王都の聖騎士団で、「魔物を殺さなかった理由」を聞かれました
王都へ入って最初に思ったのは、人が多すぎるということだった。
広い石畳の通りを馬車が行き交い、その両側には三階建て、四階建ての建物が並んでいる。露店から聞こえる呼び声も、歩いている人間の服装も、リベルタとは明らかに違っていた。
「すごい……」
ミミナはさっきから何度目か分からない同じ言葉を口にしている。
その気持ちは分かる。
俺も完全に観光客の顔をしていると思う。
「ユウト、前を見て歩いてください」
リリアに注意される。
「リリアに道のことで注意される日が来るとは思わなかった」
「ここは私が知っている町ですから」
「本当に?」
「本当です」
少し間があった気がするが、今は信じよう。
今日は観光ではない。
俺達が向かうのは、王都の中心部にある聖騎士団本部だ。
◇
聖騎士団本部は、王城へ続く大通りの途中にあった。
白い石で造られた大きな建物の前には、同じ意匠の鎧を着た騎士達が立っている。
リリアが近づくと、門番の騎士が驚いたように姿勢を正した。
「リリア・アルヴェイン殿!」
「久しぶりです」
「お戻りになったのですね。お連れの方々は?」
「リベルタで組んでいるパーティです。今回の報告について同行を求められています」
リリアが俺達を紹介する。
騎士の視線が俺で少し止まった。
おそらく思っていたより弱そうだったのだろう。
…もう慣れた。
「中へどうぞ。副団長がお待ちです」
案内された部屋は、俺が想像していたより質素だった。
大きな机と地図。
壁際に並ぶ資料棚。
装飾より実用性を優先しているように見える。
そして机の向こうには、一人の男が立っていた。
三十代半ばくらいだろうか。
濃い茶髪を短く整え、白銀の鎧を身につけている。
「久しいな、リリア」
「ご無沙汰しております、副団長」
「報告は読んだ」
男はそう言ってから俺達を見る。
「私は聖騎士団副団長のグレン・ハーランドだ」
低い声だった。
威圧するような態度ではないのに、自然と背筋が伸びる。
「神崎ユウトです」
「ミミナ・ベルです」
「ノア・セルヴィです」
三人で名乗る。
グレン副団長は俺の顔をしばらく見た。
「君が交渉士か」
「はい」
「魔物の避難路を提案したのも?」
「俺です」
「黒い杭の停止を指揮したのも?」
「指揮ってほど立派なものじゃないですけど、三人の動きを合わせていました」
グレン副団長は深く頷いた。
「座ってくれ」
◇
報告は長くなった。
俺達がリベルタ周辺で確認した魔物の移動。
《夜棘》。
ゴブリン達。
旧鉱山。
《封脈晶》。
黒い杭。
そしてセイルから聞いた、三年前の研究について。
できるだけ事実と推測を分ける。
グレン副団長は途中でほとんど口を挟まなかった。
すべてを聞き終えたあと、最初に尋ねられたのは黒い杭についてでもセイルについてでもなかった。
「一つ確認したい」
「はい」
「なぜ魔物を殺さなかった?」
部屋の空気が少し変わった。
「東門へ大量の魔物が接近した時、君達には討伐へ切り替える選択肢もあったはずだ」
「ありました」
「その方が確実に市民を守れた可能性もある」
「そうですね」
「なら、なぜ避難路を選んだ?」
試されている気がした。
格好いい答えを言おうとすれば、たぶん失敗する。
だから、その時考えていたことをそのまま話す。
「街を襲いに来たように見えなかったからです」
「それだけか?」
「何かから逃げてました。キングホーンも、ホーンラビットも、フォレストウルフも」
俺は続ける。
「もちろん、街へ入って人を襲い始めたら止めるつもりでした。リリアやバルガ達にも待機してもらってました」
「それでも事故が起きる可能性はあった」
「ありました」
「もし君の判断で魔物を通し、その魔物に子供が殺されていたとしても、同じことを言えるか?」
重い質問だった。
簡単に「言えます」と答えてはいけない気がした。
「……たぶん、後悔すると思います」
グレン副団長が黙って俺を見る。
「後悔するかもしれませんが、だからといって最初から全部殺しておけばよかったとも、簡単には言いたくないんです」
「なぜだ?」
「危険そうだから殺す、だけで決めたら、俺達が原因を見なくなるからです」
ゴブリン達を思い出す。
《夜棘》に傷ついた鉱殻獣。
街へ逃げてきたキングホーン。
「魔物が街へ来た理由を調べなかったら、黒い杭にも辿り着けなかったかもしれない」
俺は机の上の地図を見る。
「だから、戦わずに済むならまず試したい。でも、人を危険に晒してまで何でも助けるつもりはありません」
「どこで線を引く?」
「その場で見ます」
「曖昧だな」
「はい」
そこは認める。
「でも、相手も状況も毎回違うのに、最初から線を固定する方が怖いですよ」
しばらく沈黙が続いた。
後ろにいる三人が何を考えているのか気になる。
それでも今は振り返らなかった。
「君は理想主義者だと思うか?」
グレン副団長が尋ねる。
「ただの臆病だと思ってます」
「質問への答えになっていない」
「理想だけで突っ込めるほど勇気はないですよ」
これは本当だ。
「怖いから、戦わなくていい方法があるならそっちを考える。それだけです」
グレン副団長の目がわずかに細くなった。
怒らせたかと思ったが、違った。
「リリア」
「はい」
「報告書に書かれていた通りだな」
「何がでしょう?」
「妙な男を拾った」
「拾いたくて拾ったわけではありませんが」
「人を野良のように!」
思わず口を挟んでしまった。
ほんの少しだけ、部屋の緊張が緩む。
グレン副団長は咳払いし、再び真剣な表情へ戻った。
「君達を王都へ呼んだ理由は二つある」
俺達が姿勢を正す。
「一つは、今説明してもらった魔物誘導の方法を、他地域でも使えるか検討するためだ」
「他でも、魔物が街へ?」
「報告されている」
王都から届いた手紙と同じだ。
「もう一つは?」
リリアが尋ねる。
グレン副団長は机の引き出しを開けた。
布に包まれた細長いものを取り出し、机の上へ置く。
嫌な予感がした。
布が開かれる。
中にあったのは、見覚えのある黒い金属片だった。
「これ……」
ミミナの声が低くなる。
完全な杭ではない。
途中で折れている。
だが、表面に刻まれた術式と、根元近くにある紋章を見間違えるはずがない。
「黒い杭です」
ノアが静かに言った。
「いつ見つかったんですか?」
俺が聞く。
「昨日だ」
「どこで?」
グレン副団長は俺達を見る。
「王都の外ではない」
その答えで、背中が冷たくなった?」
「ああ」
グレン副団長は地図の一点を指した。
城壁の内側。
人が暮らしている地区だった。
「地下水路の点検中に発見された」
リベルタで俺達が止めたものと、同じ技術。
それがもう、王都の中へ入り込んでいる。
「《夜棘》は?」
俺が尋ねる。
「確認されていない」
「なら、まだ間に合うかもしれない」
考えるより先に言葉が出た。
グレン副団長が俺を見る。
「君もそう思うか」
「杭が動き始める前なら、止められる可能性があります」
ミミナも黒い破片へ目を向けている。
「術式が同じなら調べられる」
「浄化が必要なら私も同行します」
ノアも続く。
リリアはすでに結論を出していた。
「案内をお願いします」
三人の声を聞いて、俺は少しだけため息を吐いた。
やれやれ。
王都初日だぞ?
観光どころか、宿へ荷物すら置いていない。
やはり嫌な予感は的中しそうだ。
それでも…
「行こう」
グレン副団長は俺達四人を順番に見た。
「では、明日の朝から地下水路を調査する」
王都へ来れば、もしかしたら平和な時間があるかもと淡い期待をした俺、さようなら…
明日から、また忙しくなりそうだ。
――第三十二話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついにユウト達が王都へ到着しました。
今回は派手な戦闘ではなく、
ユウトが聖騎士団から、
「なぜ魔物を殺さなかったのか」
と真正面から問われる回です。
ユウトは「魔物を絶対に殺さない主人公」ではありません。
危険なら戦う。
人を守る必要があれば止める。
それでも、戦う前に相手を見る。
この作品でずっと大切にしている部分を、王都編の最初でもう一度はっきりさせました。
そして――
リベルタ周辺だけにあったと思っていた黒い杭が、ついに王都の内部でも発見されました。
しかも、まだ《夜棘》は発生していません。
つまり今回は、広がってから追いかけるのではなく、
広がる前に止められるかもしれません。
次回、第33話。
舞台は王都の地下水路へ。
ここから王都編が本格的に始まります。
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