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『剣も鎧も重すぎる! ~異世界で使えるのは笑顔と口先だけでした~』  作者: -eto-
第一章《夜棘と、住処を追われた魔物たち編》

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逃げてきた魔物を追ったら、草原まで黒くなっていました

 翌朝。


 もう少し寝ていたかったというのが本音だった。


 昨日は旧鉱山から帰った直後に東門へ走り、そのまま大量のホーンラビットとキングホーンの誘導までやったのだから、俺の体力では宿のベッドから起き上がれただけでも十分褒めてほしい。


「ユウト、顔が死んでるよ」


 東門の前で待っていたミミナが、俺を見るなり言った。


「まだ生きてる。かなりギリギリだけど…」


「昨日、空と再会して元気になったんじゃなかった?」


「その元気はすでに使い切った」


「燃費が悪いですね」


 ノアが淡々と言いながら荷物を確認している。


「ノアさん、朝一番から人を故障品みたいに評価するのやめてもらえません?」


「事実確認です」


「もっと優しく確認してくれ」


 リリアがこちらへ水筒を差し出した。


「水を飲んでください。今日は戦闘が目的ではありませんが、体調が悪い状態で調査へ出るのは危険です」


「ありがとう。リリアは優しいなぁ」


「ユウトを置いて逃げるのは寝覚めが悪そうなので」


「前言撤回!」


 ミミナが楽しそうに笑った。


「それよりユウト、お菓子は?」


「朝一番に聞くこと?」


「昨日買えなかった!」


「今日は調査だぞ」


「持っていけば非常食になるよ?」


「ミミナさん、それは遠足って言うんですよ」


「子供じゃないやい!」


 ノアが小さな帳簿を取り出す。


「個人費で購入するのであれば、私は止めません」


「個人費なら何してもいいんかい…」


 こんなやり取りをしている間にも、バルガ達や衛兵が門の周囲を行き来している。


 昨夜の魔物の群れは南の草原へ抜けたあと、そのまま山側へ散っていったらしい。


 少なくともリベルタへ戻ってきた個体はいない。


 問題は、なぜあれだけの数が一斉に東から逃げてきたのかだ。


「行きましょう」


 リリアの声で、俺達は街道へ歩き出した。


          ◇


 追跡自体は難しくなかった。


「これはさすがに俺でも分かる」


 街道の地面には、大量の足跡が残っている。


 三体のキングホーンと数十体のホーンラビットが通ったのだから、むしろ見失う方が難しい。


「リリアでも追えそうだな」


「ユウト」


「冗談だって」


「私だって足跡を追うことくらいはできます」


「それなら安心――」


「ただし、戻る方向は確認してください」


「リリアさんてば、冗談がうまくなりました…ね」


 リリアは真顔だった。


 俺が笑っている横で、ノアは地面を注意深く見ながら歩いている。


「昨日より《夜棘》の破片が増えています」


「この辺りにもある?」


「はい。かなり小さいものですが」


 拾わずに示された場所を見ると、黒紫色の細い棘が土へ落ちている。


 数メートル先にもあった。


 さらにその先にも。


「魔物の体についてたものが落ちたのかな」


 ミミナがしゃがみ込もうとする。


「触らないでください」


 ノアの声が一段低くなった。


「触らないよ!」


「昨日も似たような台詞を聞いた気がします」


「私、そんなに信用ない!?」


「好奇心旺盛なのは、ユウトと同じだと思っています」


「待って。なんで俺まで巻き込まれた?」


「二人とも気になるものへ近づくでしょう」


 ミミナと顔を合わせ、俺たちは下を向いた。


 しばらく街道を進むと、足跡が突然右側の草原へ逸れ始めた。


「ここで街道へ出たみたいだな」


 俺達も足跡を追って草原へ入る。


 そして数十メートル進んだところで、全員の足が止まった。


「……昨日まで、こうだったのか?」


 目の前に広がっている景色は、草原と呼ぶにはあまりにも異様だった。


 ところどころで草が黒く変色し、地面には黒紫色の細い茎が伸びている。


 旧鉱山周辺で見たものほど大きくはない。


 それでも、間違えるはずがない。


「《夜棘》ですね」


 ノアの声から、いつもの軽さが消える。


「こんなところまで……」


 ミミナも杖を握り直した。


 草原には無数の足跡が残っている。


 ホーンラビットだけではない。


 小さな蹄、爪、四足獣らしい跡が複数の方向から集まり、最終的にはすべて西へ向かっていた。


「昨日の群れだけじゃないのか」


 俺が呟く。


「かなり多くの魔物が、この場所から離れています」


 リリアが膝をついて足跡を確認する。


「種類も一つではありません」


「つまり、ここから逃げた魔物が他にもいる?」


「その可能性が高いですね」


 王都から届いた手紙を思い出す。


 各地で生息域を変える魔物達。


 旧鉱山だけの話ではなかった。


 そして今、リベルタの東側でも同じことが起きている。


「ユウト」


 ミミナが少し離れた場所を指差した。


「あそこ、何か動いた」


 リリアがすぐ立ち上がり、俺達の前へ出る。


「どこです?」


「あの黒くなってる草の横」


 視線を向けると、小さな白茶色の耳が草の間から見えた。


「ホーンラビット?」


 一匹だけだ。


 俺達へ襲いかかる様子はなく、むしろ地面に伏せたまま動こうとしない。


「近づきます」


 リリアが先頭になり、ゆっくり距離を詰める。


 数歩近づいたところで理由が分かった。


「足が絡まってる……」


 ホーンラビットの後ろ脚に、《夜棘》が何本も巻きついていた。


 逃げようと暴れたせいか、棘は皮膚へ深く食い込んでいる。


「かわいそう……」


 ミミナが声を落とす。


 ホーンラビットは俺達を見るなり身を震わせた。


「怖がってますね」


 ノアが言う。


「そりゃそうだよな。人間が四人も近づいてきたら」


 俺はリリアの後ろから、できるだけ低い声で話しかける。


「何もしないから、ちょっとだけ我慢してくれ」


 言葉が通じているわけではないだろう。


 それでも、いきなり近づくよりはマシな気がした。


 ホーンラビットは逃げようとしたが、《夜棘》が食い込み、小さく鳴いた。


「リリア、切れそう?」


「できます。ただ、暴れると傷つける可能性があります」


「ミミナ」


「少し軽くする?」


「いや、今回は体じゃなくて《夜棘》の方に何かできないかな。動かないように固定するとか」


 ミミナはすぐ答えず、絡みついた茎を観察した。


「対象を《夜棘》だけにして、効果は固定。強さ一割、時間三十秒なら、ホーンラビットにはほとんど影響しないと思う」


「いけそう?」


「やってみる」


 以前なら勢いよく杖を向けていたミミナが、今回はホーンラビットとの距離まで確認してから魔法を使う。


 黒紫色の茎が一瞬だけ硬く止まった。


「今です!」


 リリアの剣が走る。


 絡みついていた《夜棘》だけが切り離され、ノアがすぐにホーンラビットの脚へ手をかざした。


「《浄化》」


 淡い金色の光が傷口を包む。


 震えていたホーンラビットの体から、少しずつ力が抜けていった。


「大丈夫?」


 ミミナが小さく声をかける。


「近づきすぎるなよ」


「分かってるって」


「言ってるそばから一歩出てる」


「……半歩だけ」


「それを近づいてるって言うんだよ」


 治療が終わると、ホーンラビットは恐る恐る脚を地面へ着けた。


 最初は少しふらついたものの、やがて自分で立つ。


「よかった」


 ミミナがほっと息を吐いた。


 ホーンラビットはすぐ逃げるかと思ったが、数歩進んだところで一度だけ振り返った。


 胸の奥が、ごくわずかに温かくなる。


 ただ、システム表示は現れなかった。


 それでいい。


 助けた相手すべてと《縁》ができるわけじゃない。


 ホーンラビットはそのまま西側の草原へ走っていった。


「群れに追いつけるといいな」


「昨日の群れなら南へ抜けています。途中で合流できる可能性はありますね」


 リリアの言葉に頷き、俺達は再び黒く変色した草原へ視線を戻した。


「問題はこっちだな」


 ノアが《夜棘》の近くへしゃがみ込む。


「旧鉱山付近のものと似ていますが、こちらはまだ若い株が多いです」


「最近生えたってこと?」


「少なくとも、長期間ここにあったようには見えません」


「魔力は?」


 俺が尋ねると、ミミナも杖を地面へ近づける。


「……濃い」


「鉱山ほど?」


「そこまでじゃない。でも、普通の草原よりずっと濃いよ」


 ノアも頷いた。


「地下から上がってきているように感じます」


 全員が黙った。


 旧鉱山でも同じだった。


 地下の魔力が増え、《夜棘》が広がり、魔物が外へ追い出される。


「じゃあ、鉱山から根がここまで伸びてる?」


 ミミナが尋ねる。


「距離を考えると、今の情報だけでは何とも言えません」


 ノアが慎重に答える。


「別の場所で同じ現象が起きている可能性もあります」


「王都からの手紙と同じか」


 俺が言うと、リリアが静かに頷いた。


「リベルタ周辺だけでも、複数の場所で異常が起き始めているのかもしれません」


 その言葉が一番嫌だった。


 一つなら止めればいい。


 だが、同じ現象が別々の場所で起きているなら、原因はもっと大きい。


「ユウト、これ」


 今度はミミナの声が、さっきまでとは違っていた。


 彼女は草原の東側を見ている。


「どうした?」


「《夜棘》が……」


 視線を追う。


 黒紫色の小さな株は、ばらばらに生えているように見えていた。


 けれど少し高い場所から眺めると、違う。


 点々と生えた《夜棘》は、まるで何かの跡をなぞるように、草原のさらに東へ続いている。


「道みたいだな」


 俺が呟く。


「自然にこうなったのでしょうか」


 リリアの表情が険しくなる。


「分からない」


 ノアが立ち上がる。


「ただ、少なくとも先を確認する価値はあります」


 俺は東を見る。


 緩やかな草原の向こうに、小さな丘がある。


 その斜面にも、黒紫色の点がいくつも見えていた。


 そして、一番遠くにある《夜棘》の向こうで、何かがゆっくり動いたように見えた。


「今、何かいなかった?」


 俺が言うと、リリアはすでに剣へ手をかけていた。


「いました」


「魔物?」


「……分かりません」


 影は丘の向こうへ消え、姿を確認することはできなかった。


 ミミナが小さく息を飲む。


「追う?」


 俺はすぐには答えなかった。


 昨日までの俺なら、気になった勢いで進んでいたかもしれない。


 でも今は、四人で帰ることまで含めて俺達の仕事だと思っている。


「今日はここまでにしよう」


「追わないの?」


「何がいるか分からない状態で突っ込むのは危ない。場所を覚えて、ギルドへ報告してから準備する」


 リリアが少しだけ表情を緩めた。


「賢明です」


「なんでそんなに意外そうなの?」


「成長したのだと思っています」


「ミミナだけじゃなくて俺まで成長枠に入ったの?」


「良いことではありませんか」


「そうなんだけど…複雑だな……」


 ノアが立ち上がり、服についた土を払う。


「では戻りましょう。ちなみに、本日の調査費用も記録してあります」


「今その話する?」


「忘れないうちに」


「ノアさん、余韻って言葉知ってます?」


「帳簿には必要ありません」


「強いなあ……」


 ミミナが笑い、リリアまで小さく口元を緩めた。


 俺も笑いながら歩き出したが、最後にもう一度だけ東の丘を振り返る。


 魔物達は、街を襲いに来たわけじゃなかった。


 ただ、この場所から逃げたかっただけだ。


 俺達が本当に探すべきなのは、魔物達を追い出しているものの方だった。


          ――第二十話 終

最後までお読みいただきありがとうございます!


東門へ押し寄せた魔物達は、リベルタを襲おうとしていたのではありませんでした。


ユウト達が足跡を追った先で見つけたのは、《夜棘》に侵食され始めた草原。


そして旧鉱山と同じように、地下では魔力濃度が上昇していました。


今回は、取り残されたホーンラビットを4人で救助。


ミミナも「何をどれだけ付与するか」を自分で考えられるようになり、少しずつ成長しています。


さらに《夜棘》は、まるで道のように東の丘へ続いていました。


その先で一瞬だけ見えた謎の影。


ユウト達は無理に追わず、いったん情報を持ち帰ることを選びます。


魔物が敵なのではなく、

「魔物を逃がしているもの」が本当の問題なのかもしれません。


次回、第21話へ続きます。


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