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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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聖騎士様、道に迷う

「……入口が分かりませんでした」


「中にいるのに!?」


 冒険者ギルドのど真ん中で、銀髪の美少女騎士がものすごく真剣な顔でそんなことを言った。


「正確には、入口を探しているうちに裏口から入ってしまったのです」


「入れてるじゃん」


「その後、受付を探していたら二階へ行ってしまいまして」


「受付、目の前ですよ」


「二階にはありませんでした」


「でしょうね」


「それで一階へ戻ろうとしたのですが、少々時間がかかりました」


「迷った?」


「迷っていません」


「まだ言い張るんだ」


 彼女は不満そうに俺を睨んだ。


 改めて見ると、ものすごく綺麗な人だ。


 腰まで届きそうな銀色の髪に、澄んだ青い瞳。白い肌と整った顔立ちに加えて、青と白を基調とした軽装鎧には翼を模した紋章が刻まれている。


 腰には立派な長剣まで下げており、背筋を伸ばして黙って立っているだけなら、どう見ても物語の主人公側の人間だった。


 俺とはずいぶん違う。


 適性検査を受けたら、たぶん俺とは比べものにならない数字が並ぶんだろう。


「何ですか?」


「いや。こうして見ると、ちゃんと聖騎士っぽいなと思って」


「ちゃんと、とは何ですか」


「方向音痴なのが全部台無しだなって」


「私は方向音痴ではありません!」


 バンッ、と彼女が近くのテーブルを叩いた。


 ギルド内にいた冒険者達が一斉にこちらを見る。


「ちょ、声が大きい!」


「そもそも方向とは、見る者の立ち位置によって変化する相対的な概念です!」


「哲学で逃げようとしてる!?」


「北へ向かって歩いた結果、南へ到着したとしても、そこには何らかの理由が――」


「それを方向音痴って言うんです」


「違います!」


 どう考えても違わない。


 すると、俺の冒険者登録を担当してくれた受付嬢がこちらへやってきた。


「リリア・アルヴェイン様ですね?」


 銀髪の騎士が振り返った瞬間、さっきまでとは別人のように姿勢を正した。


「はい」


「王都聖騎士団より、周辺の魔物異常について調査するために派遣されたリリア様でお間違いありませんか?」


「その通りです」


「お待ちしておりました。昨日から」


「…………」


 リリアの動きが止まった。


「到着予定は昨日だったと思いますが、道中で何かありましたか?」


「……少々」


 受付嬢がリリアを見る。


 俺もリリアを見る。


「迷った?」


「迷っていません!」


 即答だった。


 受付嬢が苦笑いする。


「と、とにかく、無事で何よりです」


「ご心配をおかけしました」


 リリアは深々と頭を下げた。


 こういうところを見ると、本当にちゃんとした騎士らしい。


「それでは、調査についてご説明します」


 受付嬢が数枚の書類を取り出した。


「最近、このリベルタ周辺で魔物の生息域に明らかな変化が見られています」


「生息域?」


 思わず口を挟むと、受付嬢がこちらを見る。


「ユウトさんも聞かれますか?」


「いいんです?」


「機密事項ではありませんし、冒険者の皆さんにも注意喚起している内容です」


 この世界で生きていく以上、魔物について知っておいた方がいいだろう。


 俺も二人の近くへ寄る。


「ここ一か月ほど、本来なら森の奥や山間部にいるはずの魔物が、街道や人里の近くまで姿を見せるようになっています」


「……それって」


 頭に浮かんだのは、昨日俺を本気で殺しかけた巨大な猪だった。


「グランドボアも?」


「目撃されたのですか?」


「二メートルくらいあって、赤黒くて、牙がこう……ものすごいやつです」


 受付嬢の表情が少し引きつった。


「……ユウトさん」


「はい」


「よくご無事でしたね」


「俺もそう思います」


 やっぱり、あれは普通に危険な魔物だったらしい。


「グランドボアが街道付近へ現れること自体、通常ではほとんどありません」


 リリアの表情が変わった。


 先ほどまで地図を逆さまに眺めていた人物と同じとは思えないほど、真剣な目になる。


「確認されている件数は?」


「グランドボアだけで七件です」


「負傷者は?」


「十四名。幸い、今のところ死者は出ていません」


「他の魔物はどうです?」


「フォレストウルフやホーンラビット、それからゴブリンの目撃報告も通常より増えています」


「なるほど……」


 リリアが顎へ手を添え、少し考え込んだ。


「単純に個体数が増えているのではなく、奥地で何かが起きて外側へ押し出されている可能性がありますね」


「ギルドでも同じ見解です」


 おお。


 普通に有能だ。


 方向さえ関係なければ。


「そこでリリア様には、周辺区域の調査をお願いしたいと考えています」


「承知しました。今日から動きます」


「今日はお休みになっても構いませんよ?」


「問題ありません」


 もしかして、一日遅れたのを気にしているのだろうか。


 そんなことを考えていると、リリアがこちらを見る。


「ところで、あなたはこの街に詳しいのですか?」


「俺?」


「はい」


「全然」


「…………」


 露骨に残念そうな顔をされた。


「俺も昨日来たばっかりだから」


「そうですか」


「でも、ギルドの入口くらいなら分かります」


「……まだその話をするのですか?」


「面白いから」


 リリアの眉間に皺が寄る。


 綺麗な顔なのに、感情がかなり分かりやすい。


「では、私はこれで失礼します」


「どこ行くんです?」


「宿です」


「場所は分かる?」


「当然です」


「どこの宿?」


「銀月亭です」


 俺は念のため受付嬢を見る。


「銀月亭でしたら、ギルドを出て右へ進めば三分ほどです」


「なるほど」


 リリアは力強く頷き、そのまま堂々と左へ歩き出した。


「そっち左!」


 反射的に彼女の腕を掴む。


「!?」


 リリアが勢いよく振り返り、俺も慌てて手を離した。


「あ、すみません。思わず」


「……」


「宿は逆です」


「……知っています」


「もうその言い訳、無理あるよ」


 リリアの白い頬が、少しだけ赤くなった。


          ◇


「そこまで送ります」


 そう申し出た俺に対し、リリアは当然のように首を横へ振った。


「必要ありません」


「また迷うでしょ」


「迷いません」


「この街に着いてから何回遠回りしたんです?」


「…………六回です」


「それを世間では迷ったっていうんです」


 結局、俺達は一緒にギルドを出た。


 銀月亭は本当に近かった。


 大通りを一本、まっすぐ歩くだけで三分ほどで着く。


「ここです」


「…………」


「めちゃくちゃ近かったですね」


「そうですね」


「昨日はどこに泊まったんです?」


「野宿しました」


「なんで!?」


 思わず大声が出た。


「宿を探しているうちに、いつの間にか街の外へ出てしまいまして」


「城壁に囲まれてる街からどうやって出るんだよ!」


「門を通りました」


「門番に止められなかった?」


「止められました」


「なんて言ったの?」


「偵察です、と」


「嘘ついた!?」


「騎士には臨機応変な判断も求められます」


「方向音痴を臨機応変で正当化しないで」


 リリアはむっとした顔をする。


 その時だった。


「危ない!」


 大通りの向こうから叫び声が響いた。


 一台の荷車が、坂道を猛スピードで下ってくる。


 馬は繋がれていない。どうやら積み荷を載せたまま固定具が外れたらしい。


「どけ!」


「荷車だ!」


 通行人達が慌てて道の端へ逃げる。


 その進行方向に、一人だけ動けずにいる小さな女の子がいた。


「……え?」


 五歳くらいだろうか。


 手には小さなパンを持ったまま、何が起きているのか理解できずに固まっている。


「ミア!」


 母親らしき女性が叫んだ。


「まずい!」


 俺も走り出した。


 だけど、間に合わない。


 その瞬間、銀色の影が俺の横を駆け抜けた。


「――っ!」


 リリアだった。


 さっきまで宿へすら一人で辿り着けなかったとは思えない速度で女の子の前へ滑り込み、腰の長剣を抜く。


 次の瞬間、鋭い一閃が荷車の車輪を正確に捉えた。


 ガンッ、と激しい音が響き、片方の車輪が吹き飛ぶ。


 荷車は大きく横へ傾いたものの、まだ勢いは止まらない。


 リリアは剣を石畳へ突き立てると、空いた片手を荷車へ伸ばした。


「はあっ!」


 轟音とともに大量の砂埃が舞う。


 俺は思わず腕で顔を庇った。


 やがて視界が晴れた時、荷車は完全に止まっていた。


 そして、その正面ではリリアが何事もなかったように立っている。


「……嘘だろ」


 こいつ、本当に強い。


 地図を逆さまにする人と同一人物とは思えない。


「怪我はありませんか?」


 リリアはすぐさま女の子の前へしゃがみ込んだ。


「……うん」


「よかった。もう大丈夫ですよ」


 優しく微笑みかけられた瞬間、女の子の目から大粒の涙が溢れた。


「うわああん!」


「わっ……」


 女の子が勢いよく抱きついてきたため、リリアも少し驚いたようだった。


 それでもすぐに表情を柔らかくすると、その小さな頭を優しく撫でる。


「怖かったですね」


 母親も駆け寄り、何度も頭を下げた。


「ありがとうございます! 本当に、なんとお礼を申し上げれば……!」


「当然のことをしただけです」


「せめて何かお礼を――」


「必要ありません」


 きっぱりと断ったリリアの横顔を見ながら、俺は少しだけ見方を変えた。


 強いから格好いいんじゃない。


 危険に気づいた瞬間、この人は一度も迷わなかった。


 女の子を助けられるか、自分が怪我をしないか、そんなことを考えるより先に体が動いていたのだ。


 方向に関しては致命的に迷うくせに、人を助ける時だけは絶対に迷わない。


 どうやら、そういう人らしい。


「何ですか?」


 視線に気づいたリリアが俺を見る。


「いや。格好いいところもあるんだなと思って」


「失礼ですね!?」


「ちゃんと褒めてるって」


 本当にそう思っていた。


「聖騎士って、みんなこれくらい強いの?」


「これくらいなら基礎です」


「基礎!?」


「王都聖騎士団なら当然です」


「俺、昨日グランドボア一匹から泣きながら逃げたんだけど」


「グランドボア程度でしたら、一撃で対処できます」


「…………」


 昨日俺の人生を終わらせかけた怪物が、この人にとっては「程度」らしい。


 異世界の格差が酷い。


「なぜ急に落ち込んでいるのです?」


「自分の存在価値について少し考えてました」


「変な人ですね」


「会ったばかりの人に言われたくない」


 そう答えた時、胸の奥がわずかに温かくなった。


「……?」


 視界の端に、淡い光が見えた気がする。


 俺とリリアの間へ細い糸のようなものが伸びかけ――。


『《縁》が――』


 文字は最後まで表示されず、光もすぐに消えてしまった。


「……あれ?」


「どうしました?」


「いや、なんでもない」


 形成されなかった。


 ガルドさんの時とは違う。


 昨日のグランドボアの時とも何かが違う気がする。


 単純に会話をすれば成立する能力ではないらしい。


 俺が考え込んでいると、リリアが口を開いた。


「ユウト」


「ん?」


 初めて、彼女が俺の名前を呼んだ。


「先ほどはありがとうございました」


「先ほど?」


「宿まで案内していただいたことです」


「ああ、あれ」


 リリアは少し言いにくそうに視線を逸らした。


「私は、その……地図を見ることが少しだけ苦手でして」


「少し?」


「……かなり」


「やっと認めた!」


「声が大きいです!」


 怒られた。


「子供の頃からなのです」


「昔から?」


「七歳の頃、屋敷の庭で三日ほど迷ったことがあります」


「庭で三日!?」


「最終的には捜索隊が組まれました」


「屋敷の庭で捜索隊!?」


 俺が思っていたより遥かに重症だった。


「王都ではどうやって生活してたの?」


「従者がおりました」


「ああ」


「任務中は部下が同行していましたので」


「なるほど」


「今回は単独任務です」


「それ、一番やっちゃいけないやつじゃない?」


「問題ありません!」


 問題しかない気がする。


 王都聖騎士団は、どうしてこの人を一人で送り出したのだろう。


「……あの」


 リリアが少しだけ躊躇した。


「何?」


「一つ、お願いがあるのですが」


「嫌な予感がする」


「明日から、調査に同行していただけませんか?」


「俺が?」


「はい。主に道案内として」


「冒険者になった初日にナビへ転職!?」


「もちろん、報酬はお支払いします」


「いくら?」


「一日百ゴールドを考えています」


「やります」


 即答した。


「早いですね」


「生活かかってるんで」


 俺には金がない。


 宿代も飯代も必要だし、さっき短剣まで買った。


 今は仕事を選べる立場じゃない。


「ただし、一つ条件があります」


「何でしょう?」


「危ない魔物が出たら守ってください」


「当然です」


「俺、本当に戦えないから」


「……どの程度ですか?」


「昨日、適性検査を受けた」


「はい」


「筋力E、体力E、魔力F」


「…………」


「職業は交渉士」


「…………」


「その顔やめて」


「よく冒険者登録が通りましたね」


「受付の人にも似たようなこと言われた!」


 リリアは俺をまじまじと見る。


「交渉士ですか。珍しい職業ですね」


「らしいね」


「確かに戦闘能力はほとんど期待できませんが、交渉士が必要になる場面はあります」


「本当に?」


「ええ」


「例えば?」


「盗賊との人質交渉」


「初心者には危なすぎる」


「国家間の紛争調停」


「急に重い」


「魔族との停戦交渉」


「もっと嫌だ」


「どれも重要な仕事です」


「初心者向けの例ないの?」


 リリアがしばらく考える。


「……値切り交渉?」


「商店街レベルまで落ちた」


 それでも、少しだけ嬉しかった。


 女神から渡されたのは《縁》という正体不明の技能。


 職業は戦闘にほとんど役立たない交渉士。


 昨日から、自分でも何度か「役に立たないんじゃないか」と思っていた。


 そんな俺へ、リリアは迷うことなく言った。


「必要になる場面はあります」


 たったそれだけなのに、少しだけ救われた気がした。


「じゃあ、よろしく」


 俺は手を差し出す。


「?」


「握手」


「ああ」


 リリアも手を差し出し、その手を握った。


 その瞬間、今までよりはっきりと胸の奥が温かくなった。


 俺とリリアの間に細い光が伸び、今度は途中で消えることなく一本につながる。


『《縁》が形成されました』


「……!」


 できた。


「ユウト?」


「いや、なんでもない」


「やはり変な人ですね」


「今日それ何回目?」


 リリアは小さく笑った。


 この人、笑うと結構かわいいな。


 そう思ったことだけは、絶対に口には出さないでおこう。


          ◇


「というわけで、これを受けましょう」


「いや、待って」


 なぜか俺達は再び冒険者ギルドへ戻ってきていた。


「調査は明日からじゃなかった?」


「予定を変更しました。日没までまだ時間がありますから、まずは周辺の様子を見ておきたいと思います」


 リリアが掲示板から一枚の依頼書を取る。


『東の草原・スライム三体討伐』


 報酬は三百ゴールド。


「初心者向けの依頼ですね」


「それなら俺でもいけそう」


「では行きましょう」


「ちょっと待って」


「何です?」


「道は?」


「…………」


 リリアが黙った。


 俺は何も言わず受付へ向かい、周辺地図を借りる。


「東門を出て、街道沿いに進めば草原です」


「なるほど」


「絶対、俺の後ろを歩いて」


「分かりました」


「勝手に近道しないでね」


「しつこいですね」


「命がかかってるから」


 俺達は東門を抜けた。


 青空の下に草原が広がり、気持ちのいい風が吹いている。


「いいな」


「何がです?」


「こういうの、冒険者っぽい」


 剣を腰に下げた銀髪の美少女騎士と、その隣を歩く新人冒険者。


 これから向かうのは魔物討伐。


 昨日まで日本で生活していた俺が、今は本当に異世界を歩いている。


「よし。スライム三匹倒して、俺も初報酬だ」


「ユウトは私の後ろにいてください」


「俺も一匹くらい戦いたいんだけど」


「おすすめしません」


「即答!?」


「先ほど聞いた能力値では危険です」


「相手スライムだぞ?」


「スライムを甘く見てはいけません。種類によっては酸を吐く個体もいます」


「やっぱり後ろにいる」


 命は大事だ。


 それからしばらく歩いた。


 最初のうちは街道沿いを進んでいたはずなのだが、気づけば木々の数が増えている。


「……リリア」


「何です?」


「俺達、東門から出たよな?」


「はい」


「地図だと街道を進めば草原だよな?」


「はい」


「じゃあ、なんで目の前に森があるんだろう」


 俺達の前には、鬱蒼とした森が広がっていた。


 地図を見る。


 東の草原。


 そこにこんな森はない。


「…………」


 リリアも地図を覗き込む。


「不思議ですね」


「不思議じゃない!」


「おかしいですね。途中までは間違いなく街道を進んでいたはずですが」


「途中で『こっちの方が近そうです』って曲がったよな!?」


「あれは近道です」


「目的地から遠ざかってる時点で近道じゃない!」


 周囲を見るが、すでに街の城壁は見えない。


 嫌な汗が背中を流れる。


「なあ」


「はい」


「ここ、どこ?」


「……落ち着いてください」


「その台詞を言う人が一番分かってないやつなんだよ!」


 その時、森の奥から枝を踏む音がした。


 俺達は同時に黙る。


 もう一度、ガサリと音がする。


 今度は一か所ではない。


 木々の間に、赤い光がいくつも浮かび上がった。


「リリア」


「私の後ろへ」


 彼女の声から、さっきまでの軽さが消えた。


 長剣を抜き、俺を庇うように一歩前へ出る。


「何あれ」


「フォレストウルフです」


「狼?」


「魔物化した森林狼です」


「強い?」


「一体であれば問題ありません」


「じゃあ安心――」


「見えるだけで十二体ほどいます」


「帰ろう」


「帰り道が分かりません」


「終わった!」


 木々の間からフォレストウルフ達が姿を現した。


 低い唸り声を漏らし、鋭い牙を見せている。


 俺も短剣を抜いたが、手の震えまでは止められない。


「俺、これ持ってる意味ある?」


「気休めにはなるかと」


「武器の存在意義が気休め!」


 リリアは剣を構えたまま、狼達から視線を外さない。


「倒せる?」


「戦う必要があれば倒せます」


「よかった……」


「ですが、妙です」


「何が?」


「フォレストウルフは通常、この区域にはほとんど現れません」


 俺はギルドで聞いた話を思い出した。


 本来なら奥地にいる魔物が、街の近くへ出てきている。


「それに、これほど大きな群れで移動するのも珍しいです」


「……つまり?」


「何らかの理由がある可能性があります」


 よく見ると、狼達の様子がおかしい。


 こちらへ牙を向けているのに、飛びかかってこない。


 何匹かは頻繁に背後へ振り返り、落ち着きなく位置を変えている。


「リリア」


「はい」


「こいつら、本当に俺達を襲おうとしてる?」


「……」


 リリアも気づいたらしい。


「下がってください」


「え?」


「狼達が警戒している相手は、私達ではないかもしれません」


 森の奥から、重い音が響いた。


 ズン、と地面が微かに揺れる。


 フォレストウルフ達が一斉に身を低くした。


 さらにもう一度、先ほどより大きな振動が届く。


 狼達の赤い瞳に浮かんでいたのは、獲物を狙う殺気というより、何かから逃げてきた者の怯えに近かった。


「……嫌な予感しかしないんだけど」


「奇遇ですね。私もです」


 森の奥で太い枝が折れる。


 暗い木々の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現し始めた。


「リリア」


「はい」


「俺達、スライム討伐に来たんだよな?」


「そのはずです」


「初心者向けだったよな?」


「そのはずです」


 地面がもう一度揺れた。


 リリアの表情から、わずかに余裕が消える。


「……どうやら」


「どうやら?」


「完全に道を間違えたようです」


「今さら認めるなああああああ!!」


 その日、俺は一つ学んだ。


 強い仲間さえいれば安全に冒険できるなんて、大嘘だ。


 どれだけ強くても、目的地に辿り着けなければ意味がない。


 そして俺達が向かうはずだった東の草原は、もうどちらにあるのかすら分からなかった。


          ――第三話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


銀髪の聖騎士リリアと《縁》がつながり、ユウトにも初めて頼れる仲間ができました。


ただし、その聖騎士は致命的な方向音痴。


初心者向けのスライム討伐へ向かったはずが、なぜかフォレストウルフの群れと巨大な何かに遭遇してしまいます。


次回、ユウトは「魔物=倒すべき敵」とは限らないことを知ることになります。


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