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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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一本の杭を抜くために、四人全員の力が必要でした

 目の前にある黒い杭は、今まで抜いてきたものと同じ形をしている。


 それなのに、感じる圧力はまるで違った。


 排水路の奥へ立っているだけで肌がざわつき、地下から吸い上げられた魔力が足元を流れているのが、俺にすら分かる。


「前と同じ手順じゃ駄目なのか?」


 俺が尋ねると、ミミナは黒い杭を見ながら考え込んだ。


「同じ考え方は使えると思う。でも、今回は一気に流れを絞ったら逆に危ないかも」


「地下側へ圧力が戻る?」


「たぶん。それか、別の場所から一気に噴き出す」


 ノアが周囲へ伸びた《夜棘》を見る。


「さらに、杭を通っている魔力の濁りも強くなっています。私一人でまとめて浄化するのは難しいでしょう」


「リリアは?」


「《夜棘》そのものは切れます。ただし、この狭さでは一度に処理できる本数に限界があります」


 三人とも、できないとは言っていない。


 ただ、誰か一人に任せれば失敗する。


 それなら、いつも通りだ。


「分けよう」


 三人が俺を見る。


「全部を一度に止めなくていい。少しずつ負担を減らして、最後に抜く」


 俺は杭を見る。


「ミミナは地下から入る魔力を少しずつ絞る。ノアは絞った分だけ浄化して、リリアは《夜棘》を減らす」


「ユウトは?」


 ミミナに聞かれ、一瞬だけ言葉に詰まった。


「みんなが無理しないように止める」


 以前なら、それを自分で口にするのが少し恥ずかしかった。


 剣も使えない。


 魔法もない。


 だから仲間を見て、誰が次に動くかを決める。


 今はもう、それを役割だと思える。


「分かりました」


 リリアが静かに頷く。


「ユウトの指示に合わせます」


「私も」


「問題ありません」


 三人の返事を聞き、俺は息を吐いた。


「始めよう」


          ◇


「ミミナ、最初は一割だけ!」


「対象は杭へ入る魔力。効果は流量制限、強さ一割、時間三十秒!」


 淡い青色の光が杭の根元へ伸びる。


 低い振動が排水路全体へ響いた。


「どう?」


「安定してる! まだいける!」


「一気に上げないで。十秒待つ」


 俺は胸の奥へ意識を向けた。


 《縁》を通して、ミミナの魔力の流れがぼんやり分かる。


 まだ余裕はある。


「ノア、今ならいけそうか?」


「少量であれば」


「じゃあ始めてくれ!」


「《浄化》」


 金色の光が黒い杭を包む。


 表面に刻まれた術式の一部が、紫色から薄い灰色へ変わった。


 同時に周囲の《夜棘》が激しく揺れる。


「リリア!」


「承知!」


 黒紫色の根が床から飛び出した。


 リリアの剣が走る。


 一閃。


 狭い通路を塞ごうとしていた二本の《夜棘》が切断される。


 さらに一本。


 今度はノアへ向かって伸びた。


「左!」


 俺が声を上げた瞬間、リリアは迷わず剣を返した。


 根がノアへ届く直前で切り落とされる。


「ありがとう」


「そのまま続けてください!」


 ノアは杭から手を離さない。


「ミミナ、二割に上げられるか?」


「できる!」


「よし、ゆっくり頼む」


 魔力の流れが少し弱くなった。


 黒い杭の振動も変わる。


「ノアは?」


「まだ大丈夫です」


「リリア?」


「問題ありません」


 順調だ。


 そう思った直後、胸の奥に違和感が走った。


「待って」


 三人が動きを止める。


「どうしました?」


 リリアに聞かれたが、自分でもうまく説明できない。


 《縁》を通して感じていた三人の状態のうち、一つだけ急に乱れた。


「ノア、無理してない?」


「まだ浄化は続けられます」


「続けられるかじゃなくて、余裕ある?」


 ノアが一瞬黙った。


「……想定より消耗しています」


「止めよう」


「ですが、ここで止めれば――」


「また始めればいい」


 俺は言い切った。


「一回で終わらせる必要ないだろ」


 ノアは少しだけ俺を見たあと、ゆっくり手を下ろした。


 金色の光が消える。


「すみません」


「謝ることじゃない」


 俺が答えた、その時だった。


 地下から大きな衝撃が突き上げた。


「伏せて!」


 リリアの声が響く。


 黒い杭の周囲から、今までで一番太い《夜棘》が飛び出した。


 狭い通路いっぱいに根が広がる。


 リリアが前へ出た。


「《蒼月》!」


 青白い光が走る。


 太い根が半ばまで切れる。


 だが、完全には断ち切れなかった。


「硬い……!」


 《夜棘》がしなり、リリアへ向かって振り下ろされる。


「リリア!」


 彼女は剣で受けた。


 金属音とは違う、重い衝撃音が響く。


 リリアの体が壁へ叩きつけられた。


「っ……!」


 息が詰まる。


「リリア!」


 俺が動こうとしたが、ノアに腕をつかまれた。


「前へ出ないでください!」


「でも!」


「私が行きます!」


 ノアが浄化を止め、リリアへ駆け寄る。


 肩の鎧が割れ、下から血が滲んでいた。


「大丈夫です」


 リリアは立ち上がろうとする。


「大丈夫な人はそんな顔をしません」


 ノアが手をかざした。


「《癒しの灯》」


 柔らかな光が傷を包む。


 その間にも《夜棘》はゆっくり動いている。


「ミミナ!」


「固定する!」


「強くしすぎるなよ!」


「分かってる!」


 杖から青い光が伸び、太い《夜棘》の動きが止まった。


 しかしミミナの腕が小さく震える。


 対象が大きすぎる。


 長くは持たない。


 俺は焦りそうになる気持ちを押さえた。


 誰か一人に全部を背負わせたら駄目だ。


 今まで何度もそうしてきた。


「リリア、立てるか?」


「はい」


「嘘じゃない?」


 リリアは治療された肩を動かし、一度だけ深く息を吸った。


「まだ戦えます」


 ノアが彼女を見て頷く。


「傷は塞ぎました。ただし、長時間は無理です」


「十分です」


 俺は黒い杭を見る。


 ここで長引けば、また誰かが傷つく。


 でも、焦って一気に抜けば街が危険になる。


 なら、今までより細かく役割を分ける。


「ミミナ、その根をあと十秒だけ止められる?」


「いける!」


「リリア、動ける根だけ切ってくれ。全部じゃなくていい」


「分かりました」


「ノアは浄化に戻らなくていい。まずリリアの状態を見ててくれ」


「杭はどうするのです?」


「俺達で一回、魔力を逃がす」


 三人がこちらを見る。


「どうやって?」


「排水路の出口側へ少しずつ流せないか?」


 ミミナが目を見開く。


「魔力を?」


「全部じゃなくていい。今杭に集まってる分を、街と反対側へ逃がす」


 彼女は数秒考えた。


「できるかもしれない。でも、流す先を固定しないと散る」


「だったら排水路そのものを使う」


 水を逃がすための道だ。


 魔力だって方向を作れれば、少なくとも街側へ広がるのは防げるかもしれない。


「ミミナ、できそう?」


 彼女は杖を握り直した。


「やる」


 迷いのない声だった。


「対象は杭から溢れる魔力。効果は流向固定、方向は排水路の外側。強さ二割、時間三十秒」


「無理だと思ったらすぐ止めて」


「うん」


 淡い光が杭から出口方向へ伸びる。


 空気が揺れた。


「動いた!」


 ミミナの声が響く。


 黒い杭の周囲に溜まっていた魔力が、細い流れとなって排水路の外側へ抜け始める。


「ノア、今なら杭の浄化に戻れそう?」


 ノアが一度リリアを見る。


「三十秒だけなら」


「十分だ」


「《浄化》!」


 金色の光が杭へ戻る。


「リリア、根元!」


「はい!」


 剣が走る。


 《夜棘》が一本ずつ切断されていく。


 胸の奥で《縁》が強く反応した。


 ミミナの出力。


 ノアの魔力。


 リリアの呼吸。


 三人の状態が、今までよりはっきり分かる。


「ミミナ、あと五秒!」


「まだいける!」


「ノア、終わったらすぐ離れて!」


「分かりました!」


「リリア、最後の一本!」


 剣閃。


 黒い杭につながっていた最後の《夜棘》が切れた。


「全員下がって!」


 三人が距離を取る。


 黒い杭の振動が小さくなった。


「今なら…」


 俺がミミナを見る。


 彼女は魔力の流れを確認し、強く頷いた。


「抜けるよ!」


「リリア!」


「任せてください!」


 傷ついた肩を庇いながらも、リリアは黒い杭へ両手をかけた。


 力を入れる。


 一度では動かない。


 もう一度。


 杭が少し上がる。


「いける!」


 ミミナが声を上げる。


 リリアが最後に力を込めた。


 黒い杭が石床から完全に抜ける。


 その瞬間、大きな風のようなものが排水路を抜けた。


 俺達は反射的に顔を庇う。


 数秒後。


 静かになった。


「……終わった?」


 俺が尋ねる。


 ミミナがゆっくり目を閉じ、周囲の魔力を確かめる。


 やがて、肩の力を抜いた。


「地下から上がってくる量は、かなり減ったよ」


 ノアも地面へ手をかざす。


「《夜棘》への供給も止まっています」


 リリアが壁へ背中を預けた。


 俺はようやく息を吐いた。


「よかった……」


 今度こそ、その言葉が素直に出た。


          ◇


 排水路を出ると、北門から衛兵が走ってきた。


「どうなりました!?」


「原因になってた杭は抜いたよ」


「街道側の《夜棘》も、成長が止まっています!」


 その報告を聞いた瞬間、全身から力が抜けそうになった。


 リベルタへ広がる前に止められた。


 一人では何もできなかった。


 俺が持っている短剣では、あの根一本切れない。


 でも。


「ユウト」


 リリアが声をかける。


「何?」


「先ほどは、ありがとうございます」


「俺、何もしてないぞ」


「またそれを言うのですか?」


 珍しく少し強い言い方だった。


 俺は口を閉じる。


「私が負傷した時、無理に続けるよう言わなかった。ノアの魔力が減った時も止めました。ミミナの使い方も調整した」


 リリアは真っ直ぐ俺を見る。


「私達が力を使えるのは、ユウトが私達を見ているからです」


 返事が出なかった。


 少し離れたところで、ミミナも笑わずに頷いている。


 ノアも同じだった。


「……そっか」


 それしか言えなかった。


 俺は強くない。


 これから先も、おそらく強くならない。


 それでも。


 強い仲間が安心して力を使える場所を作ることなら、俺にもできるのかもしれない。


 その時、北側の街道から一人の人影が近づいてきた。


 黒い服。


 見覚えがある。


「セイル?」


 彼は俺達の前まで来ると、地面へ置かれた黒い杭を見た。


 いつもの無表情が、ほんの少しだけ変わる。


「これを、どこで見つけた」


「この排水路の奥だ」


「……やはりか」


「何か知ってるのか?」


 セイルはすぐには答えなかった。


 代わりに杭の術式へ指を伸ばし、刻まれた線を確かめる。


「この構造は《封脈晶》と似ている」


「似てる?」


 ミミナが近づく。


「でも、やってることは逆だよ。これは魔力を集めて《夜棘》へ流してる」


「だからだ」


 セイルが低く答える。


「同じ技術を、逆向きに使っている」


 俺は黒い杭を見る。


 《封脈晶》は地下から噴き上がる魔力を抑えていた。


 黒い杭は、それを吸い上げて外へ広げている。


「じゃあ、これを作った奴は……」


「少なくとも、《封脈晶》の仕組みを知っている誰かだ」


 セイルの言葉を聞いて、背中が冷たくなった。


「それって、かなり限られるのか?」


「ああ」


「心当たりがありそうだな?」


 彼はしばらく黙っていた。


 やがて、黒い杭から俺へ視線を移す。


「ああ、これで確信した」


「何を?」


「俺が追っていた異変と、お前達が調べている事件は別のものじゃない」


 風が街道を抜けていく。


「最初から、同じ線の上にある」


 俺達が旧鉱山で見つけたもの。


 ティオに杭を置かせた依頼人。


 各地で追い出される魔物。


 そして、リベルタのすぐそばまで伸びてきた《夜棘》。


 ようやくバラバラだった出来事が、一つの事件としてつながり始めた。


          ――第二十八話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は、リベルタ目前に設置されていた黒い杭を、4人全員の力で停止させました。


リリアは《夜棘》から仲間を守り、

ミミナは魔力の流れを制御し、

ノアは浄化と治療を担当。


そしてユウトは、3人の状態を見ながら「続ける・止める・次に誰が動くか」を判断します。


本人の戦闘力は上がっていません。


それでも、仲間が安心して全力を出せるようにする。


《交渉士》と《縁》を持つユウトらしい強さが、少しずつ形になってきました。


そして最後に現れたセイル。


黒い杭は、《封脈晶》と同じ技術を“逆向き”に利用したものだと判明します。


旧鉱山。

黒い杭。

《夜棘》。

魔物の移動。


これまで別々に見えていた異変が、ついに一つの事件としてつながり始めました。


次回、第29話へ続きます。


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