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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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黒い杭、抜くだけなら簡単だと思ってました

 丘の上に打ち込まれた黒い杭を前に、俺達はしばらく動けなかった。


 昨日までなら、《夜棘》が異常に増えている原因は地下の魔力そのものなのかもしれないと考えていた。


 だが、目の前にあるものは自然に生えた植物でも魔石でもない。


 人間が作り、誰かがここへ持ってきて、地面へ打ち込んだものだ。


 しかも、その根元には旧鉱山でセイルが拾った黒い徽章と同じ紋章が刻まれている。


「……これを置いた奴がいるんだよな」


 口に出すと、胸の奥に残っていた苛立ちがまた強くなった。


 リリアは黒い杭から目を離さず、剣の柄へ手を置いている。


「その可能性は非常に高いでしょう。ただし、まだ誰が、何の目的で設置したのかまでは分かりません」


「分かってる」


 誰かが置いたから悪人だ、と決めつけるつもりはない。


 セイルだって最初は《夜棘》を広げている人物に見えたが、実際には《封脈晶》を使って地下の異常を抑えていた。


 だから、今回も確認するまでは決めつけない。


 それでも、この杭の周囲から《夜棘》が広がっている光景を見れば、いい気分にはなれなかった。


「ミミナ、近づかないまま調べられそうか?」


「やってみる。ただ、昨日より魔力が強くなってる気がする」


 ミミナは数歩離れた位置で杖を構え、先端を黒い杭へ向けた。


 淡い光が地面をなぞり、やがて杭の根元まで届く。


 彼女はしばらく黙っていたが、徐々に眉間へしわを寄せた。


「やっぱり変だよ、これ」


「どう変なんだ?」


「杭そのものが魔力を作ってるわけじゃないの。地下にある魔力を吸い上げて、それを周りへ流してる」


 俺は地面に広がる《夜棘》を見る。


「その流された魔力を、《夜棘》が吸ってる?」


「たぶん。それだけじゃなくて……」


 ミミナは杖の角度を少し変えた。


「ただ流してるだけじゃないみたい。杭を通った後の魔力の方が、《夜棘》と相性がよくなってる感じがする」


「相性がよくなる?」


「うまく説明できないけど、普通の水を植物が吸いやすい水に変えるみたいな感じ」


 ノアも《夜棘》の外側から地面を確認する。


「旧鉱山で感じた魔力の濁りに近いですね。もしミミナさんの感覚が正しいのであれば、この杭は地下の魔力を利用して《夜棘》が増えやすい環境を作っていることになります」


「じゃあ抜けば止まる?」


 俺が尋ねると、ミミナはすぐには頷かなかった。


「たぶん止まると思う。でも、そのまま抜くのはちょっと怖い」


「何が起きそう?」


「地下から上がってる魔力の流れを、今はこの杭が細くまとめてる。それを急に抜いたら、出口がなくなった魔力が周りに一気に漏れるかもしれない」


 俺は伸ばしかけた手を静かに引いた。


「聞いてから触ってよかった……」


「触ろうとしていたのですか?」


 リリアの声が一段低くなる。


「まだ触ってないだろ」


「触ろうとはしたのですね」


「だから未遂だって」


 それ以上追及される前に、俺は黒い杭へ視線を戻した。


 今は本当にふざけている場合じゃない。


「抜くなら、先に地下から来てる流れを弱める必要があるってことか」


「うん。それから杭の中に残ってる魔力も抜いた方がいいと思う」


「私が浄化できるか確認します」


 ノアが一歩前へ出ようとしたため、リリアが腕を出して止めた。


「まず私が周囲を確認します。まだ何が起きるか分かりません」


「お願いします」


 リリアは《夜棘》へ剣先を向けたまま、杭の周囲をゆっくり回る。


 動くものはない。


 ただ、黒紫色の茎だけが地面を覆い、風もないのにかすかに揺れていた。


「誰かが近くに隠れている様子はありません」


「じゃあ、やってみよう」


 三人へ意識を向けると、胸の奥で《縁》が静かに反応する。


「ミミナ、まず地下から杭へ入ってる魔力だけ弱められる?」


「流れそのものを止めるのは危ないと思うから、半分くらいに絞る。対象は杭へ入る魔力、効果は流量制限、強さは五割、時間は一分」


 迷わず条件を組み立てるミミナを見て、牧場で俺を空へ飛ばした頃を思い出した。


 同じ魔法使いとは思えないくらい成長している。


「それでいこう」


 ミミナが杖を掲げる。


「始めるよ」


 青白い光が杭の根元へ伸びると、地面の下で何かが低く唸った。


「魔力の流れ、落ちた!」


「ノア、杭の中に残ってる分を浄化できそうか?」


「試します。ただし、異常があればすぐ止めます」


 金色の光が黒い杭を包む。


 直後、杭の周囲に生えていた《夜棘》が一斉に震えた。


「何だ?」


 嫌な音がした。


 土の中から何かが這い回るような音が、俺達の足元へ近づいてくる。


「全員、下がってください!」


 リリアの声とほぼ同時だった。


 地面が割れ、何本もの《夜棘》が勢いよく飛び出してくる。


「ミミナ!」


「魔法は維持する!」


 黒紫色の茎が鞭のようにしなり、ミミナとノアへ向かって伸びた。


 俺の体は反応すらできなかった。


 その横を、銀色の影が駆け抜ける。


「《蒼月》!」


 青白い剣閃が半円を描いた。


 ミミナ達へ迫っていた《夜棘》がまとめて切断され、黒紫色の破片が地面へ落ちる。


 さらに別の根がリリアの背後から伸びてきたが、彼女は振り返ることすらせず剣を返し、正確に根元だけを断ち切った。


「……すご」


 思わず声が漏れる。


 普段は地図一枚で町の反対側へ行ける人なのに、剣を持った途端、本当に別人みたいだ。


「ユウト、集中してください!」


「ごめん!」


 胸の奥へ意識を戻す。


 ミミナの魔力はまだ安定している。


 ノアにも余裕がある。


 リリアは動き続けているが、まだ疲労は大きくない。


「ミミナ、流れをあと一割だけ下げられる?」


「できる!」


「ノア、そのまま浄化を続けて!」


「分かりました!」


 《夜棘》は次々と地面から伸びてくる。


 リリアがそのすべてを迎え撃つ。


 俺には一つも切れない。


 それでも三人の動きを見ていると、次にどこへ負担が集まるのかが少しだけ分かる。


「リリア、右後ろ!」


 言った瞬間、彼女は迷わず剣を振った。


 地面から飛び出す寸前だった《夜棘》が、土ごと切り裂かれる。


「次、ミミナの左!」


「はい!」


 間に合う。


 以前なら、俺の声が届いてからリリアが確認していた。


 今は違う。


 俺が言えば、彼女はそのまま動く。


 信じてもらえている。


「杭の中、かなり薄くなりました!」


 ノアの声が響く。


「ミミナは?」


「地下からの流れもほとんど止まってる!」


「じゃあ、今なら抜ける?」


 二人がほぼ同時に頷いた。


「リリア!」


「任せてください!」


 《夜棘》を一閃したリリアが、そのまま黒い杭へ駆け寄る。


 柄へ剣を戻し、両手で杭をつかんだ。


「いきます!」


 地面へ深く打ち込まれていた黒い杭が、少しずつ持ち上がっていく。


 土の中から最後の《夜棘》が伸びた。


「リリア!」


 俺が叫ぶ。


 だが彼女は杭から手を離さなかった。


「ミミナ!」


「分かってる!」


 杖から飛んだ光が《夜棘》へ絡みつき、その動きを一瞬だけ固定する。


 その隙にノアの浄化が重なり、黒紫色の茎から力が抜けた。


「今だ、リリア!」


「はい!」


 最後の力で引き抜く。


 黒い杭が地面から完全に抜けた瞬間、周囲を満たしていた魔力がふっと弱くなった。


 動いていた《夜棘》も、次々と地面へ倒れていく。


 しばらく誰も口を開かなかった。


「……止まった?」


 ミミナが小さく尋ねる。


 ノアが地面の魔力を確認し、ゆっくり頷く。


「少なくとも、地下から《夜棘》へ流れていた魔力は急激に減っています」


「成功したってことでいい?」


「現時点では」


 ノアらしい慎重な答えだった。


 それでも、俺は大きく息を吐いた。


 初めてだった。


 今まで俺達は《夜棘》に追いかけられ、広がった後を調べ、傷ついた魔物を助けてきた。


 今回は違う。


 異変を広げていたかもしれないものを、俺達自身の手で一つ止めた。


「やったな」


 ミミナを見ると、彼女もようやく笑った。


「うん!」


 リリアが抜いた黒い杭を地面へ置く。


 土の中へ埋まっていた部分には、表面に見えていたものより複雑な術式が刻まれていた。


「ミミナ、これも読める?」


「全部は無理。でも……」


 彼女がしゃがみ込み、術式へ目を凝らす。


「これ、魔力を流すためだけの術式じゃないよ。何かを増幅する部分がある」


「《夜棘》を?」


「たぶん」


 その時だった。


 リリアが突然立ち上がり、丘の下へ顔を向ける。


「誰かいます」


「どこ?」


「木の陰です」


 俺には何も見えなかった。


 だが次の瞬間、人影が勢いよく走り出した。


「逃げた!」


 若い男だった。


 俺達を見ていたらしい。


「待って!」


 反射的に声を上げるが、当然止まらない。


 男は草原を東へ向かって全力で走る。


「追います」


 リリアが地面を蹴った。


「道、大丈夫!?」


 俺が叫ぶ。


「動いている相手なら迷いません!」


「どういう仕組みなんだよ!」


 思わず突っ込んだが、リリアはすでに遠い。


 俺達も後を追う。


 もちろん、俺だけあっという間に置いていかれた。


          ◇


 俺が息を切らして追いついた時には、すでに全部終わっていた。


 若い男は地面へ座り込み、その前にリリアが立っている。


 剣は抜いていない。


 逃げ道だけを完全に塞いでいた。


「……速すぎるだろ」


「お疲れさまです」


「俺が追いつくまで待ってくれてもよかったんだけど」


「逃がす方が問題です」


「正しいけどさ……」


 男はまだ若い。


 二十歳前後だろうか。


 安物の旅装に土のついた靴、腰にも武器らしい武器はない。


 少なくとも、強そうには見えなかった。


「俺達を見て逃げた理由、聞いてもいい?」


 男の顔から血の気が引いた。


「違う……」


「何が?」


「俺は、何も知らない」


 まだ何も聞いていない。


 ノアとミミナも追いつき、少し距離を取って男を見る。


「じゃあ、あの杭については?」


 俺が尋ねた瞬間、男の肩が震えた。


 それだけで十分だった。


「知ってるんだな」


「俺は……ただ……」


 男は地面を見たまま、かすれた声を出す。


「言われた場所に置いただけなんだ」


 風が草原を抜けていく。


 誰も笑わなかった。


 俺は男の前へしゃがみ、できるだけ同じ高さから顔を見る。


「誰に?」


 男は唇を噛んだ。


 それでもしばらくすると、震える声で答えた。


「名前は……知らない」


          ――第二十三話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は、ついに《夜棘》を広げていた可能性のある黒い杭を一本停止させることに成功しました。


リリアの戦闘力、ミミナの成長、ノアの浄化、そして3人の動きをつなぐユウト。


4人それぞれの役割が合わさり、今回は「異変から逃げる」のではなく、自分達から一つ止める回になりました。


しかし、杭を見張っていたらしい若い男は、


「言われた場所に置いただけ」


と語ります。


誰が、何のために杭を置かせたのか。


次回、その男から事情を聞きます。


第24話へ続きます。


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