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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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戦えないくせに、冒険者達に「撃つな」と命令してました

 翌朝、東門の外には即席の防柵が並んでいた。


 門へまっすぐ続く街道には荷車と木製の柵を斜めに配置し、東から来た魔物が自然に南東へ流れるよう道幅を変えてある。


 その先には草原を抜け、山側へ出られる広い道が続いていた。


 昨日までは存在しなかった、魔物のための逃げ道だ。


「思っていたより大がかりになったな……」


 俺が呟くと、隣でバルガが鼻を鳴らした。


「お前が言い出したんだろ」


「ここまで本格的になるとは思ってなかった」


「ギルドがやると決めた以上、中途半端にはできん」


 防柵の内側には弓を持った衛兵達が並び、さらにその前には冒険者が配置されている。


 リリアとバルガ達が前衛。


 ノアは負傷者が出た場合に備えて門の近く。


 ミミナは誘導用の付与を担当し、俺は街道全体を見渡せる場所から動きを判断することになった。


 うむ、本当に俺が指示を出すらしい。


 昨日の夜から胃が痛かったが、さらに痛みを増してきた。


「ユウト」


 リリアが剣の状態を確認しながらこちらを見る。


「無理にすべてを救おうとしないでください」


「分かってるよ」


「危険な魔物が街へ向かった場合は、私達が止めます」


「わかった」


「それでも迷った時は、私達を頼ってください」


 俺は少しだけ肩の力を抜いた。


「そのつもりだよ」


 全部自分で決める必要はない。


 俺にできるのは、全員が動きやすくすることだ。


「来たぞ!」


 見張り台から声が響いた。


 全員の表情が変わる。


 東の街道の先に、小さな影がいくつも現れていた。


「ホーンラビット、十二……いや、十五!」


 最初の群れは小型魔物だけだった。


「ミミナ、予定通り頼む」


「うん」


 彼女は杖を持ち上げ、街道の分岐より先へ置いた干し草へ魔法をかける。


「対象は干し草。効果は根菜の香り、強さ二割、時間二分!」


 昨日より出力を下げている。


 群れが近づくと、先頭のホーンラビットが匂いへ反応し、南東の道へ進路を変えた。


 後続もその後を追う。


 十五体すべてが防柵へ近づくことなく、山側へ消えていった。


「第一陣、通過!」


 衛兵から小さなどよめきが上がる。


 俺も息を吐いた。


 だが、安心する時間はほとんどなかった。


「次が来ます!」


 今度は足音が違う。


 草原の奥から現れたのは、フォレストウルフの群れだった。


 七体。


 ホーンラビットとは違い、肉食の魔物だ。


 周囲の冒険者達に緊張が走る。


「弓兵、準備!」


 隊長の声で矢がつがえられる。


「まだ撃つな!」


 俺は街道を見る。


 フォレストウルフ達は牙を剥いていない。


 互いを守るように固まって走り、何度も後ろを振り返っている。


「そのまま通す!」


「ウルフですよ!?」


 衛兵が驚いた声を上げる。


「今はこっちを狙ってない!」


 群れが分岐へ入る。


 肉食だから根菜の匂いでは誘導できない。


「ミミナ、右側の柵だけ見やすくできる?」


「光らせる?」


「弱いのでいい。街側が通りにくいって分かればいい!」


「やってみる!」


 ミミナの杖から淡い光が伸び、門側の防柵だけがぼんやり明るくなる。


 強い光ではない。


 だが警戒心の強いフォレストウルフ達はそれを避けるように進み、広く開けた南東側へ方向を変えた。


「抜けた……」


 七体が通過する。


 誰も傷ついていない。


 人間も、魔物も。


 胸の奥に小さな手応えが生まれた。


 もしかしたら本当にできるかもしれない。


 その考えが浮かんだ直後、遠くから地面を揺らす足音が響いてきた。


「大型一体!」


 見張り台の声に全員が身構える。


 草原の向こうに現れた巨体を見て、俺の喉が鳴った。


「ロックベア……」


 以前、森でリリアが戦った魔物と同じ種類だった。


 ただし、今回は様子がおかしい。


 まっすぐ走れていない。


 何度も体を傾けながら、苦しそうに前へ進んでいる。


「弓兵!」


 隊長が腕を上げた。


 矢が一斉にロックベアへ向けられる。


「待って!」


 俺も声を上げた。


「ユウト、あれは危険です!」


「分かってる!」


 巨大なロックベアが近づく。


 肩から背中にかけて、黒紫色のものがいくつも見える。


「《夜棘》が刺さってる!」


 ノアも気づいた。


「かなり深いです!」


 ロックベアが苦しそうな咆哮を上げる。


 恐怖で衛兵の一人が矢を引き絞った。


「撃つな!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。


 一瞬、全員の動きが止まる。


「まだ街を襲ってない!」


「ですが、このままでは防柵へ!」


「リリア!」


 俺が呼ぶより早く、彼女はすでに走っていた。


「分かっています!」


 銀色の髪が風を切る。


 ロックベアが防柵へ向かう直前、リリアが真正面ではなく斜めから入り、剣を地面へ突き立てるようにして進路を変えさせた。


 巨大な前脚が振り下ろされる。


「リリア!」


 剣で受けた衝撃に、彼女の足元の土が大きく削れた。


 それでも後ろへは下がらない。


「こちらです!」


 もう一撃。


 リリアは受け流しながら、街道の外側へ少しずつ誘導していく。


 普段は地図一枚で町の中を迷うくせに、誰かを守る時だけは本当に一度も迷わない。


「ミミナ!」


「見えてる!」


 ミミナもすでに杖を構えていた。


「対象はロックベア。効果は体重軽減、強さ一割、時間三十秒!」


 淡い光が巨体を包む。


 ほんのわずかに動きが軽くなった瞬間、リリアがロックベアの横へ回った。


「ノア、行けるか!」


「近づければ!」


「バルガ!」


「任せろ!」


 バルガが大盾を持った仲間とともにロックベアの反対側へ入り、リリアと挟むように進路を固定する。


 俺は三人へ意識を向けた。


 胸の奥で《縁》が強く反応する。


 リリアはまだ余裕がある。


 ミミナの出力も安定している。


 ノアは治療できる位置を探している。


「リリア、あと少しだけ左へ!」


「はい!」


「ミミナはそのままでいい!」


「分かった!」


「ノア、今なら右側から入れる!」


 ノアが一気に距離を詰めた。


「《浄化》!」


 金色の光がロックベアの肩を包む。


 黒紫色の《夜棘》が浮き上がるように震えた。


「リリア、棘だけ!」


「承知しました!」


 剣閃が走る。


 一本。


 二本。


 三本。


 ロックベアの背中へ刺さっていた《夜棘》が次々と切り落とされていく。


 最後の一本が抜けた瞬間、ロックベアが大きく咆哮した。


 衛兵達が再び弓を構える。


「まだ撃つな!」


 ロックベアは前脚を地面へ叩きつけた。


 一歩。


 こちらを見る。


 俺は息を止めた。


 襲ってくるなら、今だ。


 リリアも剣を構えている。


 バルガ達も動ける。


 それでもロックベアは俺達へ向かってこなかった。


 しばらく荒い息を吐いたあと、ゆっくりと南東の道へ顔を向けた。


 そして走り出した。


 誰も動かなかった。


 巨大な背中が草原の向こうへ消える。


「……通った」


 誰かが呟いた。


 その瞬間、周囲から歓声が上がった。


 衛兵達が弓を下ろし、冒険者達が肩を叩き合う。


 俺はそこで初めて、自分がずっと拳を握りしめていたことに気づいた。


「ユウト」


 戻ってきたリリアが声をかける。


「大丈夫ですか?」


「俺は何もしてない。けど、足が震えてる」


「何もしていませんか?」


 俺は彼女を見る。


「少なくとも、私はユウトの声があったから迷わず動けました」


 胸の奥に、その言葉が静かに落ちた。


 剣は持てない。


 魔法も使えない。


 さっきだってロックベアに近づくことすらできなかった。


 そんな俺にも、できることはあるらしい。


 少し離れたところで、バルガが腕を組んで笑っていた。


「F級が偉そうに『撃つな』なんて叫びやがって」


「言わないで!今思い出すと恥ずかしいから、言わないで!」


「でも全員聞いたぞ」


「やめろー!」


「悪くなかった」


 親指を立てる。


 からかうような声ではなかった。


 バルガは南東へ続く道を見る。


「少なくとも今日は、人間も魔物も一匹も死んでねえ」


 俺も同じ方向を見る。


「ああ。そうだな」


 それだけで十分だった。


          ◇


 その日の午後までに、四つの群れが誘導路を通過した。


 すべてが逃げるように東側から現れ、山の方向へ去っていった。


 作戦を終えた俺達は、魔物達が来た道を途中まで確認することになった。


 街から離れすぎるつもりはない。


 ただ、次の群れが来る前に原因の手掛かりだけでも欲しかった。


 東の丘へ近づくほど、《夜棘》は増えていく。


「昨日より多いですね」


 ノアが低い声で言った。


「一日しか経ってないのに?」


「だから異常なのです」


 俺達は慎重に丘を上った。


 頂上近くまで来たところで、ミミナが立ち止まる。


「待って」


「どうした?」


「あそこ」


 彼女が指した先には、《夜棘》が密集している場所があった。


 その中心だけ、何か形が違う。


 リリアが先に近づき、周囲を確認する。


「人工物があります」


「人工物?」


 俺達も慎重に近づいた。


 地面へ打ち込まれていたのは、腕ほどの長さがある黒い金属製の杭だった。


 その周りから《夜棘》が何本も伸びている。


「これ……」


 ミミナが杖を向け、顔を強張らせた。


「魔力が流れてる」


「杭から?」


「ううん。地下から来た魔力を、この杭が周りへ流してる感じがする」


 俺達は言葉を失った。


 自然に《夜棘》が増えたのではない。


 少なくとも、この場所では人の手が入っている可能性がある。


「ユウト」


 リリアの声がさらに低くなる。


「ここを見てください」


 黒い杭の根元。


 土に半分埋まった金属部分へ、小さな紋章が刻まれていた。


 俺はその形を見た瞬間、旧鉱山でセイルが拾ったものを思い出した。


「……同じだ」


 黒い徽章に刻まれていた、あの紋章。


 セイルが見た瞬間、顔色を変えた印。


 リリアも気づいたらしい。


「これが偶然とは思えませんね」


「誰かが、ここに打ち込んだってことだよな」


 ノアが黒い杭を見つめる。


「少なくとも、自然に生えたものではありません」


 俺は東の草原へ視線を向けた。


 魔物達は勝手に住処を捨てたわけじゃない。


 誰かがこの異変を意図的に広げているのだとしたら。


 胸の奥に湧いてきたのは、恐怖よりも先に怒りだった。


 魔物を追い出して。


 人間の街へ向かわせて。


 互いに殺し合わせるような状況を作っている。


「……ふざけるなよ」


 思わず声が漏れた。


 ミミナがこちらを見る。


 俺自身、こんなに腹が立っていることに驚いていた。


「ユウト?」


「原因が自然現象なら、仕方ないって思えたかもしれない」


 黒い杭を見る。


「でも、誰かがわざとやってるなら話は別だ」


 俺は強く拳を握った。


「魔物だから殺されてもいいとか、人間だから巻き込まれてもいいとか、そんな勝手な理由でやってるなら――」


 一度言葉を止める。


「ソイツはぜってー許さねー」


 リリアは何も言わず、静かに頷いた。


 ノアもミミナも笑わない。


 四人の間で言葉にする必要のないものが、確かにつながっている気がした。


          ――第二十二話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


今回は、ユウトが考えた「魔物の避難路」が実際に動き始めました。


ホーンラビット、フォレストウルフ、そして大型のロックベア。


本来なら討伐対象になる魔物達を、リリア・ミミナ・ノア、冒険者達が協力して街の外へ逃がします。


戦う力を持たないユウトが叫んだ、


「撃つな!」


という言葉。


本人は剣を振れなくても、仲間の力をつなぎ、人間と魔物の双方を守る。


少しずつ《交渉士》としてのユウトの形が見えてきました。


しかし最後に見つかったのは、《夜棘》を広げている可能性のある黒い杭。


そこには、旧鉱山で見つかった徽章と同じ紋章が刻まれていました。


誰が、何のために魔物達を追い出しているのか。


そして、その目的は何なのか。


次回、第23話へ続きます。


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