王都へ向かう途中、最初に再会したのは命の恩人でした
王都へ向かう朝、俺達はリベルタの南門前に集まっていた。
聖騎士団から届いた依頼書のおかげで、移動費と王都滞在中の宿泊費は向こう持ちになっている。ノアがその一文を三回確認していたので、たぶん間違いない。
俺は支給された街道図を広げ、今日の経路をもう一度確認する。
「王都までは数日。今日は途中の宿場まで行って、そこで一泊する予定だな」
「はい」
リリアが頷いた。
生まれ育ったわけではないものの、彼女にとって王都は聖騎士として長く過ごした場所だ。
「一応聞くけど、道は分かる?」
「王都までの街道で迷ったことはありません」
「その言い方、ちょっと不安になるんだけど」
「大きな街道ですよ?」
「町の中でも大きな道を外してたよな」
リリアが言葉を止めたので、俺は地図を折り畳んだ。
「俺が持つ」
「……お願いします」
今日はそれ以上追及しない。
俺達は門を抜け、王都へ続く街道を歩き始めた。
リベルタを振り返ると、城壁の向こうに町の屋根が小さく見えている。
ここへ来たばかりの頃は、冒険者ギルドへ登録するだけでも精一杯だった。
今はE級になり、四人の仲間と王都から呼ばれている。
状況だけ並べれば随分と出世したように聞こえるが、俺の筋力は相変わらずEだ。
「ユウト、どうしたの?」
ミミナが横から顔を覗き込んできた。
「いや、最初にこの町へ来た時のことを思い出してた」
「一人だった頃?」
「そう」
今では少し遠く感じる。
それほど長い時間が経ったわけではないのに、不思議なものだ。
「今は四人ですね」
ノアが前を向いたまま言った。
「そうだな」
それだけで十分だった。
◇
昼を過ぎた頃、街道沿いの小さな休憩所へ立ち寄った。
馬へ水を飲ませる場所と簡単な食堂があり、商人や旅人が思った以上に集まっている。
ただ、様子がおかしい。
街道の先には荷馬車が十台近く並び、何人もの商人が大声で言い争っていた。
「何かあったのかな?」
ミミナが足を止める。
「確認しましょう」
リリアと一緒に近づくと、原因はすぐ分かった。
少し先で街道の一部が崩れ、荷馬車一台がようやく通れる程度まで道幅が狭くなっている。
問題は両側から荷馬車が来てしまったことだった。
「こっちは朝から待ってるんだ!」
「こっちには薬を積んでるんだぞ! 村まで今日中に運ばなきゃならない!」
「俺達だって生鮮品だ! 腐ったら誰が弁償する!」
どちらにも事情がある。
それだけに話が進まないらしい。
「別の道は?」
俺が近くの商人に尋ねる。
「あるにはあるが、魔物が増えてるって話でな。今は誰も使いたがらん」
また魔物の移動が影響している。
リベルタを離れても、問題が消えたわけではないようだ。
「このままだと日が暮れますね」
ノアが荷馬車の列を見る。
「何とかできないかな」
「ユウト?」
ミミナが聞く。
「戦うわけじゃないし、話くらいなら」
俺は言い争っている商人達の間へ向かった。
「ちょっといいですか?」
「何だ、兄ちゃん」
「このまま全員で順番争いしても、たぶん誰も今日中に抜けられないですよね」
「だから困ってるんだ」
「荷物の種類と、今日中に通らないと本当に困る理由だけ教えてもらえませんか?」
最初は怪訝な顔をされたが、一人ずつ聞いていく。
薬を積んだ荷馬車。
翌朝の市場へ届ける生鮮品。
日持ちする布。
金属製品。
空荷に近い帰りの馬車。
話を聞くほど、全員が同じ緊急度ではないことが分かった。
「だったら、薬を最初に通しましょう。その次が生鮮品。反対側からは一台通したら一台返す形にして、空荷の馬車は最後でどうです?」
「なんでこいつらを先に――」
「待て」
後ろから低い声がした。
どこかで聞いたことがある。
「その兄ちゃんの言う通りにしてみろ」
振り返った俺は、一瞬言葉を失った。
日に焼けた顔。
がっしりした体格。
荷馬車の御者台から降りてきた男が、懐かしそうに笑っている。
「ガルドさん?」
「やっぱりお前か!」
大きな手で肩を叩かれ、俺の体が少し傾いた。
「痛い痛い!」
「悪い悪い。相変わらず軽いな!」
「相変わらずで悪かったな!」
笑いながらも、本当に驚いた。
俺がこの世界へ来て最初にまともに助けてもらった相手。
グランドボアから逃げて、必死で荷馬車へ飛び乗った時の商人だった。
「王都へ行く途中ですか?」
「俺は逆だ。仕入れを終えてリベルタへ戻るところだ」
ガルドは俺の後ろへ目を向ける。
「ずいぶん仲間が増えたな」
「まあ……色々あって」
リリアが軽く頭を下げ、ミミナとノアも挨拶する。
「こいつ、最初は俺の荷馬車へ魔物付きで飛び乗ってきたんだぞ」
「その話、今します?」
「した方が面白いだろ」
「面白くないです」
ミミナが少し笑ったが、それ以上話が脱線する前にガルドは荷馬車の列へ向き直った。
「とりあえず兄ちゃんの案で行こう。薬を待ってる人が先決だ。生鮮品だって腐ったら元も子もない。」
商人達の間でも何人かが頷き始める。
ガルドが長く商売をしているからだろう。
俺一人が言うより、ずっと話が早かった。
さらに空荷の馬車は広い場所まで後退させ、擦れ違える場所を一つ作ることで、流れは少しずつ動き始めた。
最初の薬の荷馬車が狭い道を抜ける。
次に反対側の馬車。
それから生鮮品。
さっきまで怒鳴り合っていた人達が、今度は互いに合図を出しながら荷馬車を動かしていく。
「……通ったな」
俺が息を吐くと、ガルドが隣へ立った。
「冒険者らしくなったじゃねえか」
「戦ってないですけど」
「冒険者ってのは剣を振るだけじゃないだろ」
何気ない言葉だった。
それなのに、妙に胸に残った。
「最初に会った時なんて、短剣を見て果物ナイフって言われましたからね」
「実際そんなもんだったろ」
「今もそんなに変わってないです」
俺は新しい冒険者登録証を見せる。
「でもE級になりました」
ガルドが目を丸くする。
「お前が?」
「おい?」
「いや、悪い」
笑いながら登録証を確認し、それから俺の後ろにいる三人を見る。
「なるほどな」
「何が?」
「いい仲間に会えたんだな」
今度は何も言い返せなかった。
「はい」
自然にそう答えていた。
ガルドは満足そうに頷いた。
「それならよかった」
少しだけ間を置いて、俺はずっと言えていなかったことを口にした。
「あの時、助けてくれてありがとうございました」
「急にどうした」
「王都へ行くってなって、最初の頃を思い出したんです」
俺はガルドを見る。
「あの荷馬車に乗せてもらえなかったら、本当にどうなってたか分からないから」
「俺は荷台へ乗せただけだ」
「それで十分です」
ガルドはしばらく俺を見たあと、少し照れたように頭を掻いた。
「だったら王都から無事に帰ってこい。それで貸し借りなしだ」
「分かりました」
胸の奥に懐かしい温かさが広がった。
《縁》が、ほんの少しだけ反応した気がした。
◇
ガルドとは休憩所で別れた。
街道を進みながら、リリアが隣へ来る。
「素敵な方ですね」
「うん。俺がこの世界で最初に助けてもらった人」
「だからユウトも、人を助けるのですか?」
考えたこともなかった。
「どうだろう」
すぐには答えられない。
「でも、助けてもらったことって意外と忘れないんだな」
俺がそう言うと、リリアは小さく頷いた。
「私もそう思います」
夕方になる頃には、王都へ続く街道の先に大きな城壁が見え始めた。
リベルタとは比べものにならない。
遠くからでも分かるほど高い塔と、幾重にも連なる建物。
「あれが王都?」
ミミナが目を輝かせる。
「はい」
リリアの声にも少しだけ懐かしさが混じっていた。
俺は立ち止まり、初めて見る巨大な街を見上げる。
リベルタで始まった俺達の冒険は、どうやら本当に次の場所へ来たらしい。
――第三十一話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、王都へ向かう旅の途中でガルドが再登場しました。
異世界へ来たばかりのユウトを最初に助けてくれた商人です。
あの頃は魔物から逃げて荷馬車へ飛び乗るしかなかったユウトが、今度は商人達の揉め事を自分の言葉で整理する。
戦闘力ではありませんが、ユウトが少しずつ《交渉士》らしく成長していることを、最初期の人物に見てもらう回にしました。
そしてついに見えてきた王都。
次回、4人は聖騎士団へ向かいます。
第32話へ続きます!
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