セイルが隠していたのは、敵の名前じゃなく自分の過去でした
「最初から、同じ線の上にある」
セイルの言葉を聞いても、俺はすぐには返事ができなかった。
足元には、ついさっき排水路から引き抜いた黒い杭が置かれている。
旧鉱山で見た《封脈晶》は、地下から噴き上がる異常な魔力を受け止め、外へ漏れないようにするためのものだった。
ところが黒い杭は、その仕組みを逆に利用しているらしい。
地下の魔力を吸い上げ、《夜棘》が増えやすい形へ変えて周囲に流す。
似ているというより、同じ知識を知っている人間が意図的に逆向きへ作り変えたと考えた方が自然だった。
「セイル」
俺は地面の杭から顔を上げる。
「前から知ってたんだな。この技術のこと」
セイルは否定しなかった。
「ああ」
「じゃあ、旧鉱山で《封脈晶》を見た時に名前まで知ってたのも、偶然じゃない?」
「ああ」
「黒い徽章を見た時、顔色が変わったのも?」
「そうだ」
ここまで聞くと、さすがに少し腹が立った。
「だったら最初から話してくれてもよかったんじゃないか?」
声が強くなる。
自分でも分かっていたが、抑える気にはなれなかった。
「俺達は何度も《夜棘》に巻き込まれた。魔物も追い出されて、オルドさんもティオも危ない目に遭って、リリアだってさっき怪我した。それなのに、知ってることをずっと黙ってたのか?」
「ユウト」
リリアが静かに呼ぶ。
止められたわけではない。
ただ、その声のおかげで怒鳴るところまではいかなかった。
セイルは俺から目を逸らさない。
「黙っていた。それは事実だ」
「理由は?」
「話せば、俺が疑われるからだ」
「もうかなり疑ってたけどな」
「そうだろうな」
セイルは自嘲するように少しだけ息を吐いた。
普段ほとんど感情を見せない男が、初めて疲れたように見えた。
「《封脈晶》を作る技術に、俺は関わっていた」
ミミナの表情が変わる。
「作ったの?」
「俺一人ではない。地下を流れる魔力を調査し、異常が起きた場所を安定させるための術式を研究していた集団があった。俺はそこで現地調査を担当していた」
「それなら、あの術式を知っていて当然ですね」
ノアの声は冷静だった。
「でも、もう存在しないんだろ?」
俺が聞くと、セイルは少し間を置いて頷いた。
「三年前に解散した」
「何があった?」
「事故だ」
短い返事だったが、その声はかなり深刻そうなものだった。
セイルは黒い杭へ視線を落とす。
「地下魔力を制御する実験中に術式が暴走した。死者も出た。その後、研究資料の大半は回収され、技術の使用も制限された」
ミミナが杖を抱え直した。
「じゃあ、この杭を作れる人って……」
「少なくとも、《封脈晶》の術式をかなり深く理解している人間だ」
「研究してた人の誰か?」
「その可能性はある」
セイルはそこで言葉を切った。
「あるいは、回収されなかった資料を手に入れた誰かだ」
俺は旧鉱山で拾った黒い徽章を思い出す。
「じゃあ、あの紋章は?」
「あの研究で使われていた機材に付けられていた印だ」
「組織の紋章ってわけじゃないのか」
「正確には管理用の印だ。外部の人間が意味を知るようなものではない」
だからセイルは、あれを見て驚いたのか。
三年前に封印されたはずの技術。
その印が刻まれた装置が、今になってリベルタ周辺へ現れている。
「セイルは、それを追ってここまで来た?」
「ああ」
「最初から《夜棘》を?」
「いや」
セイルが首を横に振る。
「最初に気づいたのは、地下魔力の異常だった。《夜棘》が急増していると知ったのは、その後だ」
これまでバラバラだった話が、少しずつ整理されていく。
セイル自身が《夜棘》を広げていたわけではない。
むしろ、昔関わっていた技術が悪用されている可能性を追っていた。
だから旧鉱山で《封脈晶》を守り、黒い服の別人を探していた。
「一つだけ確認していいか?」
「何だ」
「三年前の事故と、今の事件はつながってるのか?」
「分からない」
セイルははっきり答えた。
「そこは俺もまだ調べている」
「なら、それでいい」
「……それだけか?」
「分からないことまで分かったふりされるよりいいよ」
俺は息を吐いた。
怒りが全部消えたわけじゃない。
「ただ、次からは知ってることをもう少し早く話してくれ」
「信用できるか分からなかった」
「それはお互い様だろ」
セイルが黙る。
「俺達だって、最初はあんたを《夜棘》を広げてる犯人かもしれないと思ってた。でも話したから、違う可能性が分かった」
敵かどうかは、話してから決めたい。
ゴブリン相手でも、人間相手でも、それは変わらない。
「過去に何があったのか全部話せとは言わないよ。でも今起きてることに関係するなら、俺達にも教えてほしい」
しばらくして、セイルが小さく頷いた。
「分かった」
それだけだった。
でも今までの彼を考えれば、十分だった。
◇
俺達は黒い杭を持ってギルドへ戻った。
排水路周辺の《夜棘》は、杭を抜いてから成長が止まっている。
すでに生えた分がそのまま消えるわけではないが、少なくとも街へ向かって増え続ける状態ではなくなった。
会議室にはバルガと数人の職員も集まり、俺達は今回分かったことを順番に報告した。
セイルも同席している。
彼自身の過去について、どこまで話すのかは任せるつもりだった。
「つまり」
年配の職員が黒い杭を見る。
「この装置は、地下の魔力異常を利用して《夜棘》を増殖させていた可能性が高い」
「はい」
ミミナが頷く。
「前に止めた杭もほぼ同じ構造でした。ただ、今回の方が吸い上げる量がかなり大きかったです」
「誰が作ったかは?」
「まだ分かりません」
俺が答える。
「ただ、使われている術式についてセイルが情報を持っています」
全員の視線が彼へ向く。
セイルはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「俺は以前、《封脈晶》の技術に関わっていた」
そこからは、彼自身が説明した。
三年前の事故。
解散した研究。
回収された術式。
今現れている黒い杭が、その技術を逆向きへ利用していること。
話が終わると、職員達の顔はさらに険しくなっていた。
「王都へ報告する必要がありますね」
「はい」
セイルが答える。
「俺一人で追える話ではないです」
以前の彼なら言わなかったかもしれない。
少なくとも、少しは俺達を信用することにしたらしい。
その時、別の職員が何枚かの書類を持って部屋へ入ってきた。
「失礼します。今回の一連の依頼について、査定が終わりました」
「査定?」
俺が首を傾げると、ノアだけがすぐ反応した。
「報酬ですか?」
「そこだけ反応早いな」
「重要です」
職員が苦笑する。
「報酬もありますが、それだけではありません」
書類の一枚が俺の前へ置かれた。
冒険者登録証に関する書類だった。
「神崎ユウトさん」
「はい」
「ギルドから、正式に昇級審査の結果をお伝えします」
思わず姿勢が変わる。
「昇級……?」
「これまでの依頼実績、オルドさんの救出、旧鉱山の調査、魔物の誘導、今回のリベルタ北門周辺における対応を総合し――」
職員は一度言葉を区切った。
「あなたをF級からE級へ昇級とします」
「……え?」
理解するまで数秒かかった。
ミミナの顔が一気に明るくなる。
「ユウト、上がった!」
「いや、聞こえたけど……本当に?」
「正式決定です」
職員が笑う。
剣もまともに使えない。
魔法も使えない。
冒険者になった時は、自分が最底辺のF級から上へ行けるなんてほとんど考えていなかった。
俺は目の前の書類を見た。
そして、横にいる三人を見る。
リリア。
ミミナ。
ノア。
一人だったら、ここまで来られたはずがない。
「……E級」
胸の奥から、遅れて嬉しさが込み上げてきた。
――第二十九話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、セイルがこれまで隠していた過去が少し明らかになりました。
《封脈晶》の技術に関わっていたセイル。
三年前に研究は解散し、本来なら封じられたはずの技術が、今は黒い杭として逆向きに利用されています。
そしてもう一つ。
ユウト、ついにF級卒業です!
剣もまともに使えず、
魔法も使えない。
それでも、交渉・判断・仲間との《縁》で積み上げてきた行動が、冒険者として正式に認められました。
次回、第30話。
E級になったユウトと4人のパーティに、新しい話が持ち込まれます。
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