黒い杭を置いた男を、悪人だと決めるのはまだ早い
「名前は……知らない」
若い男は地面へ座ったまま、俺達から目を逸らしていた。
逃げようとはしない。
というより、目の前にリリアが立っている以上、逃げても無駄だと理解したのだろう。
「名前は?」
俺が尋ねると、男は少し迷ったあと、小さく答えた。
「ティオ」
「俺はユウト。こっちはリリア、そしてミミナ、ノアだ」
全員を順番に示す。
「別に今すぐ捕まえたり、殴ったりするつもりはないから、分かることだけ話してくれないか」
ティオが恐る恐る顔を上げた。
「……本当に?」
「嘘ついてるって分かったら、話は変わるけど」
リリアを見る。
「俺よりリリアの方が怒ると思う」
「なぜ私なのです?」
「俺が怖い顔してもあんまり怖くないからだ」
リリアは否定しなかった。
少し傷ついた。
ただ、今はそのくらいの方がティオも話しやすいのかもしれない。
「杭を置いたのはティオで間違いない?」
「……ああ」
「何のための杭だと聞いてた?」
「魔力を調べる道具だって言われた」
ミミナがわずかに眉を動かした。
「調べるだけ?」
「本当にそう聞いた。地面に刺しておけば、土地の魔力が記録されるから、あとで回収するって」
「誰に頼まれたんだ?」
「知らない男だ」
「見た目は?」
「三十くらい……たぶん。普通の旅人みたいな服だった。」
黒い服ではない。
俺は少しだけ安心した。
少なくとも、何でもセイルや礼拝堂で聞いた人物へ結びつける必要はなさそうだ。
「名前は名乗らなかったのか?」
「依頼人の名前なんて聞かなかった。俺みたいな日雇いは、金さえ払ってもらえれば仕事を受けることもあるから」
ノアが静かに尋ねる。
「報酬はいくらでしたか?」
「一本置くごとに二十ゴールド」
思っていたより高い。
俺でも分かる。
「ただ杭を運んで刺すだけで?」
「ああ」
「怪しいとは思わなかった?」
ティオは答えなかった。
その沈黙で分かった。
「思ったんだな」
「……少しは」
声が震えている。
「でも、仕事がなかったんだ。東の村は最近魔物が増えて、荷運びの仕事も止まってた。俺もずっと金がなくて……」
「だから受けた?」
「そうだ」
俺は何も言えなかった。
金が欲しかったから怪しい仕事を受けた。
それだけ聞けば、自業自得だと言える。
ただ、二十ゴールドが必要だった理由も聞かずに責めるのは違う気がした。
「何に使うつもりだった?」
ティオは一度唇を結んだ。
「……家に送った」
「家?」
「母親と弟がいる。村の仕事が止まって、俺が稼がないと食っていけない」
ミミナの表情が少し曇る。
ノアは表情を変えなかった。
「事情があったことと、結果として危険なものを設置したことは別です」
はっきりした声だった。
ティオが俯く。
「分かってる」
「ノア」
「責めているわけではありません」
ノアはティオを見る。
「ただ、自分に事情があれば何をしても許される、という話にしてはいけません」
厳しい。
でも、間違ってはいない。
「……そうだな」
ティオも逃げなかった。
「俺も最初は、本当に魔力を調べるだけだと思ってた。でも三本目を置いたあと、周りの草が黒くなり始めた」
「その時に気づいた?」
「ああ」
「だったら、なぜギルドに言わなかったんだ?」
声が少し強くなった。
自分でも分かった。
ティオが顔を上げる。
「怖かったんだよ!」
初めて、彼の方から感情をぶつけられた。
「俺が置いたって言えば、全部俺のせいにされるかもしれない。魔物が街へ来たのも、怪我人が出たのも、全部!」
「だから黙ってたのか?」
「じゃあ、お前なら言えたのかよ!」
その言葉に返せなくなった。
俺だったら…
自分が原因かもしれないと分かっていて。
ギルドに行けば捕まるかもしれなくて。
家族へ金まで送ってしまっていたら。
簡単に名乗り出られたとは言い切れない。
「……分からない」
俺は正直に答えた。
ティオが驚いたように見る。
「格好よく『俺なら言った』って言いたいけど、たぶん怖かったと思う」
「ユウト」
リリアがこちらを見る。
「でも、だからって黙ってていいわけじゃない」
ティオへ向き直る。
「今からでも話してくれ。どこに杭を置いたのか全部」
「言ったら……俺は?」
「それは俺が決めることじゃない。ギルドには報告する」
ティオの顔が強張る。
「ただ、知ってることを全部話して、自分から残りを止めようとしたってことも俺が話す」
「何で……」
「何が?」
「何で俺のためにそこまでするんだよ」
少し考えた。
特別な理由なんてない。
「最初から悪人だって決めつけたくないから…かな?」
ティオは何も言わなかった。
「間違えたなら、間違えた後に何をするかも大事だろ」
リリアが静かに頷く。
「責任を取ることと、やり直す機会を失うことは同じではありません」
ノアも何も反対しなかった。
しばらくして、ティオが震える手を鞄へ入れた。
リリアの体がわずかに動く。
「大丈夫」
ティオが取り出したのは、折り畳まれた紙だった。
「これを渡された」
地面へ広げる。
簡単な地図だった。
リベルタを中心に、周辺の道や森、川が描かれている。
そして数か所に黒い印がついていた。
「これが杭を置く場所?」
「ああ」
指で一つずつ示す。
「ここが今日見つかった場所。一つ目はもっと東の林。二つ目は川沿い。ここが三つ目」
「全部で?」
「五本」
胸の奥が重くなる。
「三本はもう置いたのか」
「……ああ」
「残り二本は?」
「まだ置いてない」
少しだけ希望が見えた。
「杭はどこにある?」
「東の街道沿いにある古い小屋へ隠してある。俺が取りに来なかったから、まだそのままだと思う」
「なら先に回収できる」
ミミナが地図へ身を乗り出す。
「置いてある三本も、今日みたいに止めればいいんだよね?」
「少なくとも同じ構造ならできると思う」
初めて、追いかける側へ回れた気がした。
誰かが置く前に止める。
広がる前に取り除く。
今までとは違う。
「この依頼をした男とは、もう会わないのか?」
俺が尋ねる。
「五本全部置いたら、三日後に東の古い橋で報告する約束だった」
リリアの目が鋭くなる。
「何時です?」
「日が沈む前」
「いつ?」
ティオは地図から顔を上げた。
「明日だ」
全員が黙った。
依頼人に直接会えるかもしれない。
けれど、その前にやることがある。
「まず残ってる杭を回収して、置いた三本を止める」
俺が言うと、リリアが頷く。
「その上でギルドへ報告し、橋へ向かうかどうか決めましょう」
「ティオにも来てもらうぞ」
「……分かった」
今度の返事に迷いはなかった。
◇
俺達は、地図に記された場所を一つずつ確認していった。
一つ目の杭は東の林。
二つ目は小川の近く。
どちらも周囲で《夜棘》が増え始めていたが、最初の杭ほど範囲は広くない。
構造も同じだった。
ミミナが地下からの魔力を絞り、ノアが杭へ溜まった濁りを浄化し、リリアが周囲の《夜棘》を切る。
俺は三人の状態を確認しながら順番を合わせる。
一度経験したからか、二本目は最初よりずっと早かった。
三本目を引き抜いた頃には、太陽が傾き始めていた。
「全部止まった」
ミミナが汗を拭きながら言う。
「少なくとも設置済みの三本は」
ノアが訂正する。
「残りの二本も回収しないとな」
ティオが俯いた。
「……本当に、ごめん」
俺はすぐには答えなかった。
黒く枯れた草。
住処を追われた魔物達。
東門へ押し寄せた群れ。
こいつが杭を置かなければ、起きなかったこともあるかもしれない。
簡単に「気にするな」とは言えなかった。
「謝るのは、全部終わってからでいいんじゃないか」
ティオが顔を上げる。
「今は手伝ってくれ」
「……ああ」
その答えだけで十分だった。
俺達は古い小屋へ向かう。
ティオが教えた場所には、確かに二本の黒い杭が布へ包まれた状態で残されていた。
「これで五本全部だな」
俺が息を吐く。
リリアが一本を持ち上げようとして、ふと動きを止めた。
「ユウト」
「どうした?」
「こちらの杭には、印がありません」
「印?」
近づいて見る。
これまでの杭にはすべて、根元へあの紋章が刻まれていた。
だが一方の杭には何もない。
もう一本には、確かに同じ紋章がある。
「違うもの?」
ミミナが首を傾げる。
ティオの顔から血の気が引いた。
「……違う」
「何が?」
「俺が受け取った時は、二本とも印があった」
小屋の中が静かになる。
「誰かが入れ替えた?」
ノアの声が低くなる。
俺は小屋の入口を見る。
鍵は壊されていない。
中を荒らされた形跡もない。
それなのに、杭だけが一本違っている。
「ティオ」
「何だ?」
「この場所を知ってるのは?」
「俺と……」
彼は言葉を止めた。
「依頼人だけだ」
背中に冷たいものが走る。
明日の夕方。
東の古い橋。
相手はこちらが動き始めたことを知っているのではないだろうか…
――第二十四話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
黒い杭を設置していたのは、日雇い仕事として依頼を受けた青年ティオでした。
怪しいと思いながら仕事を受け、異変に気づいても怖くて名乗り出られなかったティオ。
事情があるから無罪になるわけではない。
それでも、一度の間違いだけでその人間のすべてを決めつけない。
今回はユウトらしい「戦う前に相手を見る」という部分を、人間相手でも描きました。
そして黒い杭は全部で五本。
設置された三本の停止にも成功し、残り二本も回収できたはずでした。
しかし、そのうち一本が別物へ入れ替わっています。
この隠し場所を知っているのは、
ティオと依頼人だけ。
さらに明日、依頼人との待ち合わせがあります。
次回、第25話へ続きます。
続きが気になったら、ブックマーク・評価・フォローで応援していただけると嬉しいです!




