から聞こえていた低い振動も小さくなった。


「ノア?」


「あと少しです」


 金色の光が杭の中央へ集まる。


 紫色の濁りがほとんど消えた。


「今です」


「リリア」


「はい」


 だが彼女が動く前に、ミミナが声を上げた。


「待って!」


 全員が止まる。


「どうした?」


「切る場所、少しずれてる」


 ミミナが杖先を動かす。


「さっき見えてなかった術式が下にある。ここを切ったら、流れを止めるんじゃなくて別の場所へ逃がしちゃう」


 俺は一瞬焦ったが、冷静さを取り戻す。


 にしても、以前のミミナなら勢いでそのまま進めていただろうに。


「正しい場所は?」


「探す。少しだけ時間ちょうだい」


「分かった」


 誰も急かさない。


 《夜棘》は伸び続けている。


 ノアの魔力も減っている。


 それでも、間違って切るよりいい。


 ミミナは黒い杭だけを見つめていた。


 額に汗が浮かんでいる。


「……あった!」


「よし!どこだ?」


彼女が今度は杭の下側を指した。


「ここ。三本の線が一つになる場所」


「間違いないな?」


 俺が尋ねる。


 ミミナは一度だけ深く息を吸った。


「間違いない」


 勢いで言った言葉ではない。


 調べて、考えて、自分で出した答えだ。


「あとは任せろ」


 ミミナの目が少しだけ揺れた。


 すぐに強く頷く。


「リリア、そこだ!」


「承知しました!」


 リリアが剣を構える。


 狭い隙間。


 切ってはいけない術式がすぐ隣にある。


 一度でもずれれば何が起きるか分からない。


 それでも、リリアの剣先は揺れなかった。


「いきます」


 一閃。


 金属を切る高い音が響く。


 黒い杭の表面から火花が散った。


 直後。


 杭全体を流れていた紫色の光が消えた。


 同時に《夜棘》の動きも止まる。


 しばらく誰も動かなかった。


「……ミミナ?」


 俺が聞く。


 彼女は杖を使って何度も確認する。


 一秒。


 二秒。


 やがて、ゆっくり顔を上げた。


「止まってる」


「本当に?」


「うん」


 今度の声には確信があった。


「地下から魔力は入ってる。でも杭を通って外には出てない。《夜棘》へ流れる部分が切れてる」


 ノアも確認する。


「濁った魔力の供給も止まりました」


 リリアが剣を収めた。


 ようやく俺も息を吐く。


「……終わった」


 誰かが倒れたわけでもない。


 派手な爆発もない。


 王都の人達は、自分達の地下で今何が起きていたのか知らないだろう。


 でも、それでいい。


 《夜棘》が街へ出る前に止められた。


 今回は…間に合った。


          ◇


 地上へ戻ると、昼の光が眩しかった。


 地下にいた時間はそれほど長くなかったはずなのに、外の空気が妙に新鮮に感じる。


 グレンが俺達の前へ立った。


「今回の件について、聖騎士団から正式に礼を言わせてもらう」


 頭を下げられ、俺の方が困った。


「いや、俺はほとんど――」


「その言葉はもう禁止です」


 リリアに遮られた。


 いつもより少し強い声だった。


 俺は口を閉じる。


 グレンの口元がわずかに緩んだ。


「報告にあった通りだな」


「何がです?」


「自分がやったことを、自分の手柄として数えない」


 褒められているのかどうか分からない。


「ですが」


 グレンは続ける。


「少なくとも今日君が止めなければ、途中で術式を切っていた可能性がある。君が確認させたから、ベル嬢が誤りに気づく時間も作れた」


 ミミナがこちらを見る。


「俺の力じゃないですよ。最後に決めたのはミミナだしね」


「それでいい」


 グレンは俺達四人を順番に見る。


「誰が一番強いかではなく、それぞれが必要なことをした。だから止められた」


 その言葉は素直に嬉しかった。


 俺自身が強くなったわけではない。


 それでも、四人ならできることは増えている。


「ミミナ」


 俺が呼ぶ。


「何?」


「さっき、よく止めたな」


「切る直前のやつ?」


「うん。違うって気づいてなかったら危なかった」


 ミミナは一瞬黙った。


「……怖かった」


「え?」


「前だったら、たぶんそのまま『いける!』って言ってたと思う。でも今回は、間違ってたらリリアが切っちゃうし、ノアもずっと魔法使ってたし、ユウトも私を信じて待ってたから」


 いつもの明るい笑顔ではなかった。


「だから、分からないまま進める方が怖かった」


 俺は少しだけ驚いた。


 ミミナが覚えたのは、出力の調整だけではないらしい。


「成長したな」


「また子供みたいに言って!」


「本気で言ってるよ」


 ミミナは少しだけ照れたように笑った。


「じゃあ、受け取っておく」


 その横でノアも静かに微笑んでいる。


 リリアは何も言わなかったが、ミミナを見る目はどこか誇らしげだった。


 グレンが黒い杭の破片を入れた箱を部下へ渡す。


「次は、この技術がどこから流出したのか調べる必要がある」


「セイルが話してた三年前の研究ですね」


「ああ」


 グレンが頷く。


「当時の資料は王都にも保管されている。明日、封印記録を確認する」


「大変そうですね。頑張ってください。」


「おいおい。ここまで関わっておいて、今さら帰るつもりか?」


 「え?俺たちも行くんですか?」


 なんてことだ。


 帰りたい。


 心から帰りたい。


 でも、黒い杭が王都まで来ている以上、ここで終われるとも思えなかった。


 何かを察したように、リリアがこっちを見る。


「はぁ…分かりましたよ。行きますよ」


 俺が答えると、三人も頷いた。


 王都に到着して二日。


 ようやく一つだけ分かったことがある。


 リベルタで追ってきた事件は、王都へ来ても途切れていない。


 確実にその核心に触れようとしている。


 そしてもう一つわかったことがある。


 折角王都にきたのに、俺達はまだ城も市場もまともに見ていない。


          ――第三十四話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は王都で初めて、

《夜棘》が地上へ広がる前に黒い杭を停止させることができました。


これまでのユウト達は、

異変が起きた後に追いかけることがほとんどでした。


今回は違います。


まだ被害が出ていない段階で発見し、

4人で考え、

止めることに成功しました。


そして今回の大きな成長はミミナです。


切る直前になって、

自分の判断に違和感を持ち、


「待って」


と言えるようになりました。


最大出力だった頃から、

強さの調整だけでなく、

分からない時に立ち止まって確認できる魔導士へ。


少しずつですが、

4人全員が変わってきています。


そして次に調べるのは、

セイルが以前関わっていた「三年前の研究」の記録。


黒い杭の技術は、

どこから、誰の手へ渡ったのか。


第35話から、

さらに事件の核心へ近づいていきます。


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