魔物を全部殺せと言われたので、F級だけど反対します
リベルタへ戻った俺達は、そのまま冒険者ギルドの奥にある会議室へ通された。
東の草原で確認した《夜棘》、通常より濃くなっていた魔力、複数種の魔物が同じ方向へ逃げていた痕跡、そして丘の向こうへ消えた正体不明の影。
一つずつ事実だけを説明し終えた頃には、部屋にいた職員達の表情もすっかり険しくなっていた。
バルガ達も壁際に立っており、俺達の報告を黙って聞いている。
「つまり、昨夜の魔物の群れはリベルタを襲撃するために集まったわけではない、と?」
年配のギルド職員が確認するように尋ねた。
「少なくとも、俺達が見た限りでは違います」
俺はテーブルに広げられた地図の東側を指す。
「キングホーンもホーンラビットも、何かから逃げていました。草原には他の魔物の足跡もあったので、追い出されてるのは一種類じゃないと思います」
「原因は《夜棘》ですか?」
「そこまでは断定できません。ただ、《夜棘》が増えている場所から魔物が離れているのは事実です」
ノアが静かに補足する。
「現地の魔力濃度も通常値より明らかに高くなっていました。旧鉱山と似た現象ですが、同一原因かどうかはまだ分かりません」
「なるほど……」
職員は腕を組み、しばらく地図を見つめていた。
俺はてっきり、ここから追加調査の話になると思っていた。
ところが、隣に座っていた別の職員が口を開く。
「では、東側から接近する魔物については、しばらく全個体を討伐対象としましょう」
耳を疑った。
「……全部?」
「市民の安全を考えれば当然です。昨夜は誘導に成功しましたが、次も同じとは限りません」
「でも、襲いに来てるわけじゃないんですよ」
「結論はかわりません。」
職員は感情を交えずに答えた。
「大量の魔物が街へ接近すれば、人間に被害が出る可能性があります。逃げているのか、襲撃なのかを一体ずつ判断する余裕はありません」
言っていることは分かる。
この街で暮らす人間を守ることが、ギルドの仕事なのも理解している。
それでも胸の奥に、どうしても引っかかるものが残った。
「森や草原に討伐隊を出すという意味ですか?」
リリアが尋ねる。
「東門から一定範囲を警戒区域に指定します。そこへ入ってきた大型魔物は原則討伐、小型魔物も群れの場合は同様です」
「待ってください!」
自分でも驚くくらい強い声が出た。
部屋の視線が俺へ集まる。
職員が少し眉を寄せた。
「ユウトさん?」
「街に突っ込んできた魔物を止めるのは分かります。でも、東側にいる魔物まで先に狩りに行くのは違うと思います」
「危険が発生してからでは遅いのです」
「だからって、逃げ道まで塞ぐんですか?」
昨日のキングホーンを思い出した。
脚に《夜棘》が刺さり、それでも必死に走っていた。
今日助けたホーンラビットも、俺達を見るだけで震えていた。
あいつらは人間の街を奪いたかったわけじゃない。
生きる場所から逃げてきただけだ。
「ユウト」
リリアが小さく名前を呼んだ。
止めようとしているのではない。
その声に背中を押されるような、不思議な落ち着きがあった。
「街を守らなきゃいけないのは分かってます」
俺は続ける。
「でも、危険だから全部殺すって決めたら、原因は何も解決しない。今まで森にいた魔物が追い出されて、次は別の魔物が来て、それも殺して……それをいつまで続けるんです?」
部屋の空気が重くなる。
「では、どうしろと言うのですか?」
職員の声にも少し苛立ちが混じった。
「住民に危険を受け入れろと?」
「そんなこと言ってない!」
思わず言葉が強くなる。
「人間も守る。魔物もできるだけ殺さない。その両方を考えたいって言ってるんです」
「理想論です」
「だったら、現実にできる形にすればいい」
自分の口から言葉が出た瞬間、頭の中で昨夜の光景がつながった。
道を狭める。
進ませたい方を広くする。
餌や匂いで誘導する。
無理ならリリア達が止める。
一体ずつ判断する必要はない。
「東門の前に、魔物が街へ向かわずに抜けられる通路を作れませんか?」
「通路?」
「魔物の逃げ道です」
地図の上を指でなぞる。
「東から来た魔物を南東の草原へ誘導して、そのまま山側へ抜かせる。街へ向かう道だけ防柵と荷車で狭くして、別方向へ進む方を楽にする」
バルガが壁から離れ、地図へ近づいてきた。
「昨日やったことを、最初から仕組みにするのか」
「そうです」
「全部がホーンラビットみたいに動くとは限らねえぞ」
「分かってる。だから前衛も置く」
俺はリリアを見る。
「危険な個体だけ止めてもらう」
「可能です。ただし、私一人では大型魔物が複数現れた場合に対応できません」
「ならバルガ達にも入ってもらう」
「勝手に決めるな」
そう言いながらも、バルガは地図から目を離さなかった。
「……まあ、討伐よりは面白そうだがな」
職員はまだ納得していない。
「しかし、失敗した場合は?」
「その時は討伐に切り替える」
言葉にするのは苦しかった。
全部助けられるなんて思っていない。
人間を守るために戦わなければならない時があることも、もう知っている。
「でも最初から殺すことだけを選ばなくてもいいはずです」
俺が言うと、しばらく誰も話さなかった。
やがてノアが口を開く。
「私はユウトの案に賛成します」
声はいつも通り落ち着いている。
「討伐を続ければ負傷者も増えます。冒険者側にも、魔物側にもです。それに、移動を続ける魔物を無差別に減らしても、異常の原因は残ったままになります」
「私も同意します」
リリアが続いた。
「危険な個体については私達が対処します。ただ、逃げているだけの魔物まで刃を向ける必要はありません」
ミミナも少し遅れて頷いた。
「私、誘導に使える付与を考える。匂いだけじゃなくて、光とか音とか、怖がらせない方法があるかもしれない」
三人の声を聞いて、胸の奥が少し熱くなった。
俺が一人で言っているだけなら、ただの理想論だったかもしれない。
でも今は違う。
俺には、それを現実にしてくれる仲間がいる。
「……試験運用とします」
年配の職員がようやく口を開いた。
「明日一日、東門周辺へ誘導路を設置します。ただし、市民への危険が高いと判断した場合は即時中止。その時点で討伐へ切り替えます。それでどうですか?」
「十分です」
「それと」
職員が俺を見る。
「今回の作戦について、現場での誘導指示はユウトさんにお任せします」
「んっ?」
「提案者ですしね。この際ランクは関係ないでしょう。意義のあるものは?」
誰も手を挙げない。おい、さっきの勢いはどうした?反論してこい。俺を引きずり降ろせ!
「誰も何もないようなので、ユウトさん、お願いします」
何故だ!断りたい!帰りたい!勢いで言ってしまったが、俺はF級冒険者だぞ!?
人の命も、魔物の命も、その場の判断で変わる。
短剣一本まともに扱えない俺には、あまりにも重い役割だろ………
「ユウト?」
リリアが心配そうに俺を見る。
その時、出会ってきた魔物たちの顔が浮かんできた。
何かしら縁が生まれそうな奴もいた。
治療した奴らは大丈夫だろうか。
クソっ!俺はやはり…アイツラを殺したくない。
「……分かりました」
俺は頷く。
「やります」
◇
会議室を出たあと、誰もすぐには話さなかった。
さっきまで押さえていた緊張が一気に抜けたのか、俺は壁へ背中を預ける。
「怖かった……」
ミミナが目を丸くする。
「さっき、あんなに強く言ってたのに?」
「言ってる間もずっと怖かったよ」
「そうなの?」
「俺を何だと思ってるんだ」
俺はため息を吐いた。
「ギルドの人に『理想論です』って言われた時、ちょっと涙目になった」
リリアが隣へ立つ。
「それでも最後まで言いましたね」
「三人がいたからな」
「私達は途中から賛成しただけです」
「それで十分だよ」
俺一人だったら、たぶん途中で自信をなくしていた。
正しいかどうかなんて、今も分からない。
ただ、昨日あれだけ必死に逃げていた魔物達を見たあとで、何も言わずに討伐へ進むことだけはできなかった。
ノアがこちらを見る。
「ユウト」
「ん?」
「私は、今回の判断が必ずしも正しいとは思っていません」
少し意外だった。
「失敗する可能性もありますし、人が怪我をする可能性もあります」
「ああ」
「それでも、何も考えずに全てを討伐するよりは、試す価値があると思いました」
ノアらしい言葉だった。
無条件に励ますのではなく、危険まで含めて認めてくれる。
「ありがとう」
「明日は忙しくなりますね」
「そうだな」
「ですから今日は、きちんと食べて寝てください」
「急に保護者みたいになったな」
「指揮役が寝不足で倒れたら困ります」
その言葉で、明日の責任が改めて肩へ乗った。
東門の外へ作るのは、ただの道じゃない。
人間と魔物のどちらかだけを選ばなくても済むかもしれない、最初の逃げ道だ。
うまくいく保証なんてない。
それでも、やってみるしかなかった。
――第二十一話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、逃げてくる魔物をすべて討伐するという案に対し、ユウトが真正面から反対しました。
ただ「魔物がかわいそう」と言うだけではなく、人間の安全も守ったうえで逃げ道を作る。
戦えないユウトだからこそ、戦う前の方法を考えます。
そして次回、ユウトが現場の指揮を任された「魔物の避難路」が実際に動き始めます。
果たして、人間と魔物の両方を守れるのか。
第22話へ続きます。
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