戦えないくせに、冒険者達に「撃つな」と命令してました
翌朝、東門の外には即席の防柵が並んでいた。
門へまっすぐ続く街道には荷車と木製の柵を斜めに配置し、東から来た魔物が自然に南東へ流れるよう道幅を変えてある。
その先には草原を抜け、山側へ出られる広い道が続いていた。
昨日までは存在しなかった、魔物のための逃げ道だ。
「思っていたより大がかりになったな……」
俺が呟くと、隣でバルガが鼻を鳴らした。
「お前が言い出したんだろ」
「ここまで本格的になるとは思ってなかった」
「ギルドがやると決めた以上、中途半端にはできん」
防柵の内側には弓を持った衛兵達が並び、さらにその前には冒険者が配置されている。
リリアとバルガ達が前衛。
ノアは負傷者が出た場合に備えて門の近く。
ミミナは誘導用の付与を担当し、俺は街道全体を見渡せる場所から動きを判断することになった。
うむ、本当に俺が指示を出すらしい。
昨日の夜から胃が痛かったが、さらに痛みを増してきた。
「ユウト」
リリアが剣の状態を確認しながらこちらを見る。
「無理にすべてを救おうとしないでください」
「分かってるよ」
「危険な魔物が街へ向かった場合は、私達が止めます」
「わかった」
「それでも迷った時は、私達を頼ってください」
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
「そのつもりだよ」
全部自分で決める必要はない。
俺にできるのは、全員が動きやすくすることだ。
「来たぞ!」
見張り台から声が響いた。
全員の表情が変わる。
東の街道の先に、小さな影がいくつも現れていた。
「ホーンラビット、十二……いや、十五!」
最初の群れは小型魔物だけだった。
「ミミナ、予定通り頼む」
「うん」
彼女は杖を持ち上げ、街道の分岐より先へ置いた干し草へ魔法をかける。
「対象は干し草。効果は根菜の香り、強さ二割、時間二分!」
昨日より出力を下げている。
群れが近づくと、先頭のホーンラビットが匂いへ反応し、南東の道へ進路を変えた。
後続もその後を追う。
十五体すべてが防柵へ近づくことなく、山側へ消えていった。
「第一陣、通過!」
衛兵から小さなどよめきが上がる。
俺も息を吐いた。
だが、安心する時間はほとんどなかった。
「次が来ます!」
今度は足音が違う。
草原の奥から現れたのは、フォレストウルフの群れだった。
七体。
ホーンラビットとは違い、肉食の魔物だ。
周囲の冒険者達に緊張が走る。
「弓兵、準備!」
隊長の声で矢がつがえられる。
「まだ撃つな!」
俺は街道を見る。
フォレストウルフ達は牙を剥いていない。
互いを守るように固まって走り、何度も後ろを振り返っている。
「そのまま通す!」
「ウルフですよ!?」
衛兵が驚いた声を上げる。
「今はこっちを狙ってない!」
群れが分岐へ入る。
肉食だから根菜の匂いでは誘導できない。
「ミミナ、右側の柵だけ見やすくできる?」
「光らせる?」
「弱いのでいい。街側が通りにくいって分かればいい!」
「やってみる!」
ミミナの杖から淡い光が伸び、門側の防柵だけがぼんやり明るくなる。
強い光ではない。
だが警戒心の強いフォレストウルフ達はそれを避けるように進み、広く開けた南東側へ方向を変えた。
「抜けた……」
七体が通過する。
誰も傷ついていない。
人間も、魔物も。
胸の奥に小さな手応えが生まれた。
もしかしたら本当にできるかもしれない。
その考えが浮かんだ直後、遠くから地面を揺らす足音が響いてきた。
「大型一体!」
見張り台の声に全員が身構える。
草原の向こうに現れた巨体を見て、俺の喉が鳴った。
「ロックベア……」
以前、森でリリアが戦った魔物と同じ種類だった。
ただし、今回は様子がおかしい。
まっすぐ走れていない。
何度も体を傾けながら、苦しそうに前へ進んでいる。
「弓兵!」
隊長が腕を上げた。
矢が一斉にロックベアへ向けられる。
「待って!」
俺も声を上げた。
「ユウト、あれは危険です!」
「分かってる!」
巨大なロックベアが近づく。
肩から背中にかけて、黒紫色のものがいくつも見える。
「《夜棘》が刺さってる!」
ノアも気づいた。
「かなり深いです!」
ロックベアが苦しそうな咆哮を上げる。
恐怖で衛兵の一人が矢を引き絞った。
「撃つな!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
一瞬、全員の動きが止まる。
「まだ街を襲ってない!」
「ですが、このままでは防柵へ!」
「リリア!」
俺が呼ぶより早く、彼女はすでに走っていた。
「分かっています!」
銀色の髪が風を切る。
ロックベアが防柵へ向かう直前、リリアが真正面ではなく斜めから入り、剣を地面へ突き立てるようにして進路を変えさせた。
巨大な前脚が振り下ろされる。
「リリア!」
剣で受けた衝撃に、彼女の足元の土が大きく削れた。
それでも後ろへは下がらない。
「こちらです!」
もう一撃。
リリアは受け流しながら、街道の外側へ少しずつ誘導していく。
普段は地図一枚で町の中を迷うくせに、誰かを守る時だけは本当に一度も迷わない。
「ミミナ!」
「見えてる!」
ミミナもすでに杖を構えていた。
「対象はロックベア。効果は体重軽減、強さ一割、時間三十秒!」
淡い光が巨体を包む。
ほんのわずかに動きが軽くなった瞬間、リリアがロックベアの横へ回った。
「ノア、行けるか!」
「近づければ!」
「バルガ!」
「任せろ!」
バルガが大盾を持った仲間とともにロックベアの反対側へ入り、リリアと挟むように進路を固定する。
俺は三人へ意識を向けた。
胸の奥で《縁》が強く反応する。
リリアはまだ余裕がある。
ミミナの出力も安定している。
ノアは治療できる位置を探している。
「リリア、あと少しだけ左へ!」
「はい!」
「ミミナはそのままでいい!」
「分かった!」
「ノア、今なら右側から入れる!」
ノアが一気に距離を詰めた。
「《浄化》!」
金色の光がロックベアの肩を包む。
黒紫色の《夜棘》が浮き上がるように震えた。
「リリア、棘だけ!」
「承知しました!」
剣閃が走る。
一本。
二本。
三本。
ロックベアの背中へ刺さっていた《夜棘》が次々と切り落とされていく。
最後の一本が抜けた瞬間、ロックベアが大きく咆哮した。
衛兵達が再び弓を構える。
「まだ撃つな!」
ロックベアは前脚を地面へ叩きつけた。
一歩。
こちらを見る。
俺は息を止めた。
襲ってくるなら、今だ。
リリアも剣を構えている。
バルガ達も動ける。
それでもロックベアは俺達へ向かってこなかった。
しばらく荒い息を吐いたあと、ゆっくりと南東の道へ顔を向けた。
そして走り出した。
誰も動かなかった。
巨大な背中が草原の向こうへ消える。
「……通った」
誰かが呟いた。
その瞬間、周囲から歓声が上がった。
衛兵達が弓を下ろし、冒険者達が肩を叩き合う。
俺はそこで初めて、自分がずっと拳を握りしめていたことに気づいた。
「ユウト」
戻ってきたリリアが声をかける。
「大丈夫ですか?」
「俺は何もしてない。けど、足が震えてる」
「何もしていませんか?」
俺は彼女を見る。
「少なくとも、私はユウトの声があったから迷わず動けました」
胸の奥に、その言葉が静かに落ちた。
剣は持てない。
魔法も使えない。
さっきだってロックベアに近づくことすらできなかった。
そんな俺にも、できることはあるらしい。
少し離れたところで、バルガが腕を組んで笑っていた。
「F級が偉そうに『撃つな』なんて叫びやがって」
「言わないで!今思い出すと恥ずかしいから、言わないで!」
「でも全員聞いたぞ」
「やめろー!」
「悪くなかった」
親指を立てる。
からかうような声ではなかった。
バルガは南東へ続く道を見る。
「少なくとも今日は、人間も魔物も一匹も死んでねえ」
俺も同じ方向を見る。
「ああ。そうだな」
それだけで十分だった。
◇
その日の午後までに、四つの群れが誘導路を通過した。
すべてが逃げるように東側から現れ、山の方向へ去っていった。
作戦を終えた俺達は、魔物達が来た道を途中まで確認することになった。
街から離れすぎるつもりはない。
ただ、次の群れが来る前に原因の手掛かりだけでも欲しかった。
東の丘へ近づくほど、《夜棘》は増えていく。
「昨日より多いですね」
ノアが低い声で言った。
「一日しか経ってないのに?」
「だから異常なのです」
俺達は慎重に丘を上った。
頂上近くまで来たところで、ミミナが立ち止まる。
「待って」
「どうした?」
「あそこ」
彼女が指した先には、《夜棘》が密集している場所があった。
その中心だけ、何か形が違う。
リリアが先に近づき、周囲を確認する。
「人工物があります」
「人工物?」
俺達も慎重に近づいた。
地面へ打ち込まれていたのは、腕ほどの長さがある黒い金属製の杭だった。
その周りから《夜棘》が何本も伸びている。
「これ……」
ミミナが杖を向け、顔を強張らせた。
「魔力が流れてる」
「杭から?」
「ううん。地下から来た魔力を、この杭が周りへ流してる感じがする」
俺達は言葉を失った。
自然に《夜棘》が増えたのではない。
少なくとも、この場所では人の手が入っている可能性がある。
「ユウト」
リリアの声がさらに低くなる。
「ここを見てください」
黒い杭の根元。
土に半分埋まった金属部分へ、小さな紋章が刻まれていた。
俺はその形を見た瞬間、旧鉱山でセイルが拾ったものを思い出した。
「……同じだ」
黒い徽章に刻まれていた、あの紋章。
セイルが見た瞬間、顔色を変えた印。
リリアも気づいたらしい。
「これが偶然とは思えませんね」
「誰かが、ここに打ち込んだってことだよな」
ノアが黒い杭を見つめる。
「少なくとも、自然に生えたものではありません」
俺は東の草原へ視線を向けた。
魔物達は勝手に住処を捨てたわけじゃない。
誰かがこの異変を意図的に広げているのだとしたら。
胸の奥に湧いてきたのは、恐怖よりも先に怒りだった。
魔物を追い出して。
人間の街へ向かわせて。
互いに殺し合わせるような状況を作っている。
「……ふざけるなよ」
思わず声が漏れた。
ミミナがこちらを見る。
俺自身、こんなに腹が立っていることに驚いていた。
「ユウト?」
「原因が自然現象なら、仕方ないって思えたかもしれない」
黒い杭を見る。
「でも、誰かがわざとやってるなら話は別だ」
俺は強く拳を握った。
「魔物だから殺されてもいいとか、人間だから巻き込まれてもいいとか、そんな勝手な理由でやってるなら――」
一度言葉を止める。
「ソイツはぜってー許さねー」
リリアは何も言わず、静かに頷いた。
ノアもミミナも笑わない。
四人の間で言葉にする必要のないものが、確かにつながっている気がした。
――第二十二話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、ユウトが考えた「魔物の避難路」が実際に動き始めました。
ホーンラビット、フォレストウルフ、そして大型のロックベア。
本来なら討伐対象になる魔物達を、リリア・ミミナ・ノア、冒険者達が協力して街の外へ逃がします。
戦う力を持たないユウトが叫んだ、
「撃つな!」
という言葉。
本人は剣を振れなくても、仲間の力をつなぎ、人間と魔物の双方を守る。
少しずつ《交渉士》としてのユウトの形が見えてきました。
しかし最後に見つかったのは、《夜棘》を広げている可能性のある黒い杭。
そこには、旧鉱山で見つかった徽章と同じ紋章が刻まれていました。
誰が、何のために魔物達を追い出しているのか。
そして、その目的は何なのか。
次回、第23話へ続きます。
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