魔物の群れが来たので、まず討伐を止めます
東門へ着いた時には、すでに何人もの冒険者と衛兵が城壁の上へ集まっていた。
門は固く閉ざされ、弓を持った衛兵達は街道の先へ矢を向けている。俺達が階段を駆け上がると、暗い草原の向こうから地響きのような音が近づいてきた。
「見えた!」
ミミナが城壁から身を乗り出しかけ、すぐリリアに肩をつかまれる。
「危ないので、そこから先へ出ないでください」
「ちょっと見るだけ!」
「落ちてからでは遅いです」
「リリアにそれ言われると、すごく説得力あるな」
「どういう意味です?」
「道では迷っても、人が落ちそうな場所はちゃんと分かるんだなって」
「ユウト?」
「褒めてる。たぶん」
こんな時でも睨まれたので、俺は素直に街道へ視線を戻した。
月明かりの下を、大量の小さな影がこちらへ向かっている。その先頭を走っているのは、小型魔物とは明らかに体格が違う三つの大きな影だった。
近づくにつれて、その輪郭に見覚えが出てくる。
「……あれ、キングホーンじゃないか?」
「三体もいますね」
リリアの声が低くなる。
三体のキングホーンの後ろには、数え切れないほどのホーンラビットが続いている。
以前、牧場で一体のキングホーンを相手にした時ですら結構な騒ぎになった。
それが三体。
しかも後ろには、おそらく三十体以上のホーンラビットがいる。
「前に一体でもかなり大変だったよね?」
ミミナが俺を見る。
「言うな。嫌な記憶が戻る」
「ユウト、飛んだもんね」
「誰のせいだと思ってる?」
「私!」
「元気よく認めるな」
隣でノアが小さく息を吐いた。
「昔話をする余裕があるなら、現状を見てください。あと数分で門前へ到達します」
「はーい」
「ユウト」
「今のは自分でも雑な返事だったと思ってる」
下ではバルガ達も到着し、衛兵と話している。
「弓兵、構えろ!」
隊長らしい男の声が響いた。
城壁の上で弓弦が一斉に張られる。
「待ってくれ!」
反射的に声が出た。
近くにいた衛兵達がこちらを見る。
俺自身も、一瞬遅れて自分が何を言ったのか理解した。
「……ユウト」
リリアが静かに名前を呼ぶ。
「分かってる。危ないのは分かってるんだけど、ちょっとだけ見てほしい」
俺は街道を走ってくる魔物達を指差した。
「こっちに襲いかかろうとしてるように見える?」
リリアが目を細める。
先頭のキングホーン達は、角をこちらへ向けて突撃しているわけではない。
耳は後ろへ倒れ、何度も背後を振り返りながら必死に走っている。
後ろのホーンラビット達も同じだった。
「……追われていますね」
リリアの答えに、バルガが城壁の下から声を上げた。
「だからって門へ来られちゃ困るぞ!」
「そうだよな」
「じゃあどうする!」
「今考えてる!」
「考えてから止めろ!」
「うるせー!」
ただ、ここで全部射殺すれば街は守れるかもしれない。
でも、こいつらは街を襲いに来たんじゃない。
何かから逃げているだけだ。
以前の俺なら、ここからどうすればいいのか分からなかったかもしれない。
けれど、今は違う。
似たことを一度やっている。
「門の手前って、南の放牧地へ行く道が分かれてたよな?」
俺が尋ねると、リリアではなくノアが即座に答えた。
「あります。東門から三百メートルほど手前です」
「なんでリリアじゃなくてノアが答えるんだ」
「聞く相手を間違えています」
リリアが真顔で言った。
「自覚あるんだな」
「地図上の位置を聞かれている時点で、私に答えさせる方が危険です」
「成長したな、リリア」
「何か納得できませんが」
俺は笑いそうになるのを堪えながら、もう一度街道を見る。
「門へ来る道を塞いで、南の道だけ開けたら、そっちへ流せないかな」
「壁を作るのですか?」
ノアが尋ねる。
「完全に止めるんじゃなくて、行きやすい方を作る。キングホーンとホーンラビットなら、前に誘導した方法も使えるかもしれない」
ミミナの目が大きくなる。
「匂い!」
「そう、それ」
「牧場でやったやつだ!」
「今回は俺を飛ばす工程はないからな」
「分かってるって!」
「念のため確認した」
ミミナは一瞬むっとしたものの、すぐ真剣な表情へ戻った。
「対象は何にする?」
「門の厩舎に干し草か飼料があるはず。そこに根菜っぽい甘い匂いを付けられる?」
「できるよ。前と同じくらいなら、強さ三割で十分だと思う」
「時間は?」
「三分くらい。長く残すと、逃げたあとも戻ってくるかもしれないから」
俺は思わずミミナを見る。
「……そこまで自分で考えた?」
「また成長したって言うんでしょ」
「いや、頼りになる」
「……それならいい」
少しだけ頬を緩めたミミナを見て、俺も頷く。
「バルガ!」
「なんだ!?」
「門へ向かう方を荷車と盾で狭くできる?」
「完全に塞ぐのは無理だぞ!」
「完全じゃなくていい! 南の道の方が広く見えれば十分!」
バルガは街道と門の距離を見比べ、数秒考えてから仲間達へ声を飛ばした。
「荷車を二台持ってこい! 盾持ちは俺と来い!」
「本当にやるのですか?」
衛兵の隊長が俺を見る。
「二分だけください。それで無理なら、俺も止めません」
内心緊張で喉がカラカラだ。
失敗すれば、三体のキングホーンと大量のホーンラビットが門前へ殺到する。
リリアが俺の横へ立った。
「二分ですね」
「うん」
「その間に突破されそうなら、私が止めます」
「頼む」
「ただし、ユウトは絶対に私より前へ出ないでください」
「分かってるって」
「本当ですか?」
「リリアさん、俺への信用ちょっと低すぎません?」
「実績がありますので」
「……」
◇
門の外へ出ると、地響きは城壁の上にいた時よりずっと大きく感じた。
バルガ達が荷車と盾を並べ、門へまっすぐ続く道を斜めに狭めていく。
一方、南の放牧地へ向かう道には何も置かない。
「ミミナ、準備は?」
「できてる!」
南へ続く道の入口から少し先まで干し草を置き、ミミナが杖を向ける。
「対象はこの干し草。効果は甘い根菜の香り。強さ三割、時間三分!」
淡い光が干し草を包み、少し遅れて甘い匂いが風に乗った。
「おお、前より自然だな」
「でしょ?」
「前はキングホーンまで呼んだけど」
「今日も呼びたいんだからいいの!」
「確かに」
ノアが俺達の横を通り過ぎる。
「私は負傷者が出た時の準備をします」
「分かった。門側で待機頼む」
「了解です。ユウトも治療対象にならないようにしてください」
「そうならないようやってみるよ」
魔物の群れが見える距離まで近づいてきた。
三体のキングホーンが先頭を走り、その後ろを無数のホーンラビットが追っている。
俺の予想が外れていたら終わりだ。
「来るぞ!」
バルガの声が響く。
先頭のキングホーンが分岐へ差しかかった。
大きな鼻が動く。
一体目が南を向いた。
「よし……」
二体目も続く。
後ろのホーンラビット達が一斉に進路を変え始めた。
「いける!」
ミミナが声を上げた、その直後だった。
三体目のキングホーンが突然大きく体勢を崩した。
「危ない!」
巨大な体が街道へ倒れ込み、後続のホーンラビット達がパニックを起こす。
群れの一部が南ではなく、門の方角へ流れ始めた。
「リリア!」
「任せてください!」
銀色の髪が目の前を駆け抜ける。
リリアは倒れかけたキングホーンの正面へ回るのではなく、横から接近し、その足元を見た。
「ユウト!」
「どうした!?」
「右前脚に何か刺さっています!」
月明かりの下で、黒紫色の棘が見えた。
「《夜棘》……?」
俺が呟いた瞬間、ノアも走り出していた。
「間違いありません!」
「ノア、抜ける?」
「動きを止めてもらえれば!」
「ミミナ!」
「分かってる!」
俺が指示する前に、ミミナが杖を構えた。
「対象はキングホーン! 効果は体重軽減、強さ一割、時間三十秒!」
淡い光が巨体を包む。
「リリア、少しだけ支えられるか?」
「十分です!」
リリアが角を避けながら肩口へ入り、倒れようとする巨体を押し戻す。
「ノア、今だ!」
「《浄化》!」
ノアの金色の光が《夜棘》の刺さった脚へ広がる。
「棘を抜きます!」
リリアの剣先が正確に根元へ入り、《夜棘》だけを切り落とした。
キングホーンが大きく身を震わせる。
胸の奥で《縁》が反応し、三人の状態がぼんやりと伝わってきた。
「ミミナはそのまま! リリアは離れていい! ノア、あと少しだけ頼む!」
「はい!」
「分かった!」
数秒後、キングホーンがゆっくり前脚を地面へ着けた。
一歩。
もう一歩。
そして甘い匂いのする南の道へ顔を向ける。
「行け……!」
俺が思わず声を出す。
キングホーンは走り始めた。
遅れていたホーンラビット達も、次々とその後を追っていく。
街道いっぱいを埋めていた魔物の群れが、俺達の目の前で南へ流れていった。
最後の一体が草原へ消えるまで、誰も声を上げなかった。
「……終わった?」
ミミナが恐る恐る聞く。
「たぶん…な」
「その『たぶん』、信用して大丈夫?」
「さぁ?」
バルガが大きな笑い声を上げた。
「本当に一匹も倒さずにやりやがった!」
「できれば毎回こんなに怖い方法は使いたくないけどな」
「お前が言い出したんだろ!」
「そうなんだけど!」
張り詰めていた空気が一気に緩む。
俺もようやく息を吐いた。
「ユウト」
ノアの声だけは、まだ硬かった。
振り返ると、彼女は地面へしゃがみ込んでいる。
「これを見てください」
街道に落ちていたのは、さっきキングホーンの脚から切り取ったものだけではなかった。
小さな黒紫色の棘が、いくつも転がっている。
「全部、《夜棘》?」
「おそらく」
リリアが街道の先へ視線を向ける。
「ですが、この群れは東から来ました」
旧鉱山は北側にある。
ゴブリン達が住処を追われた場所とも違う。
それなのに、東から逃げてきた魔物達にも《夜棘》の傷がある。
「……やっぱり一か所じゃないのか」
俺が呟くと、誰もすぐには答えなかった。
ただ、さっきまで魔物の群れが走ってきていた東の暗闇が、急に今までよりずっと不気味に見えた。
――第十九話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
東門へ押し寄せたのは、三体のキングホーンと大量のホーンラビット。
しかしユウト達は討伐するのではなく、第6話の牧場依頼で使った「匂いによる誘導」を再び利用し、群れを街から逸らすことに成功しました。
以前はユウトを飛ばしてしまったミミナも、今回は自分で対象・強さ・時間を判断。
4人の成長が少しずつ形になっています。
そしてキングホーンの脚に刺さっていたのは、《夜棘》。
旧鉱山とは違う「東側」から逃げてきた魔物達にも、同じ異変が起きていました。
次回、ユウト達は魔物達が逃げてきた場所を調べます。
続きが気になったら、ブックマーク・評価・フォローで応援していただけると嬉しいです!




