王都からの手紙、俺には嫌なことしか書いてありませんでした
「王都の北東部を含む複数の地域で、魔物の生息域が同じ時期から変化しています」
リリアが読み上げた内容を聞いても、俺はすぐには意味を飲み込めなかった。
リベルタ周辺だけなら、旧鉱山の地下で起きている異常が原因かもしれないと考えられる。
だが、遠く離れた場所でも同じことが起きているとなれば、話の規模が一気に変わってくる。
「複数って、どのくらい?」
ミミナがテーブルへ身を乗り出す。
「現時点で聖騎士団が確認しているのは三地域です。リベルタ周辺を含めれば四つになります」
「全部、近い場所なのか?」
俺が尋ねると、リリアは手紙を見直してから首を横に振った。
「いいえ。一番遠い場所は、王都から馬車で数日かかります」
「それじゃ、旧鉱山だけが原因って線は薄くなるな」
「そう考えるのが自然でしょうね」
ノアが腕を組む。
「ただし、同じ原因だと断定するのも早いと思います。魔物の移動という結果が似ているだけで、原因まで同じとは限りません」
「相変わらず慎重だな」
「ユウトが先へ行きすぎるので、誰かが止める必要があります」
「俺、そんなに先走ってる?」
三人からほぼ同時に視線を向けられた。
「何、その無言」
「自覚がないのですね」
ノアの返答が一番痛かった。
「俺は慎重な男だと思ってたんだけどな」
「鉱山の地下で大型魔物と会話を始めた人が言う台詞ではありません」
リリアまで容赦がない。
「あれは助けてって言われたからだろ」
「だからユウトは困っている相手がいると慎重さが減るのです」
「そこまで分析されてるの?」
「仲間ですから」
さらっと言われて、俺は一瞬だけ言葉に詰まった。
リリア本人は何でもないことのように手紙へ視線を戻している。
「……そういうの、不意打ちで言うのやめてくれない?」
「何か変なことを言いましたか?」
「言ってないから困ってる」
ミミナが横でにやにやしている。
「ユウト、顔ちょっと赤くない?」
「部屋が暖かいだけだよ」
「ここ、そんなに暖かくないよ?」
「ミミナさん、余計な観察はやめてもらえます?」
ノアが小さく息を吐いた。
「話を戻してもよろしいですか?」
「お願いします、ノア先生」
「その呼び方は追加料金を検討します」
「撤回します」
「早いですね」
バルガが向かい側で腹を抱えて笑っている。
「お前ら、本当にあの鉱山から帰ってきた直後なのか?」
「俺ももう少し重い雰囲気になると思ってた」
「無理じゃない?」
ミミナが首を傾げる。
「お前がいるとな」
「何それ!」
笑い声が落ち着いたところで、リリアが手紙をテーブルへ置いた。
「もう一つ、気になる記述があります」
その声色で、全員の意識が再び手紙へ集まる。
「魔物が移動を始める前に、一部の地域で魔力濃度の上昇が確認されています」
「旧鉱山と同じ?」
「似ています。ただし、《封脈晶》や《夜棘》についての記述はありません」
つまり、同じように魔力が増えている場所はあるが、《夜棘》まで確認されているわけではないらしい。
「順番としては、魔力が濃くなって、そのあと魔物が移動してる?」
「少なくとも報告書に記載されている地域では、その傾向があるようです」
俺はテーブルの上に置かれた坑道図を見る。
地下から増えた魔力。
急激に広がる《夜棘》。
住処を離れる魔物達。
それを抑えていたセイル。
そして、あの黒い徽章。
「やっぱり一度、全部を分けて考えた方がいいな」
「分ける?」
ミミナがこちらを見る。
「分かってることと、俺達が勝手につなげてること」
指を一本ずつ折りながら整理する。
「旧鉱山では地下の魔力が増えていた。これは実際に見た」
「はい」
リリアが頷く。
「《夜棘》も異常な速度で増えていた。これも確認した」
「そうですね」
ノアが続く。
「魔物が生息域を変えてるのも事実。ただ、その原因が全部地下の魔力なのか、《夜棘》なのか、それとも別の何かなのかはまだ分からない」
「黒い服の人も二人いるかもしれないんだよね?」
ミミナが言った。
「そこもまだ確定じゃない。礼拝堂のゴブリンが見た人物とセイルが別人かもしれないってだけだ」
「それから、あの徽章ですね」
ノアが声を落とした。
人の多いギルド内なので、俺達も自然と声を小さくする。
「セイルは不用意に聞き回るなって言ってた」
「理由までは教えてくれませんでした」
「秘密主義にもほどがあるよな」
「ユウトも聞かれたくないことくらいあるでしょ?」
ミミナが言う。
「俺?」
「前の世界のこととか」
思わず目を瞬いた。
リリアとノアもこちらを見る。
「そういえば、ユウトは時々妙なことを知っていますね」
「リリアさん、その話を今ここで掘ります?」
「嫌なのですか?」
「嫌というか、説明が長くなるというか」
「では後で聞きます」
「逃げ道を塞がれた」
ミミナが楽しそうに笑った。
「私も聞きたい!」
「ノアは?」
「内容によります」
「そこは興味持ってくれないの?」
「ユウトの過去がお金に関係するなら話は別ですが」
「どこまで金基準なんだよ」
いつの間にか自分の話になりかけていたので、俺は咳払いして手紙へ視線を戻した。
「とにかく、俺達だけで全部調べる規模じゃなくなってきたってことだな」
「その通りです」
リリアが真剣な表情に戻る。
「聖騎士団からは、現地で得た情報をまとめて報告するよう指示されています。同時に、私はしばらくリベルタへ残り、周辺調査を継続するよう命じられました」
「王都に戻れとは書いてないのか?」
「はい」
「よかった!」
ミミナが真っ先に声を上げた。
リリアが少し驚いたように彼女を見る。
「そんなに喜ぶことですか?」
「だって、リリアが王都に帰ったら三人になっちゃうでしょ」
「……そうですね」
「方向音痴でも必要なんだからね!」
「最後の一言は必要でしたか?」
「素直に寂しいって言えばいいじゃないか」
俺が突っ込むと、ミミナが口を押さえた。
「今の忘れて!」
クスッ
リリアの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます。私も今この調査から離れるつもりはありません」
「よし。四人継続だな」
俺が言うと、ノアが静かに手を挙げた。
「一つよろしいでしょうか」
「嫌な予感するけど、どうぞ」
「調査が長期化するのであれば、パーティ資金の見直しが必要です」
「ほら来た!」
「宿泊費、食費、薬品、装備修繕費に加え、今後は調査用の道具も必要になるでしょう」
ノアはいつの間に出したのか、小さな帳簿を開いている。
「今この流れで帳簿出す?」
「今だから出すのです」
「世界規模かもしれない異変の直後だぞ?」
「世界規模であれば、なおさら予算は必要でしょう」
「正論が強すぎて勝てない!」
ミミナが帳簿を覗き込む。
「お菓子代は?」
「個人費です」
「即答!」
「そこは何が起きても変わらないんだな」
「当然です」
リリアが真剣に考え込んでいる。
「では、調査中の甘味は士気維持費として扱えないのでしょうか」
「リリア!?」
ミミナの顔が一気に明るくなる。
「それ!それなら経費になる?」
ノアは二人を順番に見たあと、ため息をつき静かに帳簿を閉じた。
「なりません」
「厳しい!」
「リリアさんまで何で残念そうなんですか?」
「士気は重要です」
「方向音痴の聖騎士とお菓子好き魔導士が組み始めたぞ……」
旧鉱山で感じていた緊張とは違う意味で、今後が不安になってきた。
◇
報告を終えた頃には、ギルドの外はすっかり暗くなっていた。
俺達がようやく宿へ戻ろうとしたところで、受付職員に呼び止められる。
「ユウトさん、少しよろしいでしょうか」
「はい?」
「今回の依頼について、暫定の処理が決まりました」
差し出された書類を受け取る。
「行方不明者オルドさんの発見・救助、旧鉱山の現地調査、《夜棘》に関する情報提供を含め、追加報酬が認められました」
「おお」
ようやく分かりやすく嬉しい話が来た。
「いくら?」
俺より先にノアが聞いた。
「ノア、俺が聞こうとしてた」
「聞く速さも会計担当の仕事です」
「そんな仕事ある?」
職員が苦笑しながら金額を告げる。
予想していたより大きい。
俺が驚いている間に、ノアはすでに帳簿へ何かを書き始めていた。
「十パーセントはパーティの緊急資金へ回します」
「まだ受け取ってないよね?」
「受け取ってから考えていては遅いのです」
「俺の金が俺より先に予定を決められてる……」
「残りは四人で均等に分けます」
「そこは公平なんだな」
「当然でしょう」
ミミナが俺の袖を引く。
「ユウト」
「どうした?」
「お祝いのお菓子、買える?」
ものすごく期待した目をしている。
「それくらいなら俺が出すよ」
「本当!?」
「今日かなり頑張ったしな」
「やった!」
ミミナが両手を上げた。
ノアがすぐこちらを見る。
「個人費ですよ!?」
「分かってるよ!」
「念のためです」
「ノアさん、夢に領収書貼るのやめてもらえません?」
リリアがまた小さく笑った。
「では、明日はどうしますか?」
「朝一でギルドに来て、王都への報告内容をまとめる。それから次の動きを決めよう」
「鉱山へすぐ戻らないの?」
ミミナが尋ねる。
「戻りたいけど、今の四人だけで深いところまで行くのは危険すぎる。セイルも《封脈晶》を見てるし、一晩くらいは準備に使おう」
「賢明だと思います」
リリアも同意した。
少し前の俺なら、誰かが困っていると聞けば、そのまま勢いで戻ろうとしたかもしれない。
だが、助けるために全員が倒れたら意味がない。
できないことを誰かに任せるのと同じように、待つことも必要なのだろう。
「じゃあ今日は帰るか」
「その前にお菓子!」
「覚えてたか」
「忘れるわけないよ!」
「ミミナの記憶力、そこだけ異常に良くない?」
四人でギルドの扉へ向かおうとした、その時だった。
外から鐘の音が三度、短く鳴った。
ギルドにいた冒険者達の空気が一瞬で変わる。
「何の鐘?」
俺が尋ねると、バルガが立ち上がった。
「東門の警戒鐘だ」
「警戒?」
「街の外に、危険な何かが近づいた時に鳴る」
リリアはすでに剣へ手をかけている。
俺達も急いで外へ出ると、東門の方角から衛兵が駆け込んできた。
「ギルドへ報告! 東の街道に大型魔物!」
ミミナの顔から笑顔が消える。
「まさか、《鉱殻獣》?」
「違います!」
衛兵は息を整える暇もなく首を振った。
「確認できているだけで三体! それに、その後ろから小型の魔物が大量にこちらへ向かっています!」
俺達は顔を見合わせた。
王都から届いた手紙を読んだ直後に、今度はリベルタそのものへ魔物が近づいている。
「ユウト」
リリアが俺を見る。
「ああ」
俺はさっき閉じたばかりのギルドの扉へ振り返った。
「……今日はお菓子、無理そうだな」
「ええっ!?」
この状況で一番大きな声を上げたのは、やっぱりミミナだった。
――第十八話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
王都から届いた報告によって、魔物の生息域の変化がリベルタだけではないことが判明しました。
ただし、ユウト達は「全部が同じ原因」とは決めつけず、分かっている事実と推測を一度整理します。
そして今回は、リリアがこのままリベルタへ残ることも決定。
4人のパーティはまだまだ続きます。
ようやく旧鉱山から帰り、お祝いのお菓子を買えると思ったところで鳴り響いた東門の警戒鐘。
大型魔物三体。
さらに、その後ろから迫る大量の小型魔物。
今度はユウト達が調べに行くのではなく、異変の方からリベルタへやって来ます。
次回、第19話へ続きます。
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