「王都の地下で、誰かが先に証拠を消していました」
翌朝、俺達は聖騎士団本部の地下へ続く階段を降りていた。
昨日まで王都に来た実感すらほとんどなかったのに、初めてまともに見る観光地が地下水路になるとは思わなかった。
もっと城とか、大通りとか、そういうものから始まるものじゃないのだろうか。
「ユウト、足元を見てください」
前を歩くリリアに声をかけられ、俺は考えるのをやめた。
「はいよ」
石段は湿っていて滑りやすい。
ここで転んだら、剣も鎧も関係なく普通に痛い。
俺達の少し前には、昨日会った聖騎士団副団長のグレンがいる。その隣には地下水路を管理している年配の職員が歩いていた。
「問題の破片が見つかったのは、どの辺りなんですか?」
俺が尋ねると、管理職員がランタンを少し持ち上げた。
「もう少し先です。第三水路と北側排水路が合流する場所になります」
「普段から人は入るんですか?」
「毎日ではありませんが、定期的に点検しています。水門や壁面に異常がないか確認する必要がありますので」
「最近の点検では?」
「三日前までは何も報告されていません」
三日。
リベルタ周辺で黒い杭が設置され、《夜棘》が急激に増えた時と似ている。
だからといって同じ人物が同じ時期に設置したと決めつけることはできないが、無視するには短すぎる期間だった。
階段を降り切ると、想像していたより広い地下空間へ出た。
石造りの通路の脇を大量の水が流れており、頭上には王都の建物を支えているらしい太い石柱が並んでいる。
下水というより、巨大な地下の川に近い。
「ここが全部、王都の下にあるの?」
ミミナが周囲を見回す。
「一部です」
管理職員が答えた。
「生活用水とは別に、雨水や余分な水を街の外へ逃がすための水路もあります。古い区画になると、今は使われていない通路も残っています」
ミミナの目が一瞬だけ輝いたが、すぐ真剣な表情へ戻った。
「魔力、少し感じる」
「もう?」
「うん。でも《夜棘》の近くで感じたものほど濃くないよ」
俺達はそのまま水路沿いを進む。
しばらくすると、グレンが足を止めた。
「ここだ」
壁際の石床に白い布が敷かれ、その上に黒い金属片が置かれている。
昨日、聖騎士団本部で見たものだ。
改めて見ると、長さは俺の手のひらより少し長い程度しかない。
本来の黒い杭と比べれば、ごく一部分だ。
「ミミナ」
「見てみる」
彼女はその場へしゃがんだものの、すぐには触れなかった。
杖の先を近づけ、ゆっくりと魔力を流す。
以前なら、見たことのない魔道具を前にすれば好奇心の方が先に出ていた。
今は違う。
まず距離を取る。
何が起きるか確認する。
自分で出力を決める。
その変化を見ていると、俺まで少し安心できた。
「どう?」
「少し待って」
ミミナは破断した部分を何度も角度を変えて見る。
やがて、眉を寄せた。
「これ、壊れたんじゃないと思う」
「どういうこと?」
「切られてる」
グレンの表情が変わった。
「誰かが意図的に?」
「たぶん。ここを見て」
ミミナが金属片の端を指す。
「自然に折れたなら、もっと不規則になるはず。でも断面がほとんど一直線だよ。それに、術式も途中で綺麗に切れてる」
「杭を抜いたあと、持ち運ぶために切った可能性は?」
俺が聞く。
「それなら分からなくはないけど……」
ミミナは少し考え、首を横に振った。
「変なのは、こっち」
断面とは逆側。
表面に刻まれた細い術式へ杖先を向ける。
「魔力が流れた跡がある」
「つまり?」
「この破片だけでも、最近まで何かにつながってたってこと」
ノアが近づく。
「ここで使用されていた可能性が高い、という意味ですか?」
「うん。でもこれだけじゃ何もできない。大事な部分が全部なくなってる」
俺は黒い破片を見る。
杭が折れて残ったのではない。
何かをここで使い、その本体だけを持ち去った。
だとしたら。
「これを見つけた場所、本当にここですか?」
管理職員に聞く。
「正確には、そこの水門脇です」
少し先にある石造りの水門を指す。
俺達はそちらへ移動した。
足元には水路の流れを調整するための大きな金属製の機構があり、その横に人一人が通れる細い通路が伸びている。
「奥は?」
「古い貯水区画です。現在はほとんど使っていません」
「ほとんど?」
「大雨などで本水路の水量が増えた場合だけ、予備として開放します」
グレンが管理職員を見る。
「直近で使用したのは?」
「半年以上前です」
俺は細い通路を見る。
使われていない。
人がほとんど来ない。
黒い杭を隠すなら、都合が良すぎる。
「見てもいいですか?」
「もちろんです」
リリアが先頭へ出る。
「私から行きます」
その後ろに俺、ミミナ、ノア、グレン達が続いた。
通路はそれほど長くなかった。
ただ、奥へ進むほど空気が重くなる。
「ユウト」
ミミナが小声で呼ぶ。
「何だ?」
「魔力、濃くなってる」
「方向は?」
「前」
全員の足取りが変わる。
さらに数十メートル進むと、大きな石造りの扉が見えてきた。
管理職員が鍵を取り出す。
「この先が旧貯水区画です」
「鍵は普段どこに?」
俺が尋ねる。
「管理室です。持ち出した場合は記録を残します」
「最近の記録は?」
「ありません」
グレンが険しい顔になる。
「それでも誰かが中へ入った可能性がある…」
「鍵を使わなければ難しいはずですが……」
扉を調べていたリリアが手を止めた。
「待ってください」
俺達へ振り返る。
「鍵穴ではありません」
「何か見つけた?」
「こちらです」
扉の下。
石床との境目に細い傷がある。
一本ではない。
何度も硬いものを差し込んだような跡が残っていた。
「無理やり開けた?」
「その可能性があります」
グレンが剣へ手をかける。
「開けるぞ」
管理職員が鍵を差し込み、ゆっくり扉を動かした。
冷たい空気が流れてくる。
中は広い円形の空間だった。
今は水がほとんどなく、底には薄く泥が溜まっている。
俺達のランタンの光が奥まで届く。
「何もない?」
俺が呟く。
少なくとも《夜棘》は見えない。
黒い杭もない。
「ミミナ?」
彼女は返事をしなかった。
杖を握ったまま、床を見ている。
「ミミナ?」
「……下」
「また地下?」
「違う」
彼女が首を振る。
「この床のすぐ下にある」
俺達は顔を見合わせた。
旧貯水区画の中央へ移動する。
泥を少し払うと、石床の中に四角い鉄板が埋め込まれているのが見えた。
「点検口です」
管理職員が驚いた顔をする。
「こんな場所に?」
「古い設計では、沈殿物を除去するための空間が下に設けられていました。ですが、今は使われていないはずです」
グレンとリリアが鉄板を持ち上げる。
重い音を立てて開いた。
下から、紫色がかった淡い光が漏れる。
嫌な感覚が背中を走った。
俺はランタンを下へ向けた。
そこには黒い杭が一本、横向きに石壁へ深く打ち込まれていた。
周囲からは、まだ指先ほどの小さな《夜棘》が何本も芽を出している。
「……間に合った?」
ミミナが小さく呟く。
ノアがすぐに首を横に振った。
「まだ分かりません」
黒い杭の表面を、紫色の光がゆっくり流れていた。
すでに動いている。
まだ小さい《夜棘》だが…ミミナの言うとおり間に合ったのだろうか。
――第三十三話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
王都の地下水路で見つかった、黒い杭の破片。
ミミナが調べた結果、
偶然壊れたものではなく、
意図的に切断された可能性が高いことが分かりました。
そして旧貯水区画のさらに下で見つかったのは――
すでに動き始めている黒い杭。
地上ではまだ《夜棘》が確認されていません。
つまり今回は、
被害が広がる「前」に原因へ辿り着くことができました。
これまで失敗を経験しながら成長してきたミミナも、
今では未知の魔道具を前に、まず調べ、考え、判断できるようになっています。
次回、第34話。
王都に《夜棘》が広がる前に、
4人で黒い杭を止めます。
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